四杯目 猫夫人の頼みごと
老婆に出会った次の日、いつも通りに喫茶店を営業しているとある女性が来店した。
その女性は、巷で“猫夫人”と呼ばれるほどのネコ好きでこの人ならと期待して声をかけようとしたが、いつもと様子が違うことに気が付いた。
「どうかされたのですか?」
「大輝さん! ミーちゃん見ませんでしたか? もしかしたらここにきてると思って……」
猫夫人は必死な顔で大輝に詰め寄る。
ミーちゃんというのは、こちらに来てから姫奈が初めて拾ってきた猫で猫夫人がこの喫茶店の常連となるきっかけとなった白猫のことだ。
「うちには来ていないようですが……」
「そう……」
おそらく、あちらこちら探し回っていたのだろう。
猫夫人は、カウンター席に座ってうなだれていた。
「ご注文はございますか?」
「ホットミルクを」
「かしこまりました」
大輝がホットミルクを出せば、猫夫人はそれを飲みながらぽつぽつと話し始めた。
「ミーちゃんがいなくなったのは、三日前……私がいつも通りに毛並みの手入れをしようとした時だったわ……」
*
「ミーちゃん?」
その時は、偶然散歩にでも出たのかと思ったんだけど、夜になっても帰ってこないし、次の日になっても帰ってこなかったの。
それで、おかしいと思ってミーちゃんを探しに行くことにしたの。
猫が集まっている広場やミーちゃんが好きな散歩道……思いつく限り探したんだけど、どこにもいなくて……それで、もしかしたらって思ってここに来たんだけど……
*
猫夫人は話し終えて、ため息をつく。
何でも、この夫人は最愛の夫と息子を事故で亡くしてからというもの、まるで家族のように猫をかわいがるようになったのだという。
特にミーちゃんは一番のお気に入りで、夫人以外の人物が名づけた唯一の猫であった。
その名付け親というのが、姫奈なのだが、夫人はそのネーミングが大変気に入っているようだ。
「店を閉めたら一緒に探しましょうか?」
突然、横から口を挟んできたのは、白いシャツを着ていて、ソムリエエプロンと呼ばれる黒い布を腰に巻いた姫奈だった。
猫夫人は、そんな姫奈の両手をつかみ、握手をする。
「ありがとう! 一人で探すよりも早いわ!」
「えぇえぇ! もちろん手伝いますとも! アシアンも手伝うよね?」
アシアンからすれば、まさか自分に話が回ってくるとは思っていなかったのか、トレーの上のコーヒーをそれごと落としそうになる。
「えっ? いや、それはその……」
口ごもるアシアンに猫夫人と姫奈から期待の視線が向けられる。
「えっと、はい。ぜひとも……」
彼女が苦し紛れに答えれば、猫夫人の顔がパッと明るくなる。
「まぁ! 三人とも手伝ってくれるなら、ありがたいわ! やっぱり、この店は最高ね!」
「そういっていただいて光栄です! ところで、閉店までこのまま待ちますか?」
「そうね。ちょっと疲れたし、そうさせてもらうわ」
今日の閉店時間は、夫人以外のお客がいなくなったときってところか……
自分抜きで話を進められたことに対して、特に文句を言わずにそんなことを考えている大輝であった。
*
客足は、いつも通り昼過ぎにとだえ、大輝は店を閉める。
今日の気分としては、夕方ぐらいまで営業していたかったのだが事情が事情なため、仕方がない。
とりあえず、それぞれアシアンと姫奈、夫人と大輝そして、黒猫といった具合で二手に分かれてあたりを捜索中だ。
「ところで、さっきからついてきているネコちゃんはあなたの家族なの?」
「いえ、気づいたらお店の前にいて、ずっとついてくるんですよ」
「そうなの。よほど、あなたのことが気に入ってるのね」
猫夫人が大輝にほほえましい笑みを見せる。
黒猫はいつも通り、大輝の後ろを歩き、大輝が止まれば足にすり寄ってくる。また、夫人に抱っこしてもらったり、時にはそこから大輝の肩に飛び乗ってきたりもする。
「それにしても、どうやったらそこまでなつかれるのかしら? 不思議ねぇ」
突然、黒猫が飛び降りて路肩のほうへ走って行った。
「どうしたんだ?」
大輝が駆け寄ってみれば、黒猫が赤い紐に結ばれた鈴を加えていたのだ。
夫人は、奪い取るかのようにそれを手に取ると鈴の裏を確認した。
「間違いない。ミーちゃんの鈴だわ」
猫夫人の猫がつけている鈴には名前が彫られている。
いざというとき、見つけるためのヒントになるようになどと言っていたのだが、本当の意味で役立っていた。
「なるほど……ミーちゃんがここを通ったのは、間違いなさそうだな」
大輝の視線の先には、昔、診療所だったという廃墟があった。
もしかしたらと思い、そこに踏み込もうとしたその時だった。
「お兄ちゃん! 何か見つかった?」
姫奈が片手でアシアンの手をつかみ、もう片方の手を振りながら走ってきた。
彼女たちが息を切らしながら、大輝の前にたどり着くと夫人が二人に手に持った鈴を見せた。
「それって、もしかして……」
「ミーちゃんの鈴らしい。ここに落ちてたのをこいつが見つけたんだ」
大輝に指に従うように二人の目線が動いてゆく。
そして、その視線はその場にそびえたつ建物へと向けられていった。
「そこの廃墟にミーちゃんが?」
「可能性としては高そうだ。行くぞ」
大輝が歩き出せば、姫奈たちもそれに従い歩き出す。
四人と一匹は、夕刻の廃墟に入って行った。
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