第4章 10 星影の仲間達
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……水世界〈ウォーターワールド〉解除します……。皆様、ご無事ですか!」
「……メアリーさん、ありがとう」
「ーーーーす、すまない……」
スバルがサファイアによって絶体絶命になっている少し前。サファイアの血魔法ブラッディウェーブによって、魔人の塔の入り口まで流された2つのパーティ。普通ならば、呼吸が出来ずに溺れて、さらにはヴァンパイアの血魔法なので命の保証は全く無い。しかし、下半身が魚であるマーメイド族のメアリーの水魔法〈ウォーターワールド〉によって、水魔法のみのキューブを作って全員を包み込み、なおかつ血魔法を排除したおかげで、2つのパーティは無事だった。
「ミランダは決して動かないでください。シャロン、私は他の皆さんを診てきます。ミランダのことを頼みましたよ」
「……う、うん!」
「メアリーも、無理を、するな……」
ミランダは強制的に魔力を奪われて重体で、シャロンは小柄な身体に負担が大きかったのか疲れている。その様子を見て、メアリーは少し考えて2人を休ませる。いくらウォーターワールドの防御魔法でも、血魔法相手には厳しかった。メアリー自身の体調を意識しながら、他のパーティ仲間の体調を確認していく。
「フレア、シリウスさん、しっかりしてください!」
「ーーーーーーーー」
「ハハハ、世界の崩壊が始まった。ハハハハハハ」
エドガー率いる『日天の剣』は全滅していた。エドガーがフレアとシリウスに声をかけているが、良い反応はない。エドガー自身はドラゴニュートの強靭な肉体で血魔法による侵食は免れたが、お子さまエルフことフレアはミランダと同じく魔力を奪われていた。ミランダと違うのは、努力を怠る手抜きの修行をしていたために、身体が悲鳴をあげて気絶。ハイエルフのシリウスは、サファイアによる口撃で精神的に敗北していた。顔は絶望しており、ワラっているだけだ。
「こちらは無事ですか」
「師匠も救ってくれてありがとうでやんす。まさか、同胞だったとは驚いたでやんす」
「この眼鏡は世界に1つしかない私用の魔道具です。これでマーメイドの魔力を抑えていましたから」
メアリーは『日天の剣』を後回しにして、依頼主のドランとコラムを確認。上半身が魚のマーマン族のドランもまたメアリーと同じくウォーターワールドを作っていた。そのドランが気付かなかったメアリーの正体マーメイド。トレードマークである赤い眼鏡が、メアリーの膨大な魔力を隠していた。ドランが助けた師匠コラムが、メアリーの顔を見た。
「き、きみは、もしや……」
「師匠?」
「その話は後にしましょう。回復が終わり次第、私はスバル様を助けにいきます。まさか、ヴァンパイアが潜んでいたとは不覚でした」
メアリーはコラムが何かに気付いたことを流して、スバルのことを考える。最上階にはスバルとサファイアの2人きりで、最悪の事態も考えなくてはならない。冒険者ギルド職員として、ヴァンパイアの脅威が近くにいたことが悔しい。急いで冒険者ギルドに連絡することを考えようとした。
ドオオオオオオオオオオオオオン!
