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戦果報告-前編-

遥か広大に広がる農地、此処がかの龍狩りの大弓が統べる領土、通称『農業の聖地』と言われる穀物地帯………ではあるのだが、この農地は恐ろしい事に各龍狩りの収める領土を通り、神聖帝国の本城にまで続いている。


大弓曰く、

『収穫しながら本城まで税を収めに行ける』

という理由でこのような無茶を通したらしい。

もっとも、帝国が姫も面白がってOKを出したのだから、ぶっ飛び具合が伺えるという物である。


そんな農地を横目に流しながら、ガタゴトと馬車に揺られる男女一組。


この珍妙な農地の製作者である大弓のナナオ。


悪魔の称号を持つ栗色ショートヘアに青い瞳の華奢な少女リーゼリア、親しい者から……もっとも二人しか居ないのだが、リゼットやリーゼと呼ばれている。


戦場での暴威を感じさせぬ程、少女という言葉が似合う彼女は、可愛しくはあるのだが何処か町娘っぽさを残した雰囲気を纏っている。

……というよりも着ている服が町娘のソレなのだ。


磨けば神々しく光るのであろうが……本人の粗暴さがそれを許さないと言った所か、動きやすさを重視した服装で、気だるげな雰囲気を出している。


二人は共に行動する事が多く、やや突撃癖の有るリゼットを面倒見の良いナナオがカバーしているといった関係だ。

もっとも、突撃した所で本人の特性や能力的に一切問題は無いのだが。


「セブン、暇です、面白い話はありませんか」


「いきなり無茶を仰る……ケーキならあるぞ」


「頂きましょう」


そう言ってポケットから葉に包まれたケーキを取り出すナナオ、こうしてみると兄が妹にケーキを食べさせている微笑ましい光景ではあるが、ナナオ的には小動物に餌付けしている感覚らしい。


