第4章 5 先行者
「魔人の塔。ここには野性の魔物は住んでいない代わりに、トラップが多いダンジョンでやんすが……」
「既に起動済みだよね、これ」
「……落とし穴、鉄球、針壁」
「しかも壊されています。相当の実力者が先行しているみたいですね」
コラムさんと残念エルフ親子を先頭にして、俺達は魔人の塔を走って登っていく。ドランによると、トラップが多いダンジョンとして有名みたいだけど、たくさん起動していた。床に巨大な穴が開く落とし穴、下り坂から転がってくる鉄球、左右の壁から現れた針が迫ってくる針壁。それらが全て誰かによって壊されている。シャロンとメアリーも同じ考えみたい。
「ぐっ……」
「ミランダ、調子はどう?」
「…………あぁ。少し楽になってきた。メアリーのおかげだ」
「無理はしないでください。水治療〈ウォーターヒール〉」
俺達は一通り破壊されているトラップを見てから通りすぎる。その間もミランダは苦しんでいた。侍ハイエルフの木魔法は想像以上の威力があったみたいで、水属性であるメアリーの回復魔法でも手こずっている。悔しいけど、侍ハイエルフは俺達より強い。それでもミランダの仇はとってみせる。それが『星影の衣』パーティリーダーの役目だ。
「むっ! みな、止まれ」
「どうされました、お父さ……」
「静かに…………そこっ!」
先頭を進んでいたエドガー先輩達が開けた広場で急に止まった。原因は侍ハイエルフのようで、娘の勘違いエルフが声を出そうとしたところ、その口を手で塞いだ。あたりがしんと静まるなか、侍ハイエルフが突然アースブレードを取り出し、何もないところに降り下ろした。そしたら、斬撃音と共に何もないはずの空間から折れた矢が地面に突き刺さっていた。
「こ、これは!?」
「何者だ。そこにいるのは分かっているぜよ。出てこい!」
コラムさんが折れた矢に驚いて尻餅をついている。その折れた矢は突き刺さったまま消えていく。これは初級魔法のアローかもしれない。でも、侍ハイエルフを除く俺達は全く魔力を感じることが出来なかった。この矢を放った人は相当の実力者。侍ハイエルフが何かに向かって怒鳴っている。目の前には何もない広場で遠くには最上階へ行く階段だけだ。そこに攻撃してきた人がいるのか……ま、まさか、自分の姿を消すことが出来る上級魔法!?
「相棒の矢に反応して、透明魔法を見破ったか……」
「ククク。魔物かと思って撃っちまったじゃん、アニキ」
「相変わらずだな、相棒」
何もない広場の遠く離れた階段に座りこむ鮫顔の男が2人現れた。弓を横に構えており、俺達を見てニヤニヤしている。間違いない、この2人が俺達を矢で攻撃してきた犯人。俺達より前にいたってことは、この2人が数々のトラップを破壊していた先行者のようだ。あんな遠くから俺達を狙った的確な魔法の矢はすごいな。それに気付いた侍ハイエルフも悔しいけど、すごい。
「……マーマン族」
「ドランとコラムさんと同じ種族だね」
「鮫顔の左頬に2つの傷……皆、気を付けるでやんす!」
「か、彼らは……まさか!」
「ドラン? メアリー?」
シャロンが先行者2人の種族に気付いた。マーマン族の特徴は魚顔だし、ドランとコラムさんがいたから分かりやすい。でも、鮫顔は初めてみるね。ドランは先行者2人の特徴に気付くと、大声で注意を呼び掛けた。メアリーもまた動揺している。もしかして知っている顔かな?
「奴らはマーマンの賞金稼ぎアックス、エックスでやんす!」
「やはり、そうですか」
「メアリー?」
「悪名名高いコンビです。彼らはギルドが管理するダンジョンを次々と使用不可にまで荒らす悪質なトレジャーハンターでもあり、冒険者ギルドのブラックリストにも掲載されているほどです」
賞金稼ぎは冒険者と違って指名手配の魔物や人物を主に狙う職業。かつて戦った『氷結』の魔女カシオペアみたいな人達を狙っている。かなりの実力が無ければ続けられない職業であり、場合によっては賞金稼ぎ自身が懸賞金をかけられることもある。あまりオススメ出来ない職業だ。メアリーによると、このマーマン2人は冒険者ギルド内でも危険人物として警戒しているようだ。ダンジョンを使用不可能にするって、どれだけ暴れまわっていたのか。そして、次に狙ったのはこの『魔人の塔』か!
