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第4章 8 黒幕

「ゴオオオオオォォォーー」


「ありがとう、プレアデス」


 コラムさんの依頼、巨大魔物キャッスルゴーレムの討伐成功。巨大シャドウゴーレムは貯めてあった魔力の限界によって、手のひらサイズの魔道具ゴーレムに戻った。プレアデスが居なかったら、俺達は生きていなかったに違いない。本当によくがんばってくれたよ。それから魔道具ゴーレムをくれた仲間、ここには居ないクリスにも感謝だ。


「よくやったぞ、スバル!」

「……スバルさん、無事で良かった」

「スバル様が居なければ、この依頼は達成できませんでした」

「流石だよ、スバルくん」

「ふ、ふん。な、なかなか、やりますわ」

「………………拙者は認めんぜよ」


 皆が俺を出迎えてくれた。キャッスルゴーレムを倒せたのは、皆がシャドウゴーレムを召喚するための時間稼ぎをしてくれたこと、ある程度ダメージを与えてくれたからだ。ミランダの完成されたキレのある槍、シャロンの細腕でも発揮する強力なメイス、メアリーの魔本による遠距離回復魔法。素晴らしい仲間に出会えたことに、俺は『星影の衣』のリーダーであることが誇らしいよ。もちろん『日天の剣』も何だかんだで活躍してくれた。残念エルフ親子は微妙だけどね。それにしても、あの途中でキャッスルゴーレムの属性が変化した白い球体は何だったのかな? あとで調べてみるか。


「あれはーー」


「きひひ、秘宝だ! ついに現れたか! 長い間お待ちしてました!」


「ーーーーっ」


 俺達が談笑していると、最上階の広場の中央に魔法陣が展開して宝箱が現れた。キャッスルゴーレムを倒したから出てきたのか。あれが『魔人の塔』に眠っていた秘宝かな。取り敢えず、白い球体は置いておこう。俺達の依頼主であるマーマン族のコラムさんが真っ先に走っていった。はやっ! トレジャーハンターの本能にしても、大きな身体を揺らして元気だな。ふと隣を見るとドランが動いていなかった。あれ、何で弟子のドランは一緒に行かないのかな? しかも口元を押さえて身体が震えている。どうしたんだ?


「ぬわっ!?」


「結界ですわ!」


「僕達ドラゴニュートの結界魔法でもないね」


「何だこれは。我らエルフが知らぬ結界だと!?」


 ドランに尋ねようとしたら、宝箱に向かっていたコラムさんが何かに弾き飛ばされた。何だ!? 俺達は急いでコラムさんの様子を見に行くと、宝箱の回りに何かがある。よく調べてみたら、宝箱の回りに魔法陣の結界だ。侍ハイエルフも知らない結界みたいで、エドガー先輩によると闘技大会にいたドラゴニュートの警備兵さん達の結界魔法とも少し違うらしい。あれ? この結界、どこかで見たことがあるような気がするぞ。戦闘の影響か、うまく頭が回っていない。うーん、何だったかな?





「アニキ、宝箱が現れているじゃん!」


「待っていた甲斐があったな、相棒」


 こ、この声は!





「あいつらは……」


「さっきのマーマン族!?」


「……賞金稼ぎコンビ」


「まさか……。スバル様、お下がりください! 彼らの目的はーー」


「察しが良いな。その宝箱を差し出してもらおう」


 俺達が宝箱の結界について考えていると、先ほど戦ったマーマン族の賞金稼ぎコンビが再び現れた。確か、アニキがエックスで相棒がアックスだったはず。今の言葉を聞く限りだと、奴らの狙いは宝箱!? 俺を除く『星影の衣』の仲間達が戦闘体勢に入った。くそっ、俺は戦闘の疲れが響いているのか反応が遅い。俺達に続いて『日天の剣』もコラムさんを囲って護衛している。


