約束はどこで/妹のとなりで
夢。夢を見ていた気がする。
どんな内容だったかは、覚えていない。
瞼を開け光を受けると、そこには白目な熊の顔があった。自分の腹の上だ。
「……」
怖い。リアルに怖い。
焦点の合っていない目が俺を見て薄ら笑いを浮かべている。
これはホラーと呼べるのではないか。
口元に涎が垂れ狂気が満ちている。
こんなものを置いていく奴なんて一人しかいない。
朝の妖精だ。あいつならやる。てか、あいつしかこんなぬいぐるみ持ってる奴を知らない。
だから、朝の妖精こと田倉夜璃の仕業だと一目でわかった。
こういうのは一般的に女子の好きなものなのか、それとも朝の妖精の趣味の内なのか、判断しかねる。
ずっと腹の上に置いておくのも怖いからどける。
なんだか監視されている気分になる。
──ブ、ブ……ブ、ブ……
枕元に置いておいた携帯がバイブが鳴り始めた。
誰からだろうか。
着信相手を見ずに出てみる。
『もしもし、ひさしぶりだね』
──プツン
即座に通話を切った。
だがまた鳴り出す。
『ひどいよ、あたしだとわかった瞬間に切るなんて。それとも私だってわかっていたから切ったの?ねぇ、おにぃちゃん?』
怖かったのでとりあえず切った。
『次、切ったら……どうなるかな?』
また鳴ったから出ると、低い声で脅迫された。
「話を聞こう」
『物分かりのいいおにぃちゃんだぁい好き♪』
わざとらしい甘い声を出すのは、実の妹だった。
* * * * *
今日は最悪な気分で居間に腰をおろしている。
対面するのは妹の隼凪満だ。
こいつと会うと、運気が矢継ぎ早に消えてゆく気がしてならない。
夢オチとして目が覚めたりしないだろうか。これが夢ならまだ安心して一日を過ごせるのだが。
現実は厳しく理不尽なのだ。
もはや絶望の域である。
「……はぁ」
「なんで溜め息吐くかなー」
「…………はぁ」
「今のは完全にあたしを見て溜め息吐いたよね?──死ぬの?」
これが夢なら醒めてほしい。
今すぐに。早急に。完膚なきまでに。
「死なない。そういう物騒なこと言うのやめろよ。お前は本当に俺の妹か。悪魔の申し子じゃあないだろうな」
「あたしは完全無欠におにぃちゃんの妹だよ」
ぶりっこみたいにあざとく笑う。
これが妹とか、笑止。
「今、失礼な事考えたでしょー」
「意味がわからん」
鋭い奴だ。
なんで妹なんだろうか。
「あたしはおにぃちゃんの事ならなんでもわかるよ」
わからなくていい。
「……で、なんの用なんだ」
「うん。そうだね」
「忘れるなよ」
「忘れたら全部おにぃちゃんが悪い」
「なんでだよ」
「そう、おにぃちゃんが全部。ほんと、いつもそうやって逃げるんだ。何もかも……あたし、ううん……〝隼凪満が死んだ〟のだって……」
今まで積み上げたものは崩れ、バラバラになる。
〝死んだ〟その一言で崩れ落ちた。
──何か大事なものを、失くしたかのように