第4章 4 魔人の塔
「到着、魔人の塔!」
「これは中々高いな」
「……楽しみ」
「久々の冒険は緊張しますね」
魔族が多く住んでいるランガード共和国。オレメロン王国から馬車で移動すること半日ほどだ。魔人の塔の辺りは日が暮れ始めており、夕陽が輝いている。もうすぐ夜になって満月が出てくるな。俺、ミランダ、シャロン、メアリーの順で塔について見ている。ここでおさらい。俺達『星影の衣』の目的は、依頼者マーマン族のコラムさんが塔にある『秘宝』を手に入れるため、塔にいる魔物を倒すこと。仲間は秘宝を管理するハイエルフのシリウスさんが依頼者のエドガー先輩と勘違いエルフ。そして、コラムさんの弟子である『水蛇』のドランだ。
「皆、武器は持ったか?」
「ああ」
「はい」
「……ん」
「えっと。ミランダの槍、メアリーの魔本は分かるけど、シャロンのそれは何?」
「……メイス」
俺は素手による魔法。ミランダは暗黒騎士の呪いが消えた槍。メアリーのは魔法が予め記録されている魔本で、無詠唱のような即座に魔法が発動が可能になっている。でも、シャロンの武器は見たことない物だった。
「そんなの買ってないよ!?」
「……大丈夫。坊っちゃんの執事から盗っておいた。軽くて丈夫な強い武器」
「これはヤバくないか、メアリー?」
「ま、まあ、シャロン様は被害者ですから……、冒険者ギルドとしては目を粒っておきますね」
「……ありがとう」
シャロンのメイスに驚く。氷結の魔女カシオペアや闘技大会準優勝の賞金は生活費で使ったぐらいで貯蓄している。出どころを聞くと、何とデュラント街の領主の家から盗んだことが分かった。確かにシャロンは長期間あそこにいたけど、泥棒は不味くない!? ミランダも同じ結論になってメアリーと相談しており、何とか見逃す形になった。シャロンのお礼を聞いていると、ドランから声をかけられた。
「星影、あれを見るでやんす」
「…………馬車?」
「どうやらオイラ達以外にも、人が来ているみたいでやんす」
「私が秘宝を確認したのは1週間前なので、何者かが先に取っている可能性もあります。急ぎましょう、皆さん」
ドランが指さした方向には馬車があった。地面には大量の草が山積みされていており、2匹の馬がバクバク食べている。しかも大量の草は枯れておらず、新鮮なままだ。俺達が乗ってきた馬車は別の方向、つまり俺達以外の人が先に来ていることになる。コラムさんはトレジャーハントの準備をしながら、俺達に魔人の塔に入ることを促す。いよいよ突入か。
「皆の衆、待つぜよ」
「ん?」
「ぶひひ? 何の真似ですか、ハイエルフさん」
「失礼、コラム殿。塔の中に入る前に1つ確かめたいぜよ。そこの人間よ、話がある」
俺達が魔人の塔の入り口に進もうとしたところ、ハイエルフのシリウスさんが立ちふさがった。しかも、周りに魔物などがいないのに身体から魔力を溢れ出して戦闘態勢。その様子に、やる気満々のコラムさんも戸惑っている。シリウスさんはコラムさんに一言侘びをしてから、俺に指さした。って、俺?
「俺ですか、ムサシさん?」
「スバル殿。今、拙者とお手合わせ願おう」
「お父様?」
「何故ですか? 俺達は急いでいる。エルフの皆さんが管理する秘宝はシリウスさんも大切ではないですか」
シリウスさんは戦闘態勢のまま俺を指さしている。何故か俺と戦いたいようだ。正直、シリウスさんとは挨拶した程度で知り合いでもない。むしろ、エドガー先輩と戸惑っている勘違いエルフの関係者。そして、エルフ族が管理する秘宝。俺達より先に来ている人もいるのに、目的は何だ!?