「ーーーーな、何だ……!?」
「魔人の塔の屋上が消し飛びました!」
「……流れ星?」
空から聞こえた爆音に驚くミランダ。それはスバルがスーパースターライトバスターでサファイアを吹き飛ばして、塔の壁に魔法が当たった時の音だった。上の様子は分からず、メアリーが崩壊していく魔人の塔の頂上を見ているなか、シャロンは魔人の塔の頂上に吸い込まれるように、流れ星が入っていくのを見つめるのであった。
「大丈夫、スバルさん?」
「ク、リス……?」
「「「「おやおや、誰かと思えばクリスタルくんじゃないか。何の真似だい?」」」」
「お久し振りなの、サファイア博士。水の魔皇石は手にいれたなら、さっさと去るの。この人には指1本、触れさせないの」
俺を助けてくれたのは仲間のクリス。でも、クリスはマヨネップ帝国にいるはず……しかも、女性の細腕にも関わらず、俺を持ち上げている腕力。夢でも見ているかのような光景だけど、クリスとサファイア達が俺を置いてきぼりで会話しているから夢じゃない。それにしてもサファイアはクリスの知り合いなのか? 俺達しか知らないはずのクリスの本名も知っているし……いや、ちょっと待て……ま、まさか……。
「「「「きひひ。やーだね。星影くんは立派なボクの『鮮血』の魔法使いにするのさ」」」」
「鮮血? スバルさんは『星影』の魔法使いなの。それに博士のものにはさせないから本気で消すの。仮面解除」
「ーーーー!? そ、その目は……ヴァンパイア!?」
「…………今まで秘密にしていてごめんなさい、スバルさん。私はヴァンパイアバロネス、クリスタル。星影の衣の一員として、サファイア博士を倒すの!」
「「「「きひっ!?」」」」
「…………クリス!」
クリスは俺を後ろにそっと置いてくれた。クリスとサファイア達は、俺を巡って対立している。相変わらず、サファイアは俺のことを『鮮血』の魔法使いにしたいようだ。それを聞いたクリスは、いつも着けている黄色い仮面を外した。クリスの素顔が見えた瞬間、俺の予想は当たってしまった。かつて戦ったルビーと目の前にいるサファイアと同じ赤目! ヴァンパイアだった! でも、クリスは俺達『星影の衣』のために戦う宣言をした……。サファイア達が変な声だしているけど、どうでもいい。ヤバい……嬉しすぎて泣きそうだ……。
「GYAAAAAA!」
「「「「よせ、キメラ!」」」」
「危ない、クリスーーーー」
クリスは黄色い仮面に続けて茶ローブを脱いだ。ルビーとサファイアと同じ色違いの黄色いコート。黄色い髪に赤目で素顔が見える。茶ローブの上からでも分かった着痩せした胸。こんな時におかしいけど、とても可愛いよ。クリスの言葉を理解したのか、倒れていたキメラがサファイア達の命令を無視して、俺達に襲いかかってきた。俺は身体が動けず、叫ぶことしか出来ない。キメラの大きな口がクリスを食べようとした!
「邪魔なの。血拳〈ブラッディナックル〉」
「GYAAAAA!?」
「すげぇ。あ、あのキメラを一撃で……!」
クリスはひらりと黄色いコートをなびかせてキメラの大きな口を避けながら、血魔法による巨大な籠手を両腕に発動して装着。そのまま頭上から巨大な赤い拳をキメラの額にぶつけた。キメラが悲鳴をあげながら顔を地面にめり込み絶命。な、なんて威力だ。パワーだけなら、ルビーとサファイアにも勝っているぞ……。これがヴァンパイアバロネスのクリス。敵にまわっていたら、俺達でも勝てなかったかもしれない。
「「「「やはり、ボクの力では魔獣の支配はそう簡単には出来ないか……。それにしても、クリスタルくん。どうやら本気のようだね。あとで女王パール様に怒られても知らないよ」」」」
「ご忠告ありがとう。でも、女王パール様には言い訳をしないで、きちんと責任はとるの」
あのキメラは操られていたのかな? キメラが絶命したことで、サファイアは笑いを止めて、クリスに対して明確に敵意を向けた。クリスもまたサファイアに対峙して血拳を構える。ヴァンパイアの女王パールって人がクリス達のリーダーなのか? ヴァ、ヴァンパイアの魔力が2人の身体が溢れ出して激突して反発。すごく濃い魔力だ!
「クリス、気を付けて……。サファイアは強いよ。分身したり、月魔法ってやつを使ってくる。分身は放っといて、本体を……狙うんだ!」
「……スバルさん、月魔法を使われて生きていることはすごいの……。でも、このサファイア博士は分身なの。本体はヴァンパイア城で研究を楽しんでいるの」
「こいつら、全員が……分、身?」
「「「「きひひ。キミの影魔法は是非とも欲しい。ヴァンパイア城に持って帰らせてもらおう」」」」
サファイアが戦闘体勢に入る前に、俺はクリスにサファイアの魔法を伝える。倒したはずのサファイアが生きていたということは、どこかに本体がいるはず。特に月魔法〈ルナ〉は、必殺技スーパースターライトバスターでしか防げない恐ろしい魔法! でも、クリスは俺の作戦を否定した。この場にいる約30人全てのサファイア達が分身!? 最初からコラムさんに化けていた時から本体はいなかった!? 始めから俺がサファイアに勝てる可能性は無かっただと……。畜生、俺は最後までサファイアの手のひらで踊っていたのか……。
「「「「血矢〈ブラッディアロー〉」」」」」
「「「「血矢〈ブラッディアロー〉」」」」
「「「「血矢〈ブラッディアロー〉」」」」
「血拳〈ブラッディナックル〉」
サファイアとクリス。ヴァンパイアバロンとヴァンパイアバロネス。約30人のブラッディアローと両腕から発射したブラッディナックル。2つの血魔法が飛んでいく!
