プロローグ-悪魔の具現、神の具現-
「どうやら即席英雄は6人だったようですね」
戦場の遥か後方で指揮を執るでもなくただ戦場を眺める影が2つ、一つは黒塗りの悪魔を模したかのような大鎧……なのだが、着ている人物に合わせる為に小柄なサイズなのだろう。
外見上小鎧から少々気だるそうな女性というには幼い声が響く。
彼女こそ現龍狩り最強と目される幼きエース、
『リーゼリア・ルクアール・ディアブロ』である。
リーゼリアが名前、ルクアールが家名、そして一番最後には武人として打ち立てた自身が最も誇れる業績を名乗る事が、武人の決まりである。
ディアブロとは悪魔、即ち単身国家を亡ぼす等の悪魔的所業を行ったという証明……彼女の残虐性を表していると言っても過言ではないだろう。
そんな凶暴な彼女の隣に気怠そうに立ち上がる男が一人。
「いや、後一人逃げた」
男は身の丈程もある大弓に槍程もある矢を番え、その一矢を放つ。
彼の名はナナオ、龍狩りに名を連ね、翼ある瞳と称される龍狩りの鬼札が一人。
『ナナオ・ルクセン・オールドワン』
オールドワンとは古き捨てられた神を討伐した際に与えられる称号、
即ち神殺しの大罪者であると同時に、武のみで神を制した武神として崇められる権利を持つ、生きた人の神という存在である。
「逃がしてあげても良いでしょう?」
少女がそう言った直後、着弾点に居た『英雄』は爆風と共に無残にも2分割され物言わぬ躯と成り果てた。
「禍根は絶っておく主義、洗脳が残ったままここの国を亡ぼしたら寝首を掛かれる可能性も無きにしも非ず」
「そういう物ですか」
数秒の間を置いて先ほど放った槍矢とでもいうべきだろうか?
『ソレ』がまるでブーメランのごとくクルクル旋回しながら飛来して龍狩りの大弓の男の隣に突き刺さる。
「久々の攻城戦でしたが……やはり張り合いがありませんね、西方に喧嘩でも売りますか?」
その言葉に心底楽しそうにクツクツと大弓が笑いを浮かべる。
「子飼いの兵を運んでもらっておいてか?リゼットは時々恐ろしい事を言う……恩知らず、あるいは悪魔の所業だな?」
「仕方ないでしょう、戦時でもなければ私に価値はないのですから」
大鎧の少女が露骨に拗ねて、直立不動のままその手に持ったハルバートで地面にイジイジと何かを書き始める。どうやら大弓の似顔絵を描いているらしい。
「ッフフフ、リゼットは面白いな」
大弓は呟き弓懸を外すと、そっとポケットから植物の葉に巻いたケーキを取り出し、大鎧の兜の前面をカシャリと開くとそのケーキを押し込んだ。
リゼットと呼ばれた大鎧の少女は口に当てられたソレをただ無言でもしゃもしゃと食べ始める。
不満の声が上がっていない処を見るにケーキにごまかされたのだろう。
数秒の沈黙の後、大弓はそっと水筒を大鎧に手渡すと、大いに満足そうに微笑み再度城の方面を眺めた。
「兵器の類は潰したし、こっちの子飼いは非常に優秀だから戦闘経験の無い簡易英雄なんかに負けない、盤石という奴だ、落ちるのも数刻と言った処か?」
大弓が腕を組みながらその翼ある瞳で王城を見渡す。
どこまでも深い慈悲を孕んだ瞳は狂人のソレ、あるいは慈母のソレに近い。
「即席英雄……単身にて正々堂々と戦いたい物です」
「普通に戦ったら本気出さないと勝てないからやめてくれ、我等が欲するのは確実な勝利だよ」
勝てないとは言わない、だが負ける可能性もある。
故に龍狩りでは単身での簡易英雄との交戦は避けるという不文律がある。
「私やナナオならば4人同時程度ならば楽に捻れるでしょう?」
「個の力を誇示した処で意味はないよディアブロ、我々はただ卑怯と罵られても確実確定な勝利を、天才的バカな能天気姫にささげ続ければいい……それにリゼットが倒れると多分俺は泣く」
無造作に一本矢を取り出し、大凡3km以上離れた城壁内部の鐘楼を狙いその矢を打ち込む。
「大丈夫です、私も泣いてあげますから」
「そういう訳でもないんだがな、まぁ、ありがとう」
やや間の抜けた会話に常勝の戦場、これが彼等の日常だ。
彼等には勝利か引き分けかの2つしかないのだ、圧倒的に龍のように蹂躙する。
他の4強と当たれば最悪でも引き分けに持ち込む。
そうでなくては意味がない、そうでなくては価値は無い。
ソレが彼らの日常なのだ。
背負う責務の重さは計り知れず、されど、その鋼の意思は揺るぐ事もない。
「………リゼット」
「おや……言われて気づきました、中々良い能力を持っていますね」
二人が気だるそうに振り向き、それぞれの獲物を軽く振るうと同時に金属音が鳴り響く。
「気配遮断の類ですか……辛うじて鉄骨のおじ様に匹敵しますかね?」
同時に二人が弾き飛ばした短剣が地面にサクリと刺さる、相手は直接戦闘を本能的に回避しているのか、こちらに姿を見せる気配は無いようだ。
なかなかに厄介なのだが……いかんせん相手が悪いと言えるだろう。
「……セブン、数は?」
「1だな、大体の位置しか掴めてないから任せてもいいか?」
リゼットがナナオの言葉にコクンと頷くと
「その威を見せよ、≪大鎧≫」
その言葉と共に暴威が少女の前方にある万象を薙ぎ払った。
その暴威は音も無く、ただ、ただ、なぎ払われた物達の断末魔だけが響く。
木々がへし折れる悲鳴、風がなぎ払われる悲鳴、岩が砕け散る悲鳴、野生動物達が暴威に触れ全身を砕かれながら、ぼろ布のように吹き飛ばされる悲鳴。
そして、暴威の後に残ったのは理解すら許されず一撃の元、悲鳴を上げる暇もなく殺された即席英雄の死体だけだった。
「……一撃ですか、呆気ない」
直後、爆風が巻き上がる城下で大きな鐘の音が響く、先程ナナオが放った矢が礼拝堂の鐘に直撃し、その断末魔を響かせながら市街へと転げおちていく。
それはまるでゴミ屑のように転がっている簡易英雄を弔う様、あるいはそのザマを真似ているようで少し滑稽だと、火の手の上がる城下町を見て悪魔は笑った。
プロローグ終了