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三界演武アヴェリア  作者: kbt
第1章【極北統一】
2/5

支倉宗一という男

【ソウイチ・ハセクラ 様】

この度の第四実技試験の結果を報告いたします。


貴方の試験での取得点数・能力判定総合結果は・・・・【A】です。

よって次の魔王軍第一軍中央部入隊資格取得試験・第五試験を受験する資格を得たことをここに証明します。


試験内容詳細


【実技】…179/200【A】

【戦武技巧】…185/200【A+】

【魔術技巧】…150/200【B】

【総合知識】…168/200【B+】

【専門武器・E類】…180/200【A】

【魔力属性】…”無種”

【若緑杯成績】…8位

【身体基礎能力】…【A】


●総合能力判定…【A】


尚、最終試験となります第五試験の実施会場はエフィメラ・オルタ魔王軍第一軍中央部練兵場となりますので、日程をよく確認し、万全な状態で御越し下さい。


本試験の開催日程は当日試験会場にて詳細を説明する場を設けます。



―――、


「ここが、魔王軍中央部第一軍…」


少年だか青年だか、その中間の年頃の男が一人、手に試験会場の案内を、心に一抹の不安を、緊張を、そしてかすかな希望を胸に一人の人間が目の前にそびえる居城―――魔王軍の中核、第一軍本部の試験会場の前に立ち威圧感を感じている。


周囲のピリピリとした空気が肌をすり抜け、彼の心臓に徐々にプレッシャーという形で突き刺さってゆく。


「いよいよ、この魔界で人生の分岐点を迎えるのか…」


空は魔界、とは名づけられた忌々しい外見ではなく、雲一つない晴天。降り注ぐ日光はまるでこの場所、時に集う受験者たちに暖かな眼差しを向けている。


大して柔らかな春風のように吹く涼風は不安を象徴しているかのように、渦巻いては木の葉をまき散らす。


黒と赤の模様の施された石煉瓦の道を一歩、一歩と歩みながら、少年は前へと進んでいた。


今まで受けてきた訓練も、積んできた修練も、学んできたこの世界の学問も、この三年間、彼に対していろいろな物を授けてくれた。


自信はある。でも、それと同時に不安も―――。


踏み鳴らす石道は彼が積み重ねてきた人生を一段一段過去から現在までを繋ぎ、そして未来につながる関門へと彼の運命を突き進めてゆく。


心は進んでいく足とは裏腹に、緊張へと比例して、逆に自身とは反比例して彼を怖気させていく。


無論、それは彼だけではない。周りにも世界各地で第四試験を通過した受験者たちがエリートの道を辿るがために不安と自信を胸に、歩いている。


実はこの魔王軍中央部の試験は、すべての工程で第五試験まで存在し、その第一から第五までの試験を通過した者のみ中央部での栄達の道を歩むことが許されるのだ。


もちろん、試験に入学した相当なエリートでも入った瞬間に挫折し、道を外れてリタイヤしていくケースが後を絶たないが。


試験通知の評価を見て、彼はいままでの自分の道は間違ってなどいなかったのだと、半ば自分の心に、頭に思い込ませる自己暗示めいた強迫観念を叩き込むと、胸を張って入口の大門をくぐってゆく。


雄々しい獅子とたくましい悪鬼の彫像が受験生たちを眼下に臨む大門をくぐると、そこは数百人もの受験者たちであふれていた。


広大な魔界各地で集められて、ここに選りすぐられた才と勇を持ち合わせた新星たちだ。


そのにぎやか、かつ若気の活気は受験票に”ソウイチ・ハセクラ”と書かれた青年―――支倉宗一の心にどこか不相応感をもたらした。


「俺って、もしかして場違い?」


その小さな呟きに反応する者は無く、いずれも戦友やら仲間やら、新しく出会った勇士たちと親交を重ねている。


この試験会場は、いわゆる人材の宝庫。つまりはのちに自分がお世話になる者もいるかもしれない、そんな英傑有能な人物と交流親睦を深め、縁を築く社交場としても格好の場だった。