「こんな場所で、同胞が2人もいるとは驚いたじゃん!」
「そして、あの女は冒険者ギルド関係者か。ギルドに関しては理不尽な追放で色々と世話になったが、今では感謝している。そうだろ、相棒」
「最高だよ、アニキ。俺達は今、裏市場や闇ギルドで相当稼げるからな! こないだは、とある領主様の執事に『曰く付き』魔道具を売ってやったし、あんなガラクタですら大儲けじゃん!」
「……っ!」
相棒がアックスで、アニキがエックスか。今分かった情報だけでも、このマーマン2人は冒険者ギルドを辞めさせられて裏市場で暗躍しており、意外な事実が繋がっている。こいつらが話しているのは、あの金ぴか魔道具か!? 闘技大会で戦った坊っちゃんの装備について、こんなところで知ることになるとは思わなかった。俺が想像している以上に、こいつらの影響力はスケールが大きそうだ。
「それにしても、豪華なパーティだな。エルフ族の剣豪ハイエルフ『樹冠』シリウス、伝説の冒険者オリオンの子孫『日天』エドガー、そして闇属性の人間『星影』スバル」
「っ! 俺のことを知っているのか?」
「スバル=ブラックスター。人間族では珍しい闇属性。奴隷商人や珍獣コレクターにはたまらない1品」
「アンタは裏社会では人気上昇中だぜ。そいつを売り飛ばせば、一体いくらの金になるか噂で持ちきりじゃん!」
「……スバルさんは、渡さない」
いきなり呼ばれてびっくりした。まさか、マーマン悪質コンビから俺の名前が出るとは思わなかった。闘技大会の結果は良くも悪くも名が売れたみたい。いずれはバレる闇属性だったけど、おかげで強くなれることは出来た。シャロンが庇ってくれているけど、メイスを持つ両手は震えており、そっと後ろに退かせる。俺は『星影の衣』のリーダー、怖がってなお立ち向かう頼もしい仲間を守ってみせる。それにしても、ブラックスターの姓がバレた。冒険者カードの登録以外では仲間にも名乗っていないはず。裏社会って怖いなー。
「ぶ、ブラック、スターだと……」
「お父様?」
「はっ!? い、いや。何でもないぜよ……」
何故か侍ハイエルフも身体を震わせて動揺しているように聞こえた。
「だが、ブラックスターなど聞いたことが無い。家名を調べてみたが裏社会の情報網ですら見つからない。何者だ、貴様?」
「アニキ、どうみてもアイツは田舎モンじゃん。冒険者ギルドにも入ったのは数ヵ月前だって言っていたじゃん」
「…………そうだな。そんなことよりも目の前の珍品。2つ名持ち以外にも、エルフ、ダークエルフ、サキュバスと喉から手が出るほどの連中。これはこの先にある『秘宝』のオマケにしては上等」
アニキのエックスは俺の家名に疑問視しており、アックスは馬鹿にしている。確かに田舎者だけど、俺の家族を馬鹿にするのは許さない。しかも、ミランダやシャロンまで狙っている。特にミランダは回復中だから1番最初に襲ってくる可能性が高い。今こそ、闘技大会の成果を発揮しないと!
「ぶひひ!? 秘宝は渡さん! あれは私がエルフくん達から貰う大切な物だ」
「そうでやんす!」
同じマーマンであるコラムさんとドランが驚いてなお張り合っている。そうだ、俺達の依頼は秘宝の側にいる魔物を倒すこと。こんなところで魔力を減らす訳にはいかない!