《スバルは休んでおけ》


《……私達が戦う》


《アックスは水属性で、エックスは風属性です。気をつけてください》


《ありがとう、皆》


 俺の様子に気付いたのか、皆の念話〈テレパシー〉が俺の頭に入ってくる。頼れる仲間がいるのは本当にありがたい。少しでも休んで頭の整理、身体の疲労を治めよう。幸い、魔力はシャドウゴーレムに使っただけで結構温存している。


「そこの闇人間やるじゃん。オレ達が苦戦したゴーレムを倒してくれて助かったぜ」


「まさか……俺達にキャッスルゴーレムを倒させたのか」


「その通りだ」


「だから、あの時は簡単に通らせてくれたのか」


「ひゃひゃひゃひゃ! 大当りじゃん!」


 この状況とさっきの言葉、マーマンコンビはキャッスルゴーレムのことを知っていた。そして、俺達にキャッスルゴーレムの相手をさせる。つまり、俺達は賞金稼ぎコンビの思惑にはまっていたのか。よくよく考えてみると、冒険者ギルドを追い出されるほどの賞金稼ぎコンビが、エドガー先輩や侍ハイエルフのような有名人をしつこく追いかけてきたはずだ。それなのに、キャッスルゴーレムと戦っている時も何もしなかった。相手の作戦が良かったけど、俺が油断していたのも原因か。アックスの高笑いが『魔人の塔』に響く。


「そうはさせん。これは我々の誇りそのもの! エルフ族が伝説の勇者オリオン殿から預かりしもの。この依頼のコラム殿にもエルフ族が定期的に確認することを条件として譲ると約束した秘宝ぜよ。賞金稼ぎごときが邪魔をするな!」


「その通りですわ、お父様!」


「先祖の秘宝は僕が護る!」


 残念エルフ親子とエドガー先輩が俺達より前に出る。賞金稼ぎコンビと戦う気満々だな、こりゃ。そういえば、秘宝については詳しく聞いていなかったな。伝説の勇者オリオンの宝箱なのか。一体、何が入っているのかな?





「伝説の勇者オリオンの秘宝はオレ達が頂く。かかってこい『樹冠』シリウスと『日天』エドガー。行くぜ、相棒」


「行くじゃん、アニキ!」


 賞金稼ぎコンビもやる気満々。相棒のアックスはさっきエドガー先輩と戦っており、水属性の上級魔法である青魔法を使用してくる。必殺技は名前と同じ青い巨大な斧だ。アニキのエックスは、メアリーさんによると風属性らしい。でも、それだけしか情報が無いから油断できないな。何故なら俺達戦えるのがコラムさんを除く8人に対して、相手は2人だけ。戦いは数を承知で突っ込んでくるあたり、相当戦闘に自信を持っているに違いない。


「コラム殿、下がるぜよ。拙者達が不届き者を倒してみせましょう」


「フレア、コラムさんを頼むよ」


「分かりましたわ!」


「た、頼みま~す」


 エドガー先輩率いる『日天の剣』は、勘違いエルフがコラムさんを守って、エドガー先輩と侍ハイエルフが賞金稼ぎコンビに挑む。エドガー先輩はさっきアックスに勝っているし、侍ハイエルフは認めたくないけど、ミランダを倒した実力者。勘違いエルフでもコラムさんの守りぐらいなら出来るだろう。俺は攻撃力の戦闘面のみを考えながら見ていた。


「さあて、お前らは厄介だ。相棒、合わせるぞ」


「りょーかいじゃん!」


「「複合魔法、青透明牢獄〈ブルークリアプリズン〉!!」」


「「何!」」


 しかし、俺の期待は一瞬にして崩れた。賞金稼ぎコンビがお互いの手を重ねると、膨大な魔力が発生。エドガー先輩と侍ハイエルフの頭上から巨大な牢獄が落ちてきて2人を閉じ込めた! 賞金稼ぎコンビは何と複合魔法を使用してきたのだ。複合魔法は闘技大会で『賢者』レグルスさんが、俺の必殺技スターライトバスターに対して使用してきた魔法だ。まさか、マーマン族の賞金稼ぎが使用してくるなんて想定外もいいところ。レグルスさんより格下なのは明白なのにだ。しかも、攻撃魔法ではなく捕獲魔法という変化球。俺達はドラゴニュートとハイエルフという、パーティの攻撃力を失ってしまった。