家柄が良いものもいれば、平民からの出も多い。各々の身に着けている装備品を見ればわかる。


だが、この支倉宗一自身は異世界人であり、この世界においては新参である。


そうそう慣れない空気に自ら歩めることもなく、ただ端っこの方で試験の説明が始まるまでの時間を過ごす他なかった。


「ぼっちか…ぼっちはつらいよ」


一人、会場の隅っこで得物を整えていると、彼の前にがちゃがちゃと具足が音を立てて踏み止まった。


それに気づいて宗一は顔を上げると、そこには最近見知った顔があった。


「君は―――」


「先の若緑杯では世話になったわね。あの時は礼を言いそびれてしまったから、この場で言わせてもらうわ。ありがとう」


青天をバックに腰をかがめて宗一の顔を覗く彼女は、シャイな宗一少年にとってはとてもまぶしいものに思えた。


堂々はっきりとした態度は彼も見習うものがあるなぁ、とこの時思った。


「貴方が軍師を務めていなかったら、私は負けていたかもね…若緑杯。結局四位に甘んじてしまったけど」


「嫌味かよ、俺は八位だ。軍師として策は献上したけど、本分は…」


「解ってるわよ、貴方は近接のできる軍師って変態型だもんね」


にやりと悪めいた笑顔を見せ、赤色のセミロングを揺らす彼女は、コルア・リフジェンシー。


戦闘スタイルは”騎士”そのもので、両手に槍斧を持ち、群がってくる敵を一気に薙ぎ払うパワータイプな勇士だ。


軍略に関しては今一つだが、その代わりに強襲を得意とし、攻めの速さは一目をおける。


銀色の甲冑を日光に反射させながら彼女は背伸びをすると、そんな彼女の姿を確認したのか、他の受験生の男子たちがこぞって彼女を取り巻く。


うっとうしそうな顔をしてコルアは宗一を見たが、彼は行って来いよ、と手をひらひらしてやると彼女はため息をついて連れて行かれてしまった。


「ま、俺みたいな根無し草より、あいつには家もあるし、名誉もあるだろうからな…」


話しながら手入れを終え、愛太刀を収めると、ぼんやりと空を眺める。


やることがないのだ。試験会場、と言っても今日は試験内容の説明のためにここにいるのであり、実際の本試験は世界各地から集ってきたもののために三日の調整期間を設けて三日後、となっている。


試験内容は、簡単な体調検査と、総当たり方式での試合、トーナメント方式で試験の順位評価を決めるのだ。


これは第四試験の際にも行われた実技を発揮してみせる場であり、机上に捉われない評価を確立するために発足したものだ。


彼の成績通知に試験結果通知にあったように、第四試験では彼は”若緑杯”という試験大会に参加、全八百近い参加者の中から見事に八位という称号を掴みとった。


これは常人をはるかに超える努力の結果であり、なによりその努力が実った彼には才能があったことの裏付けとなっている。


ぷちぷちと一人会場に生えた雑草を手で弄んでいると、今度は退屈が襲ってきた。


「ああ眠い眠い」


「して、お主は周りの勇士たちと親睦を深めんのかな?」


「ん?」


ふと、欠伸交じりに漏らした言葉に何者かが反応し、宗一は思わず振り返る。


するとそこには薄紫と黄色を基調とした着物を身に纏い、その上から羽織る様にして試験会場の試験官の制服を着ている女性が話しかけてきた。


それは、彼にとっては何度目かの顔合わせになるなじみの人物で、なんども彼を試験会場においてサポートしてくれた魔物だった。


「…狐金試験官」


「久しぶりじゃの、宗一よ」



彼女は妖狐で、それなりに妖力を得た上位種に当たる人物だ。


頭から耳の付け根の狐耳をピンと立てて、にんまりと笑う。


ふさふさとした六尾を宗一の顔に押し当てながら微笑むさまは旧友との出会いを歓迎しているみたいに思える。


だが、彼らはれっきとした上下関係がはっきりしており、この場では取り繕うのだが。


「まさか、第一試験からここまでわざわざ来るなんて、出世でもしたんですか」


「ん、あながち間違いではない。私の担当している地域からはお主一人だけじゃからの、最終試験ここまで這い上がってきたのは…総数二百数名にまで振るいかけられて選ばれた受験者諸君が集うこの場は、わしも久しぶりに見たわ」


