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第3章 4 サキュバスのシャロン

「カッコ良かったぞ、スバル!」


「ただいま、ミランダ」


 予選会場から出た俺は、ずっと観客席にいたミランダと合流。勝ったことを褒めてくれた、照れる。10連勝は大変だったけど、色んな対戦相手と戦えて良い経験が出来た。特に王国騎士団は初めてだったから今後の影魔法に関する参考になるな。


「いよいよ本選だな」


「うん。そうだミランダ、お願いがある」


「何だ?」


「明日、修行の相手をしてくれないか?」


「ふふ、スバルは全く変わらないな。明後日の本選に向けてだな?」


「うん、これまでの影魔法を確認したいから」


 俺はミランダに修行相手をお願いする。ミランダは一瞬だけきょとんとしたけど、すぐに笑顔で理解してくれた。もちろん、本選に向けての特訓だ。さて、どこで特訓しようかな。この前の森の中に行こうかなと考えていると、さっきまで予選の解説をしていたメアリーさんが話しかけてきた。


「私も一緒でいいですか?」


「メアリーさん」


「冒険者ギルド専用の鍛練場があります。スバル様なら本選出場の権利がありますので、ご案内します」


「ありがとう、メアリーさん。明日よろしくお願いします」


 冒険者ギルド専用の鍛練場は初めて聞いた。メアリーさんによると、ランクが高い冒険者しか入れない場所らしい。俺はC級冒険者だからギリギリ入れて尚且つ、闘技大会本選出場者だから大丈夫みたい。これは、ありがたい! メアリーさんと明日冒険者ギルドで集まることを約束して別れた。ちなみに夕食は満腹亭で本選出場決定という宴があって、ミニゴーレムから映るクリスやいっぱい料理を作るミランダで、とても賑やかな満天の星空の夜だった。ご馳走さま。





「こんにちは、メアリーさん」


「こんにちは、スバル様。さっそくですが、こちらへどうぞ」


 翌日。冒険者ギルドへミランダと一緒に行くとメアリーさんが入口で待っていた。今日は俺達のために受付嬢の仕事は休んだみたい、ありがとうございます。そして、階段を登って2階に行く。そういえば、2階って初めてだ。楽しみ。


「何だ、この部屋は?」


「これって予選会場にもあった」


「そうです。では、転移します」


 着いた場所は床に魔法陣がある小さな部屋。ミランダは初めて見るから知らないけど、俺は見たことある。俺達は魔法陣の上に立って、メアリーさんの合図で魔法陣が輝き転移した。





「ひろーい!」


「これはすごいな」


「予選会場の転移魔法と同じ原理です。ここは冒険者ギルド地下ではなく、ギルドが管理する荒廃ダンジョンです」


 着いた場所は地平線が見えるほどの荒野。俺とミランダはあまりの広さに驚きを隠せない。メアリーさん曰く、このダンジョンはボスが倒されて役目を終えた場所で魔物すら住まなくなった。そこで冒険者ギルドがこのダンジョンを管理することを決めたらしい。世界にはこんな光景もあるのか、感動した!


「ここなら大丈夫だね」


「スバル、準備は出来ている。いつでも良いぞ」


「ありがとう、ミランダ。まずは影弾〈シャドウボール〉!」


「はあっ!」


「本当に影魔法ですね……。予選解説している時は感情を抑えていましたが、改めて見ると凄いですね」


 俺は荒野で修行を始める。ミランダも風属性の魔法を纏った槍を構えて、シャドウボールに対応している。あくまで修行だからパワーは無いけど、シャドウボールを作りあげるスピードは実戦と同じだ。俺達の様子を見ているメアリーさんは、予選会場では見られなかった驚きの表情をしていた。ただの人間が影魔法を使っているのは常識外れだからね。


「接近戦、行くよ! 影腕〈シャドウアーム〉!」


「風気〈サイクロンオーラ〉。どんどん来い、スバル!」


「影で巨大な腕を作り、接近戦ですか。接近戦が苦手な魔法使いにとっては良い考えですが、攻撃中は胴体が無防備になるのが欠点ですね」


 続いて、シャドウアーム。両腕に巨大な影の腕を纏って殴るのみ、シンプル! 流石にミランダもサイクロンオーラで身体強化している。オーラ魔法してからシャドウアームを使うのも良いね。今度やってみよう。俺達から離れているメアリーさんには、第3者目線でチェックしてもらっている。