「そこまでだ。血焔〈ブラッディファイヤー〉」
「「「……っ!?」」」
その言葉に背筋が凍る。聞き覚えのある男の声。約30本のブラッディアローと両腕のブラッディナックルが空中で巨大な炎によって爆散した! クリスの目の前で紅いコウモリが飛んでいる。その紅いコウモリに俺、クリス、サファイアは同時に目を見開いた。この声と魔力、間違いない……!
「サファイア博士、クリスタル。一体何をしている」
「お前は……ルビー!」
「久しいな、闇属性の人間スバルよ。どうやらサファイア博士と闘ったのか。死闘を制したその姿、着実に我々ヴァンパイアに迫っているようだな。この惨状を見れば分かる。良い闇の魔力だ。私が唯一認めた宿敵の成長は嬉しいぞ」
「こんな、ボロボロの人間が、宿敵なんて、大げさだよ……。そっちこそ……前より強く、なっている」
「ふっ……。貴様が弱者ならば、とうに私が消している。今ここで生きていることが強者である証だ」
紅いコウモリが変化して人型になるルビー。紅髪、赤目、紅いコートは以前会った時より炎の如く輝いて、血のように深い色を出している。はっきり言って勝てない。ルビーはクリスとサファイアの攻撃を止めて、ぼろ雑巾のように倒れている俺を見ている。何故か俺を褒めているようだけど、こっちは場違いにも程がある。ここには3人のヴァンパイアが存在している。次の瞬間、命が無くなっていても不思議ではない。どうする……? 今の俺はクリスの足手まとい。このまま倒れて見守ることしか出来ないのか?
「スバルさん、ルビーは私やサファイア博士より圧倒的に強いの。私がどうなろうと、スバルさんは絶対に守ってみせるの」
「クリスぅぅぅ……」
クリスはルビーが目の前にいても戦意を失っていない。ヴァンパイアとしての実力が上でも、俺を助けようとしている。嬉しいけど、自分を犠牲にしないでくれ……。また、ミランダ、シャロン、メアリーと一緒に宴をしようよ。くそう、今ほど立ち上がれない自分自身が情けない! 悔しい……! 涙が止まらないよ。ルビーとサファイアが俺達に迫ってくる。
「クリスタル、本当にヴァンパイア族を裏切るつもりか? ……お前を信頼している女王と妹が悲しむぞ」
「違うの。サファイア博士が私のスバルさんに手を出したから、お仕置きしているだけなの。ちゃんと女王と妹には説明するの」
「「「「嘘っぱちだ! コイツはボクらの王を裏切る気だ!」」」」
「黙っていろ、サファイア博士。クリスタルに手を出せば容赦しない」
「「「「きひひ!?」」」」
ルビーは、クリスに対して戦意を見せていない。それどころか、どこか悲しんでいるようにもみえる。クリスに妹がいるのか。クリスはルビーの目を離さずに答えている。その決意は本物でヴァンパイアの女王にも立ち向かうようだ。こんな実力不足の人間の俺を庇ってくれている。さっきの悔しさより嬉し涙が止まらないよ。サファイア達がクリスの言動を責めているけど、それをルビーが庇った。サファイア達が驚いているけど、俺も驚いている。ルビーは戦意が無いみたいで、とりあえずクリスが傷付くことは無くなったか……。良かった……、本当に良かった……!
「分かった。しかし、サファイア博士と水の魔皇石は頂いていく。それで良いな?」
「もちろんなの。スバルさんが無事で、ルビーとの戦いを避けれただけで充分なの」
「この場は私が預かる。サファイア博士、分身を解け」
「はぁぁぁ~。きひひ、分かったよ。今回はルビーくんとクリスタルくんに免じて星影くんを諦めよう……。ただし! 何もしない代わりに、下にいる奴に伝えたいたいことがある。ついて来てくれ」
ルビーはクリスと交渉して、この場を収めてくれた。なんか大人というか、リーダーとしての器がものすごく大きいな。この言動だけでも負けた気分だよ。俺もいつか『星影の衣』の仲間達に対して、実力もリーダーの器も強くなれるかな。もっと精神的にも肉体的にも強くならないといけないと考えていると、サファイアが分身を解いて、翼を広げて屋上から下へ降りていった。俺はクリスの土腕〈ランドアーム〉で包まれながら、クリスとルビーと共に屋上から降りていく。サファイアは一体何を話す気だ?