銀色と金色の間の美しい髪をかき上げながら彼女は嬉々として彼らを見た。


「やはり、若き世代を見る者としてはこのような青天の下、新芽が目を出す瞬間が、見ていて一番退屈しないからのー」


腰にかけたひょうたんから栓を抜き、軽く一口彼女は口を付けると、ばんばんと宗一の肩をたたいた。


相当気分がいいのだろう、ここ最近の彼女の飲んだ酒の中で一番おいしいと感じているはずだ。


それとは対照的に若干陰鬱な雰囲気で宗一は瞳を閉じた。


寝る、というよりはこれは精神統一に近い。そうやって隣で一人黙々と調整を進める彼に狐金はふむ、と空気を察するとその場を後にする。



二人の様子を近くの集団は何となく遠まわしに見ていた。


それもそうである。


若緑杯でこの二百総数は結果を残し、実技成績に大きな点数を獲得した。それによってここにいる者もいれば、ただ純粋にコンスタントに成績を収めた者もいる。


それでも大半は彼のことを憶えているはずである。


怒涛の勢いで猛者を次々と打ち破った彼の軍師としての能力は身分地位関係なく周囲の視線を釘付けにし、彼が八位で納まってしまったことによる疑問も相まって噂されるくらいである。


これは本人からすると大変恐縮なことなのだが、どうにもそのせいか声をかけてくるのは殆どが彼と同じ最終戦にまで上り詰めた第十二位トップランカーくらいなのである。


それ以外は声をかけてもどこかへと逃げられてしまったり、ろくに相手をしてもらえないなどと、まるで敷居の高すぎる大物芸能人のような始末である。


もっとも、宗一自身の社交性の問題もあるけれど。


先ほどの四位のコルアはその点、社交性、人柄、その優れた武勇、容姿性格器…まるで非の打ちどころのない完璧超人だ。



遠回りに宗一に対して視線を送っている他の受験生に比べて、コルアはまさに勇士の中心で取り囲まれていた。


誰にも器量良く笑顔で、苛烈すぎるアピールに精神的には相当疲労しているだろう。


だが、宗一が狐金と話している間、彼女も宗一に視線をこっそり送っていた。


本当は彼女も宗一ともっと話していたかったのだ。


彼の器は、彼女にも計り知れない幻影のようなもので、千変万化する彼を面白くも、結構買っていた部分はあった。


恋、というのは違い、どちらかというと興味程度のものだ。


それにこの対応の多さに疲れてきたこともあり、思いっきり”地の自分”が出せる彼の元で発散したいというのもある。


コルアは周りの寄ってくる勇士たちに一言場を離れることを告げると、急ぎ会場の外へと去ってゆく。


そしてようやく勇士たちを巻いて人目の突かない大門の裏まで身を潜めると、一つため息をついてずるずるとその場に腰を下ろした。


人の温度で白熱した会場の空気よりも数度低い日陰の冷たさに心地よさを覚える。


「なんなのよ、もう…私は人形じゃないのよ!」


はーーっと大きく深呼吸し溜まった空気を循環する。すると突然右頬に冷たい、ひんやりとした物が押し付けられてコルアは「ひゃっ」と小さく声を漏らす。


「お疲れ」


「あ、貴方」


「その点、俺は気楽でいいのかもな…大変だったろ、連中のアピールは」


どうやら自分のことを気にかけてくれたことにコルアは内心嬉しくなり、顔を俯かせた。


さわさわと風に吹かれて黒髪が靡き、しゃがみこんでいる彼女のアングルから見る宗一は、とても絵になっていた。


誰もが嫉妬するほどの美男子、というわけではない。風に吹かれる姿にどこか黄昏を、わびしさを感じる趣のある美なのだ。


「どうやら、俺もこの会場に来るまでは解らなかったが、この説明の場ってのは単に勇士同士のつながりを築くコミュニティーのようなものらしい。大門をくぐる時にもらった資料に、ほとんど重要なことについては書いてあった」