「さて、今回はどんな要件……ああ、食べながら喋るなよ?」


勢い良く返事をしようとしたリーゼリアが小刻みに頷くと、げっ歯類の動きを彷彿とさせる咀嚼の早さでゴクリと飲み込み、ペロリとその指を舐める。


「ふぅ……私の予想では少し前の戦闘の報告ではないかと」


フキフキと口元をハンカチで拭いながら答えるリーゼリア


「書類にして送ったぞ?」


「ふむ、だとしたらバカ姫が何か良からぬ事を思いついたというのは?」


ソレもありそうだ、

我らが愛しき姫は時々突拍子も無いバカをしでかす事がある。

無論、本人は考えての事なのだろうが皆からすれば奇行としか言えないだろう。


「ま、それも後数十秒でわかる事だ」


そう呟くと、舗装された道を行く馬車を追尾するように、

複数の魔法陣が展開する。


「バカ姫の転移魔術ですか、余程早く私達を回収したいと見えますね」


転送魔術、世界で使いこなせる者は両手両足で数える程しか居ないと言われる、

超が付く程の高位魔術だ。

別に難易度は高く無いのだが消費する魔力が狂っているとの事で、世界を数百回滅ぼす程の魔力量が必要と言われているらしい。


「………バレたかもしれんな」


ボソリとナナオが呟くが遅いか早いか、馬車は閃光に包まれ、

全ての過程や工程をすっ飛ばし一瞬で本城へと二人を到達させた。

今まで馬車を引いていた馬はこのような事態に慣れているのか、

はたまた御者が優れているのか定かではないが、

少し驚いた様子はあるものの、暴れだす様子もない。


「まぁ、別にバレた所で問題ないでしょう?貴方は貴方の努めを果たしていますし、貴方の行為はこの国に有益に働いて居ます」


腰を上げ、馬車のドアを蹴破るが如くに足で開けるリーゼリアの行動に眉を顰めながら、ゆっくりと立ち上がるナナオ、色々と小言を言いたいのだろうが……


「壊れるぞ?」


色々一周してその言葉に辿り着いた。

もっともリーゼリアは肩を竦め、


「私は馬車が嫌いです、憎んでいると言ってもいいでしょう、退屈な時間が続きますしケツが痛くなりますからね」


などと、反省皆無ではしたない言葉を紡ぐのだった。


「あいも変わらずバカのように大きい城ですね、威厳とやらの意味もわかりますが、ここまで来ると金の無駄です」


ナナオがリーゼリアの発言に眉を顰めながら頷く。


神聖帝国が本城グランツィア。

この世界で最大の城であり、聳え立った山をそのまま城に改修するという、前衛的すぎる方法で作成されている。

この城に防衛設備の一切は無い、理由はいくつかあるがもっとも大きな理由の一つが、芸術品に兵器をつけるのは無粋であると姫が判断したからだ。


「半分ぐらい同意だ、もっとも、半分の意味も理解できるがな……まぁ、魔王が見たら維持費に卒倒するだろうな」


「威の為とは言え……城で腹は膨れないでしょうに……城の元手はタダとはいえ無駄には代わりないでしょう」


城に向かって歩み始め……ると思いきや二人はいきなり踵を返し、

街に向かって全力疾走する二人。


「腹が減っては話はできぬ、甘味と飲み物を買い込みましょう」


「同感だ、でもちょっと食べ過ぎて話の途中に寝てしまうのも、仕方の無い事だよな、うん」


「物珍しさに時間を忘れて、ついつい会議に参加できないというのも、よくある話ですよね、流石娯楽に満ちた王都と言うべきでしょうか」


100メートル5秒フラットで走り抜けそうな勢いで走りだす二人、その数秒遅れの後に二人を追いかける魔法陣が発生した。


「おっと、どうやらバカ姫は余程早く我々と話したいようですね、こういうのをモテる女は辛いというのでしょうか」


「ああ、多分な」


自分達よりも早く動く魔法陣を赤子を往なすかのように回避する二人、

別に本気で逃げようとしている訳ではなく、この陣を動かしている姫をおちょくっているのだ。


「おっと、今のは惜しかったですね、ですが成長期の私には当たりませんよ」


「背と胸は慎ましやかだが大丈夫か?」


「ええ、胸が大きいと抉らなければハルバートが使い辛いです、後サイズが小さければ相手の油断を誘えますし、懐に飛び込みやすいから便利です」


フフンと鼻で笑うリーゼリア、彼女にとっては戦闘こそが第一であり、ソレ以外の実用性はあまり必要無いのだろう。


「それに即席英雄に笑顔を向けるだけで、格段に殺しやすくなるという大きなメリットもあります、小さい事も捨てた物ではありません」


それはリゼットが可憐であるからでは無いだろうかと、言おうと思ったがあえて止めておくセブン。この娘は可愛いと言われるより、強いと言われる方が嬉しい複雑な子なのである。


「まぁ、主に笑いかけた相手を殺すのはこっちの役目なんだけどね」


「なら、セブンに笑いかけたら誰がセブンを殺しに来るんでしょうね?」


ニコリとほほ笑みながら並走する二人、微笑むという行為は本来ー……というアナウンスが聞こえてくるかと思いきや、その笑顔は歳相応の少女の物だった。


「おやおや、面白そうな事をしていますね」


ふと、町に向かい城前の石畳を爆走する二人に追いつきながら語りかけてくる影が一つ。


「骨鉄のおじさま、ごきげんよう」


「兄さん、お勤めご苦労様です」


龍狩りの骨鉄、『無影の冠』あるいはその容姿から、『薄い冠』と謳われる暗殺者。

バーコード頭に紺色を基調としたスーツ、赤いマフラーにネクタイとメガネを着けた一見すると冴えない男である。


もっとも、冴えないのは外見だけだ。

『顔のよく知られた』暗殺者であり、神聖帝国が隠密頭。

隠密でありながら真正面の戦いであっても、リーゼリアと真っ向から打ち合える程の豪腕と、研ぎ澄まされた格闘センスを持つ武人でもある。


「ナナオ、後で以前の戦闘の報告を聞かせて下さい、書類を読んだのですが、いくつか気になる点がありましたので」


「ええ、私も幾つか聞いて頂きたい事があります、姫の話を適当に切り上げたらゆっくり食事でもしながら話しましょう」


「おじさま、セブンの後で良いので私と模擬戦をお願いしてもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ、リゼットもまだまだ伸び盛りですからね」


