第1章 7 ウルフの洞窟
「メアリーさん、おはようございます」
「おはようございます、スバル様」
ミランダとの決闘から数日。俺は冒険者ギルドに来ていた。周りの冒険者はダークエルフのミランダを見て驚いている。今日も受付嬢メアリーさんの元へ向かう。いつもお世話になってます。挨拶は大事だね。
「初心者ダンジョンに挑戦します!」
「いよいよですか。それでは、こちらの書類にサインをお願いします」
「分かりました。それと、メアリーさん」
「はい?」
「知らなかったとは言え、裏市場に行ってしまって、ごめんなさい」
俺はメアリーさんに初心者ダンジョンへの挑戦を伝えた後、裏市場の件で頭を下げて謝った。ミランダからメアリーさんが疑いや心配をしていたことを知ってから謝るのを決めていた。メアリーさんはぽかんと目を見開いてから丁寧に対応してくる。
「スバル様は問題ありません。ただ、裏市場は犯罪が身近にあります。出来る限りは近づかないでくださいね」
「はい。分かりました」
「今日、初心者ダンジョンに挑戦するのはスバル様パーティーのみです。では、スバル様、ミランダ様、初心者ダンジョンの挑戦がんばってください」
「行ってきます!」
「マスターは守り抜く」
俺はメアリーさんから注意してもらって、初心者ダンジョンの挑戦に望む。初心者ダンジョンをクリアすれば、D級に昇格だ。メアリーさんの応援、ミランダの決意を聞いて初心者ダンジョンのある北西へ向かった。
「ここが初心者ダンジョンか。冒険の匂いがする」
「正式名称は『ウルフの洞窟』。最下層にいるブラックウルフが由来だ」
俺達は街から30分ぐらい歩いて初心者ダンジョンに到着した。ダンジョンは幾つか種類があって洞窟、迷宮、城などがある。今回は洞窟で迷うことが少ないタイプだ。そして、この初心者ダンジョンは狼の魔物がたくさん潜んでいる。そして、ボスはミランダの言うブラックウルフで、この魔物を倒すことが新米卒業の証。思わず、武者震いで力が入ってくるね。
「俺は魔法使いだから接近戦は苦手なんだ。だから、ミランダが前衛で俺は後衛。危なくなったら逃げること」
「……分かった、マスター」
「それじゃ、入ろう!」
俺は予めミランダに戦う陣形を伝える。冒険者決闘をした時も、俺はミランダの近距離攻撃に対応出来なかった。この陣形はバランスが大丈夫なはず。まあ、逃げるということにミランダはしばしば頷いてくれたけどね。初めてのダンジョン、出来る所まで頑張ろう! コスモス様、俺達を見守ってください。
「静かだね」
「魔物の気配が少ないな」
「一応、影探知〈シャドウサーチ〉……いないね」
ダンジョンの入口は一本道の下り坂。前後を確認するだけで充分。そのまま進むと、地下1階に着く。地下1階は広場が幾つかあってウルフ達が獲物を狙って潜んでいる、って情報だけどウルフ達が少ない。魔物の位置を確認出来るシャドウサーチも使ったけど少なすぎる。ミランダも戸惑っているみたい。
「おかしいね」
「初心者用といえど、弱すぎる」
地下2階。ここではウルフ達が現れていきなり襲ってきた。しかし、不意打ちの割にはスピードが遅くパワーも弱くてミランダが一蹴した。ウルフ達は致命傷だったのか倒すと、その場で消滅。何か調べたかったけど、仕方ない。その後は奥に進んでもウルフ達の気配は無くて、最後の地下への道のりを見つけた。
「ここが最下層。ギルド公認のボスを倒せば転移陣が出て合格だから、ミランダ頑張ろうね」
「……問題ない。マスターは後ろで見ていると良い」
「俺も頑張るよ! ……ん? ミランダあれって転移陣?」
「どうやら先にボスモンスターを倒した奴がいるらしい。残念だったな、マスター」
俺達はボスの魔物がいる最下層に到着した。最下層は大きな扉があって、扉の向こう側にボスのブラックウルフがいる。ここまでの消費は少ないと考え、大きな扉を押す。扉が開いて戦闘体勢に入る俺とミランダ。しかし、目に映ったのはブラックウルフではなく、光輝く転移陣だった。つまり、ボスのブラックウルフが討伐された後。がっかりだよ。わくわくできなかった。
「とほほ。やり直しかー」
「しかし、私達の前に入った奴は居なかったと思うが……」
「……っ、魔力! 危ない、ミランダ!」
「きゃっ!?」
俺はブラックウルフがいないことにショックを隠せない。ボスと戦うことは危険でいっぱいだけど、初めてのダンジョン、初めてのボスはミランダと一緒に戦ってみたかった。ダンジョンの魔物達は一定期間を過ぎてからダンジョンの魔力によって復活する。つまり、しばらくはダンジョンに挑戦出来ない。
へこんでいる俺をよそにミランダはボスがいない原因を考えているみたい。そういえば、何でブラックウルフはいなかったのかな。そんな思いが頭に浮かんでいると、何か魔力を感じた。ただの魔力じゃない、攻撃魔法! 俺はとっさにミランダを押し飛ばした。その瞬間、俺の身体に凄まじい痛みが襲った!
「オレの魔力を感知して攻撃に気付いたか。下等生物にしては良いセンスだ!」
男の声が聞こえた。
「何者だ!」
「ダークエルフか。こんな田舎にいるとは驚いたぜ。オレはタンザナイト! ヴァンパイア様だ!」
私は何が起こったか分からなかった。突然、スバルに押された。思わず、声が出て振り返るとスバルが血まみれで倒れていた。そして、誰もいないはずの広場に男の声が聞こえる。私はスバルを後ろに隠し守ろうと槍を構えて、男の声のした方向に向く。そこには紅い眼をした男がいた。男は黒い大きな翼を広げて名乗った。ヴァンパイアだと!?