ぴらぴらと自分を上目で見つめるコルアに彼は説明書類を見せると、自らも腰をかけていた門を繋ぎとめる柱から降りると、そのままどこかへと歩きはじめる。


「ちょ、ちょっとどこいくのよ」


サキュバスであるコルアが慌てて今まで仕舞っていた翼を展開して滑空、宗一の隣まで追い付くと、彼はそのまま短く、


「近くにとってある宿に帰る、寝るわ」


といってそのまま無言で立ち尽くすコルアを放って行ってしまった。


まるで他の事には興味もない、というようにわき目もふらないその姿勢は見る分には清々しい。しかし、本当にこの機会を放っておいてもいいのだろうか。


そんな彼女の心配をよそに、後方からいつまでもコルアが戻ってこないことを心配した勇士たちが詰めかけ、再び彼女は連れ戻されてしまうのだった。





「ここか…」


手には小さな狐のストラップのついた手形をもって彼はここにいた。


手にした場所の書かれた地図は、ともに先ほど狐金試験官が瞑想の途中にポケットに入れていったものだ。


なるほど、同郷の馴染み、本人が世話好き手間焼きなのもあってこれはいい宿だと宗一は周りに豪勢な建物の並ぶ首都の中央街のはずれにある、雅な建物の前にいた。


その建物の名は、”鈴鳴館”。和風の、この首都に似合わぬ素朴な感じが宗一の感性に訴えかけた。


おまけに立地も良く、周辺は首都のはずれにあるため、人っ気が少ない。静かで、石煉瓦ではなく川、林といった自然に囲まれているのが尚よかった。



――ここなら、お主も気に入るだろう


そうメモがはさんであり、彼はこの時狐金試験官に感謝の意を心で述べると、一人敷地へとまたいでゆく。


門をくぐる瞬間、手に持った手形が反応し、数秒ののち透明な、薄い暖簾のような幕が彼を包んで覆い隠した。


いや、館へと招き入れたのだ。


「ごめんくださいー」


館の表玄関の暖簾をくぐって中へと入ると、奥から従業員がすり足でさらさら衣擦れの音とやってきた。


「おや、茜さんの紹介の…宗一様ですね?」


「え、ええまぁ…」


やってきたのはこれまた茜―――狐金と同じ妖狐の少女であり、生えているのは二尾。


妖力を得たばかりの狐なのだろう。


「奥にお部屋を用意していますが…」


「そうですか、じゃあぜひとも上がります」


手荷物を片手に抱えて後をついていくと、すでに何人か泊まっている宿泊客がいるようで、よく見るとこちらに視線を送っている者が何人か見受けられる。


おそらく彼と同郷なのか、それとも単にこの宿と縁のあるものからの紹介で宿を取った受験生か、ここでもそんな視線を受けるとは思っていなかったのでこの時彼はなんだかなぁ、と思った。


「そういえば、宗一様は茜さんの紹介…つまりは縁があるという事に成るのですよね」


「…あ、はい。そうですね…同郷の出身で」


「珍しいですね、あの茜さんが…」



あの、と地震と同じ種族の同胞につけられるほど狐金試験官は変わった人物なのだろうか。


ふとそんなことを頭の片隅に置くと、先導する妖狐が小さな声で尋ねてくる。


「…もしかして、尻尾、触ったことあります?茜さんの」


「え、ええ…彼女が酔った勢いで”尻尾触りゃ!!”って絡んできたから」


「ああ…」


狐金試験官の悪い癖は、特に酒癖が悪い。彼女は腰にかけたひょうたんの酒ならばある程度濃さを控えめにしているため酔うことは無いが、首席などで濃度の高い強い酒を飲んでしまうと性格が変わり、自身の六本の尻尾が途端に疼きだし、触れ触れと絡んでくるようになるのだ。