暗殺者とは思えない程に柔和な物腰は、どこか週末のお父さんを思わせる。

爆走している所を除けば、3人は父親、長男、次女と見えなくもないだろう。


「で、何故逃げているんですか?」


骨鉄が問いかける。


「おやつを買いに行こうとしたら姫の陣が追いかけて来たので……」


「おや、それは災難でしたね、私が買ってきますから二人はどうぞ、

先に城に向かって下………さいっ!!」


骨鉄が瞬間的に加速する。

さながら事象を置き去りにしたかのような機動を描き、に二人の前に立ちはだかった。


「「『威』を示せ!」」


その行動を予見していたかのように、靴に仕込んだ龍の欠片を稼働させる二人。

龍狩りの使う武装は、それぞれが持つ『威』を伸ばす装備だ。


『威』とは、即ち脅威であったり暴威であったり、安直に言うなれば武器の届く距離、範囲である。

もっとも、全てが全てそうではないのだが、概ねの龍狩りの兵装はその攻撃範囲を伸ばす。

例えば、彼らが足に仕込んでいる龍の欠片は、瞬間的に加速、跳躍、移動する為の物である。

要約してしまえば、足に瞬間的に長距離まで伸びる棒が仕込まれていると考えてもらっても問題ない。


尚、威を伸ばせるのは瞬間的であり、連続使用も効かないという欠点がある。

しかしながらその攻撃性能は絶大だ。

例えば大鎧であれば、見えない壁が音速の数十倍で飛んできてぶち当たると考えてほしい。

そりゃ死ぬ事請け合いである。

しかしながらある程度対策を練れば戦えるには戦えるだろう、対策を練る前に死ぬかも知れないけど。


ちなみに、大鎧や大盾は扇型に範囲が広がっていく上に威の目視はできない為、

至近距離や中距離で発動されると目視不能回避不可で一撃死がほぼ確定する。


特に大鎧は相手に向かって構える必要が無く360度発動可能であり、小手、グリーヴ、鎧、兜、それぞれ構成しているパーツの一つ一つを伸ばせる為、ただ立ち止まっているだけで近寄って来た相手を仕留めるという事もできるすぐれものだ。