「しばらくそこで見学するのだな」


「木刀〈アースブレード〉!」


「光射〈ライトシュート〉!」


「無駄無駄。そんな弱い魔法は効かないじゃん」


「おのれえええええええ!」


 エドガー先輩と侍ハイエルフが簡単に捕まった。2人とも強力な魔法を使って抜け出そうとしているけど、あの牢獄に対しては全然効いている気配が無い。複合魔法……恐るべし。どうする!? 余裕ぶっているアックスに対して、侍ハイエルフの怒声が響く。こいつらやっぱり強い……!


「き、きひひぃぃ……い、命だけはお助けを~~!」


「デブは引っ込んどくじゃん!」


「えっ」


「師しょーーーーぐはあああああああああっ!」


「ふべらっ!?」


 エドガー先輩と侍ハイエルフがいなくなった『日天の剣』にアックスが迫る。必死に助けをすがるコラムさんが容赦のないアックスにぶっ飛ばされた! 守ったドランはともかく、ちょっと勘違いエルフ、今のは反応出来るスピードだろう!? ぼーっとしていたぞ! あいつ前よりも酷くなってないか。マーマン族のコラムさんとドランまでやられた。役に立たない勘違いエルフを除いて、これで俺達『星影の衣』だけか。この流れはマズイ、何か考えないといけない!


「ほどほどにしろよ、相棒」


〈…………! 皆、聞いてくれ。ここは俺達全員で攻めよう。アックスが向こうにいるから、こっちにいるエックスが無防備だ。こいつは恐らく捕獲魔法を使ってくるから近づいた瞬間、分かれて攻撃だ!〉


〈〈〈了解!〉〉〉


〈カウントをとるよ。5……4……3……〉


 エックスはアックスに対して余裕の笑みを浮かべている。確かにこっちのピンチだけど、この瞬間チャンスに変わったぞ。今、アックスとエックスは少し離れている。これなら複合魔法は出来ない。何故なら複合魔法は緻密なコントロールが必要な魔法であり、レグルスさんのようなベテランじゃないと簡単には出来ない。奴らは先ほど複合魔法を使う瞬間、お互いの手を重ね合っていた。あれが複合魔法のタイミングだろう。俺は念話〈テレパシー〉でミランダ、シャロン、メアリーに指示。作戦を伝えてカウントダウン開始。


〈2……1……作戦開始!〉


「っ! 次は『星影の衣』か。闇属性の人間にダークエルフとサキュバス。そして……む!? その顔は……もしや……」


「「「「今だ!」」」」


「はっ!」


 俺達は気配を限界まで薄めてエックスに突っ込む。エックスはアックスのほうを見ていたけど、一瞬でこっちを振り向いた。気付かれたか! だけど、もう遅い! 俺達は戦闘体勢になるエックスを中心に直前で4方向に分かれた。俺の影弾〈シャドウボール〉、ミランダの風槍〈サイクロンスピア〉、シャロンの火槌矛〈ヒートメイス〉、メアリーの水矢〈ウォーターアロー〉が4方向から放たれた。流石のエックスも顔から笑みが消えたな。いけるぞ!