「みんなああああああああああ! 大丈夫かあああああああ!」
「ーーーース、バル……」
「……スバルさん!」
「スバル様!」
クリスによって飛んで降りていくと、みんなが見えてきた。俺は身体が痛くなる覚悟で魔人の塔の入り口にいるミランダ、シャロン、メアリーに大声で呼びかけた。ミランダは横たわり、シャロンは体育座り、メアリーは回復魔法をしていた。良かった……サファイアの血魔法でやられてしまったか心配だったよ。無事で良かった……。
「ーーーーっ!? ヴァ、ヴァンパイアが……さ、3人!? ぐっ!」
「ミランダ、大丈夫だから動かないで! もう決着は着いたから、全員戦意は無いよ」
「安心するの、ミランダ。スバルさんは私がしっかり守ったの。そこでのんびり休んで見ておくの。その間、私がミランダなんかよりも、スバルさんの頼れる正妻になっているの」
「ちょっと待て、スバルの正妻は私だ! ……ん? そ、その声に私を馬鹿にする口調……。お、お前……まさか……クリスか!?」
「「!?」」
ミランダが俺と共に降りてきたヴァンパイア達を見て無理矢理立ち上がろうとしている。俺はミランダを何とか落ち着かせて横たわりに戻す。そりゃあ、500年前に滅んだとされる最強種族ヴァンパイアが3人もいたら驚くよな。クリスはミランダを挑発していて、内容が恥ずかしいよー! 正妻って何!? ミランダが怒っていると、ようやくクリスに気付いた。シャロンとメアリーも目を見開いて驚いている。まさか、仲間がヴァンパイアだったとは思わないよね。俺もさっき驚いたよ。
「いたいた。やあ、ハイエルフくん」
「ハハハハハハハハハ! ハハハハハハ……は? サファイアああああああああああ!」
「こいつはハイエルフか。実力は本物のようだが、魔力が濁っている。この場にいる誰よりも弱者だな……むんっ!」
「ぐおおおおおおおおおおおお……!」
サファイアは侍ハイエルフのところに歩いていた。さっきまで理由は分からないけど、変な笑いをしていた侍ハイエルフが、サファイアを見ると一変。怖すぎる顔で迫っていく。ルビーはサファイアの側にいて、侍ハイエルフを考察するとあっさりと地面に叩きつけた。魔力は感じなかった。おいおい、純粋なヴァンパイアの身体能力でハイエルフを押し倒したのか。ルビーとは本当に戦わなくて良かった。今の俺じゃ、勝てるイメージが全く無い……!
「きひひ。皆さん、先ほど振りです! 星影くんがボクに勝ったご褒美として、面白い話をしましょう……エルフはまもなくダークエルフを滅ぼす!」
「なん……だと…………」
「ハイエルフの極秘計画さ。そこのダークエルフくん、すまなかったね。今回は仕方なく利用してしまったが、我々ヴァンパイア族にとって、ダークエルフ族には大きな借りがある。ここで借りを返しておこう。そこで転がっているハイエルフの嫌がらせにもなるしね」
サファイアが足元で倒れている侍ハイエルフをよそに演説し始めた。俺にスターライトバスターの弱点を教えてくれた時と同じだな。説明好きなのか? そんな呑気なことを考えていたけど、ダークエルフの話で空気が冷たくなった。ミランダが驚きで言葉が出てこない。エルフがダークエルフを滅ぼすだって!? 俺達があまりの恐ろしさに驚いていると、あのサファイアがミランダに向かって頭を下げた。ダークエルフ族がヴァンパイア族に対して支援をしていたのは本当だったのか。ルビーとクリスも頭を下げている。サファイアはミランダから目線を外して、侍ハイエルフを見下した。
「貴様ああああああ! 余計なことをおおおおおおおおおおおおっ!」
「し、シリウスさん……?」
「まあ、エルフ達はハイエルフに絶対服従だから回避不可能。1ヶ月後にはエルフがダークエルフの里に向かって進軍していくさ。きひひ」
「わ、私の故郷がーーーー」
侍ハイエルフは殺意だけで命を奪えるような憤怒の顔をしている。エドガー先輩は侍ハイエルフの変わりように呆然。サファイアは侍ハイエルフを無視してハイエルフの計画を語っていく。1ヶ月なんてあっという間じゃないか! ミランダは想像してしまったのか、褐色肌の顔が白くなっている。しっかり、落ち着いて!
