3.報復は徹底的に
クンツァイト家の暗殺指令が出ました。
依頼主は、ブラックスター家です。王家の承認を得ています。
しかし、この依頼主がブラックスター家だという所で引っかかりを感じました。
ブラックスター家とクンツァイト家は政的なライバルにあり、ブラックスター家当主はクンツァイト家を快く思っていないのです。
その任務に私が、『白羽の矢』を立てられました。
私に白羽の矢を立てたのは、ブラックスター家です。
これは私を嵌めて口封じに殺す三段ですね。
どうせ、口先三寸で国王様を騙したのでしょう。
ですが、実行時間までに調べる時間がありませんし、何より父様が信用しきってしまっているので、私は任務を遂行するしかありません。
嫌ですね、こういう時に下っ端の人間て。
私は任務を不審に思いながらも、実行することにしました。
クンツァイト家に着くと、警備の者たちや使用人の気配が全くありません。
私は乗ってきた馬をとある人の元まで走らせました。
ブラックスター家がそういう者たちは何とかしておく、なんて言ったのですが、この状況がこの任務にますます不信感を募らせました。
この任務は、『クンツァイト夫人以外の抹殺』です。
なぜ、夫人だけを生かすのかと。
これが、この任務に対して不信感を抱くきっかけとなっていました。
子ども、それも長男を殺すというのは分かります。
長男を生かせば、確実に元凶に報復するでしょう。
クンツァイト家の不正を告発したブラックスター家が、クンツァイト家の長男を生かしていいと言うはずがありません。
私は、人の気配がする部屋まで行きました。
部屋を開ければ、体を縄で縛られ口に猿轡を嵌められ折檻を受ける少年、片手に鞭ともう片手に蝋燭を持ち高笑いする女、それを見て下卑た笑いをする中年太りした男。という、カオスな状況。
この家に、警備の者たちや使用人たちがいなかったのはブラックスター家がしたのではなく、クンツァイト家現当主と夫人がこういうことをするために、暇を出していたのですね。
私はその光景を見た瞬間、クナイをクンツァイト当主と夫人の首に投げつけた。
不本意ですが、即死です。
私は投げたクナイを回収し、少年の縄と猿轡の拘束を解いた。
この少年は、クライヴ・クンツァイト。
クライヴ・クンツァイトの母は、数年前に流行り病で亡くなったということになっています。
真実は、『ブラック・トリカブト』という希少の毒薬を服用させられて殺されました。
徐々に体調を悪くしていく母を見ていられなくなったクライヴ少年は、部屋に引き籠もってしまいました。
クライヴ少年と同じ年頃の子が看病した方がよいだろうと言う、幼馴染である彼女に国王様が心遣いで私が彼女の看病を息を引き取るまでしました。
その時に私は彼女に言われたのです。「夫がブラックスター家の者を後妻を迎えれば、息子が危険な目に遭ってしまう。その時は彼らを殺して欲しい」と。今思えば彼女は、ブラックスター家が自分に毒を仕込んでいたことを確信していたのかもしれません。
彼女は、とても優秀だと評判だったらしいので。
私は動揺しているクライヴ少年を引っ張って、彼の母親の部屋の前まで来ました。
彼女は自分を殺した証拠を部屋に隠していると生前、言っていたのです。
彼女の死後、この部屋に入った者はいないらしく言われた場所にそのままありました。私はそれを取り、クンツァイト当主の書斎に向かいました。
彼は常にブラックスター家を警戒していたので、不正の証拠を集めていたはず。
それを夫人が知り、自分の父親に知らせた結果がこうなのでしょう。
予想通り、机の引き出しの鍵がかかったところにブラックスター家の不正の証拠がありました。
私がクライヴ少年を引っ張り部屋を出ると、見たことしかない侵入者たちがいました。
「なんてご都合主義。物語補正か」なんて思う私は余裕しかない。
彼らは以前、私が実験と称してトラウマを植えつけた人たちなんですよね。拷問の方がましだと泣き叫ばれました。
彼らは私を見るや否や、脱兎のごとく逃げ去りました。
逃げ脚だけは早くなったんですね。残念です。
新たなトラウマを植えつけようと、今思ったのに...
外に出ると、予定通り彼女の父であるカスパル・アメジスト大公がいました。
私はアメジスト大公の執事にクライヴ少年を託し、アメジスト大公とともに城に向かいました。
馬車に乗っている間に、アメジスト大公は証拠になる書類を読みました。
城に着くと、アメジスト大公は王様と父様に大激怒。
子ども、それも少女に何の調べもせずに暗殺の依頼をするとかと。
最愛の娘の恩人になんてことをさせることかと。
私をブラックスター家が嵌めて殺そうとしたことも激怒した要因の一つ。
結果、国王様と父様は謹慎処分になりました。
その後、私がブラックスター家の不正の証拠をさらに追及して一族郎党処刑にまで追い込んだり、クライヴ少年がアメジスト大公の息子の現宰相の養子になったりしました。