「しまった! アニキ!」


「ほう。分かれて俺を狙うのは悪くないが……透明鎖〈クリアチェイン〉!」


「「「「なっ!?」」」」


「俺は風属性の透明魔法使い。捕獲魔法のスペシャリストだ。どんな方向からでも対応できる……残念だったな。…………まさか、こんなところでお見かけするとは……」


 アックスが焦ってこっちに向かってくるけど、俺達の魔法のほうが遥かに速い。これは決まったと考えていた。でも、よく見ると、エックスは笑みを止めたが、焦ってはいなかった。冷静に俺達の魔法に対して、魔法を放っていたのだ。その結果、俺達の身体と魔法が空中で停止した!? そんな馬鹿な! 身体に異変が無いか触っていると、先ほどまでには無かった鎖がいきなり現れた。これは鎖!? 全く見えなかったぞ。まさか、接触しなければ現れることがない高度な捕獲魔法か! くそ、身体が動かない。皆も同じで鎖に縛られていた。ヤバい、ヤバい、絶体絶命の大ピンチだ!





「そこまでですわ! お父様とエドガー様を離しなさい!」


「誰だ?」


 こ、この偉そうな口調は……。





「わたくしはハイエルフのシリウスを親に持ち、伝説の勇者オリオンの子孫エドガー=フォン=イストールの従者! フレア=アイゼンクですわ! わたくしが動くからには、あなた方は負けたのも当然ですわ!」


〈……ひどいな〉


〈……今まで何もしてない〉


〈……頭脳がお子さまですね〉


 そういえば、あいつだけ賞金稼ぎコンビへの攻撃や防御をしていなかったから傷ひとつ無いな。ミランダ達の呆れた念話〈テレパシー〉が入ってくる。俺もそう思う。もう勘違いからお子さまにレベルダウンだ。最後の希望はお子さまエルフか……。こんなことになるなら、もっと魔法の練習をするべきだった。ごめんね、みんな。


「ほう。シリウスの娘であり、オリオンの子孫が代々受け継ぐ従者のエルフか。コイツは売れるな……相棒!」


「任せるじゃん、アニキ! 青腕〈ブルーアーム〉!」


「きゃあ!? な、何なんですわ!? 離しなさい! わたくしを誰か分かってますか、汚れわれしい! あなた方のような庶民が、わたくしのような英雄に触れるなど愚か者ですわ!」


 勘違いエルフことお子さまエルフは簡単に捕まったー。最後の希望がー。分かっていたけど、役に立たねー。ダメだ、俺の思考も子どもっぽくなってきている。やけくそだな、こりゃ。捕まっているのにぎゃあぎゃあと騒いでいる。耳を防ぎたいけど、鎖で縛られて動けない。エドガー先輩には悪いけど、あいつは裏市場で売ったほうがいいかもしれない。それで少なくとも俺達は救われるなー。もうダメだ、おしまいだー。


「ハァ? おかしなことを言う。お前が偉いのではない。お前の先祖が偉いだけだ。そして、お前はこれからただの商品になるだけだ」


「いい加減にするのですわ! わたくしの言うことを聞きなさい! わたくしは正しい! わたくしにひれ伏せなさい! わたくしは英雄ですわ!」


 うんうん。こればっかりはエックスに同意。伝説の勇者オリオンもヴァンパイアの王を倒したことで世界を救ったと語られている。お子さまエルフは何もしていない。エドガー先輩に引っ付いているだけのお飾り状態だ。そのたくさん話している言葉の内容も空っぽ。俺の耳には何も響いてこない。


「うるせえな。こんなヤツ、買い手が出てこない。コイツは金になる価値すら無いな。相棒、目障りだから握り潰してしまえ。エルフの血ぐらいなら買い手が出てくるだろう」


「ひぃ!」


「りょーかいじゃん、アニキ!」


「フレア!」


「やめろおおおぉぉぉぉ!」


 ヤバいっ! エックスの堪忍袋が切れた。ペガサス山での俺と同じだけど、流石に命を奪うことは駄目だ。それは1度命を失った俺が1番分かっていることだろう! アックスが青い腕でお子さまエルフを握り潰そうとしている。何とか鎖が外せないのか!? お子さまの悲鳴を聞き、エドガー先輩と侍ハイエルフが牢獄の中で叫ぶ。もうダメだ、間に合わない!