「ミランダ、手加減して必殺技を放つよ。1分間、準備はいい?」


「風盾〈サイクロンシールド〉、風壁〈サイクロンウォール〉。来い、スバル!」


「星影砲〈スターライトバスター〉!」


「くっ!」


「きゃっ!? これが『氷結』を倒したスバル様の必殺技……。なんて魔力の塊、予想外です! …………これは裏社会から本当に狙われてしまいますね、ギルドとしても本気で護ることを考える必要があります」


 最後は俺の必殺技スターライトバスター。シャドウスタイルをしないから身体の支えも無いから、だいたい10パーセントぐらいの威力だ。それでも、ミランダが作った風属性の防御魔法を貫通して、ミランダが必死に耐えている。かくいう、俺も反動が凄まじくて右腕を抑えていることに耐えている。気を抜くと身体が弾けてしまいそうだ! メアリーさんが何かブツブツ言っているけど、そんな余裕なし!





「ふぅ……っ」


「お疲れさまです、スバル様、ミランダ」


「手加減されていると分かっていても、凄まじい威力だな」


「ありがとう、ミランダ。んじゃ、最後に魔力制御の修行するから、のんびりしていてね」


 ミランダとの修行は終了。やっぱりスターライトバスターは中々使いこなせない。メアリーさんがタオルを渡してくれたので汗を拭く。ミランダも同じように汗を拭いているけど、俺以上に汗をかいている。俺が想像している以上にスターライトバスターは強力なようだ。ミランダには休憩してもらって、俺は父さんから教わった魔力制御の修行を始める。1人でも出来るけど、疲れるから苦手なんだよね。何だか、父さんとの修行を思い出すな……。





『てぇい!』


『痛いっ! 何するんだ、父さん!』


『まだまだ魔力制御が出来ていない。魔力制御は身体がボロボロである時や魔力が少ない時こそ完璧にこなせないといけないぞ。これくらいで痛がっては影魔法の使用は絶対に認めん!』


 俺は冒険者として旅たつ前、ずっと子どもの時から父さんと修行していた。普段優しい父さんも修行の時は厳しくて、牛のような角を頭から出して俺を細い杖で叩いていた。あの角は魔法で造ったのは後で聞いた話だけどね。その時の俺は魔力を出しすぎて疲れはてていた。それにも関わらず、父さんは細い杖で叩くのを止めない。なんであんな細い杖で痛かったのは今でも謎だ。


『父さんに認めてもらうまで、がんばる! うおおおおおおおおおおお!』


『その調子だ、スバル! 魔力、いやノヴァ(・・・)の制御こそが代々受け継がれてきたブラックスター家の誇り! もっと魔力を高めて身体に纏え! そうすれば、1人前の魔法使いになれるぞ!』


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』


 俺は負けず嫌いで尚且つ影魔法を使いたかった。前世ではフィクションでしかなかった魔法。それがこの転生した世界では当たり前のように使える。俺は魔本で影魔法を知った。初めて使おうとしたところ、父さんに止められた。父さん曰く、魔法を使うには魔力制御を必ず覚えること。覚えるまでは影魔法禁止! 俺はひたすら魔力制御を修行して、認めてもらえるまで半年。今でも魔力制御は続けている。それが俺が転生したブラックスター家の誇りなら尚更だ。でも、時々父さんが魔力のことをノヴァと叫んでいたのは何故だろう?





「魔力制御ですか?」


「スバル曰く、父親から闇属性の魔力を隠すために魔力を身体から出ないようにしているそうだ。しかし、私はあの修行が1番キツいと思う」


「どんな修行ですか?」


「見たら分かる。ほら、始まったぞ」


「こ、これは……っ」


 メアリーさんがミランダに俺の修行について尋ねている。俺は歩いて2人から離れていく。久しぶりに父さんとの修行を思い出して気合いも充分。ミランダには修行内容を教えているから問題なし。修行に集中しよう。やるぞ! 俺は闇の魔力を意識して身体の外へ放出した。そして、意識して身体の内へ吸収する。これを繰り返す。ただそれだけの修行だけど、これがものすごく疲れる。


「けほっ……けほっ、けほっ」


「メアリーさん、大丈夫?」


「だ、大丈夫です……」


 魔力制御の修行から10分。なんとメアリーさんが倒れてしまった。原因は俺、闇の魔力が荒野に広がって空気に混じってしまった。しかも、放出と吸収を繰り返すから魔力の高低差が発生、その結果が魔力酔い。俺とミランダは平気だけど、メアリーさんには堪えたみたい。


