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三界演武アヴェリア  作者: kbt
第1章【極北統一】
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目覚めたあと

グラートウルフの少女は、斬られた箇所に熱い、そして細胞が活性化していく熱に顔をしかめるようにして目覚めた。


自分は先の戦いで、心臓を狙ってきた男に切り刻まれて、そして意識を失ったのだ。


じんじんと腹に走る痛みが彼女の意思を挫き、再び寝かせられていた床へと身体を沈めたくなる衝動へと強制的に引き込もうとする。


いや、本来はそうするべきなのだ。


これは彼女の意思の届く術のない、体そのものが軋み、安静にして傷を修復するための時間がほしい――――。


そう、本能に訴えかけている、体のいまだに続く危機に警鐘を響かせている。


これ以上の痛み、経験したことなどあるだろうか。


少なくとも、彼女にはそんな経験などない。生まれて始めての激痛に壁に手を伝ってよたよたとだらしなく立ち上がると、自らが住み慣れた家とも呼ぶべき岩窟に造られた住みかを歩いてゆく。


母の所まで赴くためだ。


おそらく、少女は自分が目覚めたときと意識を失っているときの時間がかなり離れていることを察した。


距離を消化すると徐々に痛みの感覚に慣れてゆき、しかし身体を長時間動かしていないがゆえの疲労に苦しみ、じわじわと予想以上の消耗にその場にへなへなと座り込んでしまう。



「はぁ、はぁ…」


すると、彼女の背後から近くに駆け寄ってくる音が聞こえ、その石床を叩く仲間のものとは違う聞きなれない足音が、気配と共に近づいてくるのを感じる。


それに顔を向ける余裕などなく、やがて追い付いた何者かは彼女を優しく支えると、一言気遣った。


「目が覚めたのか…まだ安静にしていないといけないだろうに」


それは彼女を絶望から救い出した一人の人間の姿だった。


胸に輝精兵の勲章を持ち、肩には鬼の意匠を施した厳つい肩当てを、そして機能性を重視しているのか、胴体には軽鎧をつけた身軽な装備。


これらを彼女は救出時にはっきりと瞳に焼き付けており、よく覚えていた。


「貴方…いえ、貴方様は…」


「近々魔王軍中央部近衛隊から派遣されてきた、支倉 宗一と申します。といっても、補佐をするように言われてきただけなので、たいした活躍もできないかもしれません。よろしく」


「ハセクラ、ソウイチ…」


名を刻み込みように深く彼女は何度も頭のなかで反芻すると、和やかに笑う宗一にまっすぐアイスブルーの瞳で見つめると、地に這うようにして深く平伏する。


その行動がどういう行動なのかと宗一には解らなかったが、この行動は彼女らグラートウルフにとっては最大限の、最上位の感謝の礼を示すもので、ことと次第によっては相手への身捧げ、服従を意味する時もある。


だが、さすがにグラートウルフの住まうこの辺境に赴任したばかりの宗一が知るよしもなく、怪我人である少女を気遣って「あ、頭を上げてください」と焦る宗一を無視して彼女はそのまま言葉を紡ぐ。


「私はかの大罪の氷狼フェンリルの末裔、そしてグラートウルフの王たるヴェルセバン氏族のペルセ」


そしてようやく顔だけでも宗一の方を向かせ、上目遣いのまま言葉を続ける。


「先の戦いで、私は貴方様に救われました。ありがとうございました…そして、救っていただいた命、恩人様のためにいかなる…」


「い、いや!そこまで意図して救ったわけでもないし、それに救ったのは結果論だから、何もそこまで…」


「…?ですが」


首をかしげて尋ねるペルセと名乗った少女はどこか蠱惑的なものが彼には感じられた。


もしや、頭を下げて地に平伏するということは、ぐらーとウルフの氏族ではこのような意味を持つのか。


無理矢理彼は相手が怪我人ということもあってか立ち上がらせると、埃を払ってやる。


そして、片側を支えながら廊下を進むと、凍土で作られたいかにも頑丈そうな扉が。


「一応、ペルセさんの母君には話は済ませてあります。先ほども言ったように俺はここで母君の補佐をするように仰せつかっているので、このあと地域を案内していただけると助かります」