「青〈ブルー〉ーー! ぐはあああああああああああ!」


「「「「ーーーーーーーーーー!?」」」」


 お子さまエルフが握り潰される瞬間、アックスの脇腹から赤い矢が飛び出してきた!?









「きひひ。それは困るな。エルフくん達がこの場にいることはボクの計画だからね」


 こ、この口癖は……!









「相棒おおおおおおぉぉぉぉ!」


「……コラム、さん?」


 赤い矢を受けたアックスが地面に倒れ、エックスが叫ぶ。お子さまエルフを救ったのは、俺達に討伐依頼を求めたマーマンのコラムさんだった。お子さまエルフが助かったのは良い。だけど、何でコラムさんを見ているだけで、こんなに身体が震えているんだ!?


「た、助かりましたわ……きゃああああ!」


「フレア! コラムさん、何をしますか! 止めてください!」


〈す、スバル……あ、あれは……!〉


〈……こ、恐い〉


〈あ、あの赤い矢は……まさか……〉


 コラムさんが助けたはずのフレアを捕まえた。そして、足で踏みつけて押さえた。な、何だ、何が起こっている!? エドガー先輩が焦っているけど、俺はそれどころじゃない。念話でミランダ達の震える声が聞こえる。あの赤い矢には見覚えがあった。火属性の初級の火魔法ヒートアロー、上級の赤魔法レッドアローのような綺麗な赤じゃない。あらゆる闇を混ぜ合わせた『血』の赤色! 俺の本能が警告している!


「皆さん、僕の計画通りに動いてくれました! 予定外のトラブルはありましたが、見事に解決! 何よりキャッスルゴーレムの撃破は実に素晴らしい。ここに感謝の拍手を送りましょう! きひひひひひひ!」


「よくも相棒を! 何をゴチャゴチャと言ってやがる、デブ野郎が!」


「ん?」


「透明鎖〈クリアチェイン〉!」


 コラムさんがお子さまエルフを足で踏みつけながら、高々と両手を広げて演説している。話している内容が不気味すぎる。計画? 予定外? 俺達はコラムさんにコントロールされていた? あれは本当にコラムさんなのか!? いや、コラムさんはどこから(・・・・)変わった? あれは……誰だ! アックスを傷つけられ、怒りに燃えるエックスが高笑いしているコラムさんに透明魔法を繰り出した。









「変身解除」


「「「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」」」


〈〈〈ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?〉〉〉


 コラムさんの姿が変わった。マーマン族の特徴である上半身の魚部分が消えて、ぽっちゃり体型から細身になる。見たことがある色違いの蒼い髪と蒼いコート。そして、俺の考えが決定的になる赤目。凄まじき魔力が広場を包み込む。俺達全員の声に出ない驚きが伝わってくる。あ、あれは、間違いない!


「きひひ。改めまして自己紹介しましょう。ヴァンパイアバロンのサファイアだ。以後よろしく」


 俺がウルフの洞窟で出会った強者ルビーと同じ魔族……ヴァンパイアだ!









「血矢〈ブラッディアロー〉」


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」


「アニキ……!」


 サファイアの血魔法がエックスの脇腹を貫く。血魔法は闇属性以外ならば簡単に命を奪える。かつて血魔法を経験した闇属性の俺でさえ、治療完了までに1週間入院した。アックスも生きていたけど、明らかに危険な状態だ。


〈スバル、どうする! このままだと私達も危うい!〉


〈……あれがヴァンパイア……恐い、……震えが止まらない……〉


〈スバル様、今の時間帯は真夜中です! ヴァンパイアの弱点の太陽が出てくるには少なくとも5時間後です!〉


 俺達もヤバい! 未だにクリアチェインに縛られたまま、空中で浮いているから無防備にもほどがある。念話〈テレパシー〉からはミランダが身体を揺らして抵抗して、シャロンは恐怖に支配されて止まっていて、メアリーはヴァンパイアの弱点を考えているが絶望的だ。俺達が魔人の塔に入ったのは夕日が沈む時間だった。ヴァンパイアの弱点である太陽は期待できない。ならば、光属性のエドガー先輩はどうだ!?