「話は終わったな。行くぞ、サファイア博士」
「きひひ。しかし忘れるな、ダークエルフの里に行こうとしているのはエルフ族だけじゃないことをね。ダークエルフの里には『魔皇石』がある」
「「「「……っ!?」」」」
「さらばだ」
ルビーは用事を終えて俺達に背を向ける。今回は戦わなかったけど、いつかルビーと戦う時が来るだろう。これから少しでも強くならないといけないな。俺が決意を固めていると、サファイアは最後に爆弾発言をした。ダークエルフの里に『魔皇石』がある!? それはヴァンパイアがダークエルフの里に来ることを示しているようなものだ! 1ヶ月にエルフ、ダークエルフ、ヴァンパイアの三つ巴……。ただの争いじゃない……戦争になってしまう! ルビーとサファイアは紅と蒼のコウモリに変化して飛び去っていった。
「ありがとう、クリス。おかげで助かった」
「スバルさん。私は、その、ヴァンパイアなの。だから……ひゃっ!?」
「クリスは俺達の仲間。それだけで充分だよ。難しい話は後で聞くよ」
「ありがとうなの……」
俺はクリスにお礼を改めて行う。クリスがいなかったら、サファイアに連れ去られて『鮮血』の魔法使いになっていたに違いない。ヴァンパイアのことを黙っていたことを言いづらそうなクリスをよそに、俺は優しく抱き締めた。驚いた声が可愛いね。クリスは俺にしか聞こえない小声でお礼を言ってくれた。俺の方こそ……ありがとう、クリス。
「離せ、エドガー殿! 今からでも……ヴァンパイア共を皆殺しだ!」
「シリウス様は黙ってください。これは国際問題です。各国に後援しているダークエルフ族を滅ぼすなど、冒険者ギルドとして宣戦布告と見なしますよ」
「僕の兄がいる騎士団にも話す必要があります。僕があなたをオレメロン王国へ連行します」
「黙れ! オリオンのガキが! 拙者は英雄『ケニスマイヨス』の息子だぞ。こんなところで終わる男ではないわ!」
「うわっ!?」
侍ハイエルフはメアリーとエドガー先輩によって押さえ付けられていた。ハイエルフの極秘計画は明らかに国際問題らしく、メアリーも冒険者ギルドとして対応している。侍ハイエルフがついにキレて、エドガー先輩の光魔法による拘束をぶち破った! たしか『ケニスマイヨス』は勇者オリオンのパーティ『天空の虹』の一員のはず……。親が英雄なら子も英雄ってか。こいつ、実力がある分、本気で英雄のつもりだ。ダークエルフ族を滅ぼすなど、お子さまエルフよりも圧倒的にタチが悪い! 逃がしてはいけない!
「お父、様……た、すけ……てーーーー」
「フンッ! ヴァンパイアなんぞにくたばる出来損ないの娘など、くれてやる! 忌まわしきダークエルフよ、我らエルフの恐怖に怯えて待っているがよい。転移〈テレポート〉!」
お子さまエルフがようやく目が覚めたにも関わらず、侍ハイエルフは激怒している。それが実の娘に対する言葉か! そして、ダークエルフのミランダを忌々しく見てこの場から消えていった。今のは最上級魔法の転移魔法!?
