第4章 3 ランガード共和国
「念話〈テレパシー〉の確認行くよ」
「準備は良いぞ、スバル」
「……ん!」
依頼の前夜。特訓し続けていた念話〈テレパシー〉の行う。ついに完成寸前まできていた。俺が行うのは言葉を送信してミランダに受信させること。そして、シャロンは俺の念話をチェックしてもらう。
〈あー、あー、ミランダ聞こえる?〉
〈何とか……聞こえ……るぞ……〉
〈……スバルさんの魔力が少し乱れてる。波長変換〉
〈ありがとう、シャロン。この波長か。今度はどう、ミランダ?〉
〈おおっ! ばっちりだ。ついに念話が完成したな〉
俺は考えている言葉を魔力に変換させて、ミランダに送ってみた。しかし、上手くいっていないらしく、シャロンから指摘される。俺は言われた通りに魔力を変えてみた。闇属性の人間は珍しいために念話が出来るか分からなかった。でも、シャロンのおかげで光が見えて、ついに成功した!
「ありがとう、シャロン!」
「……えっへん」
「流石サキュバス特有能力『夢波』だな」
「本当にすごいよ。ただ、クリスと練習出来ないのが残念だけどね」
この念話、実はシャロンを中継地点にしている。シャロンの種族はサキュバス。他人の夢に入ることが出来る精神魔法の種族だ。精神魔法と念話は同じ魔法ジャンルで、シャロンが俺の念話をサポートしてくれている。シャロンは小さい身体で胸を張っている。嬉しかったのか、尻尾をふりふり振っている。可愛い。これで予想外の事態への対策が1つ出来た。だけど、クリスの警告がどうしても頭をよぎる。
「あの警告メッセージか……」
「うん。間違いなく、明日の依頼に関係しているね」
「……心配」
俺はクリスの警告が明日の依頼に関係していると考える。それはミランダとシャロンも同じ気持ち。シャロンの初依頼だから自由に楽しくさせてあげたいけど、仲間の安全が優先。俺達が考えられる対策は用意してきたつもりだ。
「……スバルさん」
「ん?」
「……依頼、わたしが出たい。スバルさん、休む」
「んー?」
時々シャロンの言っていることが、よく分からないことがある。ずっと奴隷だったから無表情であまり話さないし、話しても内容が少ない。それは仕方ないね。これからいっぱい楽しく学べば良いことだ。まずは俺がシャロンを理解しよう!
「シャロンは初依頼で、やる気満々らしい。それからスバルは回復したとはいっても、病み上がりだからな。これでいいか、シャロン?」
「……ん!」
ミランダがシャロンの言いたいことをまとめてくれた。全部合っていたみたいで、シャロンはこくこく頷いている。ミランダ曰く、奴隷をたくさん見てきたから分かるらしい。今度教えてもらおうっと。
「分かったよ、シャロン。心配してくれて、ありがとう。俺はサポートに回ろう。さあ、明日は警戒しつつも自由に楽しもう!」
「ああ!」
「……うん!」
俺達はクリスの警告を意識しつつ、シャロンが楽しく初依頼を出来るように約束しあう。明日の依頼のために夕食をしっかり食べて就寝。ちなみにシャロンのお願いで、3人一緒で川の字に寝たのは恥ずかしかった。
「ぶひひ。皆さん、お集まり頂きありがとうございます。依頼者のコラムです。短い間ですが、よろしくお願いします」
「おいらは弟子のドラン。よろしくでやんす」
「「「「よろしく」」」」
依頼当日。冒険者ギルドの前では色んな人が集まっていた。俺達『星影の衣』と、依頼者マーマン族のコラムさんとドラン。エドガー先輩『日天の剣』と、依頼者ハイエルフのシリウスさん。この合同パーティはクリスの護衛依頼で、ペガサス山で氷結団と戦った以来だ。あのペガサス、元気にしているかな?
