謎の老婆
(これまでのあらすじ)
天使人類リーダー・帝釈天の策略により、サイクロンの荒海に落とされた浮世は、七福神のリーダー・大黒天に救われる。
その後、彼から釣竿を託された浮世は、修行のため、北海道・摩周湖へ…。
一人修行を始め、約半年が過ぎたある日の午後のこと、一人の老婆と出会う。
老婆は、浮世の姿を見るや、
いきなりしがみついてきた老婆に、浮世はたじたじとなった。
~何だ、この婆さん?それに”孫”だと?北海道に知り合い、いないんだけど?…~
「婆さん、孫って言われても…」
「割とめんこい(=可愛い)ね。確かにこの辺の人と違うようじゃ。ないち(=本州など)の人か?
「ああ、本州から来たよ」
「坊や、ちせ(=家)は?」
「摩周湖の展望台を借りて住んでる」
「摩周湖…一人で住んどるだべ(=住んでるのか)?」
「ああ…婆さんは、この辺の人かい?」
だが老婆は、その質問には答えず、
「今夜、坊やのちせで、ねまって(=休んで)いいか?もうこわくて(=疲れて)」
「ええ~?」
見ず知らずの老婆に図々しく言われた浮世だが、よく考えて見れば、彼も摩周湖の展望台を借りて住んでいる。
(人のこと、言えねえな…)
まだ世界中が、大災害から立ち直れない時世だし。
「いいよ、婆さん、だけど遠いぜ。俺、ランニングしてこの弟子屈まで往復してるんだ」
「坊やが展望台まで、私をおぶるっしょ(=おぶるでしょう)」
ますます図々しい老婆だなと一瞬思ったが、浮世は老婆の瞳に注目した。疲れてるには違いないが、両の瞳だけは輝いている!
(この婆さん、何か情報を知ってる?)
「よし、おぶるよ。修行がてらだ!」
「ありがと」
さすがに長距離を、しかも老婆をおんぶしながら歩くので、浮世は時々休憩した。それでも夕方には摩周湖展望台にたどりついた。
簡単な夕食を済ませた後、浮世は片付けをしながら、老婆の様子を探っていた。
優しそうな顔立ちの老婆だ。まだ疲れてるように見えるが、彼女も時折、浮世の様子を見ているようだ。
(そろそろ訊いてみる…)
「坊や…」老婆のほうから語りかけてきた。
「え?」
「ありがとう。坊やが、大災害の折、行方しれずとなった孫とよく似とると思ったが、よく見れば坊やが、なまら(=とても)めんこい」
「婆さん、それより訊きたいことがある。何故俺に、近づこうとしたんだ?
俺の勘違いかもしれないが、あなたはただ者じゃない…ても、天使人類のような邪心を感じない…」
そう言うや、浮世は老婆に近づき、ひざまずいた。
「ここへ来てから修行の日々を過ごし、半年余り…なのに北海道東部という地形の影響か、ほとんど情報が入ってこない…。お願いです!どんな小さなことでもいい、何か変わった情報があったら教えてほしい…」k
「坊や…」老婆は、弱々しい表情から一変、険しい表情に変わると、
「ここでは情報は無理だよ。でも確か一つ…」
言葉づかいも、北海道弁から標準語に変わっていた。
「一つ?…それでもいい、教えて下さい」
「明日にでも、この摩周湖から離れたほうがいい!」
「ええっ?」浮世は驚いた。
「坊や、ただ者じゃないね」
「………」
老婆は言葉を続けた。
「ここにこのまま居続けたら、命を狙われる。災害で大分損害したとはいえ、この摩周湖は観光地!
観光地を破壊されたくないだろう?」
「それは…」
(俺の存在が、敵・天使人類に知られたのか?ひそかに修行を続けてきたつもりだったが)
「よく考えて…」
そう言うと老婆は、立ち上がった。ちょっと切なげな表情になる。
「坊や、私はもう帰らねば…。夕食は美味しかったよ」
「…婆さん!?」
「ありがとう…したっけな(=さようなら)~」
最後の別れの言葉を北海道弁で言うと、老婆の姿は薄くなり、
「待ってくれ!あなたは何者…」
そう叫ぶ浮世の目の前で、老婆は消えてしまった!
「ああ…?」
同時に、疲れが押し寄せたのだろう。
浮世はそのまま横になってしまった…。
気がついた時は、もう夜が明けていた。
浮世は、凍りつくような寒さも忘れ、飛び起きると、釣竿を片手に摩周湖に向かった。
冬の摩周湖は、霧はほとんど発生しない。湖も凍りついていた。
(せっかく気に入ったところなのに、ここともおさらばしなければならないのか…。
それにしてもあの婆さんは、何者だったんだ?孫に似てるって…摩周湖と関係あるのか?)
(いや、それも気になるが、今の現状から考えると、すぐにでも移動すべきか、それとももう少しの間、ここで修行を続けるべきか…?)
浮世はしばし悩んだ。