5話 "兄"故に
「お、お兄さま?」
眼前まで迫りその獰猛なまでの殺意が込められた魔物による攻撃に自分の身が傷つけられると予想していたルーナはその衝撃が無かったことに酷く動揺する。
そして、それは目の前に右腕で木刀を振るい、残心する最愛の兄の姿にも…
「全く、最後まで気を抜いたら駄目だそ」
残心を解き、魔物の血糊をフッと木刀を振るうことで払い、ルーナへ注意をしたレインはポカンと口を半開きにして何処か焦点の合わない目で自分を見つめる妹に少し訝しげな表情をした。
「おーい、聞いてるのか?」
レインに返事を求められた事にハッと気が付くと頭に?を付けたルーナが気になっていた事をレインに尋ねた。
「あ、あのー、どうして此処にお兄さまがいるのですか?」
そう、ルーナは二時間前レインとシアに魔法の鍛錬をしてくると言い、家を出て行ったのだ。
そこには、レインがついてきた気配は無かったし、帰りが遅いから迎えに来たという訳でもないだろう。
故に"何故お兄さまが此処に居るのか"という疑問がルーナには生まれたのだ。
しかし、ルーナに理由を聞かれたレインは眉を顰めると「やれやれ」と言いたげに肩を竦め、頭に?を乗っけたルーナに対して至極当たり前の事のようにそっと真実を告げた。
「何でって、そりゃ妹のピンチ駆けつけるのは兄として当たり前だろ?」
「!?」
そう、レインにとって"兄"という者は"妹"の居場所であるべき、思っているのだ。
それは自分達を拾い、居場所をくれた大好きな"母"が何時ぞやに 「母親とは子供たちの居場所であるべきなのよ」 と言っていた事の受売りもあるが、何よりレインがそう信じているから。
兄は『妹を優しく包み、危険から守り、何時でも側で見守る者』であると。
だからレインからしたら何、至極真っ当で今更な事を聞いてるのかと逆に聞き返したくなるような事だったのだが、ルーナはその言葉とその言葉通りに今此処に居るレインに対し、納得と驚愕をした。
何故レインが此処にいるのか?
それはレインがルーナの"兄"だから。
妹の危険があったら駆けつけるのは当たり前だから。
たったそれだけの理由。
だか、ルーナにはその"それだけ"がかけがえのない程嬉しかった。
そして、もう一つ疑問が生まれた。
"ではなぜ自分が魔物に襲われ、お世辞にも浅いとは言えない傷を受けようとしていた事が分かったのか"と。
そんな質問にレインは「簡単な事だ」と笑いながらそのカラクリについて語り出した。
そのカラクリとは【対象指定型範囲魔法 ~監視者~】というものだった。
この魔法はレインの独自魔法で、もし自分がいない時にルーナが危険な目にあった時にその事に気が付けない様ではいけないと思い作り出した魔法で、この魔法は対象に対し、それを覆うように魔力を展開することにより、対象に魔法、または物体が接触する際、対象を覆うように展開された魔力に干渉された事が術者に届くという仕組みになっている。
ただ、しかしそれでは、もし危険が迫っているとわかっていてもそこに自分が居なければ意味が無い。
その為にレインが生み出した魔法は【座標指定型移動魔法〜空間跳躍~】という魔法だ。
これは監視者とセットで使うことで効果を発揮する。
しかし、本来空間への干渉とはいくら魔法が使えるからといってそう簡単に出来るものではない。
そもそも空間に干渉しえる"空間魔法"はとてもレアなのだ。このアスフィアには二桁ほどしか居ないだろう。故に伝承などもほとんどなく適性を持っていても魔法を行使するまでには至らない者もいたりするのだ。
では何故レインが使えたのかというとそれはレインもまたルーナ同様に魔法の天才であったからだ。
基礎魔力量や魔法適性ではルーナに及ばないともレインも十分に魔法の才能があった。それは基礎魔力量"10万"という数字が物語っている。
その類まれない才能とルーナへの危険を無くしたいという強い意思によりレインはこの魔法を閃いたのだ。
この魔法の原理はこうだ。
まず監視者によって対象を選択する。そして、その対象に危険が及んだ際、自分の魔力を通してその対象の座標が発信される。
発信された座標を元に対象の居場所を把握し、そこに空間を跳躍することによって自らの体を対象の元へと転移させる。そういったものだ。
しかし、この魔法にもデメリットが有る。
まず消費する魔力量がとんでもないのだ。
それは基礎魔力量10万を誇るレインからしてもとんでもない量なので普通の人間には到底発動する事自体が出来ない程に。
何故なら空間を干渉する事とは言わばこの世の理を超越する事も同然だからだ。幾ら魔法だからといっておいそれと空間に干渉されたらたまったもんじゃないだろう。
よって、空間跳躍をするだけでも相当の魔力を使用するのだ。
更に空間跳躍は監視者が発動中ではならない。
監視者自体も対象を選択し、その対象の周りに魔力を纏わせるので常に魔力を消費し続けるのだ。
また、対象と自分の距離が離れれば離れる程自分の魔力を届ける距離が広がるため、魔力も多く消費してしまうのだ。
そして最も大きなデメリットは多重展開が不可能という事だ。
これは未だレインの魔法技術では対象を二つ以上にした場合、単純に消費魔力が二倍以上になるのと、二つ以上の座標を処理し切れないということだ。
対象が二つ以上になると対象同士の判別もできず、座標が入り乱れてしまうのだ。要するにレインの脳が焼き切れてしまうわけだ。
よって現段階では対象を一つしか選択できず、消費魔力の関係上、何度も同時に使うことが出来ない。
今後レインの基礎魔力量が増えるか、若しくはレインの魔法の腕が上がれば多重展開も可能になるかもしれないがそれはまだまだ先の話であろう。
兎にも角にもルーナの疑問である、何故自分の危険が分かったのかという質問にレインは丁寧に説明するとその問題点まで説明した。
しかし、ルーナはその問題点なの聞こえてないようで自分に説明をするレインの顔を見とどこか影の孕んだ目で見つめていた。
「まさか、お兄さまがそこまで魔法の腕を上げてるなんて… このままでは私は… 」
そんな事を口にしながら悔しそうにキッと唇を噛み締めているルーナを見てレインは、「はぁ…」と溜息をつくと徐に立ち上がりぺたりと座り込んでいるルーナをお姫様抱っこをする形で抱き抱えた。
「ふぇ!? お、お兄さま!?」
自分への苛立ちや憤り、罵倒など暗く淀んだ感情に浸っていたルーナは急にレインにしかもお姫様抱っこてま抱えあげられて顔を真っ赤に染めて驚愕する。
しかしレインはそんなルーナにお構い無しにスタスタと自分達の家に向かって歩き出す。
急にレインにお姫様抱っこされ、驚愕するルーナは普段はおねだりしても中々してくれないお姫様抱っこを流れるようにしたレインに思わず
「ど、どうしたのですか!?」
と疑問の声を上げる。
そんなルーナに少し訝しげな表情のレインは
「だってお前、体ボロボロだし、魔力も残ってなくて立てないだろ?」
と答えた。
実際、身体はボロボロで魔力は殆ど残ってなく、立ち上がる事も出来そうにない程披露していたルーナはそこまで気づいていたお兄さまに驚きと嬉しみを表すようにギュッと強く抱きついた。
「なぁ、ルーナ。」
「はい!なんですかぁ?」
「家帰ったらお仕置きな」
しかし、その後にレインの口から零れた言葉に思わず背筋が震えるのだった。