「……がんばる」
「あの有名なコラムさんからの依頼とは素晴らしいですね、スバル様。そして、これから末永くよろしくお願いします」
「よろしくね。シャロン、メアリーさん」
「スバル様がリーダーですから、私のことは呼び捨てで構いませんよ」
「わ、分かった。改めてよろしくメアリー」
ただし、この前と違って新しい仲間であるシャロンとメアリーさんがいる。特にメアリーさんは、俺がB級冒険者になったことで冒険者ギルドが決定した専属受付嬢。冒険者としての知識は俺達以上であり、頼もしい人だ。呼び捨てを許してもらったけど、今までのことを考えると恥ずかしい。コラムさんは冒険者ギルド内でも有名で、ダンジョンの宝箱を提供してくれる有名人らしい。そんな人を師匠と崇めるドランにとって、マーマン族としても鼻が高いね。俺達『星影の衣』は、俺・ミランダ・クリス・シャロン・メアリーの5人。俺1人だった新米の頃を考えると感慨深いね。
「お久しぶりですわ、ダークエルフ! また、わたくし達の手柄を横取りする真似を企んでいますわね!」
「エルフか。その様子だと相変わらず勘違いしているようだな。お前はイストール家の従者であるだけの、ただのエルフだ」
「何ですって! 言わせておけば生意気な! 腹立たしいダークエルフは、やはり始末しますわ! 火〈ヒート〉……っ!」
「フレア様。これ以上の暴言は冒険者ギルドとして更なる処罰を警告します」
「ぐっ……!」
ミランダは勘違いエルフと話している。でも、話しているっていうより一方的に話しかけられているが正しい。このエルフは、伝説の冒険者ゼファー様のイストール家に仕えており、自分が英雄だと勘違いしている。この前の氷結団事件でも迷惑した。今回も足を引っ張る可能性が高いから、メアリーに監視してもらっている。
「フレア、引くぜよ」
「お父様!」
「……っ、ハイエルフか……」
「堕ちたエルフ。我々エルフ族が管理する秘宝を持ち出すなどと、よからぬ考えをしないことぜよ」
エルフの進化型がハイエルフだと、ミランダから聞いている。ハイエルフはエルフにとって自身の目標であり、憧れでもあるらしい。その潜在能力もまた優れており、伝説の冒険者オリオンのパーティにも参加して、ヴァンパイア相手に圧倒したとも言われている。ミランダはシリウスさんの雰囲気を感じて引き下がった。勘違いエルフが後ろでニヤニヤしているけど、ただの三下じゃん。色んな想いを胸に、俺達はランガード公国にある『魔人の塔』に向かって、オレメロン王国から旅立った。
「シャロン、楽しいか?」
「……楽しい。色んな景色、すっごく広い」
「良かった」
俺達は今、馬車に乗ってランガード共和国に向かっている。しかも、この馬車は4台の車が連結しており、まるで小さな電車みたいだ。まあ、寝たきりだった前世では電車に乗ったこと無いけどね。1番前はエドガー先輩達、2番目は依頼者のコラムさん達、3番目は俺達だ。4番目は荷物置き場になっている。シャロンは横にある窓から外の景色を見ている。いつもの無表情から笑顔に変わっている表情に嬉しく思う。シャロンには、どんどん楽しいことを教えてあげたい。
「……これから行く所って、どんな所?」
「ランガード共和国か。俺も初めてだし、ドランに聞いてみるか」
シャロンの素朴な疑問は俺も気になっていた。俺が転生して産まれた村は田舎だったし、オレメロン王国のことも冒険者になってから覚えたばかりで、他の国については知らない。俺はシャロンを連れて真ん中の馬車に移動。せっかくだから、交流も兼ねて情報に詳しいドランに聞いてみよう。
「ドラン、ちょっと良い?」
「何でやんすか?」
「ランガード共和国ってどんな国?」
「ランガード共和国は魔族が多く住んでいる国々が密集している諸島でやんす。例えば最南端にあるエルフの里、最西端にあるダークエルフの里。オイラ達マーマンとマーメイドが暮らす魚料理が豊富な水上都市アガルタ。あとはモニカ島が有名。それぞれの場所は船で行かないといけないところだけど、今から行く『魔人の塔』は湾岸に近い場所でやんす」
「へぇ、ありがとう」
真ん中の馬車には、ドランとコラムさんがいる。急な質問にも関わらず、ドランはすらすらと答えてくれた。相変わらずクリスと同じくらい情報を持っているな。それにしても、ランガード共和国にはミランダの故郷があるのか。氷結の魔女カシオペアがミランダを誘拐して、オレメロン王国まで連れてきて奴隷にしたことになるな。わざわざ国外に誘拐するなんて、魔女に誘拐を依頼した『黒幕』は何が目的だったのか? おっと、暗い話題は置いといて明るい話題。マーメイドは、いわゆる人魚で水中を華麗に泳ぐ姿を見てみたいな。魚料理も食べてみたいし、楽しみが増えてきた。この依頼が終わったら皆で遊びに行こうかな。その時は必ずクリスも一緒だな!