「はい。その程度でいいなら」


真っ直ぐに憧れと尊敬の念の籠った視線を受けて宗一は苦笑いしながら視線を逸らすと、ペルセは扉を開いて母の待つ王の間へと進んでいく。


若干慣れてきたのか、もうすでに痛みはほとんど引いていた。たまに痛むときがあるが、それも声を出さない程度には我慢できるような小さな痛みだ。


多くの狼たちが並んで座して待ち、長細い玉座の間を二人は進んでゆく。


「母様」


「ペルセ…!」


親子感動の再会、これは余程の疎遠な中でもない限り、階級に捉われることは無い。二人の母娘が抱き合う様はこの凍てついた地に篝火の様にではあるが、確かに熱を帯びていた。


宗一もこの時までは狼たちに話を承ってもらい、付けてもらうまでは部屋には入らず、ずっと外の様子を眺めていた。


そして、ある程度の時が経ち、初めて面会を許されると彼は大空洞の中へと赴いていく。


その途中、怪我がある程度治ったのか歩くのに苦戦するペルセに出会い、改めて自己紹介を済ませた。そして今に至る。


「まさか魔物の心臓だなんて迷信を信じてくるなんて…それに、ああ…その傷…」


彼女の麗しい雪のように白い肌を赤黒い剣傷が忌々しく引かれている。


それを王…この場合は女王だろうか、がなぞると、彼女は大丈夫と固くひきつった笑みを意固地に浮かべた。


そして、こちらを向いて女王に何事かを伝えると、女王はまあと驚き、二人の視線が初めて交差した。


宗一は女王の前まで歩み寄ると立膝をついて祈るような礼をし、女王の瞳を真っ直ぐと見た。


「貴方がソウイチ・ハセクラ殿…ね。先ほどの戦い、巻き込まれた同族を、娘を助けていただいて、ありがとうございます―――」


女王も目下の宗一に礼をすると、ちらりと胸に輝く輝精兵の紋を見た。


「その若さで輝精兵…しかし、この地はかの魔王の手ですら及ばない無法地帯、世界から”最果ての地”、”掃き溜め”と呼ばれた辺境…来られる場を間違っておられるのでは」


畏まって女王が簡単にこの地を述べると、ソウイチは首を振って胸から一つの書簡を取り出した。


これは、と素直に驚愕する母の様子に、いかにこの事態が常軌をいつしているかがペルセは若輩ながらも悟った。


しばらく女王が書簡に目を通している間にペルセは宗一自身のことに興味を持ったのか、しばらく彼の立ち振舞いに注目している。


それもそうである。輝精兵とは魔界の中核とも言えるべき人物であり、輝精兵とは実績が認められ、ようやく就くことのできる誉れ高い役職、一民にとっては至高の栄誉とも言うべきものだ。


それを輩出した家系は名家とも呼ばれ、尊敬と畏怖の念を以て胸を張れるのだ。


この辺境の地に住まう彼女にとってはそれがどのくらい現実に影響するかはわからないが、それでもこの辺境の地でも常識となっている辺りの知名度だ。きっとすごいのだ。


書簡から女王が目を離すと、暫し黙った後にようやく顔を上げ、宗一の方を見た。


「…解りました、魔王軍中央第一作戦本部核所属、輝精兵格――――ハセクラ・ソウイチ!」


「はっ」


女王はその場で宗一に向き直って姿勢をただすと、優しい声音を引き締めて、彼もその場で立て膝をつく。


まわりの狼達は慌てて一人動じないペルセを壁際まで寄せるとこっそり女官の一人が耳打ちする。


「姫様、略式とはいえ、これは立派な式典のようなもの。空気を読まねばなりませぬ」


「…そうなの?こんなこと始めてだから、知らなかった」


純粋に反応されて女官はひじょうにこんわくしたが…、これは無理のないことだった。


ペルセが産まれてから、この辺境の地は一層過疎して若い者は皆こぞってこの地を飛びだし、中央部からは本格的に無視され、このような正式な礼会など行われていなかったのだから。


そして、それよりも彼女達は自分達の無法地帯における居場所の確保、同胞の生存などが極めて重要と考えており、構う余裕などなかったのだ。


今は一応の極東を統べるに能っているが、無法地帯となったこの地にはいまや豪族達がそれぞれに独立して、一種の群雄割拠ともいえるに相応しい舞台が整ってしまっている。


本来ならばそれらと合力してかつての繁栄を取り戻す必要があるのだが、いったん離れ、互いの力関係がおかしくなり主従の関係が維持できなくなってしまった両者を取りなすものなど、何処にもいない。


挙げ句、小規模ではあるがグラートウルフは豪族達に攻撃を受ける始末にさえなってしまったのだ。


このもはや国としても成り立たない寸前の崖っぷちに急遽輝精兵が一人送り込まれる。



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