早坂 透は静かにエロゲがしたい
『――うん、いいよ。トオル君になら見せても……私のだいじなところ。』
『――来て、きて!トオルくん!』
「ちとせちゃん!ちとせちゃん!おおおおお!」
「――ふぅ、満足満足。」
初秋の夜、虫たちが子孫を残すために愛の唄を歌う中、早坂 透は薄暗いながらも唯一部屋を灯らせていたパソコンをシャットダウンさせた。
「今作も選択肢だらけの骨太だったがエロゲ百戦錬磨の俺にかかればメインヒロインのちとせちゃんだって二日で攻略できるっつうの。」
ゲームのパッケージを眺めながら誰もいない部屋でポツンと呟く。
彼、早坂 透は現在17歳。高校は休学中。毎日昼過ぎに目覚め漫画やライトノベルを読んで時間を潰し小腹が減れば買い置きしてあるカップラーメンを喰らい日が落ちれば新作エロゲを日が昇るまでプレーする。
そんな自堕落な日々が透にとっての平和な日々であり平穏な日常なのだ。
中背中肉、勉強は人並み運動は中の下、何か特徴を挙げるとしたら地毛が明るい茶色だということだけ。そんな没個性の彼にとって社会を生きるということは容易でなく自分の殻に籠もるのは至極当然だった。
「さて、そろそろ寝るか、愛しのちとせちゃんも待ってることだし。」
ベットに潜りエロゲの初回特典で付属されていたメインヒロインであるちとせちゃんの抱き枕カバー(枕は別売り)を抱いて床に就く。
こうして床に就くことで朝までゆっくり熟睡……とはいかず。
「――なにしてんだろうなぁ、俺。」
平和な日々であり平穏な日常、そんな生活を送っておる透だがそれでも少し、ほんの少しだけ自分を嘆いてしまうのだ。
今時期は学校祭シーズン真っ只中できっと学校ではカップル達が夜な夜な居残りをしては体を寄り添いながら出店の屋台に使う木材をギシギシいわせつつ野太い釘をこれまた野太い金槌でトントン打ち付け合っているのだろう。
「あああああ!!全然羨ましくねーかんなクソがっ!」
自らが生んだ青春とリア充に対する歪んだ偏見に一人ベットで悶え苦しむ悲しき引きこもり。
――自分だってちゃんとした環境があればできるはず。気の合う仲間さえいればきっと上手くやっていけるはず。
「俺だって……きっと……」
根拠の無い自信をひっそりと胸に込めてちとせちゃん抱き枕をギュッと抱き、無駄に人生を消費するだけの一日に終わりを告げた。
――同時にそれは早坂 透のこれからが変わる一日の始まりでもあったのだ。
――ふと、本当に唐突だが目が覚めてしまった。普段は寝つきがいいほうなので珍しい。
透は布団を被って寝る派の人間なため今が朝なのか夜なのかはわからないが引きこもりにとってはそれほど必要な情報ではないため今一度抱き枕を抱えて寝ようとするが……
むにむに
どうにも枕の感触がおかしい。この柔らかさ、心地の良い温もり、そしてどことなく香る自分とは違う良い匂い。
むにむにむにむにむに
もう一度触ってみる。
あぁ……んんっ
今度は色っぽい女性の声が微かに漏れてきた。間違いない、17年生きてきた経験とそこから考えうる推測から透が導いた答えは……!?
「うおっしゃあ!とうとうちとせちゃん抱き枕が擬人化したぞ!!」
もはや完全にラノベ脳と化しているそのチンケな脳みそが弾き出した答えに思わず胸が高鳴る。その高鳴りを抑えるため二、三度深呼吸をした後で。
「ここから始まるんだ。俺とちとせちゃんとのいちゃラブ生活が……ッ!」
隣で寝ているであろう嫁の寝顔でも拝もうと思い布団からいそいそと顔を出す。外はとっくに朝を迎えているようで朝日が部屋に降り注いでいた。
最も透の部屋は四六時中カーテンが締め切っており朝日など入らないのだが。
「さぁ~て、ちとせちゃんのかわいい寝顔っと……。おっ?布団で顔隠しちゃって全く焦らすのがお上手なんだから。」
もう一度深く深呼吸をして布団の端を掴み、そしてそーっとめくる。
――すると。
「…………あれ?」
――おかしい。隣で寝ていたのは嫁のちとせちゃんではなかった。
女の子であることに違いはなかったのだがそこには髪色が黒紫色で前髪が赤のメッシュがかった女の子がノースリーブのシャツとショーツ姿ですぅすぅと寝息をたてていた。
ここで透は気づく。部屋に朝日が差し込んでいる事に。ここが自分のベットではない事に。
「ええっと、これは一体?」
先ほどの有頂天振りから一転。胸の高鳴りが不安の動悸に変わり全身の毛穴から冷や汗が滲み出てくる。
――そして。
「んぅ……なんだよもう朝か……って、うおおおおお!!!だだだ誰だお前はっ!あたしのベットでなにしてやがる!」
女の子に気づかれた。
――これが早坂 透の異世界生活初日の朝だった。
作者のエロゲ知識といたしましては同僚のエロゲ(本番シーンのみ)をプレイしただけですので何かご指摘がございましたらなんなりとお願いします。