思いがけず出会い
自分の思う演劇の魅力や、面白いと感じることを表したくて書きました。頑張って完結まで持っていくのでお付き合いよろしくお願いします。
私が彼にあったのは高校卒業以来実に二年弱ぶりのことだった。
なんの変哲もないただの進学校を出た私は、親に勧められるままにトップレベルの市立文系大学に入学した。自分で言うのも何だが、私は見てくれは悪くないと思っているし、運動もできる。まさに文武両道な美少女と言うわけだ。まあ欠点を上げるとすれば環境等によって磨かれたこの腹黒い性格だろうか。だがしかし、別に他人に危害を加えてるわけでもないし、許してほしい。
と言うわけで勉強を頑張りつつ、憧れのキャンパスライフを謳歌していた私は、同じ学部のイケメンに告白された。聞けばそこそこいい家の一人息子だそうだし、より充実した時間を送るにはちょうどいいと思い、付き合うことにした。宇佐美結友20歳のころである。
サークルは写真サークルという緩めのところに入っていた。彼氏のほうはどうやら映画サークルに入っているようだった。特に大きな山や谷を迎えるでもなく、平凡にそこそこ、言ってしまえば刺激が少なめ、な関係を半年ほど続けたときのことだった。彼氏が突然「演劇を見に行かないか」なんて誘ってきた。ちょっとびっくりした。そりゃ、付き合ってるんだし映画の一本や二本は当然見に行ったが、演劇なんてかけらも話題に上がったことがなかったのだ。
「演劇って? 劇団四季でも見に行くの?」
いま何かやってたっけな。しかも実は私あんまりミュージカル好きじゃないんだけれど。
「いやいや、普通の劇だよ。あんま有名じゃないところの」
「へえ、珍しいじゃん。どうしたの」
「いや、このまえ知り合いにチケット安くもらってさ。一回見に行ってみてもいいかなって」
「ふーん……まあいいけど」
「よし、じゃあ明日の午前九時半に駅前な。会場が十時かららしいから」
じゃあ俺講義あるし行くわ、そう言って彼氏は残っていたコーヒーを煽り、席を立った。
珍しいことだ、彼が不安定な行先をデート先に選ぶのは。今までは面白いと話題の映画や、カップル御用達のお店、ショッピングモールにレジャー施設など、絶対転ばないようなところばかりだったのに。ちょっとチャレンジしてみたのだろうか。
まあ、別にデートの一回や二回、失敗したくらいでわかれるような狭量な女じゃないし、いいんだけれど。
きっちり二人分のお題が残された向かいの席をぼーっと眺めながら、私はカップの底に残されたタピオカを二つ、ちゅっと吸い込んだ。
「げほっ、ぅえっ……」
一気に二つはキツかったかも。
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『築年数40年』というのが今日見る劇のタイトルらしい。床が抜けたぼろ屋を大掃除していると部屋の奥からいろいろと発掘されてきて、それの処理に追われる話らしい。ちょっと面白そうだ。
「……でさ、この主演が学校の先輩で、めっちゃ歌上手いんだよ。やっぱいい声してる人ってのは劇でも主役とれちゃうんだね」
「へー、そうなんだ。ちょっと楽しみ。他に知り合いの人はいないの?」
「んー、いないかな。実はこれさ、いろんな大学の演劇に興味ある人が集まって作ってるやつだから、メンバーに統一性ないんだよね」
「いろんな大学からかぁ。なんか楽しそうでいいね」
彼氏からチラシを受けとって、何気なく目を通すと、一つ引っかかる名前があった。
「野上羽恵って、確か……」
「ん? どうした?」
「……いや、なんでもない。大丈夫」
「そっか」
スマホに目を落とし、今流行りのパズルゲームを起動した彼氏を尻目に、私は懐かしの高校時代へと意識を馳せていた。
私が彼を初めて認識したのは、確か高二の、新クラス顔合わせの時だったはずだ。
ただ、その時の印象はあまり残っていない。名前が特徴的だから覚えただけだから、そのくらい目立たなかったのだと思う。