「魔力酔いするなんて、子供の頃以来ですよ……」


「ごめんなさい、メアリーさん」


「謝ることではありません。しかし、スバル様は本当に人間なんですか?」


「人間だよ。両親も祖父母も人間だしね」


 魔力酔いは小さい子供が魔法を練習する時に起こりやすい。魔力に慣れていない、魔力が大きすぎて操れないなどがある。しかし、闇の魔力は魔物と戦う戦士を除くと、めったに関わることは無いためにメアリーさんの気分が悪くなった。メアリーさんは謝る俺を許してくれたけど、これからは注意しよう。

 それから俺のことを本当に人間かと聞かれたけど、一応人間だよ。闇の魔力は魔族が使うから疑うのは当然だけどね。父さんは元冒険者。じいちゃんは、世界を旅する自由奔放な探検家。俺にとっては羨ましいな。






「メアリーさん、魔本が売っているお店を知ってますか?」


「魔本ですか。オススメのお店がありますよ。一緒に行きましょう」


「ありがとう、メアリーさん」


 修行を終えた俺は、メアリーさんから魔本について聞く。いくつか持っているけど、新しい物も見たく『念話』が詳しく書いてあるのも探したい。心当たりがあるらしく、ミランダと一緒にメアリーさんの後ろをついて行き、売店に着いた。わくわくするぜ。


「それにしても意外ですね。スバル様は魔本を使っているのですか?」


「昔からね。これにしよう」


「氷魔法の魔本ですか? スバル様は闇属性ですけど」


「実は『氷結の魔女』が使っていた氷魔法を影魔法で使えないかな、って。この地面を凍らせて相手を封じるアイスフィールドなら何とか出来そう」


 俺は早速魔本がある本棚に向かう。たくさん置いてあるけど、予想通り闇属性の魔本は無い。残念だけど、今回の目的は別にある。あった、氷魔法の魔本だ。メアリーさんが疑問を聞いてきたけど当たり前、普通は自分の属性しか買わないからね。俺の目的は他の属性の魔法を真似ること、便利そうな魔法や苦戦した魔法など。氷結の魔女が使っていたアイスフィールドは、ぜひ覚えたい。影を応用すれば、出来るかな? 修行あるのみ!






「……ミランダ、スバル様がすごいことを話しています。他属性の魔法を覚えるなど聞いたことありません」


「……私も最初聞いた時は驚いた。スバルは昔から闇属性の魔法を教わることが無かったため、全て我流らしい。あのシャドウボールも、風魔法サイクロンボールの真似事だそうだ」


「……あの完成度の高いシャドウボールが真似事ですか!? 本当に何から何まで努力家ですね。他の冒険者に見習ってほしいものです」


 魔本に集中していて気付かなかったけど、ミランダとメアリーさんは俺の言動について会話していた。何故かメアリーさんが驚いていたけど、俺にとっては当たり前なんだよね。寝たきりで何も出来なかった前世を考えると、不可能という言葉は俺の頭には無い。何事も努力すれば、どんな小さなことでも出来るようになる。それが俺の影魔法だ。





「テトラ坊っちゃんのおな~~りー!」


 聞き覚えのある声が売店に響いた。





「げっ……あの3人組だ」


「誰だ?」


「この街の領主の息子と執事。あとは良い人っぽい奴隷のサキュバスちゃん」


 見覚えのある3人組が入ってきたことにげっそり。あ、メアリーさんも同じ表情してる。唯一知らないミランダに説明、息子と執事は印象が悪く、奴隷のサキュバスちゃんは良い人と伝える。良くも悪くも視線を集める息子と執事は、売店の奥から分厚い魔本を持ってきた。あ、あれは!


