釣竿との出会い
浮世は意識を失うちょっと前、誰かに足を捕まれた気がした。だが、それっきり何も分からなくなってしまった…。
気がついた時、彼は深い霧の中に横たわっていた。遠方の視界がきかない。
(ここは…?あの世か?やはり、死んでしまったか…悔いは沢山あるが、ここは地獄の入口か?死者なら立てるかな…?)
意外と、すんなりと立てた。しかも体中縛られてたはずなのに、縄がない!
(そうだよな、死者に縄はなし…でも歩けるかどうか?)
一歩踏み出してみる。何の事はない、ちゃんと歩けた!しかも、どこも痛くない!
(えっ?)
「そのまま、岩のところまで来い!」
突然、男の声が、前方から聞こえてきた!
「誰だ?」浮世は思わず、声を出してしまった。
「それは後で。まっすぐくるんだ、浮世…」
とりあえず、声のする方向へ歩き出した。服はボロボロの状態だが、この際、格好を気にしてる余裕などない。
声のする方向、前方約500mのところに岩があった。
(よし、行ってやる!)
まだフラフラするが、天使人類の為に散々やられた状態に較べりゃ、ずっとマシだった。ゆっくりだが、浮世は歩き続けた。
やがて岩がはっきりと見えてきた。しかも岩は、何かに反射して明るく光っていた。用心し、岩に近付いてみる。
光の正体が、おぼろげに分かってきた。
「あれは?」
家の上に、長いものが横たわっていた。それは1本の釣竿!
「それを持ってみるがいい!」
「これを…?」
浮世は前かがみになり、横たわってる釣竿を両手で握り、持ち上げようとしたが
「うっ…重い!」
思わず、釣竿を取り落としてしまった。同時に目まいがし、足元がふらついた。
「それで鍛えよ!強くなるんだ、強く…」
「あ…貴方は…ああ…」
浮世は倒れ、再び意識が遠のいていくのを感じた…。
ザ~ン、ザザ~ン―――
波の音が聞こえてくる。
「う~ん…?」
浮世は起き上がってみた。さっきの霧の世界とは打って変わり、ここは砂浜。
自分が生きているか死んでいるか、それとも夢の中にいるのか、分からなくなってきた。
とりあえず体を調べてみたが、やはり縄はない。
「ここは…?」
砂浜のすぐ背後に、道路標識がおぼろげに見えた。しかも日本語で「一旦停止」と書かれている。
「日本だ…日本のどこだろう?…三陸海岸?」
(いや、それより…何故、死ねなかったんだ?死んでたら日本だと分かるはずがない!それにあの声…誰かの思し召しか?そして、釣竿…どこだ?)
釣竿は、浮世の前方に横たわってあった。黄金の光を放っている。
「それを使いこなせた時、訳を話そう!」
「え…?」
前方を見ると、中肉中背の男が立っていた!格好もちょっと妙だが、もっと変わった点といえば、男の耳たぶが大きいことだった。
「誰だ!?」
男は去ろうとした。
「待ってくれ!…なんで俺が、釣竿を…」
「それは言えぬ。ただ、その釣竿は、お前にしか使いこなせない…何故ならお前は、恵比須だからだ!」
「えびす…?」
「恵比須、死ぬ事など考えるな。お前には、素晴らしい才能があるんだ。忘れるな!今は強くなることだけを肝に命ずるがよい!」
「…貴方の名前は…?」
「大黒天!」
そう名乗るや否や、男の姿は消えた。
「……!」
浮世はしばし呆然としていた。何が何だか訳が分からない。
(何だ、あの男は?俺に、死ぬなと言ったり、この釣竿を使いこなせる才能があると言ったり…?たった2日の間に、色々ありすぎたので、どうかなっちまったかな…)
(だが待てよ!俺がこの重い釣竿を使いこなせたら、あの帝釈天とまともに戦えるのかもしれない!さっきの男の正体も気になるが、修業が先行だ!)
そう思うと、浮世は少し元気が出てきた。
(まずは休息だ。そして体がある程度回復したら、北へ行こう!そうだな、どうせなら北海道がいい!広いところが修業しやすいし)
こうして、浮世の一人修業が始まろうとしていた。