「あ、あの、鮮血の魔族!? いやああああああああああああああああああ!」


「あ、あれが僕の先祖が戦った魔族……何だよ、あの魔力……でたらめだ。あ、あんなの勝てるわけない……もうダメだ、おしまいだ……」


「サファイアああああああああああああああ!」


 錯乱のお子さまエルフ、ヘタレ再燃エドガー先輩、怒号の侍ハイエルフ。あの牢獄も維持したまま。ダメか『日天の剣』も戦闘できる状態じゃない!


「撤退、するぞ、相棒……」


「アニ、キ……」


「ヴァンパイアバロンなど……、相手が悪すぎる! ボス(・・)に知らせる必要がある。転移魔道具、水上都市アガルタ……!」


 マーマン族の賞金稼ぎコンビは魔道具を使って逃げやがった! せめて、俺達の鎖と牢獄は解いてからにしてくれ。まさか……俺達をヴァンパイアの餌にしたつもりか!? そういうことかよ、あいつらの名前と姿と魔法は覚えたぞ。畜生、次に会った時は必ず捕まえてやる。それはそうとヴァンパイアが迫ってくる。絶体絶命だ!


「きひひ、邪魔者は逃げたか。それよりも本命はこっちだ」


「待て! 本物の師匠はどこでやんすか! たしか、変身能力は変身する相手を見る必要があるでやんす。さっき、一瞬だけヴァンパイアに変身したのは知っている……! もう1度変身するには本物の師匠を見る必要があるでやんす!」


 ドラン! そうか、ドランはお子さまエルフと一緒にいたから賞金稼ぎコンビから捕まっていなかった。ヴァンパイアであったことも気付いていたから震えていたのか。ドランの言うことが正しかったら本物のコラムさんは一体!?


「きひひ。やあ、弟子くん。ここまで来ればもういらないから、キミの師匠は返すよ。血箱〈ブラッディボックス〉」


「ごほっ、ごほっ、ごほっ……」


「師匠! しっかりするでやんす!」


 サファイアが血魔法を唱えると紅い長方形の箱が魔法陣から出てきた。まるで棺桶だ。その紅い血の棺桶から現れた本物のコラム。俺達が見てきたぽっちゃり体型のコラムさんだ! コラムさんはずっとサファイアに捕まっていたのか。サファイアはドランがコラムさんを助けているのを無視して、足で踏みつけているお子さまエルフを見つめた。





「さてと、舞台は整った。そろそろ始めますか。まずはエルフくんからだ。血鞭〈ブラッディウィップ〉」


「いやあああああああああ! お父様、助けて! 死にたくありませんわ!」


「サファイアああああああああああああ、娘を放せ!」


 サファイアが狙ったのはお子さまエルフ。ブラッディウィップで縛りつけて、お子さまエルフが見たことないほど狼狽えている。牢獄にいる侍ハイエルフもまた見たことない怒声をサファイアに浴びせ、牢獄をガシャガシャと叩いている。あの態度、普通じゃない。エルフ族とヴァンパイア族は何かの因縁があるのか!?


「きひひ。あの(・・)戦争以来だね、ハイエルフのシリウス。ボクが目の前にいたにも関わらず、ここまで案内してくれるなんて鈍感にも程があるよ」


「拙者を騙すとは何足る屈辱か!」


「相変わらずだね~~。ボク達、ヴァンパイア族を倒したエルフ族の成りの果てがこれとはね。この500年間ずっと調べていたけど、キミ達エルフはダークエルフに対して劣等感を抱いている」


 サファイアが語っている内容に思わず聞き込んでしまう。たしか、500年前にドラゴニュートの冒険者ゼファーが伝説になった戦争。サファイアも侍ハイエルフも参加していたのか!? それにエルフ族とダークエルフ族のことも関係している!?