「そうじゃん。俺達はこの先にある秘宝を目指している。てめえらが来たんで待ち伏せしていた。ここから先に行かせねえよ。ここを通りたかったら、俺を倒すことじゃん」
「気をつけてください。あの斧は数々の冒険者を傷つけた危険物です!」
「僕が相手をするよ」
「エドガー先輩!」
マーマンのアックスは弓を納して赤い斧を取り出して地面に叩きつけた。その名の通り、斧を使いこなすみたいで、あの赤色は斬った相手の返り血だとメアリーさんが教えてくれた。道理で嫌な魔力をあの斧から感じるわけだ。俺達が躊躇していると、後ろからエドガー先輩が前に出てきてその顔は自信満々に満ちている。
「テメエが相手か?」
「相棒、コイツが『日天』エドガー=ヌル=イストールだ」
「へっ! コイツを倒せば俺達の名が上がるじゃん!」
ドラゴニュートとマーマンの対決か。エドガー先輩のドラゴニュートは全種族の頂点とも言われており、ヴァンパイアにも対抗できる種族。アックスのマーマンは基本的に海中ではトップクラス。でも、ここは塔の中。エドガー先輩の有利には変わらないけど、戦闘経験値は明らかに違う。相手は傷つけることを当たり前と考える賞金稼ぎ。エドガー先輩、気をつけろよ!
「水世界〈ウォーターワールド〉!」
「ちょっと待って!? 決闘の合図はまだしていない!」
「何を勘違いしてやがる。これはただの殺し合いじゃん!」
アックスとエドガー先輩が向かい合うと、アックスはいきなり水魔法を使用した。しかも、それがワールド魔法だったために水が俺達の腰まで溢れ出てくる。ずぶ濡れだ。完全にマーマン有利の地の利に変化。エドガー先輩は冒険者の決闘と考えていたみたいだけど、アックスは聞く耳を持たない。これがルール無視の賞金稼ぎの戦い方か!
「皆さま、私の後ろで固まっていてください。水魔法ならば私の分野です」
「オイラもいるでやんす!」
「ありがとう、メアリー、ドラン」
メアリーとドランが俺達を守ってくれる。2人とも水属性だからウォーターワールドの影響を有利に受ける。メアリーは回復魔法が得意だし、ドランは奴らと同じマーマンでもあり、闘技大会で戦ったことがある実力者だから期待できる。
「水弾〈ウォーターボール〉!」
「光弾〈ライトボール〉!」
水と光の光弾がぶつかる。今度はエドガー先輩は不意打ちを防いだ。
「水斧〈ウォーターアックス〉!」
「くっ!」
「オラオラオラッ!」
「光盾〈ライトシールド〉!」
でも、アックスは水の地を生かして巨大な斧を創りだして突っ込んでくる。水を得たマーマンの速度はドラゴニュートにも匹敵するほどで、エドガー先輩の防戦一方た。あんな巨大な斧を軽々と振り回しているのは敵ながら凄い。さっきの侍ハイエルフが使った木魔法に似ており、どんな魔法を使っているか気に入るね。
「ちっ! 流石にドラゴニュートの皮膚は硬いじゃん」
「ここからは僕の番だ、天竜翼〈ドラゴンウイング〉!」
「飛行だと!?」
「光連弾〈ライトマシンガン〉!」
エドガー先輩も負けてはいない。ドラゴニュートの身体は基本的に全種族の中で1番。さらに魔法で強化しているから攻撃を通すことは難しい。そう考えるとクザンさんを貫いたスターライトバスターは本当に凄いな。じいちゃん、教えてくれてありがとう。おっと先輩の戦いを見ないと。先輩はドラゴンの翼を広げて空中戦に切り換えた。空中から放たれるライトボールの連弾。あれ? そういえば、あの透明魔法は使ってこないな。
「ちいいいいぃぃぃぃっ! なかなかやるじゃん。だったら、青矢〈ブルーアロー〉!」
「なっ!」
「メアリー、ドラン!」
「「水盾〈ウォーターシールド〉!」」
「「「「うわあああああああぁぁぁぁっ!?」」」」
空中のドラゴニュートと水上のマーマンの速度は互角。ライトマシンガンで有利になったと思いきや、アックスは俺達に向かって魔法を放ってきた。しかも、あれは青魔法!? 水属性の上級魔法でメアリーとドランの防御魔法も壊されて、俺達は弾き飛ばされた。
「皆!」
「隙あり、青超斧〈ブルーダイナミックアックス〉!」
「ぐわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
「エドガー様!」
エドガー先輩の一瞬を突いて、アックスは水上から高く飛び上がり、蒼く輝いた巨大な斧を降り下ろす。その破壊力はドラゴニュートの皮膚すら傷つけた。飛び散る流血に勘違いエルフの悲鳴が広場に響きわたる。
「皆を狙うとは卑怯者め……」
「ヒャハッハ! ターゲットを仕留める方法なら何でもあり、それが俺達賞金稼ぎじゃん! なあ、アニキ!」
「その通りだ、相棒」
「負けない。もうヘタレない。僕だって……兄さんやスバルくんみたいになってみせる! 天竜突破〈ドラゴンブレイク〉!」
エドガー先輩は水上に叩きつけられた。卑怯だと食い下がる先輩に対して、アックスは高笑いし、アニキのエックスも同意している。賞金稼ぎと冒険者の戦い方は違う。エドガー先輩は立ち上がり、魔力を高めていく。先輩を中心に巨大な白い魔法陣が展開。それは俺が闘技大会の決戦戦で見た光景と同じだった!
