第1章 8 ヴァンパイアのルビー
「予定時刻を過ぎても帰還しない。来てみれば、何をしているタンザナイト」
「ル、ルビー様……。も、申し訳ございません……」
「ダークエルフか。お前のことだ、下等生物と侮って敗北したところだろう。さて……」
2人目のヴァンパイア。私の攻撃を防いだのは、このヴァンパイアか。紅い髪、赤い眼、黒服に紅いコート。タンザナイトの上司のようで、なんて魔力のオーラだ。魔力感知しなくても肌にビリビリと伝わってくる。タンザナイトと比べて全然違う。紅いヴァンパイアが私に顔を向けた瞬間、私は無意識に槍を突き出していた。
「……っ!」
「私の接近に反応して、最低限の動きで攻撃。良い突きだが……」
「ぐっ!」
「私には止まってみえる。部下の尻拭いはさせて貰おう」
私は槍を突き出して良かったのか。良くなかったのか。分からなかった。1つだけ分かることはルビーというヴァンパイアが、私の槍を避けた事実のみ。次の瞬間には地面に叩き込まれてうつ伏せになったと、頭が理解した。この紅いヴァンパイアには勝てない。そして、私の命が握られている。すまない、スバル……。
「待て……、ヴァンパイア……!」
「ん?」
「てめえ、オレの血魔法でくたばったはずだ!」
「ほう、血魔法で傷ついた人間が動けるのか?」
俺は生きていた。闇属性だったのが幸いだったのかな。動けるなら動け、ミランダが危ない。俺は1度命を失った。命を失うことは2度としない、仲間の命もだ! 立ち上がったことに、2人のヴァンパイアが驚いている。人間をなめるなよ!
「ルビー様! 目撃者は消し去りましょう!」
「その通りだ。我々ヴァンパイアはまだ世界に知られる訳にはいかない。人間よ、ダークエルフと共に逝くが良い。血弾〈ブラッディボール〉」
「影収納〈シャドウホール〉! うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
ヴァンパイアが紅いヴァンパイアに進言している。俺達を消し去るらしい。ルビーと呼ばれた紅いヴァンパイアが、右手に小さな紅いボールを作り出した。見ているだけで、桁違いの魔法だと伝わってくる。あれは今の俺だと壊せないし、防げない。俺は攻撃、防御を捨てて全力でシャドウホールを身体の前に作り出す。ブラッディボールは俺の影に沈んでいった。でも、身体中に痛みが走っていく。膝をついて両手を地面に置いて、少しでもヴァンパイアの魔力を地面に放出。何とか耐えきったけど……、き、きつ過ぎる……!
「何だと!?」
「…………………………ほう」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ヴァンパイアは驚き、紅いヴァンパイアは小さく俺を睨み付けた。息が荒れるなか、俺は立ち上がる。
「マ、スター?」
「ミランダに……近づくなああああああああぁぁぁぁっ!」
「むっ!」
「きゃっ!」
俺は腹の底から叫び、普段抑えている闇の魔力を解放した。父さんによると、俺は魔力が多くて無意識に身体から出ている。闇の魔力は周りの人間に怪しまれる。だから、俺の修行の大半は魔力を抑えることばかりだった。だけど今はダンジョンの中、相手はヴァンパイア。血魔法で傷付いているのも関係ない、ミランダを救え!
