忍ぶ
時計の針が私に、まだ寝なくてもいいんじゃないかと助言してるけれど、それを断って寝る準備をする事にする。無地のだぼだぼしたパジャマ、着替えてミントの歯磨き粉、口をゆすいで洗面所、眠い目こすって化粧水、口に含んで洗面所。
苦味で目が覚めてしまった気がする。
布団を準備するわけでもなく、ベッドに飛び込むわけでもない。リビングのソファーに寝転がる。ソファーといっても大人でも余裕で足を伸ばせる大きさだ。しかもふわふわ柔らかい。別にこの家に寝具がないわけでもなく、むしろ高価そうなそれがいくつもある。けれど、その高級感が逆に気になって私は落ち着けないのだ。ソファーくらいが丁度いい。きっとこのソファーもそれなりの値段がしそうだけれど。
電気を消して真っ暗闇。静かなクーラーの音も、1時間後にはタイマーで止まる。
「はぁー」
一難去ってまた一難というか、去ってもない難の上に難が重ねがけされたというか。
よとばり しのぶ、か。苗字はどんな文字か分からないけれど、名前は多分『忍』と書くのだろう。
あの子は親にどう望まれてその名前を付けられたんだろうか。
私は親に、恵まれた人生を望まれてこの名前を付けられたけれど。私は……まるでそんな人生を送れてないから。だからなお、あの子には訊いてみたい。まだ小さいから、知らないかもしれないけれど。
忍ちゃんは、いったい何を忍んでいるのだろう。
その日の記憶はそこで途切れた。