2話 "母さん"の抜き打ちチェック
「そう言えば、貴方達まだ今日、魔法の練習はしてないんだよね?」
「うん、今日は剣の鍛錬をしていただけだからね」
レインとルーナは彼らの母親から剣と魔法の鍛錬を毎日行うよう教育されている。
曰く、このアルクールの森には危険な生物が多く存在しているため、自分の身を守れるようとのこと。
今日は剣の鍛錬は終えたが、まだ魔法の鍛錬は終えていなかったため、
「はぃ、ルーナは剣は苦手なので今日は剣の練習ばっかしていたですぅ」
「まぁ、その分、ルーナは魔法が得意だよな」
「そうねぇ、ルーナは本当に魔法が上手ね。それこそレインよりも飲み込みが早いんじゃないかしら」
「凄いな、俺も負けてられないよ」
「わ〜い、お兄さまに褒められたのです!」
そう、この世界『アスフィア』には“魔法”という概念が存在する。"魔法"とはこの世界に存在するエネルギー、『魔力』を用い超常的現象を人為的に起こす力の事だ。昔は奇跡とも呼ばれていたらしい……。
魔法を使うには魔力が必要で、この世界に存在する生物には大なり小なり、魔力が身体に流れている。そして生物が個々に有する魔力の量の事を"基礎魔力量"という。基礎魔力量とは言わば器である。
基礎魔力量が多ければ多い程、魔力を外から集め使用する事ができる。
基礎魔力量は身体の大きい生物程大きいと言われているが実際の所はっきりとは分かってはいない。
また、基礎魔力量は鍛錬を積めば積むほど増やすことが出来ると″言われている″ので魔法士を目指す者達はまず基礎魔力量を増やすことが大前提とされている。
それはレインとルーナとて例外ではない。なので二人も基礎魔力量を増やす訓練をしているのだ。
「それじゃあ、今日はお母さんが二人の力がどれくらい大きくなったか、抜き打ちチェックしたげる」
「おー、それはいいな」
「はぃ、ルーナもどれくらい基礎魔力量が増えたのか知りたいのですぅ」
「よし!それじゃあ決まりね。じゃあ森へ行くわよ〜」
白髪と黒髪の混じる女性はそう言うとレイン達が入ってきた扉を大きく開け、颯爽と森へと駆けていった。
「よし、それじゃあ俺達も行くか」
「はい、お兄さま」
それを見守っていたレインとルーナも女性に引けを取らない程の速さで森へと駆けていくのであった…。
◇◇◇
アルクールの森の奥地。先程までレイン達が木刀を振っていた所より更に奥へ進んだ先に、レイン達の母親である″シア″は佇んでいた。
「あら、もう来たのね」
「流石に母さんは速いね、追いつけなかったよ」
「はぁはぁ……。っルーナは……お兄さまに追いついていくのがやっとだったですぅ……」
時間にしてものの数分、森の中枢にある家から此処までの直線距離でも約10キロメートルはあるだろう。
本来なら10歳と8歳そこらの少年と少女では絶対に不可能な速さでレイン達は森を駆けたというのにそれよりも早く着いているのだ。
きっと想像もできないほどの速さで女性はここまで来たのだろう。
「でも、充分貴方達は速いわよ。お母さんとして鼻が高いわ〜」
「でも、母さんよりも遅いから嬉しくないよ」
「は、はぃ、お母さまは速すぎるのですぅ」
シアは、息を切らせる二人の下へ近づくと、その頭を優しく撫でる。
気持ちよさそうに頬を緩ませる二人を慈しむように優しい視線で見つめていた彼女だが、手をぴたりと止めると少し意地の悪い顔を浮かべ、こう続けた。
「ふふ、まあお母さんは貴方達二人よりも強いからねぇ〜」
「うん、正直追いつける気がしないよ」
意地の悪い母親の発言にレインは素直に肯定する。
レインとルーナにとって″母親″とは、超えられない壁であり超えたい目標でもある。
しかしその背中は余りにも大きく、彼らはまだ、その後ろをよちよちとついていくひよこ同然というのが現状だ。
それを正しく理解しているレインの頭に再び手を乗せ、優しく撫でるとシアは発破をかけた。
「あら、そんな弱気じゃダメよ〜。 そんな弱気じゃお母さんは疎か、今からやる抜き打ちチェックでルーナに負けちゃうわよ〜」
「うっ、それはまずいな。よし、がんばるぞ!」
「うんうん、その意気よ」
ぎゅっと胸の前で握りこぶしを作り、ふんっと息を荒げるレインにシアは満足げに頷くとポンっと肩を叩いた。
「ルーナもお兄さまに負けないようがんばります!」
「ふふ、二人ともやる気ね。じゃあ始めましょうか」
「「はい!」」
元気よく返事をする二人を見届け、シアはルーナの手を取るとレインから距離を取り、レインに先を促した。
「じゃあまずはレインからね」
「うん」
レインは返事をすると、少し前に進み、手を前に翳し、目を閉じ集中し始めた……。
◇◇◇
――それは正に圧巻の光景だった。レインが目を閉じ手を前に翳し出すとレインの周りの空気が震え、地面が揺れだす。
