空の下で/不思議な少女に
午前の授業も終わって昼休みに入った。
俺は早々に立ち上がり、教室を出て屋上に向かっていた。芦田とか樹紗綾とかの面子に絡まれたくないからな。
片手には朝の妖精こと夜璃の手製の弁当を持って階段を段跳ばして駆け上がる。
誰とも会わないで食事で摂るのなら、ここはやっぱり屋上だ。通常時鍵が掛かっていて、普段入ることが禁止されている。だけどちょっとしたコツさえわかれば簡単に開ける事が出来る。
ドアノブを軽く捻って──
「ん……?」
違和感があった。鍵が掛かっているはずなのに、鍵が掛かっている感触がない。
「まぁ……いいか」
気にせずに扉を開けると、涼やかな風が出迎えてくれる。風がどこか違う気がした。
「……先客」
フェンス越しに立ち尽くす先客がそこにいた。
違和感の理由はこれだった。先に誰か来ていたから鍵は掛かっていなかった。
「やあ」
「──!?」
突然耳元に声が掛かって驚いてしまい仰け反る。
「驚かせてしまったかな?」
その誰かに背後を取られていた。
いつの間にか。
「いやはや。君は面白いね」
何が面白いのか。俺が何かしたか?
「いや、何もしてないよ。むしろ、そこが……ね」
彼女は心を見透かしたような口振りをする。
「君の態度はなかなかに面白くてな。興味が沸いてきたよ」
彼女が言ってる事が良くわからない。
何故回りの奴らはこうも奇妙で俺に付きまとう。
「それは君の特権だよ」
また見透かしたような口振りで言う。
心を読まれているようだ。
「そうではないさ。ただ、私は第6感がちょっとばかし敏感なだけさ」
ちょっとではない気がするのは俺だけだろうか。
それに、第6感とか普通じゃない。ありえないし、あるわけがない。
「あるさ」
……もう驚かない。
「第6感とは古来より信じられ活用されてきた。それは昔と違って今現在ではそれが矢面に立たされていないだけでな。人は誰しもが第6の直感を持っているものだ。気付くことが出来ていないだけでな」
なんだか気になる言葉だった。
が、逆に胡散臭くもあった。
「まぁいい。人は有能だ。それゆえに不器用なのだよ。だから近くにあるのに気付かない。……いや、気付けないでいる」
そうなのかも知れないと思った。
「君はなかなかに興味深く、見込みがあるようだ。そういや自己紹介がまだだったね。私は葵という」
「俺は──」
「いや、君は言わなくていい。その方が面白いだろ?」
変な人だった。自分は名乗って相手には名乗らせない。
どこが面白いのだろう。
「私は君のことを後輩と呼ぶ。君は私のことを葵と呼んでくれ」
「……わかった」
「では、まただ。機会が来たら次には茶でも飲みながら語らおう」
何をだよ。
「──謎を、だよ。後輩」
振り向き様に意味深に残して屋上から立ち去って行った。
後輩と呼んでいるところから、先輩なのだとわかる。
違うかも知れないが、とりあえずは気にしなくていいだろう。
「……お昼にしよ」
次があってほしくないと、自然に思った。
* * * * *
放課後になり、学校を出て帰路に着く。
朝の妖精はともかく、クラス委員にチャラ男、それに加えあの良くわからない先輩。
どうしたこうも密集して変な奴らに絡まれるんだ。厄日だろ、これ。
これはもうこれ以上何もない事を祈っているしかない。
学校から今の俺の家であるアパートまで徒歩20弱で着く距離にある。
それまでは適当にぶらついて帰る事にしている。そのまま帰っても何もすることがないからだ。
途中に大きくはないが、小さくもない公園がある。そこは森林があり、子供らが遊ぶ遊具はないが、日光浴などが出来る。そのため、男女のカップルを良く見掛けるデートスポットになっている。
夜空も見晴らせて綺麗だと、町内では噂となってるちょっとした名スポットだ。
俺はそこで足が止まっていた。
何か心打つオブジェがあったわけでも興味が惹かれるものがあったわけでもない。
ただ、そこに女の子がいただけだ。両手を上に向かって広げ、空を抱き留めるかのようにそこに佇む、奇妙な女の子が。
一言で表すのなら、『不思議』が似合う光景だった。
日が落ちる中、神秘的な輝きが彼女に纏うような、そんな幻想的な空間があるように見えた。
気が付くと、そんな彼女の事を魅入っていた。
どうしてなのかは、わからない。
女の子の藍色の瞳が俺を視線を通して貫く。
何か……先輩、葵が言っていた事をが脳内を反芻する。
『人は誰しも第6の直感を持っているものだ』
そうかも知れないと、思った瞬間だった。