「…………………………黙れ」


「戦争後、ダークエルフ族の魔道具が世間では好評価。魔力さえあれば最弱種族である人間でさえ操れる便利性。キミの友人ダークエルフ『プロキオン』くんは敗者であるボク達ヴァンパイアでも、最低限の生活が出来る魔道具を無償で譲ってくれた。その懐の大きさは今でも感謝している。それに比べて、エルフ族はボク達に勝ったことで傲慢になり、そのくせ同じ力を持っているダークエルフ族に見下されるのを恐れ始めた。ダークエルフ族は家族を護るためだけに闘っているのにね」


「……黙れ!」


「その証拠にこのエルフにも同じ意志が受け継がれている。キミ達はこの500年の間にもダークエルフの里に、何度も喧嘩を売っているみたいだね。そりゃあ、善良なダークエルフ族が怒るのも無理はない。恩人の『プロキオン』くんには同情するよ。こんな下らない意志は、世界を停滞もしくは破壊に導いてしまうだけ。結局、エルフ族はダークエルフ族に対して八つ当たりしているだけの哀れな連中さ」


「キサマああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 サファイアの話に釘付けになる。侍ハイエルフが透明牢獄を叩きつけているけど、確かに八つ当たりにしか見えなくなってきた。500年前にどんな戦争があったかは分からない。でも、現在までにたくさんの種族がどうやって生きてきたかは本の歴史が物語っている。人間は最弱ながらも知恵で生きて、エルフ族は引きこもり、ダークエルフ族は各国に様々な支援をしている。もしかしたら、魔道具ゴーレムもまたダークエルフ族が作製したかもしれない。最強魔族のヴァンパイアが、ダークエルフの縁の下の力を認めているのはすごいことだ。それに『プロキオン』って、こいぬ座の星のはず。こんなところでも星座の繋がりがあるなんて驚きだ。


「きひひ。さてさて、下らないお話はここまでだ。ここからが本題だ。遥か昔、ここは初代エルフと初代ダークエルフが造りあげた塔と語られている! そして、オリオンが封印した秘宝が眠っており、護衛として巨大魔道具キャッスルゴーレムを配置した!」


「!?」


 サファイアの会話から聞き捨てならないことを聞いてしまった。キャッスルゴーレムが宝箱の護衛!? 俺達はサファイアの企みをやすやすと手伝ってしまったのか!


「さあ、儀式を始めよう! エルフくんともう一人欠かせない人物。血鞭〈ブラッディウィップ〉」


「くぅ!」


「ミランダ!? お前、俺の仲間に何をしやがる。ミランダを離せ!」


 侍ハイエルフとの会話が終わったサファイアが狙ったのはミランダ!? ブラッディアウィップが俺達を縛りつけていたクリアチェインを簡単に外して、ミランダを縛りつけて捕まえた。ちょっと待て、何でミランダが狙われる!? 今、儀式とか叫んでいたな……まさか! 俺は嫌な予感が頭によぎり、サファイアに向かって怒鳴る。くそっ、壊れろクリアチェインめ!


「きーーひひひひひっ! 宝箱の封印結界を解く方法はただひとつ! エルフ族とダークエルフ族の膨大な魔力が必要だった! エルフはトレジャーハンターのコラムに成り変わり連れ込み、ダークエルフは氷結団に依頼して誘拐させた! 色んなトラブルや想定外があったが終わりよければ全て良し!」


「ミランダああああああ!」


「フレアああああ!」


 この前、ギルドマスターとミランダから氷結団について相談していたことを思い出した。氷結団の裏に黒幕がいたこと。その黒幕が目の前にいる。氷結団にミランダ誘拐を依頼したのはサファイア……あいつが黒幕だったのか! くそったれ、闇の魔力を出しまくってクリアチェインを壊そうとしているけど、壊れない。こんなに惨めなのは悔しすぎる。俺とエドガー先輩の悲痛な声とは裏腹にサファイアの儀式が始まった。