「やあ、スバルくん」
「エドガー先輩……って、ギリギリつっかえていませんか?」
「……ふふ」
「ぶひひ。ドラゴニュートくんにとって、この馬車の天井は小さいから、あまり動かないでくれると助かるよ」
1番前の車からエドガー先輩がやって来た。でも、身体が大きくて馬車の連結部分の扉に頭が当たっている。普通に外から入る扉は大きいけど、連結部分の扉は小さい。シャロンは少し苦笑して、コラムさんも困っている。ドラゴニュート族は身長が高い人ばっかりだね、エドガー先輩やクザンさん。
「すみませんね。スバルくん、この前から聞きたかったけど、どうやって影魔法を覚えたの?」
「ぶひひ。私も興味ある。闇属性の人間など初めて出会ったからね」
「いつも魔本を読んだり、じいちゃんや父さんとの修行かな。それ以外は我流だよ」
「我流!?」
エドガー先輩もまた自身の身長に苦笑している。そんな空気を変えたいのか、俺に質問してきた。影魔法についてはよく聞かれる質問だな。コラムさんも便乗して聞いてくる。ちなみに1番聞かれる質問は『本当に人間ですか?』である。これは耳にタコが出来るよ。俺の答えに驚くエドガー先輩。闇属性の魔法は魔族が多くて、人間には無いからね。せいぜい人間が用意している魔本には闇属性の魔法についての注意だけだ。自力で増やして特訓は今までもそうだし、これからもだ。
「ぶひひ。ますます興味深い。きみの身体を解剖してもいいかね?」
「……ダメっ!」
「落ち着いて、シャロン。コラムさん、笑っていますけど話している内容が怖いですよ」
「ぶひひ。ちょっとしたジョークだよ。あまりにもサキュバスくんが可愛かったもんでね」
コラムさんが手をわきわきさせながら、俺に近づいてきた。魚の顔と表情から失礼だけど不気味。なんか初めて出会った時のクリスに似ているな、この人。闇属性の人間って本当に珍しいと実感してしまう。それより、俺を庇っているシャロンを抑えてあげないとね。コラムさんは俺達をからかっていたみたいだけど、眼がマジに見えたのは気のせいだと思いたい。
「それより、エドガー先輩の魔法は?」
「故郷のマヨネップ帝国で教わったよ」
「……マヨネップ帝国?」
「僕達ドラゴニュートがたくさん住んでいる国。特にホワイトコロナ家がすごいよ」
俺は話題を変えるためにエドガー先輩に魔法を尋ねた。この前行ったマヨネップ帝国らしい。クリスが今いる国で、エドガー先輩の故郷。首を傾けているシャロンに教えてあげたいけど、俺も知らない言葉があった。
「ホワイトコロナ家?」
「ヴァンパイアキングを倒したのは僕の先祖オリオン様だけど、ほとんどのヴァンパイア達を倒したのはオリオン様の弟であり、現帝王のベテルギウス様が率いるホワイトコロナ家なんだ。ただ、ベテルギウス様はあまり良い噂は流れていないから、僕らイストール兄弟はオレメロン王国で働いているけどね」
「ぶひひ、あの国は嫌いだ。ダンジョンが全て管理されており、宝を持ち出すことすら許されていない。あの有名なピラミッド型ダンジョンは1度行ってみたいものだ」
「全くでやんす」
ホワイトコロナ家か。エドガー先輩によると、500年前の戦争ではヴァンパイア達を倒したドラゴニュートの一族で、現在も王族として君臨している。でも、良い噂が無くてコラムさんとドランは不機嫌に、同じドラゴニュートのエドガー先輩すら苦笑していた。オリオンとベテルギウスは同じオリオン座の星。何か偉い人ほど、星座が関わっているのは気のせいかな? いずれは行きたいけど、今はランガード共和国のほうが楽しみだ。
「メアリー、ちょっといいか?」
「はい」
「メアリーの戦闘スタイルは何だ?」
「私は水属性。回復魔法は豊富ですが、攻撃手段はウォーターボールだけです」
スバルがシャロンを連れて真ん中の馬車にいる間、私は隣のメアリーと話していた。これから『星影の衣』の一員となるメアリーの戦闘スタイルについてだ。回復魔法はお墨付きなことは知っているが、攻撃魔法は基本のみか。よくよく考えると、ギルド受付嬢が戦う姿は想像出来ないな。
「そうなると、後衛か。今回、パーティの戦闘陣形は私とシャロンが前衛、スバルはサポートだ。後ろからのフォローを頼むぞ」
「分かりました。ふふ、立派に副リーダーをしていますね」
「スバルが自由に冒険するためだ。リーダーを支えるのは私達の役目。メアリー、お前にも期待しているからな」
「ええ、もちろんです」
私はメアリーの戦闘スタイルを聞いてパーティの陣形を確認。シャロンとの約束でスバルは後衛、たまには楽してほしいからな。初めての4人パーティにしては良いバランスだが、クリスの警告もあったから油断はしない。メアリーにも念のために釘をさしておく。
「皆、そろそろ見えてきたでやんす」
「あれが『魔人の塔』……」
「……大きい」
「ぶひひ。秘宝が私を待っている!」
俺達が様々な世間話をしていると、ドランが外に注目。俺とシャロンもまた窓から外の景色を見ると、そこには見上げるほど高い塔が現れた。コラムさんが塔を眺めながら笑っている。馬車が走るなか、いよいよ俺達は『魔人の塔』に迫るのであった。




