SS.ヴィシソワーズ
とある山奥の別荘地で、俺は夏の間だけ小さなフレンチレストランを経営している。
最初は半分趣味で始めたものだったのだが、避暑に来ている家族連れやツーリング客などの評判がよくてなんのかんのと毎年やるはめになり、今年で五年目になる。
さすがに五年目ともなれば馴染みの客もぼちぼち増えてくる。
雪女さんもそんな客の一人だ。
透き通るような真っ白な肌と好対照を成す漆黒の長い髪。涼やかな切れ長の目元にある泣きぼくろが印象的な美しい女性だ。
名前を知らないので勝手に自分の中で雪女さんと呼んでいる。
彼女はよっぽど暑いのが苦手らしい。
ほぼ毎日、だいたい一番暑い時間帯にやってきて、エアコンの風が良く当たる奥のボックス席で冷たいものを楽しんでいる。
そろそろ来る頃か……。
今日も俺が時間を確認した瞬間、
――カラン、コロン
ドアのカウベルが鳴り、雪女さんが入って来た。
いつもの無表情のまま、カウンターの俺に軽く会釈だけしていつものお気に入りの席に向かう。
俺は彼女のために準備しておいた特別メニューを冷蔵庫から取り出した。
バターで炒めたポロねぎとジャガイモをブイヨンで煮て裏ごしたものに生クリームを加えて冷やした、冷製ポタージュ『ヴィシソワーズ』
スープ皿に入れてパセリを散らし、スプーンを添えて彼女の前に置くと、当然だが怪訝そうな顔で俺を見上げてきた。
「こちらはサービスになりますのでよろしかったらお試しください。ジャガイモの冷製ポタージュでございます」
「…………っ!」
おそるおそるスープを一口含んだ彼女が目を見開く。
翌日、いつもの時間に現れた雪女さんは少しはにかんだような微笑みを浮かべて言った。
「……ジャガイモの冷たいスープください」
Fin.