「あれはクザンさんの独自魔法!」
「な、何だ、この圧倒的な魔力は……ヤバいじゃん!」
「逃げろ、相棒!」
「これが僕の必殺技……太陽光線〈シャイニングオメガシュート〉!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁっ!?」
エドガー先輩はクザンさんと同じようにドラゴンに変化。兄弟揃っての武装魔法。やっぱりエドガー先輩もまた伝説の冒険者オリオンの子孫、ドラゴニュートの恐るべき戦闘能力を秘めていた。アックスが高まっていくエドガー先輩の圧力に畏れ始めるなか、先輩の口元から凄まじき魔力の塊が貯められていく。それにいち早く気付いたエックスが叫ぶが、時既に遅し。光の必殺魔法シャイニングオメガシュートがアックスの身体を包み込んだ。
「僕の勝ちだ!」
「流石ですわ、エドガー様!」
「お見事でござる」
「ま、まだ、じゃん……」
「もういい相棒。透明治療〈クリアヒール〉。俺達の負けだ。お前ら、俺が相棒を回復させている間にとっとと先に行きな」
「アニ、キ……」
アックスは辛うじて生きていた。しかし、全身から血が流れて戦闘不能。エドガー先輩の勝利だ。残念エルフ親子も喜んでいる。エックスが道を譲ってくれた。そうか、透明魔法はアニキのエックスが使えたのか。最初の透明な矢はコンビの合同魔法だったかもしれないな。
「行こう、皆!」
「ぶひひ、これで心配事は無くなった」
エドガー先輩を筆頭にコラムさん達が階段をかけ登っていく。俺達はマーマン賞金稼ぎコンビを撃破して、最上階を目指すことを再開。
「アニキ、どうしてだ! 奴らに秘宝を取られるじゃん!」
「落ち着け、相棒。回復中の身体に響くぞ。奴らと出くわした時、俺は魔力を消費していた。奴らが秘宝を手に入れた後で奪えば良い。何故なら、必ず疲労しているからな」
「流石アニキ。頭いい!」
「……………………あんな化け物、命がいくつあっても足りねえよ」
スバル達が居なくなった広場。そこではアックスが荒れるなか、エックスはなだめる。そう、2人は既に最上階に行っていたのだ。しかし、魔物に苦戦したために降りてきて、そこでスバル達と出会った。スバル達が登っていった階段を見上げて回復に専念するのであった。
「最上階。ここに私が求める秘宝がある。良かった、秘宝は無事だ。ついに手に入れる時が来たのだ! ぶひ、ぶひ、ぶひ……きひひひひひひひひ!」
「何だありゃあ!?」
「……大きすぎる」
「見たことないゴーレムだな」
「こんなのギルドでも報告ありませんよ!」
最上階はドームのような広場。俺達はついにコラムさんの依頼を達成する時が来た。コラムさんは秘宝を手に入れることで無我夢中だけど、俺達にはそんな余裕が無い。確かに魔物だ、魔人の塔という名前の通りでゴーレムの可能性が高いのも分かっていた。でも、こんな巨大ゴーレムとは思わなかった! 皆もただただ驚いている。
「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォーーッ!」
「きひひひひひひひひ、こいつが『魔人の塔』の巨大魔物……キャッスルゴーレム! 皆さま、討伐を頼みましたよ!」
巨大魔物キャッスルゴーレム。俺が闘技大会で出したシャドウゴーレムの2倍はあるかの巨大さ。約20メートルほど、まるでマンションのようだ。しかも腕や脚に怪しい穴がたくさん空いている。最上階の広場ドームで響く声に思わず見上げると、赤い単眼が光る。それが巨大ゴーレムと俺達9人の戦いの合図となって迫ってきた。や、やってやるぞコノヤロー!




