三杯目 買い物は黒猫連れで
夕方。
龍斗が帰った後、店を閉めてから姫奈とアシアンを連れて服を買いに行くことになった。
今のところ、着の身着のままだったアシアンは、姫奈の服を借りているのだが、少々サイズが合わないため、アシアンのために新しい服を買うことになったのだ。
三人は、商店街へと続く大通りを歩いていたのだが、なんとなしに足元を見れば、あの黒猫がひたすら追いかけてきていた。
どうやら、あの場所が気に入ったとかではなく、大輝のことを気に入ったらしい。
姫奈が抱っこしようとしても華麗にかわし、大輝が立ち止まればその足にすり寄ってくる。
だが、アシアンに素直に抱かれているところを見れば、姫奈に対して本能的に危険だと判断しているのかもしれない。
「この子、かわいいですね」
「ねぇねぇ! ヒナも抱っこしたい!」
「はい」
アシアンが姫奈に黒猫を渡そうとするが、わずかな隙をついて脱走した。
子猫なのに身軽だな……大輝は悔しがっている姫奈を見ながらそんなことを考えていた。
*
黒猫は非常におとなしく、大輝が店に入ればその店の前で待っているといった具合に非常に利口だった。
「キャー! これもかわいい! これも来てみたら?」
「いや……その、これは……」
アシアンは、姫奈の手によって着せ替え人形のようにされている。
「あらあら、あなたもついに奥さんをもらう気になったのかい? 随分と若いのね」
「いえ、彼女はそう言うのでは……」
「あらあら、そんなこと言っちゃって!」
今、大輝が会話している相手は洋服店の店主で、85歳のおばあさんだ。
「さて、冗談はさておいて、本当にあの子はどうしたんだい?」
「何でも、行き倒れになっていたところを姫奈が拾ったようでして……」
「へーヒナちゃんがねぇ」
おばあさんは、温かい目で姫奈とアシアンを見つめている。
そんな横で大輝は大きくため息をつく。
「決まったか?」
「お兄ちゃん! これなんかいいよね!」
「私としては、こっちの方が……」
姫奈が手にしているのは、赤を基調としたチャイナドレスでアシアンは濃い青色で無地というような地味な着物を手にしていた。
「まぁ本人がいい方がいいんじゃないか?」
「えー絶対、こっちの方が似合うと思ったのに」
姫奈が不満を口にしているが、こればかりは仕方ないと思う。
もしもアシアンのセンスが壊滅的に崩壊していて、姫奈が持っているのがまともな服だったら、姫奈の意見を採用しただろう。というか、チャイナドレスが売られていることに対しての疑問もあるが……
「毎度。また来なさいよ」
「おう! おばあちゃんも暇だったらうちの店来てね!」
おばあさんと姫奈は、そんなあいさつを交わしてから店を出ていき、大輝とアシアンはおばあさんに頭を下げて店の外に出る。
次は、食料品を買うために市場のほうに歩きだせば、先ほどの黒猫はぴったりと寄り添ってくる。
「なんでお兄ちゃんにはなつくのに私にはまったくなのかしら?」
「それは、姫奈の動物に対する接し方の問題じゃないか?」
「そうなんですか?」
大輝の指摘は図星だったのだろう。
黙りこくってしまった姫奈の代わりにアシアンが質問をする。
「まぁな。動物が好きなのは確かなんだが、かなり過度なスキンシップを図ろうとするからな。そのせいで逃げ出した動物はどれだけいたことか……だから、こいつは本当的に危険だって察知してるんだよ。そうだろ?」
大輝は、黒猫を抱き上げて声をかける。
すると黒猫は、その意見を肯定するかのごとくニャーと鳴いた。
「えぇーそんなぁ」
姫奈が悲痛な叫びをあげる中、大輝たちはたくさんの人でにぎわう市場につこうとしていた。
*
食料品の購入が終わった大輝たちは、もうすでに日が落ちて暗くなった道を歩いていた。
暗くなったといっても、この道は大通りなので、月も出ていたため、真っ暗というわけでもないのだが……
「すっかり遅くなっちゃいましたね」
「まぁしょうがないだろ。それに家までそんなに距離はないから大丈夫だろ」
「そうね。ここは、大通りで夜中でも人の目はあるから、万が一ってこともないだろうし」
無数の星たちに見守られながらそんな会話をしながら大通りを歩いてゆく。
「もし、そこのお方」
何の前触れもなく、声をかけられたのは大通りから一本入った路地を歩いていた時だった。
声のした方を振り向けば、黒いローブに全身を包んだ人がイスに座っていた。
「あなたは?」
「ふぇっふぇっふぇっ名乗るつもりはないよ。そんなことよりも気を付けた方がいい。あんたのところにとんだ迷い猫が紛れ込んでいるかもねぇ。いや、これから来るかもしれない。気を付けたほうが良いぞ」
声からして老婆だろうか?
ローブに身を包んだその老婆は、ふぇっふぇっふぇっと不気味な笑い声をあげながら別の路地へと消えて行った。
「なんなの? 今の人」
「さぁ?」
老婆の言ったことは気になったが、帰るのが遅くなってしまうため、家に帰ることにした。
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