とはいっても事情を知るのが妖狐たちのみと、直に触ったのも宗一だけなので他の知り合いなどはこぞって彼女との酒席は敬遠しているらしい。



と、そんなこんなで軽く談笑を済ませていると、自身の部屋の前まで到着した。


”薙ぎ風の間”と部屋札がかけられており、この部屋に入る前にどうやら布団が二つあることからまさか…。


じっと妖狐に視線をやると、彼女はつーっとそれを受けがたく逸らす。


「し、仕方ないじゃないですかー!私達下位の妖狐が茜さんに逆らえないですもん、茜さんが希望すると、もう…断れません」


泣きそうな妖狐の様子にしぶしぶ承諾すると、彼女はてきぱきと部屋の準備を済ませて、遠く呼ばれの声がかかってそちらへと行ってしまった。



「これはもう…一晩飲み明かすパターン?」


酒に酔い、ぎゃあぎゃあと騒ぐ狐金試験官を思い出し、宗一は軽く頭を抱えた。


あの時は彼女の師が同席していたがゆえに抑えがきいたが、今度ばかりは抑え役がいない。


いくら試験が三日後とはいえ、なるべくなら二日酔いの憂いだけは避けたい―――そう彼は薬の準備をするのだった。





一方、コルアは先ほどの試験会場にいまだに捉われていた。彼女のサキュバスゆえに周りの目線、態度を気にしてしまう性格が偶然、いや必然ともいうべき周囲の勇士たちのテンションと盛り上がっていくボルテージと奇跡のコラボレイトを実現、もはやどうにでもなれ―、そんな気分になりつつあった。