「待ちなさい!」
「くそっ!」
「逃げられたか……」
「そ、そんなーーーー、ーーーー」
メアリー、エドガー先輩、俺の言葉も虚しく、侍ハイエルフことシリウスが転移魔法で逃げたことに変わりはない。お子さまエルフことフレアの聞いたことのない弱く悲しい声が辺りに響くのであった。もう、夜が明けてくるーーーー。
「みなさま、この依頼で起こった出来事については、私メアリーが全て冒険者ギルドへ報告します。それまでの間、この『魔人の塔』で待機及び休暇を宣言します。よろしいですね?」
「「「「はい」」」」
「スバル様の宿屋、満腹亭にも帰れないと伝えておきます」
「ありがとう。メアリーもきちんと休んでね」
俺達は魔人の塔で一泊することになった。幸い、ここは野生の魔物が出ないため、クリスのハウスゴーレムを使ってひと休み。メアリーが冒険者ギルド関係者として報告して返事が来るまではこの場限りだけど自由らしい。俺達はともかくエドガー先輩達やドラン達も承諾した。それぞれがハウスゴーレムに入っていくなか、メアリーがオレメロン王国で泊まっていた満腹亭にも連絡してくれるそうだ。何から何まで本当にありがとう。ゆっくり休んでね。メアリーは頷くと、自分用のハウスゴーレムに入っていった。
「みんな、色々と話したいことがたくさんあるけど、今日は休もう。特にミランダは休むこと。クリスとの話し合いは冒険者ギルドからの返事の後にしよう」
「す、すまない……」
「スバルさんもしっかり休むの」
「……疲れた」
俺達はクリスが使っていた一際大きいハウスゴーレムで休む。全員ベットの一直線でばたんと倒れる。ミランダは重体、シャロンは肉体疲労、クリスは精神疲労、俺はボロボロだ。お風呂は今度動けた時にしよう。今日は色んなことが起こりすぎた。依頼者がヴァンパイア、討伐魔物は光属性、味方パーティに馬鹿なハイエルフ、仲間がヴァンパイア……長い1日がようやく終わったのであった。俺は何かを考えることもなく、意識が闇の中に沈んでいった。みんな、おやすみなさい……。
「皆さん、弟子ともどもお世話になりました。このご恩は忘れません。いつか必ずお返しします」
「星影のスバル、ありがとうでやんす。今度依頼する時はトレジャーハンティングが楽しいことを教えてあげるでやんす」
「こっちは任せてくれ、スバルくん。シリウスのことは兄さん達と何とかするよ」
「…………………………お、とう、さまっ……」
3日後。エドガー先輩とフレア、ドランとコラムさんはオレメロン王国へ帰国することが決まった。それぞれから貴重な意見を聞くらしい。冒険者ギルドの返事では、この討伐依頼は世間で無かったことになるようだ。その代わり、俺達への報酬などは冒険者ギルドから送られることになった。そして、ヴァンパイアやハイエルフの極秘計画についても騎士団へ報告するそうだ。どうやら俺達はオレメロン王国の国際問題の立会人になってしまった。ドランとコラムさんからお礼を言われたり、フレアがエドガー先輩の背中で悲しい寝言を言いながら、ゴーレム馬車で帰っていったのが印象的だった。そして俺は……。
「クリス、話してほしい。サファイアが言っていたヴァンパイアキングの復活。きみ達は何をしているのか?」
俺達『星影の衣』は魔人の塔で待機することを決めた。理由はヴァンパイアのクリスと話し合いをするためだ。メアリー曰く、ここは巨大魔物キャッスルゴーレムがいた以外、すでに突破されたダンジョンだから人が来ることは無いらしい。内緒話にはうってつけだ。一通り動けるようになったミランダも含めて、全員集合。俺、ミランダ、クリス、シャロン、メアリー。こうして、全員が同じ場所にいるのは初めてだ。俺の質問は幾つかあるけど、やっぱり最初はヴァンパイア族の目的であるヴァンパイアキングについてだ。
「そこまで知っているなら話が早いの。私達はヴァンパイアキングの『魔皇石』を集めているの」
「……魔皇石?」
「サファイアが宝箱の中身を奪ったやつか。一体、あれは何だ?」
「ヴァンパイアキング……『覇王』ダイヤモンド様の心臓なの」
「「「心臓!?」」」
クリスはいつも着けていた黄色い仮面を外してヴァンパイアとして答えてくれる。魔皇石という言葉にシャロンが首を傾げる。サファイアがフレアとミランダを利用して手に入れた、伝説の勇者オリオンの宝箱にあった物か。ミランダ、メアリーも初めて聞くみたいで、その正体は何とヴァンパイアキングの心臓だと判明した! 俺達全員が驚いた。500年前、勇者オリオンが倒したヴァンパイアキングが何で宝箱に入っているんだ!? そして、ヴァンパイアキングの名前は初めて知った。有名な話だけど、名前はどんな本にも載っていない。