「無論、承知の上。ここに来るまでに拙者は考えた。天命による闇の訪れ、堕ちたエルフを従える愚かさ。貴様が光の女神カオス様が語られた『闇』に違いないぜよ。そのような輩を我らの秘宝に近づける訳にはいかない」
「ちょっと待ってくださいシリウスさん、スバルくんは良い人です!」
「エドガー殿。こやつは闇属性の人間という怪しさは危険の塊。さあ、スバル殿、拙者と決闘するぜよ」
「…………はぁ。エルフ族ってのは頭が固い種族なのか」
どうやらシリウスさんは俺のことを危険視しているようだ。天命というのは知らないけど、女神様の言葉っていうのは絶対なのが常識らしい。それなら闇の女神コスモス様の言葉のほうが良いよ。この前、一瞬だけ出会えたけど転生のお礼を言えなかったからね。エドガー先輩が何とか俺のフォローをしているけど、シリウスさんは聞く耳を持たない。勘違いエルフといい、自分勝手なエルフばっかり。その聞き取りやすい長い耳は飾りなのか。
「その決闘、私が相手になる」
「ミランダ?」
「スバルはまだ本調子ではない。闘技大会で限界を越えて戦っていたからな。こんなところで消耗するわけにはいかない」
「良かろう。堕ちたエルフも拙者の排除対象ぜよ」
シリウスさんとの決闘はミランダが俺の代わりをすると申し出た。俺の不調は依頼前から気付いていたからね。ありがたい。それにしても、槍を構えたミランダかっこいいよ、自分勝手なエルフ族とは大違いだ! シリウスさん、いや侍ハイエルフはミランダが相手となると、更に魔力を出してきた。しかも、殺気も混ざっている。ちょっとヤバそうだ。
「その決闘、私が審判します。シリウス様、冒険者ギルドとしての立場ならよろしいですか?」
「ああ、構わん」
「メアリー?」
「………………スバル様、この決闘は依頼達成に影響がある以上、何としてもギリギリで止めてみせますね」
「………………ありがとう」
決闘の審判はメアリー。確かに冒険者ギルド職員であるメアリーなら平等に判断してくれる。それにメアリーは侍ハイエルフの殺気に気付いてくれたみたい。どちらかが負傷すれば依頼達成が難しくなる。俺は小声でお礼を言うと微笑んでくれた。
「堕ちたエルフよ。我々と共に時代を築けば、世界は更なる平和で素晴らしくなっていたぜよ」
「ふん。傲慢なエルフの平和とやらは支配の間違いだ。我々ダークエルフ族はこれからも自由に生きていく」
侍ハイエルフとミランダの決闘が始まる。魔人の塔の入り口で、2人とも殺気を隠さずに睨みあう。一体エルフとダークエルフに何があったのか? この依頼が終わったらミランダに尋ねよう。俺達『星影の衣』にも関わり合う可能性が高い。
「ぶひひ、何てことだ。ヤバイぞ、ヤバイぞ……」
「師匠、落ち着くでやんす」
「ばかもん! あの魔物を倒すには2人の力が必要で、こんな決闘は無意味だ! もし、先に入った者達が魔物を倒して秘宝を奪っていたらどうする!」
「ひいい、ごめんなさいでやんす!」
コラムさんが苛立っており、ドランが怖がっている。まあ、依頼人をほったらかしている時点で俺達は冒険者失格だよな。今回はメアリーがいたから良かったけど、今後は気をつけよう。
「……スバルさん」
「ミランダの勝利を信じよう」
「……うん」
シャロンが小さい手で俺の手を握ってきた。決闘の殺気を感じているのか、その手は震えている。俺は握り返してシャロンを落ち着かせて、ミランダを信じることを伝えた。頑張れ、ミランダ!
「決闘開始!」
「木気〈アースオーラ〉。木肉〈アースマッスル〉。木刀〈アースブレード〉」
「風気〈サイクロンオーラ〉。風加速〈サイクロンアクセル〉。風槍〈サイクロンスピア〉」
メアリーの合図で侍ハイエルフとミランダの決闘が始まる。侍ハイエルフの細身の身体がムキムキの筋肉に変化していき、巨大な木刀を持ち上げる。まさかのパワータイプかよ!? 対するミランダは風魔法を利用したスピードタイプ。魔力を腕のみに集中することで、槍の突きを速くして尚且つ連続で攻撃出来る。
「はあっ!」
「ふっ!」
「あれが土属性の木魔法か、初めてみた。すげえ再生力だな」
「おほほほほ! お父様は希少な木魔法の使い手ですわ。あんなダークエルフ相手ではありませんわ!」
「へー」
侍ハイエルフが降り下ろす巨大木刀をスピードを活かして避けるミランダ。地面が砕けるなか、眼にも止まらぬ3連突きを放っているが、侍ハイエルフの木の身体には傷ひとつ付かない。いや、傷つくけど再生している。俺が感心していると、いつの間にかエドガー先輩と隣にいた勘違いエルフが自慢してきた。
土属性は『土』『重力』『木』と分かれている。それは他の属性でも一緒。俺の闇属性も『闇』『影』『血』だからね。属性と同じ名前の魔法は覚えやすいけど、他は覚えにくい。
「くそ、力不足か!」
「ふふん、木魔法の真髄はこの再生能力! 貴様ごときの力では相手にならないぜよ。見よ、木剛斬〈アースワイルドスラッシュ〉!」
「くっ! 風加速〈サイクロンアクセル〉!」
ミランダは風槍が侍ハイエルフの木の身体に風穴を開けているけど、すぐに塞がれてしまうことに苦戦。嘲笑う侍ハイエルフが木に覆われた巨大な腕から巨大木刀を再び降り下ろす。しかも、先程よりパワーが上がっている。それを感じたミランダは足に魔力を溜めて高速移動。あの『賢者』レグルスさんに比べると遅いけど、侍ハイエルフには効果的だ。何故なら巨大な木の身体でスピードが全く無いからだ! いけるよ、ミランダ!