いつしか会場には豪勢な料理が立ち並び、上等な酒までも用意されている。


さすがは魔界を滑る魔王のお膝元、こんな本当に力になるかもわからぬひよっこに大層な歓迎である。


このうち、果たして何人の勇士が歓喜し、何人の勇士が涙を呑んで国へと帰るのか―――そんなことはこの時点ではコルアを含めてほとんどの人間が考えていなかった。


考えているとすれば、千載一遇のチャンスを掴み進出してきた支倉宗一くらいだろう。


根無し草の彼には、能はあっても家は無い。魔界で必死に生きてきて、ようやく掴んだチャンスなのだ。


自分に言い寄ってくる男子たちを尻目に、彼女は前方から近づいてくる人物に目を向けた。


手を軽く挨拶代わりにあげ、微笑んでいる彼女はコルアよりも頭一つ分身長が低く、頭の脇にヤギのようなくるくるとまがった角がついている。


「よっ、コルア」


「ああ、ヴィアンヌじゃない。久しぶり」


彼女の盟友ヴィアンヌ。種族はサテュロス、主に知識に特化した彼女の種族らしい能力傾向を持つ。


彼女とは正反対に、彼女は魔術に特化している。直接相手にダメージを与える系の攻撃術や、天候などに変化をもたらす状態変化の術にも精通している。


本人の気質としても穏やかで、コルアを剛とするならば、彼女は柔といった感じである。


二人はなじみであり、幼少の頃は互いの家が親しかったこともあり、コルアの家が居住地を変えるまでは家族の様でもあった。


まあ、離れてからも連絡を取り合い、彼女も自分と同じ道を志していると聞いたときはどれだけ嬉しかったことか。


魔術師風に、ローブを小さな体躯に纏った姿はとてもかわいい。


「そっか、もう最終試験なんだね…コルアとも本格的に競争しなければいけないなんて」


「そうね…でも、それはもう若緑杯の時点でみんな解っていたことだし…なんとかなるわ、きっと」


近くに備えられたワイン樽からグラスに紅く澄んだワインが注がれ、盟友にもう一杯を勧める。


ヴィアンヌも盟友の勧めをわざわざ断るような無粋な真似はしない。受け取ると、軽く互いにグラスを掲げて乾杯の意を取る。


さすがに周囲の取り巻きも二人の雰囲気を呼んで自重したのか、そそくさと場を離れていった。


「で、どうだった?」


「ん?どうだったって」


「総合評価」


「そうだな…ぶっちゃけると、私は【B+】判定だったな」


「あら?貴女もなの?私もよ~一緒」


そういう問題なのか、とヴィアンヌが苦笑すると、コルアは若干酒が回ってきたのか、「あいつはA判定とか…若緑杯では私の方が目立ってたのに!」とか言っている。


彼女との付き合いは長い。ゆえにコルアの話している”あいつ”が誰なのかもわかっているし、ヴィアンヌ自身も彼とは付き合いがある。


「へえ、やっぱりハセクラ君は万能だね…なんていうか、オールマイティなんだよ、彼」


「絶対特化している方が良いことあるのに」


「まあまあ」


評価で負けたことがよほど悔しかったのだろう、コルアはその後もぶつぶつと聞いてほしいのか、一人で愚痴りたいだけなのか小言を述べて止まらない。


「若緑杯では事故も遭ったからね、仕方ないよ。それに…」


「な、なによ」


「トップクラスのチーム戦のこと、謝ったの?彼が八位どまりなのは、あの時の成績が足止めだったんだからさ」


それはコルアにとっても、宗一にとっても痛い記憶―――若緑杯の”上位十二位”の頂点決定戦は、いくつかのジャンルで分けて試合が行われる。


まず一つ目は”バトルロワイヤル”。これは十二人で最後の一人になるまで戦うという簡単すぎるバトル。


次に二つ目は”個人試合”。個人間の一騎打ちにて戦い、総当たりで行うリーグ戦の様なものである。


そして、最後に三つ目。


それがヴィアンヌの言う”トップクラスのチーム戦”であり、正式名称は”戦略戦”である。


それは十二人の上位進出者が二つに分かれて、六人ずつが指揮官、つまりは将軍として若緑杯のそれ以外の上位敗退者を抽選で振り分け、実際の軍に近い形で運用、戦わせるという物である。


これには勝利した側、敗北した側に応じて点数の配分がなされる。その割合は一番大きく、敗北した側も多少は入る。


この上三つの成績で第四試験の成績にある程度加点されるのだが、それとは別に十二位には誉れ高い者として栄誉を得る。


その戦略戦以外でコンスタントに成績を収めていた宗一ではあるが、最後の戦略戦で、彼は無理やり軍師として働かざるを得ない状況になり、必死に奔走しているうちに彼の部隊は消耗、結果後半には脱落という形になってしまった。


その原因を引き起こしてしまったのがコルアの得意とする奇襲の失敗にあり、均衡している力が一気に崩れ、勢いをそのままに打ち破られてしまったのだ。コルアは敗戦濃厚な中、必死に奮戦し、多くの敵を撃退したが、肝心の宗一は大した戦果を上げられずに他の上位者の敵をまとめて引き受ける形で標的となり、消滅してしまった。


堰が崩れた後の氾濫した河川の勢いのごとくコルア達の陣営は敗北、結果戦略戦の評価は奮戦していた彼女らに比べて足止め程度の味噌っかすが宗一に。


その時だけは、コルアや他の面々は宗一に鋭い憎悪の視線を向けられて何も言えなかったことだけは鮮明に覚えている。


―――「お前たちが各々の分担を合議して、心掛けるだけでも結果は…」


敗北は必然だった。各自が各々の才に自信を持ち、本来軍事行動において重視されるべき団体行動、規律の欠片もないやり方で臨んだのだ、当然一人それを重視し、救援に駆けまわっていた宗一は兵を割かざるを得なくなる。


結局そんな感じのことを彼は言い、一人陣営の陣地から去って行ってしまった。



他の上位進出者はそんなこと、と過去の事として割り切っているかもしれない。


だが、コルアには後悔の念があった。


自分を見る目の変化に敏感な彼女は、翌日、若緑杯の十二位の表彰式にて宗一に詫びに行くと、彼の冷たい無関心ともいえる視線に声も出なかった。


まあ、そのあと何とか意思を伝えることはできたのだが。


「でも、もしあの考えのまま本当に戦場に立っていたとしたら…」


コルアは唐突に冷めた酔いの反動で、今度は欝気に傾いて自分の果てる様を容易に想像する。


大して相手の情報もないのに、自信に溺れ、孤立、各個撃破の戦で疲れ果て、打ち取られる自分、首級を上げられ、首なしの死体…。


「なら、ハセクラ君も本望じゃないのさ、考えを改めさせることが出来て」


ヴィアンヌが猛省する友人を慰めて優しく頭を撫でた。


「…そうね、今は過去の事じゃなく、三日後のことを考えないと」


「そうだよ、なんとしてもこの最終試験に受かって、お互いに未来を築こう」

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