「闇の魔力だと……お前、何者だ?」
「俺の名前はスバル! 闇属性の人間で冒険者だ!」
「面白い。私はヴァンパイアバロンのルビー。最強のヴァンパイア『覇王』になる者だ」
俺はミランダを押さえる紅いヴァンパイアに近づく。もう1人俺を攻撃したヴァンパイアは、ミランダの攻撃によって動けないな。俺は真正面から紅いヴァンパイアの問いに答える。律儀にも紅いヴァンパイアも名乗ってくれた。身体は痛いし、相手は格上で大ピンチなのに、わくわくしてきたぜ。
「ルビー様、ここはオレが引き受けます!」
「いや、その人間に興味が出た。タンザナイト、退け。私がやる」
「ハッ!」
ルビーは部下のタンザナイトの申し出を拒否。タンザナイトが見ている紅いコートを纏う背中は、とても大きい。まさにバロンの名に相応しいヴァンパイアである。
「……っ!」
「安心しろ。体力を消耗している奴に対して、全力を出すような無粋な真似はしない。人間の決闘にはコインを落として始めるのであったな。タンザナイト、やれ」
「ハッ!」
「この一撃に耐えてみろ」
俺はルビーから伝わる気迫とタンザナイトのよる血魔法の影響で冷や汗が止まらない。歯をくいしばり、ギリギリで立っている。その様子を悟っているルビーから決闘を申し込まれた。馬鹿にされていると一瞬考えたが、あの赤い眼は見下していない。これが強者の器、恐ろしいヴァンパイアだ。ミランダとやった決闘。あの時は勝ち負けだったけど、今回は生死をかけている一撃勝負。タンザナイトがコインを用意して俺とルビーが見える位置に立つ。全て出しきる!
「シャドウォォォォォォ!」
「ブラッディィィィィィ!」
俺は身体に宿る闇の魔力を全て右手のシャドウボールに注ぐ。ルビーも紅い魔力が左手のブラッディボールに注いでいる。タンザナイトが天井に投げたコインがキィンと地面に落ちた。
「「ボォォォォォォォォォル!」」
放たれた黒と紅の光弾はぶつかり合う。どちらの光弾も強力でダンジョン内が凄い振動で揺れている。頑張れ、シャドウボール!
「引き分けか」
「はぁ……はぁ……」
「見事だ。お前達は転移陣で退れ。こちらも部下が消耗しているのだ、良いな?」
「っ! 本当に、何も、しないのか?」
「約束は守る」
余裕があるルビー、疲労困憊の俺。何が引き分けだ、完全に俺の負けだ。黒と紅の光弾はお互い消滅。俺はずりずりと身体を動かしてミランダをお姫様抱っこして、転移陣に立つ。俺達は2人のヴァンパイアに見逃されて初心者ダンジョンから脱出した。
「ミランダ、しっかり!」
「馬鹿者……奴隷は囮にして逃げるのが定石だぞ……」
「馬鹿で良いよ。早く街に帰ろう、俺の魔力も空っぽだよ」
俺とミランダは初心者ダンジョンの入口に出る。太陽が眩しい。ミランダが俺を馬鹿にしているけど、お互い様だ。回復魔法を使いたいけど、しばらく使えないな。あんなヴァンパイアもいる、もっと強くならないと!
「ルビー様! 何故あのような下等生物を見逃したのですか!」
「お前はその下等生物に敗れた。恥を知れ!」
「……ッ!」
「2度目は無いぞ。タンザナイト、強くなれ! ヴァンパイア問わず、世界は弱肉強食だ!」
「ハッ……!」
人間を逃がすというルビーの行動に驚くタンザナイト。思わず感情を露にしてルビーに問うが、人間に負けた現状を言われて黙りこむ。ルビーはタンザナイトに喝を入れて今後に生かそうとする。まさに理想の上司の姿だ。タンザナイトは座り込み片膝をついてルビーに頭を下げる。
「予想外の出来事であったが、このダンジョンに隠されていた『火の魔皇石』はあるな?」
「これだけは死守しました……!」
「よくやった。これで我々の目的は達成した。人間共が来る前に去る……闇の魔力を宿す人間、スバルか。また会えることを楽しみにしているぞ」
ルビーはタンザナイトに本来の目的を確認。火の魔皇石こそヴァンパイア達が探していたもの。魔皇石と呼ばれた石は端から見れば、どこにでもある石。ルビーは確認後、紅いコートをなびかせてタンザナイトと共に、多数の紅い蝙蝠に変化して初心者ダンジョンを去った。