さらに言えば、斥力のように使えるので盾としても転用可能と来た物だ、スタンダードに強いと言えるだろう。


もっとも、単純故に対策や欠点もそれなりにある、さしあたっての対策としては……


「足元がお留守ですよ!」


出る前に潰す事である。


「うおっ!?」


「むっ!?」


大きく移動しようとした瞬間、骨鉄のウィンドミルで二人の足を襲う、しかしながら二人の足を留めるには至らない。


「「『威』を示せ」」


ウィンドミルを辛うじて跳躍しつつ躱しながら、リゼットとセブンは互いの片手を合わせると、それぞれ左右に分かれて吹き飛ぶ。

手の中に埋め込んだ龍の欠片を互いに伸ばしたのだ、着地点を狙っていた魔法陣は慌てて二人を追いかけるが、ギリギリ追いつかず再び鬼ごっこを開始する。


『我が威を示す』


今度は骨鉄の対龍武装が稼働した。

骨鉄の対龍武装の位置は体内の骨であり、事前に『記録』したモーションを再現する事が出来る。


これが中々に曲者で、インファイトであればインチキ臭い性能を誇る。


例えば相手が、此方の振るった拳を回避したとしよう。

すると、回避した途端に同じモーションの拳がワンテンポ遅れ、敵が回避した地点に飛来する。


さらに言えばその一撃は文字通りの一撃必殺である。

頭に当たれば頭がはじけ飛び、体に当たれば胴体から真っ二つになり、四肢のどこかに当たれば当った部位が吹き飛ぶ。

初見であれば一撃を凌ぐ事すら難しいだろう。


だが、今回記録したのは拳を振るうモーションでもなければ、

ウィンドミルでもない。

『彼の全て』である。


一瞬ブレたように骨鉄の姿が揺れると、次の瞬間にその数が2つに増える。

叩いて増えるビスケットなら歓迎だが、勝手に増える上に叩きにくるオヤジはノーセンキューである。


「おお!?分身か!?」


思わず声を上げるナナオ、その表情は驚愕というよりも喜びの念が強い。

高々遊びで骨鉄の切り札を見れた行幸を喜んでいるのだろう。


「セブン!足止めを行います!貴方はおやつを!」


「承知!」


「逃すとでも!」


オヤジが二手に別れる、片方は少女に、片方は青年に。


その様子を見たリーゼリアが無詠唱にて魔術を発動させ、自身の肩、脇腹、脛、両手をパンパンパンとリズムよく叩いていく。

同時に、手の触れた位置に彼女の大鎧が部位的に装着された、防御のし辛い急所と最低限の装備を整えたのであろう。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッッッ!!」


獣の咆哮が如き声が響く、大凡少女の放つ声では無い。

だが、その咆哮に相応しき不可視の『威』が分身へと迫る。

当たればミンチ確定ではあるのだが……そこに存在する相手は同じく龍狩り、

そしてその全てを写した分身である。


「相変わらず悍ましいまでの殺気ですね」


不可視である筈の一撃をいとも容易くくぐり抜ける骨鉄2人。

風の流れ、経験則、センス、殺気を放ったタイミングを読み、最低限の動きのみで回避してみせたのだ。

その数秒後に、城で巻き起こる爆発、どう考えても大惨事だ。

尚、殺し合いではなくこれがじゃれ合いの時点でお察しである。


「ええ、仕留められるとは思ってませんから」


少女が構える、無手での戦闘は圧倒的に不利であると理解しながら。

男が構える、少女相手の接近戦は圧倒的に不利であると理解しながら。


双方が尖っているが故に、双方が不利。

五分とは言えない、双方に勝率は3割を切るからだ。

残りの7割は………


「その『威』を示せ!」


少女が叫ぶ、男が悟る、


「嵌められましたか」


だが、互いの攻撃は止まらない。

少女は自らの手よりその威を発した。

男は自らの拳を中心にその威を発した。


少女の『威』で軽減された男の『威』が深く、深く少女の体に突き刺さり、

口から鮮血が撒き散らされ、その服を赤く染める。


されどその口元は笑み。


「捉えましたよ、おじさま」


装着数の関係上、大鎧は威を放つリロードタイムを他の部位によりカバーできるという他の龍狩りには無い利点がある。

一撃目に使ったのは双方の小手の威、そして次に使うのは……


『我が威を示す』


自らが持つ威である。

少女の頭上を中心に、巻き上がる『威』は少女と分身を無慈悲にもそのまま地面へと叩きつけた。


「グッ」


僅かなうめき声と共に素早く立ち上がる少女、されど男の分身はその威力に耐え切れず霞のように消え去った。


「装備の『威』で軽減したとはいえ……流石に飛び回る元気はないですね………これは本格的にセブンに任せるしかないです」


右後方より迫り来る魔法陣と、此方を無視して走り抜けていった骨鉄に目をやると、少女は諦めたように膝をつく。


「セブン、オヤツを……未来を託しましたよ」


フッ、と小さな笑みを浮かべ閃光の中に消え入る少女。

遊びとオヤツに本気を出し過ぎである。

遊びに本気になれる人って素敵だと思う

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