第1章 5 商人の仮面さん
「確かこの辺りに裏道が……」
「……マスター、何も無いぞ」
「えっとね、ここから魔力を感じて……あった!」
俺は昨日と同じように魔力をたどって途切れる場所を探していた。途切れた場所が裏道の市場。ミランダが怪しんでいるけど、ちゃんと見つけたよ。
「お、おい、マスター……」
「ん?」
「……まさか、こうやって昨日も入ったのか?」
「うん。変だった?」
「変も何も、結界を打ち消して入ることがあるか!」
「そ、そうなの!? ごめんなさい!」
悲報。俺、結界を破壊していた模様。ミランダによると、ミランダを売っていた市場は裏市場という、表の賑やかな街と違って怪しい場所。普通の人間、ましてや新米冒険者が入れるのはおかしいようだ。つまり、俺おかしい!? メアリーさんも怪しんでいたみたいで、後で謝ろう。
「仮面さーん」
「いらっしゃいなの、スバルさん」
俺の中ではお馴染みになった仮面商店。黄色い仮面だから見つけやすい。そういえば、仮面さんの名前って聞いてないや。でも仮面さんって呼んでるから、今度聞こうっと。今はミランダの槍を買おう、何かあるかな。
「戦闘用の槍って売ってますか?」
「もちろんなの。持ってこさせるから待ってるの」
「持ってこさせる?」
仮面さんの他にも誰かがいるのかな、と考えていると仮面さんは小さな手のひらサイズの人形を取り出して魔力を与えた。ま、眩しい!
《サモン ランドゴーレム》
「ゴーーー」
「これは……魔道具か」
「その通りなの、ダークエルフ。私が召喚した従業員のゴーレムなの」
手のひらサイズの人形は、みるみるうちに俺と同じくらいの大きさになる。その人形の正体はゴーレムだった。仮面さんの指示に従って、商店の奥から来たのは槍をたくさん持ってきてくれた。初めて見たけどカッコいい! 仮面さんは土属性なのか。今度、影魔法を使ってゴーレムを造れるか練習してみよう。でも、魔道具から発した声は何だったのかな?
「いっぱいあるけど、おすすめは使用者が傷つくほど、生命を吸収して邪悪な力が出せる暗黒騎士の槍なの」
「呪われている槍ではないか。まさか、ここにある商品全て呪いの類いか……!?」
「大当たりなの」
ミランダが目を見開いて驚いている。仮面さんって呪いマニアなのかな。被っている仮面も、呪いの仮面だったりして。
「う~ん、呪いは置いといて。仮面さん、普通の槍は売ってますか?」
「マスターは何故普通に会話している……!?」
「新米冒険者の俺に対して、色々と教えてくれる。それだけで信用出来るよ」
表の市場では初心者という理由だけで追い出したり、お金をたくさん要求してきたからね。俺の話を聞かない奴らばっかりだった。
「ふふ、実は君を実験奴隷として狙っている悪い女商人かもしれないの」
「貴様!」
「ミランダ落ち着いて。本当に悪い女商人なら、そんなこと言わないよ」
「やっぱり面白いの。ちなみに興味深いのは本当なの」
「へっ?」
俺を脅してくる仮面さん。仮面で表情は分からないけど、怪しい雰囲気がすごい。ミランダは魔力を出し始めて戦闘モードになってる、これは止めないと。そしたら仮面さんは怪しい雰囲気を消してくれた。でも、何かおかしなことを言わなかった?