「血三角〈ブラッディデルタ〉! 我が一族の血よ、エルフとダークエルフの魔力をひとつ残らず吸い尽くせえええッ!」


「ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


「封印結界をうち壊せ! 甦れ、我らの大いなる秘宝『水の魔皇石』いいいいいいいいいいいいい!」


 ミランダとお子さまエルフを縛りつけていたブラッディウィップが赤い十字架に変化。サファイアの宣言と共に、ミランダとお子さまエルフから魔力が溢れ出し、宝箱を守る封印結界に注がれていく。ミランダとお子さまエルフは無理矢理奪われていく魔力によって、悲鳴をあげる。仲間が傷付いているのに助けに行けないなんて、自分の無力さが憎い! サファイアが更に2人の魔力を集中させて、封印結界にヒビが入り始めて崩れていく。2人の魔力は最上階の広場全体に振り切った瞬間、封印結界は破壊された。





「きひひ。遂に手に入れたぞ『水の魔皇石』!」


 サファイアが宝箱から現れた『何か』を持ち上げて喜んでいる。そんなことよりミランダだ! クリアチェインが2人の膨大な魔力で壊れたから今なら動ける。俺は真っ先に走り込み、ミランダを確認。ミランダは赤い十字架から解放されて地面に向かって落下していた。間に合え! 全力で走って掴み、ミランダを抱き締めた。


「ミランダ!」


「ス……、バ……ル………………っ」


「フレア!」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 酷い……。ミランダの身体がまるでミイラのように痩せ干そっていた。あれだけ魔力を奪われたにも関わらず、生きていることが不思議なくらいだ。エドガー先輩もまたお子さまエルフを見ており、どうやら同じ状態のお子さまエルフは気絶。泡をふいて倒れている。


「ア、リ、エ、ナ、イ……」


 侍ハイエルフは茫然としたまま、その場で尻餅をついていた。





「ミランダ……ミランダ! しっかりしろ! 死んじゃダメだ!」


「スバル様! 早くミランダを寝かせてください! 本気で回復魔法を行います! はああぁっ!」


「メアリー、その姿は……」


「……マーメイド」


 俺は必死に魔力が薄れていくミランダに呼びかける。ずっと抱き締めていたけど、メアリーに一喝されて、ミランダを寝かした。メアリーがトレードマークの赤い眼鏡を外すと、魔力が身体から溢れ出した。俺とシャロンが驚いたのは下半身が魚に変化していたこと。メアリーが……マーメイド!? 確かに人間だと言ってなかったような気がする。でも、今はミランダの回復が優先!


「きひひ! 目的は達成した。さぁて、ここからはエキシビションマッチ! ボクの夢に付き合ってもらおうか。血鞭〈ブラッディウィップ〉」


「……スバルさん、危ない!」


「ぐわっ!?」


 なっ!? ミランダの回復を祈っていると、いきなり身体を何かに縛られて空中に浮かべられた。シャロンの悲鳴をよそに、どんどんミランダ達から離される。これはブラッディウィップ!? サファイアの仕業か! くそっ、クリアチェインより遥かに拘束力が強い。抜け出せない!


「星影くん以外の皆さんは、ここでご退場! 血波〈ブラッディウェーブ〉!」


「「「「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」」」」


「きひひひひひひ!」


「みんなあああああああああああああーー!? この野郎、何てことをしやがる! 絶対に許さないぞおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ミランダ! シャロン! メアリー! 仲間がサファイアの赤い津波によって最上階の広場にある唯一の入り口に向かって流されていく。エドガー先輩達もまた同じように流されていく。俺は空中に浮かされているが、他の皆が跡形もなく流されていった広場。俺は高笑いしているサファイアに向かって叫ぶ。かつてない怒りが俺の身体を燃え上がらせ、闇の魔力を身体中から溢れ出すのであった。

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