第2章 3 山道の襲撃
「はあ、結局バラバラか」
思わずため息が出る。護衛依頼にも関わらず、D級冒険者パーティ『日天の剣』はこちらの話を聞かずに勝手に動いている。といっても、リーダーのドラゴニュートはおろおろしているだけで、暴走しているのはエルフだけどね。不安しか出てこない。
「スバルさん、元気出すの。ため息は幸せが逃げて不幸を招くの」
「そうだぞ。あいつらはスバルの話を聞かなかった。冒険者は自己責任、あいつらがどんなことになっても私達には関係ない」
「ありがとう、仮面さん、ミランダ。俺達は俺達で頑張ろう」
落ち込んでいると、2人に励まされちゃった。そうだよ、俺が今することは仮面さんを守ること。お世話になっている分、ここで恩を返すチャンスだ。いつでも対応出来るように、念のため魔力を貯めておこう。改めて指名依頼を意識していると、いよいよペガサス山に俺達は突入した。
「あれは村?」
「村というより集落だな」
「ペガサス山には、いくつか集落があるの」
特に異常も無く、ペガサス山を登り始めて2時間。小さな村が見えてきた。俺の故郷カルデア村に似ているな。
「ママー! 騎士団の人が来たよー!」
「騎士団?」
「まあ、本当!?」
集落で一休みしていると、小さな女の子が俺達のところに走ってきた。騎士団って何だ? と思っていると、今度は笑顔の母親らしき人まで現れた。何やら嬉しそうだ。
「俺達は冒険者です。今は護衛依頼の途中で、この集落に訪れました」
「……そうですか。娘が失礼しました」
「冒険者さんなら、パパを助けてよ! あたし知っているよ。すっごい強い勇者さんの仲間に冒険者さんがいるって話!」
俺が事情を説明すると、母親は笑顔を無くして小さな女の子が怒り始めた。パパは分かるけど、勇者ってどういうことだ?
「止めなさい! ごめんなさいね。娘は今、パパがいなくて悲しんでいるのです。それであなた達を絵本の冒険者と勘違いしたみたいです」
「何かあったのですか?」
「5日前、私の夫が『氷結団』に連れて行かれて帰ってこないのです。そこで昨日、騎士団の方々に手紙を出したばかりなのです」
「氷結団だと!?」
母親は娘を叱っているけど、覇気が無い。思わず尋ねてみると、娘の父親が連れて行かれたらしい。絵本の冒険者って、もしかして俺も読んだことがある、あの本かな。それと氷結団って何だ? ミランダがいきなり大声を出した。びっくり!
「ミランダ?」
「な、何でも、ない……」
「スバルさん、氷結団は人拐いの盗賊集団なの」
ミランダは俺に気付いて黙った。でも、明らかに動揺しているね。元暗黒騎士の槍を強く握りしめている。仮面さんによると、氷結団は人拐い。もしかして、ミランダも……。
「俺達は護衛依頼の途中なので、どうすることも出来ません。力になれなくて、すみません」
「いえ……お気持ちだけで、ありがとうございます。騎士団の方々を待っています。みなさんも、お気を付けてください」
「ありがとうございます」
母親と娘さんには悪いけど、俺達にも事情がある。本当は助けてあげたいけど、今の俺は実力不足。氷結団がどれだけ人数がいて、どれだけ強いか分からない。多分、ミランダより上だろう。一休みは終わった。俺は頭を下げて、村を後にした。その時の母親と娘さんの悲しい顔が目に焼きついた……。
「この山に氷結団がいるとなると、尚更注意が必要なの」
「分かった。仮面さん」
馬車は3台縦に並んで進んでいる。前は雑貨商人アレックスさんを守るD級パーティ、真ん中は奴隷商人マリクを守る傭兵隊、後ろは仮面さんを守る俺達だ。山道は狭くて馬車が通れるにはギリギリだ。こんな道しか無かったのか?
「むっ!」
「どうしたの、ミランダ?」
「誰かに見られた気がした」
「それなら、影探知〈シャドウサーチ〉! …………前方に3人、後方に3人いて挟まれている!」
ミランダが急に槍を構える。俺が疑問に思って尋ねると、どこからか視線を感じたようだ。こんな山奥で誰がいるのか分からないけど、シャドウサーチで周りの魔力を調べてみた。そしたら、魔力が6つも反応して俺達の馬車を挟んで接近してくる。これはヤバい! こんな狭い場所で襲われたら不利過ぎる!
「大岩〈ビッグストーン〉! 攻撃開始!」
「「イエッサー!」」
「大岩〈ビッグストーン〉! 突撃開始!」
「「オラァっ!」」
待ち伏せしていた人達は、山道に魔法で作った岩を落とす。馬車は大岩に挟まれて身動きが出来なくなった。前から3人、後ろから3人が馬車を強襲してきた。これは土魔法か!?