「スバルさんは呪いを打ち消す能力があるの。昨日の魔道具の呪いも消されちゃったの」
「あ、爆発した魔道具!」
「あれには裏市場に関する記憶を消す呪いがあったの。びっくりしたの、新米冒険者が裏市場の結界を打ち消して通り抜けるなんて」
「裏道で掘り出し物を探そうとしただけだよ」
俺は裏市場の結界だけでなく、魔道具の呪いまで打ち消していたみたい。仮面さんも驚くなんて、俺の身体って変なのかな。そりゃあ、人間の闇属性は珍しいけど。もしかすると、コスモス様かもしれない。冒険者カードにも加護という称号があったからね。お礼を心の中で祈っておこう。
「多分、この暗黒騎士の槍も同じように呪いを打ち消すことが出来るの」
「多分?」
「多分、きっとは、あるいは、なの」
「マスター、ますます怪しい商人だ。こんなものはいらないから普通の槍で構わない」
「まあまあ、物は試しなの」
「マスター!」
「俺は仮面さんを信用するよ。闇の女神コスモス様、見守ってください」
暗黒騎士の槍の呪いを打ち消す。闇属性ってだけの新米冒険者の俺には厳しいに違いない。仮面さんは面白がっており、ミランダの怒りは伝わってる。だけど、後悔するのは止めた。コスモス様に救われた2度目の人生はやりたいことがあれば、何でもする。そう決めたから。俺はゴーレムから暗黒騎士の槍を受け取った。その瞬間、俺の意識はぷっつり途切れた。
『やれやれ。私を信じてくれることは嬉しいですけど、もう少し自分を大切にしてくださいね』
優しい女性の声が聞こえた気がした。
《AAAAAAAAaaaaaaa!》
「マスター!」
「ちょっぴり不味いの」
槍を受け取ったマスターは突然後ろに倒れた。私が起こそうとすると、暗黒騎士の怨念がマスターを包み無理やり立ち上がらせた。まさか、怨念に操られているのか! マスターは槍を構えて私達を狙いに決めたようで、横にいる女仮面も危険を感じて魔道具を用意していた。ニヤリと笑ったマスターが動き出した! こ、これは速い! 生命の危機に頭が真っ白になる。しかし、暗黒騎士の槍が私に当たる瞬間、マスターの闇の魔力が身体から溢れ出した。
《AAAAAAAAAaaaaaa!?》
「マスターの魔力が……」
「呪いを包んでいくの。……人間の闇属性は初めて見たの」
私達は唖然とした。普通の人間が怨念を飲み込んだ。一体、マスターは何者だ? 倒れたマスターを見ながら、私は女仮面の胡散臭い正体を聞き出すことを忘れるほどの出来事だった。
「あれ? 俺……」
「気付いたか、マスター!」
「ミランダ……」
「馬鹿者! 2度と目覚めないかと思ったぞ!」
「ごめんなさい……」
俺は目を覚ますと身体が倒れていた。確か、暗黒騎士の槍をゴーレムから受け取って、そこから覚えていない。でも、誰かに怒られた気がする。反省しよう、隣にいたミランダも怒っている。これはコスモス様も怒っているね、ごめんなさい。
「呪いは打ち消されたの。スバルさん、やっぱり面白いの」
「仮面さん、この槍いくら?」
「100ソンなの」
「本当に買うのか、マスター!?」
仮面さんによると、呪いは大丈夫みたい。ミランダが使う槍だけど、確かに呪われていたものを使うって怖いよね。そこのところ考えていなかったな。今日は反省することばかり、同じことを繰り返さないようにしないといけない。とりあえず、呪いは消えたみたいだから槍だけは買おう。
「安いね、ありがとう」
「長いから邪魔だったの、まいどありがとうなの」
「行こうか、ミランダ。ちゃんと反省しているから」
「あ、ああ。……あの女仮面、いつか化けの皮を剥がしてやる」
俺は暗黒騎士の槍を購入。ミランダに謝りながら仮面さんの商店を出る。ミランダは仮面さんを敵対視していた。本当にごめんね、ミランダ。
「あの呪い、商店自慢の1番凶悪な呪いだったの。それを打ち消すなんて、やっぱり、スバルさんは面白いの」
黄色い仮面に隠れた彼女は笑みを浮かべて呟いた。