それからも彼とはこれと言って接点はなかった。彼は別に、大声で騒ぐでもなく、何かしらオシャレに気を注ぐわけでもなく、いたって冴えないメガネの男子高校生だった。
たしか大学はまあまあの私立へ行ったみたいな話を聞いたような聞かなかったような。
彼と演劇とはあまり結びつかないような、でも言われてみればやっててもおかしくないような、そんなイメージだ。
着いたよ、という声にチラシから視線を上げると、確かにそこは予定の駅だった。
「誰か気になった人でもいたの?」
「なんで?」
「ずっと見つめてたから」
「あー、うん……まあ、多分同じ高校だった人がいたから」
「へー、どの役?」
「えっとね、この……」
いつも通り、肩を寄せ合いながら、でも腕を組んだりや手をつないだりはしない距離感。ベタベタする時期はもう過ぎた。
ちょこちょこと会話を交わしながら歩くこと五分。まあまあオシャレな劇場についた。まだ会場直後だというのに、すでにそれなりの数の席が埋まり始めていて少し驚いた。前のほうが表情とかよく見えていいんだよ、と言われて席を確保したのは三列目の少し左より。そこで配られたほかの公演情報を見たり、トイレに行ったりしていると、すこし聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「前の方にまだ空席がございます。詰めてお座りください。お願いします! 前の方に……」
やはり、という気持ちと共にそちらに目を向けると、見覚えのない人が立っていた。
……やっぱり人違いかもしれない。私の知っている野上君は、あんなに目鼻立ちはくっきりしていないし、髪の毛ももっとぼさっとしていて、ハキハキしていないし、なによりメガネだ。やっぱり人違いだろう、うん。
と、無理やり納得していると、ふと彼と目が合った。すると彼は、あろうことか若干おっかなびっくりな様子を見せながら私に向かって会釈をしたのだ。
やっぱり野上君だろうか。でもあんなのじゃなかった気が………うーん……
『まもなく、上演が始まります。外にいらっしゃるお客様は会場内に入っていただくようにお願いいたします』
気づいたらもう始まるみたいだ。
入口の扉が閉まった。
すると、野上君(仮)は舞台の隅へと移動し、もう一人の、彼氏の先輩だという人が出てきた。
「本日は、ご来場いただき誠にありがとうございます。劇を始める前に、いくつかお願いしたいことがございます。まず一つ目。場内は飲食禁止でございます。二つ目、私語もお控えいただけると幸いです。そして三つめ。これが一番大切です。携帯電話を電源からお切りください。着信音やバイブレーションはもちろんのこと電源が入っているだけで音響をジャミングしてしまうことがございます。もしお客様の中に電源の切り方が分からない、という方がいらっしゃいましたら遠慮なくお手をお挙げください。大丈夫です、全機種対応の野上君が対応に当たらせていただきます」
少し笑いが起こったところで、隣の席に座っていたおばあさんが手を挙げた。
「野上君、あちらのお客様」
「はい………前失礼します。おばあちゃん、携帯見せてもらえる? あー、これはね、ここのボタンを長押しすると、ほら、こういう画面が出てくるから、ここの電源を切るってボタン押したら大丈夫。電源つける時はまたこのボタン長押しすればいいからね。もしわかんなかったらまた劇終わった後で見せに来て」
ありがとうねえ、とおばあちゃんやり取りをしている彼は、今私の右斜め前にいる。よく見れば面影がないでもないし、この微かな匂いが、なんとなく記憶の底に引っかかった。やっぱり彼なんだろうか。
「他にはいらっしゃいませんか? ………それでは、始めさせていただきたいと思います。これから80分ほど、どうかお付き合いくださいませ」
私の思考を断ち切るかのように会場は暗くなり、また先輩と彼も舞台の上に消えていった。
上演開始のベルが鳴った。
感想やご指摘などありましたら是非教えてください。