「その紅い眼……ヴァンパイアだと!? 500年前、伝説のパーティによって絶滅したはずだ!」
「そう簡単に絶滅するわけねえぜ!」
ヴァンパイアの名前はタンザナイト。ウルフ達を倒したのはこいつか。しかし、何故ヴァンパイアが生き延びてこんなところにいるのだ!? いや、問題はヴァンパイアじゃない、魔法をくらったマスターだ!
「ぐううう!」
「しっかりしろ、マスター!」
「無駄無駄! 闇属性の1つである血魔法は、人間によく効く魔法だ。5分もすれば生命活動が終わるぜ!」
「くそ! 何故庇った。奴隷を庇う主人がいるか!」
「奴隷じゃない……、ミランダは仲間だ……よ……」
「っ!」
ヴァンパイアの魔法は闇属性の血魔法。自らの血を使用して発動する魔法は同属性の闇魔法、影魔法はおろか、他属性の魔法より強力だ。しかも、血魔法は攻撃が長時間継続する恐ろしい能力。唯一、対抗出来るのは光属性ぐらいで、そんな魔法を人間のマスターが傷ついたのは不味すぎる。ヴァンパイアは笑っている、追撃は無さそうだ。
私はマスターに怒鳴った。戦闘奴隷は主人の盾。主人を逃がして戦う囮、使い捨て。私は戦闘奴隷になってからずっと自分を恨んでおり、私を買う奴らも恨んでいた。主人を攻撃して売り戻される悪あがきしか出来なかった。今回のマスターも同じだと思っていた。でも、マスターは……スバルは私を仲間だと言ってくれた。嬉しかった、温かい気持ちが私の身体を包んでいく。今は目の前の脅威を退ける!
「ま、見られたからには始末するぜ。ダークエルフ」
「私は今、負ける訳にはいかない」
ヴァンパイア。私が知っている攻撃手段は血魔法、吸血、変身能力。弱点は太陽光、光属性の魔法。太陽は地下なので無理、私は光属性ではないので、弱点を攻めるのは不可能。唯一の攻撃手段は、スバルが買ってくれた元暗黒騎士の槍。ヴァンパイアが迫ってくる。私は戦う、私はスバルのために戦う!
「風気〈サイクロンオーラ〉、風槍〈サイクロンスピア〉、風人形〈サイクロンドール〉」
「血剣〈ブラッディブレード〉!」
「せいっ!」
「ちっ!」
ヴァンパイアは剣士タイプか。私は風人形にスバルを守らせて、ヴァンパイアを遠くに引き寄せる。私が狙うは心臓。そこに攻撃を一点に集中する。心臓を潰せばヴァンパイアといえど、復活は出来ないはず。例え生きていたとしても再生の時間はかかる。その間にスバルを連れて太陽がある地上に逃げる。
「なかなかやるじゃねえか、熊公よりは楽しめようだぜ!」
「熊……? レッドベアーはお前の仕業か!?」
まさかこんなところで赤熊のことを聞くことになるとは。スバルが初めて赤熊と会った時から、このヴァンパイアは人里近くに居たのか。血の剣と槍の突きあい。リーチの長い槍を心臓に当てようとするが、弾かれることで当たらない。私の狙いに気づいたのか、ヴァンパイアは大きな黒い翼を広げて飛び上がった。
「心臓狙いか。飛べば当たらねえよ。くらえ、血散弾〈ブラッディショット〉!」
「くっ」
「どうした、どうした! そんなものか!」
「風人形〈サイクロンドール〉、風弾〈サイクロンボール〉」
空から降るたくさんの血の塊。私は風人形を囮にして血の塊を走り抜ける。幸いにも攻撃範囲が狭いのか、離れているスバルの元へは行かないようだ。逃げている間にはサイクロンボールで攻撃しているが、ヴァンパイアには効いていないな。
「バレバレだぜ、ダークエルフ! くたばれ!」
「それが狙いだ。風槍〈サイクロンスピア〉!」
「ギャアああああッ! ち、血が止まらねぇぇ!?」
ヴァンパイアは天井から急降下して血の剣で私を斬り刻む。しかし、斬ったのはサイクロンドールであり、その後ろから人形ごとヴァンパイアに向けて槍を突いた。私の本当の狙いはヴァンパイアの首だ。皮膚の薄い首を斬りつけば、大量の血が流れる。いくら吸血鬼でも再生に時間がかかる。
「風鎖〈サイクロンチェイン〉」
「や、ヤバい! 止めろぉぉぉぉぉぉーーーー!」
「トドメだ!」
大量の血を失い狼狽えるヴァンパイア。そこにサイクロンチェインで両手足を封じ込める。短時間の魔力で作成したので一瞬しか効果は無い。しかし、一瞬で充分! 槍の矛先は心臓に当たる!
「血盾〈ブラッディシールド〉」
「なっ!?」
「血焔〈ブラッディファイヤー〉」
ヴァンパイアの心臓に当たる槍が血の盾で止められた!? しかし、ヴァンパイアは魔法を唱えていない。ヴァンパイア自身も驚いている。そんな私の思考よりも速く血の盾が変化して、紅い炎になって私の身体を吹き飛ばした。一体、何が……。
「み、ミランダ!?」
俺は意識が朦朧としながらも無理やり顔をあげる。ヴァンパイア相手に有利に戦って、トドメをさようとしていたミランダが壁に吹き飛ばされていた。そこにいたのは2人目のヴァンパイアだった。