そして、レインの身体が淡く蒼色に輝き出すと、その蒼き閃光が一気に暴発し、凄まじい光となって辺りを照らし出した。
その光はレインの翳した両手の前に集まると綺麗な球体となって形作る。それはまるで瑠璃色の宝玉のようで実に幻想的だった。
「ふふ、レインったら、いつになくやる気になっちゃって」
「ふわぁ……。お兄さま凄いですぅ……」
そう、それは″壮絶″の一言に尽きる。
もし、その場に世間一般に『魔法士』と呼ばれる者が居たとしたらきっと目を見開き、その光景に目を疑っていただろう。
もしかしたら失神する者までいたかもしれない。それ程までに常軌を逸した光景だった。
普通の人族の成人男性が有する基礎魔力量は百程度だろう。
『魔法士』と呼ばれる者達でさえ二千かそこらだ。
熟練の魔法士になればその五倍ほどの一万はあると言ってもいい。しかし、レインの集めた魔力量はその比では無い程の量なのだ。
何故ならそこに居るだけで圧を感じる程の質量を持った魔力が圧縮され、それが暴発せずにこれまた見事に制御されているのだから。
これほどの魔力は『魔力暴走』が起こった時に発生する爆発的な魔力の増加と同程度の規模であり、人が到底制御できる領域を超えている。
それこそ、人族の年端のいかない少年に出来るはずのない事だ。正に″壮絶″。
「うん、ざっとこんなもんかな」
ケロッとした表情でレインは集めた魔力を一斉に霧散させた。
それと同時にレインの翳した手の前にあった瑠璃色の宝玉は、空に溶けるように姿を消し、辺りにきらきらとした魔力の残滓が舞った。
レインが行った魔力の霧散とは、言うなれば、限界まで振った炭酸飲料を、噴き出さずに蓋を開けることである。
圧縮した魔力というのは爆弾と同じで、衝撃が一つでも加われば爆発的なエネルギーが発生する。
それを制御し、霧散させるというのは並みの『魔法士』では、一生かけても不可能だろう。
何故なら、まず魔力の圧縮が絶技だからであり、魔力の霧散など超一流の『魔法士』ですら狙って行うことは困難であるからだ。
これだけでもレインが魔法士として如何に優れているか頷ける。
しかし、この後のシアの発言にレインの異常さが現れていた。
「ふむふむ、なるほど……。ずばり! レインの基礎魔力量はざっと十万位かなー」
「十万!? す、凄いのですぅ……」
「ふーん、そーなんだ」
「あら、あんまりリアクション無いのね」
「ん? だって剣と違って魔法は強くなった実感があまり無いからなー。俺にとって魔法の使い道って身体強化ぐらいだもん。魔法打つより自分で切ったほうが有効打になる事が多いから」
とんでもない数字を出したレインだが、本人の反応は薄い。
それもそのはず、レインは剣が好きだった。
魔法も嫌いでは無かったが初めてシアの振るう剣を見た時からレインは剣術というものに魅入られていた。
それにレインは魔法より、剣の才に秀でており、本人も剣術のほうが好きなだけあって自分に魔法の才能があると言われても本人は余りうれしくなかった。
「あら、そうかしら。まぁ、レインも本格的に魔法の練習をし出したらきっと魔法も好きになると思うわよ。私は魔法の方が好きだし」
「そっか、じゃあ地道に頑張るよ」
息子には自分の持てる全てを教えたいと考えていたシアは、レインが剣だけでなく魔法の鍛錬も続けてくれると言い、ほっとした。
「うんうん、そう来なくっちゃ。でも、基礎魔力量が十万も十分におかしい数字だと思うけどねぇ……」
「ん? そうなの?」
「そうよぉ。だって人族の中で基礎魔力量が高い奴らでも精々1万ぐらいなのよ?」
「ふーん、別にだからって感じだな」
「ふふ、そうね。貴方にとってはどうでもいい事ね」
レインの剣術に掛ける熱意はシアも目を見張るものがあり、どこまで行っても自分の好きなものに素直な息子に少しだけ呆れた視線を送る。
「まぁね、ところでさ」
「ん?何かしら?」
「さっきの人族ではってどういう意味?」
「ん?そのままの意味よ。」
「人以外でも魔法って使えるの?」
「ええ、もちろん。他の種族でも使えるわよ。特に妖精族なんかは人間よりも遥かに魔法が得意ね。」
この世界『アスフィア』には人族や獣人族、妖精族、巨人族、不死族といった多くの種族が生息している。
彼らの中には友好関係に築いているもいれば敵対関係にあるものもおり、未だ種族間の争いは続いている。
「へー、世界は広いなー……」
「もう! 二人ともルーナの事をお忘れなのですか!?」
「あー、ごめんな。ルーナの基礎魔力量も母さんに見てもらわないとな」
「ごめんなさいね、ルーナ。ちゃんと見てあげるから機嫌直して」
「むぅ〜。二人ともルーナを虐めないで欲しいのですぅ!」
ルーナはそれから数分間、むくれて一向に基礎魔力量の検査を始めようとしなかった……。