「この魔本を買いたい」


「しかし、これは禁呪の魔本でして……」


「ならば、価格の100倍出そう」


「へ、へい。まいどありがとうございます!」


 売店の店長さんが、領主の息子が持ってきた魔本に驚いている。あれは禁呪が載っていて、人に向けてはいけない魔法がある。俺だって読みたいけど、止めている。そんなこと考えていたら、執事が定価100倍で買ってしまった。1冊買うのに日常生活半年分だぞ、金持ちだからって使い過ぎだ。店長のにやけ顔の気持ちは分かるけどー。


「早速使いましょう、坊っちゃん。サキュバス、的になれ」


「……っ!」


「毒針〈ポイズンニードル〉!」


「いやあああああ……!」


「しっかり立て、サキュバス。坊っちゃんの練習にならない」


「あ、あ、あ、あ……はい」


 執事がサキュバスちゃんに命令したら、ぎこちなくサキュバスちゃんが直立不動になった。俺が不審がっていると、息子がサキュバスさんに禁呪を唱えた!? サキュバスちゃんの悲鳴が店内に響くなか、再び執事の命令でサキュバスちゃんがぎこちなく立ち上がる。いくら奴隷でも駄目だ!


「やめろ!」


「何者だ、坊っちゃんの練習を邪魔するな」


「何が練習だ! 一方的に攻撃しているだけじゃないか!」


「奴隷なら当然。むしろ、坊っちゃんの練習台になることに感謝してほしいものだ」


「領主の息子と執事といえど、許さないぞ!」


 俺は奴隷のサキュバスちゃんを後ろに庇って領主の息子と執事を睨みつける。突然現れた俺に、息子は驚き執事は表情を変えずに怒っている。この執事、罪悪感とか何も感じていないのか? 俺の主張にも否定しないあたり、息子より警戒してしまう。


「スバル、落ち着け」


「執事様、ギルド職員としても、これ以上の騒動はお控え願います」


 ミランダが俺と執事の間に入って場を落ち着かせ、メアリーさんがギルド職員の権力で執事に対抗している。


「そこの庶民、闘技大会本選出場を決めた貴族の僕に刃向かう気か?」


「ふん、俺も本選出場者だ!」


「ほう。坊っちゃん、こやつは闘技大会本選で、観客が見るなかで叩きのめしてやろうではありませんか」


「良いアイデアだ、じいや」


「ありがたきお言葉。では、行きましょうか。サキュバス、お前も回復したら戻ってこい」


 領主の息子が俺に喧嘩を売ってきた。相手も闘技大会本選出場者らしいから、執事のアイデアに乗ることで、俺はその喧嘩を買った。女性に対して失礼だし、サキュバスちゃんへの言動が悪すぎることが許せない。息子と執事はサキュバスちゃんを残して売店を出ていった。見てろ、闘技大会で決着をつけてやる!





「あの執事……なんてヤツだ。大丈夫?」


「助かった……ありがとう……」


「えっと」


「わたし、シャロン……」


「俺はスバル、よろしくね」


 俺は執事への苛立ちを思っていたけど、サキュバスちゃんの身体が心配。サキュバスちゃんを見ると毒魔法の効果が弱ってきたのか、顔色が良くなってきた。息子の魔力が弱かったのが幸いだったみたい。どんな魔法も魔力の鋭さや強弱で変わる。サキュバスちゃんはお礼を言ってきた、名前はシャロンちゃんか。


「……それじゃ」


「また戻るの?」


「……奴隷は……主人に……逆らえない」


「分かった。でも、気をつけてね。何かあったら愚痴くらい聞くから」


「……ありが、とう……」


 シャロンちゃんはふらふらの身体で執事達の所へ戻ろうとしている。止めようとしたけど、奴隷だから自由が出来ない。それがこの世界の常識。俺だけが特殊なだけだった。せめて息子や執事の愚痴を聞くことを約束することしか出来なかった。シャロンちゃんが足を引きづって行くのを見送った。





「スバル、無茶し過ぎだ」


「全くです。人を助けるためとはいえ、自分から敵を作っては駄目ですよ」


「う、ごめんなさい……」


 その後ミランダとメアリーさんに怒られた。俺の行動はその場しのぎなので、その先を考えていなかった。反省して、2人に対して謝った。


「だけど、そこがスバルの良い所だ」


「ええ。ギルド職員の1人として尊敬しますよ。後始末は私の仕事ですからお任せください」


「ありがとう、ミランダ、メアリーさん。明日の闘技大会、頑張るよ!」


 でも、2人は許してくれた。メアリーさんが領主の息子と執事について考えてくれるそうだ。俺に出来ることは闘技大会で結果を残すこと、そして息子を倒してみせる。今回はわくわくを持ちながら、俺達のパーティ『星影の衣』の未来も掛かっている。絶対に負けられないぞ!

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