「正確には心臓の欠片。基本属性と同じく6つあって、それぞれの属性の力が秘められているの」
「火・水・風・土・光・闇ですね」
「魔道具に使う魔石のようなものか」
「ミランダ、例えとしては合っているの。でも、魔皇石は魔石なんかとは比べられないほどの魔力を秘めているの。今、ヴァンパイアが見つけたのは火・水・光なの」
クリスの説明では魔皇石が6つ存在しているらしい。それはメアリーの言う基本属性の能力が内包されている。そういえば、サファイアも『水の魔皇石』と呼んでいたな。つまり、あれは水属性なのか。ミランダは魔皇石を魔道具に使う魔石と考える。その考えは合っていたようで、クリスが説明を加える。そして、ヴァンパイアが魔皇石を既に3つ手に入れたことが分かった。残りは風・土・闇か……。
「まさか、ウルフの洞窟に現れたヴァンパイアもですか!」
「その通りなの、メアリー。火はウルフの洞窟でルビーが確保。水は魔人の塔でサファイア博士が確保。光は元々パール様が持っていたの。光の魔皇石が輝く時、それが『覇王』ダイヤモンド様の復活の合図だったの」
そういえば、メアリーは冒険者ギルドで初心者ダンジョン、ウルフの洞窟を調査していたね。ルビーと初めて出会った場所でもある。そうか、あの時ルビーは部下のタンザナイトと共に『火の魔皇石』を探していたのか。俺が2つの魔皇石に関係しているところに巡り合わせたのは偶然かな? そして、光の魔皇石がヴァンパイアキング復活の合図。もしかしたら、ヴァンパイアキングは魔皇石になっても意識はあるのかもしれない。恐ろしいな……。
「魔皇石が全て揃えば、ヴァンパイアキングは甦るのか?」
「そうなの。500年前の竜血戦争。当時はまだ私やルビーは生まれてなくて、戦争を知っているのは女王パール様とごく一部ぐらいなの。パール様によると、勇者オリオンがヴァンパイアキングを封印するために宝箱に隠したと言われたの」
「……500年。壮大な話……」
「この話は流石に冒険者ギルドやオレメロン王国にも報告出来ませんね……。クリス様の言葉が真実であっても、世間が受け入れる可能性は低いです……」
ヴァンパイアキングの復活には6つの魔皇石が必要。それはヴァンパイアの現在のリーダー、パールの言葉らしい。500年も前だと、流石のヴァンパイアでも知っている人は限られているのか。シャロンの言う通り、壮大な話だ。何で500年も経ってから復活する必要があるんだ? それはクリスにも分からないだろう。メアリーもまた悩んでいる。冒険者ギルドの立場上、報告する必要があるからね。結局、秘密にしておくことになった。世界が知るには早すぎるかもしれない。いや、知っても受け入れるのは厳しいだろうね。
「クリス、1番大事な質問だ。6つの魔皇石を探すこと。それはクリスにとって大事なことか?」
「とっても大事なの。今の私が生きているのは女王パール様のおかげ。その恩を返すことが、私の使命なの」
「……………………分かった。パーティのリーダーとして認めよう」
「ほ、本当!? ありがとうなの!」
「「「スバル!?」」」
俺はクリスに1番聞きたいことを尋ねる。それは魔皇石探しが自分の意志であるかだ。他のヴァンパイアに脅されている可能性もある。でも、俺の考えをクリスは否定した。クリスの意志は本物で女王パールに尽くすこと。その赤い目が真実だと語っている。それなら、パーティのリーダーとして俺に出来ることは1つだけ。仲間を応援することだ。その答えにミランダ、シャロン、メアリーが驚いている。
「ただし、俺もクリスの使命を手伝う」
「………………………………へ?」
「みんなもクリスの使命を手伝ってくれるか?」
「「「……! もちろん!」」」
「ーーーーーーーーーーーーーっ!?」
俺はクリスの使命を尊重したけど、それは『星影の衣』パーティのリーダーとしてだ。でも、俺個人としてはこのままクリスを1人で行かせる訳にはいかない。俺も『魔皇石』探しを手伝う。ヴァンパイアキング復活よりクリスの心配だ。クリスがキョトンとしている。その顔はマヨネップ帝国への護衛依頼のお礼として、俺の血をあげた時と一緒だ。ミランダ、シャロン、メアリーにも俺の提案を尋ねると、少し驚いてから笑顔で了承してくれた。それにもクリスは信じられない顔で先程よりもびっくりしている。