「ちょこまかと、こざかしい。木種〈アースシード〉!」
「当たりはしない! これで決める! 最高速度の一突き、サイクロンソニックファーーーー」
侍ハイエルフはミランダの速さに苛立ったのか、小型の木球をたくさん全身から放ってくる。対するミランダは、槍を横に構えてプロペラのように回転させながら木球を地面に弾いていく。そして、ミランダは槍を突き伸ばして飛び上がり突進していく。あれは『氷結』の魔女を吹き飛ばした必殺技だ! でも、急に空中で停止した!?
「かかったな」
「な、これは根っこ!?」
「貴様が高速で動いている隙に仕掛けておいた。先程の木種を急成長させることで相手の動きを封じる。これがハイエルフの力ぜよ」
ミランダが止まった原因は地面から生えてきた木だった。侍ハイエルフによって放たれていた木種が成長したのか。くそ、伊達に長生きしていないな。ヤバイぞ、今のミランダは木によって身体が絡まされて空中で動けない。肝心の槍も突き伸ばしていたから、木を斬ることが不可能だ!
「くはははははっ! 愚かな堕ちたエルフよ。拙者の一撃に沈むぜよ。木剛斬〈アースワイルドスラッシュ〉!」
「ぐわあああぁぁぁぁっ!」
「ミランダああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
侍ハイエルフの巨体が高笑いしながらズシズシと歩いてミランダに迫る。避けれないことを分かっていながら、巨大木刀を振り上げる。木魔法の膨大魔力を帯びた巨大木刀を降り下ろしてミランダに直撃した。ミランダの悲鳴が響くなか、俺は叫んで見守るしか出来なかった。
「勝者、シリウス様!」
「……ミランダさん!」
「急いで回復を……シャドウヒー」
メアリーが勝負を止めてくれた。負けたことは仕方ないとして、まずは回復だ! シャロンと一緒に倒れているミランダの元に向かう。その時、俺はミランダに集中していたせいで周りを見ていなかった。
「とどめだ」
「なっ!?」
侍ハイエルフがまだ巨大木刀を解除していない!? まずい、俺の魔法は回復
魔法を発動しようとしている。防御が間に合わない!
「シリウス様、止めなさっ!?」
「光盾〈ライトシールド〉! これ以上すると依頼を降りますよ、シリウスさん!」
「………………ふん」
審判のメアリーが止めようとしているけど、侍ハイエルフの巨大木刀が俺達に襲いかかる。せめて、小さいシャロンを守るために抱き寄せた。衝撃の覚悟を決めた瞬間、金色のバリアが攻撃を防いでくれた。俺達の前にエドガー先輩が立ち塞がってくれていた。流石の侍ハイエルフもドラゴニュートである先輩を前に退いた。助かったけど、あのハイエルフ……まさか俺とミランダを同時に排除するつもりだったのか!?
「無事かい、スバルくん」
「助かったよ、エドガー先輩」
「ぶひひ、茶番劇は終わりましたかね。では、急いで行きますよ!」
「速いでやんす、師匠!?」
俺がエドガー先輩にお礼を言っている間に、コラムさんは俺達を置いて魔人の塔へ走っていく。マーマンだけど速い!? ドランが後を追いかけている。そりゃそうだ、コラムさんの依頼をほったらかしにした俺達が悪い。
「ミランダ、走りながら回復しますね。水浮遊〈ウォーターフライ〉、水高治療〈ウォーターハイヒール〉」
「……大丈夫?」
「すまない……。しばらく動けそうにない……」
ミランダはメアリーの水魔法で身体を浮かせてもらいながら回復してもらっている。シャロンが心配な眼差しで見るなか、移動していく。メアリーの治療なら安心できる。
「おほほほほ! 流石、お父様ですわ!」
「当然の結果ぜよ、フレア。さあ、我々の秘宝を回収するぞ」
残念エルフ親子は高笑いしながら、俺達を通りこす。ムカつくぜ。この依頼が終わったらミランダの仇はとってみせる。今度は俺が侍ハイエルフに決闘を申し込んでやる!