「敵襲だ! 頼むぞ『日天の剣』!」
「ひいいいい!? フレア、どうしよ~~~!?」
「エドガー様が本気を出す程ではありませんわ」
「てめえら、しっかり俺を守れ!」
「「「はっ!」」」
前2台の馬車も敵襲に気付いたようだ。アレックスさんの所の『日天の剣』からは、ヘタレなドラゴニュートの声がここまで聞こえたぞ、おい。どんだけ大声でビビっているのやら。それに比べて、マリクの所の傭兵隊は隙が無い陣形で武器を構えている。あそこは大丈夫そうだ。
「仮面さんは下がってね、ミランダ行くよ!」
「了解だ、スバル!」
「気をつけるの」
俺は仮面さんと馬車を後ろにして、ミランダと共に敵と思われる盗賊(?)を迎え撃つ。相手は人間ばかりで、なるべく峰打ちでなおかつ戦闘不能を目指す。全員生き残ってみせる!
「俺達は氷結団! 大岩で道を塞いだから、奴らには逃げ道が無い。やっちまえ!」
「「イエッサー!」」
「氷結団だと!」
現れた山賊はシャドウサーチで感じた通り、3人。カルデア村を出てから、ミランダの決闘もどきやヴァンパイアのルビー以来の対人戦。相手の魔法に注意しないといけないな。山賊達はリーダーと部下2人みたい、無駄にチームワークが良さそうだ。こいつらがさっきの村で話していた氷結団か。服装はボロボロだけど、身体つきは鍛えられており青のターバンを全員着けている。それにしても、氷結団ってネーミングはかっこいい。リーダーは氷魔法使いかな?
「まずはお前からだ!」
「こんな場所でやられてたまるか、影弾〈シャドウボール〉!」
「いてええええ! か、影魔法だと!?」
「風槍〈サイクロンスピア〉!」
「ぐわあああっ! こっちはダークエルフ!?」
3対2。数は不利だから先手必勝! 魔力を貯めておいたシャドウボールを放つ。闇属性は魔物や魔族の専売特許だから、俺のような人間が放つなんて予想外だろ。我ながら初見殺しだね。ミランダも槍に風の魔力を纏って山賊を攻撃している。山賊達が戸惑っている隙に更なる追撃をするぞ。
「くっくっく、こいつは驚いた。闇属性の人間にダークエルフか。珍しい奴らは高く売れるぞ、お前ら取っ捕まえろ!」
「「イエッサー!」」
山賊は俺達すら標的にしたようだ。指示していたリーダーも戦闘に参加するみたいで同時に迫ってきた。確かに俺達は珍しいだろう。でも、お前達に言うことは1つだけ!
「スバルには」
「ミランダには」
「「指1本、触れさせない!」」
「「「どわあああああああっ!」」」
俺とミランダは魔力を高めたシャドウボールとサイクロンスピアで山賊達をぶっ飛ばした。お前達なんかにミランダは渡さないぞ!
「ひいいぃ!」
「山賊など下民風情が邪魔ですわ。火矢〈ヒートアロー〉!」
「ららら、光射〈ライトシュート〉ぉ~~~」
「「「ぎゃあああああああっ!」」」
フレアとエドガーの『日天の剣』もまた山賊達をぶっ飛ばす。2人の対照的な態度はともかく実力は本物。山賊を次々と仕留めていく。火属性と光属性の魔法は、山賊が作りあげた大岩すら破壊していた。
「エドガー様、お見事ですわ。流石、最強種族ドラゴニュートですわ!」
「そ、そうかな」
エドガーは最強種族と呼ばれるドラゴニュート。へっぴり腰でも身体能力は山賊の人間よりも遥かに上。フレアに褒められて照れていた。
「頭に報告だ!」
「散れ散れ!」
「土壁〈ランドウォール〉!」
「煙幕〈スモークジャミング〉!」
山賊達は不利と悟ったのか、逃走を開始した。俺は攻撃に備えて魔力を高めていたが、相手の魔法は目眩ましだった。しまった、これは考えてなかった! 土壁と黒煙で周りが見えなくなった。一緒に戦っていたミランダは大丈夫か?
「煙幕……!?」
「待て! 絶対に逃がさない!」
「ミランダ、深追いしないで! 仮面さんの無事を確認しよう! 影探知〈シャドウサーチ〉!」
「す、すまない……」
ミランダが煙幕の中を抜けて飛び出しそうになるのを注意。俺はシャドウサーチで仮面さんを確認して、山賊達が離れて行くのを感じた。どうやら山賊の襲撃は治まったみたいで疲れたぜ。仮面さんと合流するためにゴーレム馬車に戻ることにした。
「まさか、闇属性の人間とは。ダークエルフとお似合いで下民にふさわしいですわ」
「へいへい」
「何ですか、その態度! エドガー様、彼らとは関わらないのが1番ですわ! 行きますわよ!」
「う、うん」
「こっちの台詞だよ。お前とは、もう関わらないよーだ」
俺はシャドウサーチで盗賊が去ったことを『日天の剣』と傭兵隊に伝えた。俺が闇属性なことに驚いていたけど、エルフは相変わらずの様子だった。思わず、子どもっぽい受け答えになったけど、お互い様。予想通り過ぎて笑いそうになったのは秘密。ドラゴニュートとエルフは俺達と別れて偉そうに離れていった。
「想定外の獲物が現れたな。奴らの護衛商品も含めて、纏めて奪ってやるか」
どこからか歪んだ決意をした怪しい声が、ペガサス山で低く響く。スバル達を狙う悪意は、すぐそばまで迫ってきていた。




