図書館の生け贄
毎朝きまって少女は起きると別館へ行く。彼女の主が命じるのだ。故に少女は雨が降ろうが、風が吹こうが、起きれば必ず別館へ急ぐ。その日は雪が降っていた。ふわりふわり。綿毛のような雪が風に弄ばれては地面に落ちてすうと消える。冷たい雪のしみ込んだ地面を、少女は踏みしめてゆっくりと歩いてゆく。少女の細い体躯には、この寒さが骨まで砕くほど厳しく感じられた。
ところで、彼女が目指す別館は不思議な建物だ。およそ三階建ての高さに相当するのだが、窓がない。その代り、天井がガラス張りになっている。細長いこの建物は、ゴシック様式の本館と比べると、どう見たって異様だ。少女はその異様な建物の前に立つと、両手に息を吐いて、かじかんでぎこちない指先を少しでもほぐそうとする。少女はその手で鍵を取り出し、開錠しようとするも、鍵が錆び付いていて、なかなか回せない。ガチャンッ。ようやく回ったようだ。少女は安堵にため息を一つ。観音開きの鉄製のドア。ギィィ…ギ…と重苦しい音を立てて、その向こうに現れたのは・・・。
たくさんの本だった。天井近くまである本棚に三つの梯子。扉を除いたすべての壁が本棚になっており、床にはあぶれた本があちらこちらに積み上がっていた。その積み上がった本の隙間を、少女は縫うようにして進む。
ふと、その歩みが止まった。何かを踏んだようだ。それは、銀色に光を反射する鍵だった。主に届けるべきという判断を下して、少女は鍵をポケットにすべり込ませた。
彼女が主に命じられた本は扉から見て左奥。梯子が無くとも十分に手が届く。高い所にあると、足を掛けるたび、ぎしぎしと音を立てる頼りない梯子を登っていかなければならない。それだけでも、少女にはほんの少しの幸せだった。
その本は、深い緑色に金色の字が躍る、どこにでもありそうなもの。少女がそれを引っ張り出すと、鎖がついていた。鎖に引っ張られた本棚が、ガタンッと前にせり出し、右奥を支点にまるでドアのように開いていた。その先にはまた扉。
人には好奇心が付き物である。そしてそれは少女も例外ではなかった。あるいは、鍵を拾った時点で何かに魅入られたのかもしれない。少女は先ほどの鍵を扉の鍵穴に差し込み、回した。あっけない程に簡単にがちゃりと音がして、扉はあっさりと開いた。その中は書斎だった。正面に大きな机。その脇には金庫。机の上には、大きくて、分厚い書物が一冊。甘ったるい香りがしていた。少女はふらふらとその書物に手を伸ばした。そして、ページをめくった途端、少女の体が硬直した。瞳は見開かれ、魚のように口を開閉する。その後、一度ひくり、と痙攣したと思うと、少女は気を失った。
◇ ◇ ◇
目が覚めると、少女は闇の中にいた。前後左右上下、すべてが真っ暗。突如、濃密な殺気が少女を襲った。動けなくなった少女をなおもその殺気が狙う。どんどんと迫ってくる。後十歩、五歩、三歩、二、一・・・
「ーーーーっ!」
◇◇◇
大きな机の上には、本が一冊。その前には少女が一人。少女は糸の切れたマリオネットのように四肢を投げ出していた。そこに男が一人入ってきた。男は金庫を開けると、その下にある暗い空間に少女を手荒に投げ入れた。そこからは酷い腐臭がしていた。
「ようやく○○人目ですか・・・。まだもう少し辛抱する必要がありそうですね」
男は出ていった。
その部屋には大きな机の上に本が一冊。ただただ甘い香りが漂っていた。