「これからはずっと一緒だ。1人で悩まないで相談してね」
「水臭いぞ。ライバルが不調だと、私の調子まで狂うからな」
「……仲間は助け合い」
「あなたは同志を相手にスバル様を命懸けで守りました。私も冒険者ギルド受付嬢ではなく、1人の女性として信頼しておりますよ」
「みんな……ありが、とう、なの……うぅ、うぅ、うわぁああ、ああああああああん!」
俺、ミランダ、シャロン、メアリーの言葉に、クリスは赤目から涙を流して泣き始めた。ずっと1人で頑張ってきて、ヴァンパイアのことを秘密にして我慢していたと思う。ミランダがクリスを抱きしめ、シャロン、メアリーも続く。今は思う存分、泣いていいよ、クリス。これからはみんな一緒だ。クリスが泣き止むまで、俺はずっと見守っていた。
「クリス、俺達が行く目的地は、ダークエルフの里かな?」
「そうなの。ダークエルフの里には『風の魔皇石』があるの」
「初耳だな。……もしや、プロキオン様なら何かを知っているかもしれない……」
俺達の目的地は『風の魔皇石』があるダークエルフの里。目的は他のヴァンパイアより先に『魔皇石』をクリスが確保して、ヴァンパイアとの争いが始まることを止める。そして、ハイエルフ率いるエルフ族の襲来をダークエルフ達に知らせること。ミランダは魔皇石のことを知らなかった。ヴァンパイアキングの心臓だから『プロキオン』って人が秘密にしていたと思うな。少なくとも、各国やヴァンパイア族に支援しているから良い人に違いない。どこぞの侍ハイエルフとは比べる必要が無いね。
「ダークエルフの里へ行くには、水上都市アガルタを通る必要があります。あそこは様々な場所へ行くための交差点です。私はアガルタで生活していたことがあるので案内しますね」
「……楽しみ」
水上都市アガルタか。ドランが魔人の塔へ来る途中に言っていたな、マーマンとマーメイドが住んでいるって。メアリーも生活していたみたいで、これは頼もしいね。シャロンが小さな尻尾を振って嬉しそうだ。今回のシャロンの初依頼はとても大変だったから、水上都市アガルタ、そしてダークエルフの里への旅だけでも楽しくしてみせる。
「よーし、目的地は決まった。次にやることはクリスの歓迎会……宴だ! みんな、ジョッキを持ったか?」
「「「「ーーーーはい!」」」」
「じゃあ、クリス……どうぞ!」
「は、はい! 私の名前はクリスタル=グレイムーン。種族はヴァンパイア。特技は商売とゴーレム使い。改めて、クリスと呼んでほしいの!」
難しい話はここまで! 俺はジョッキを用意。宴用のジョッキは影に収納している。ミランダも保存用の料理を用意してくれた。まだまだ身体が動きにくいからね。今回の主役はクリスだから、じっとしてもらう。その間、メアリーとシャロンも料理を並べる。準備が終わったら、みんなでジョッキを持ってクリスに挨拶を促す。クリスの自己紹介にみんなは黙って聞き入れる。クリスの姓はグレイムーン……か。良い名前だね。クリスは俺達のジョッキにトマトジュースを注いでいく。トマトジュースはクリスの好物で、いっぱいハウスゴーレムに積んでいた。
「今から正式な仲間だ。改めてよろしく、クリス!」
「よろしく頼む、クリス」
「……よろしく、クリスさん」
「よろしくお願いします、クリス様」
俺、ミランダ、シャロン、メアリーは仲間として、クリスのジョッキに次々とトマトジュースを注いでいく。
「クリス、改めて『星影の衣』にようこそ! 乾杯だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「「「「「かんぱーーーいっ!」」」」」
クリスの自己紹介をきっかけに宴が始まった。俺達はひたすら食べたり飲んだりして盛り上がった。端から見ると、人間、ダークエルフ、サキュバス、マーメイド、ヴァンパイアが仲良くトマトジュースで飲みあっている光景はおかしいだろう。でも、クリスがヴァンパイアでも関係無い。だって、俺達は『星影の衣』の仲間だからだ! 次の目的地は水上都市アガルタ、そして……ミランダの故郷ダークエルフの里だ!
『星影の衣』
リーダー スバル
副リーダー ミランダ
商人 クリスタル
医師 メアリー
保護 シャロン
ゴーレム プレアデス




