二杯目 やってきた黒猫
早朝。居酒屋にしては閉店時間が早いにもかかわらず夜遅くまで居酒屋に居座っていた大輝が、喫茶店に帰ってくると、店の前に小さな影を見つけた。
目を凝らしてよく見れば、それは猫のようだ。
「子猫か……こんなところにいてもエサはやらんぞ」
その声に反応したのか、黒猫はニャーと鳴いて大輝を上目づかいで見る。
「そんな目で見てもダメ」
元々飼い猫だったのだろうか?
相当人に慣れているようで、黒猫は大輝にすり寄ってきてもう一鳴きした。
こうなってくると、さすがにほおっておく気になれず、大輝は黒猫の頭をなでてみる。
すると、黒猫は甘い声で鳴きながらさらにすり寄ってきた。
「しょうがない。ちょっと待ってろ」
大輝は、もう一度黒猫の頭をなでてから立ち上がり、扉を開けて喫茶店へ入って行った。
数分後、大輝はミルクをの入った皿を持ってそれを黒猫の前に置く。
黒猫は、なみなみと注がれたミルクを懸命になめはじめた。
「それやるから、もう来るんじゃないぞ」
大輝は、もう一度黒猫の頭をなでてから店に戻って行った。
*
大輝が店の奥の自宅に帰ると姫奈とアシアンはすでに起きていて、食卓には姫奈が作ったと思われる暗黒物質が並んでいた。
「えっと……これは?」
「えっ? 目玉焼きとトーストだよ」
姫奈は真っ黒な何かを指差しながらそう答える。
昨日に引き続き、アシアンは、目の前の物質のことで困惑していた。
「とりあえず、それはお前が食べろ。俺とアシアンの分は俺が作る」
大輝は、台所に立ってエプロンをつける。
ついつい冷蔵庫を探しそうになるが、こちらの世界にはそれがないため、食材が保存してある地下室へ降りた。
台所の床に収納してあるはしごを下りた場所にある地下室は、柱の部分を除けば家の大きさとほぼ一緒で、そこに多くの棚が置いてある。
地下室の中は、ひんやりとしていて食料の腐食を遅らせることができるため、食料の保存に最適なのだ。
できれば、冷蔵庫がほしいところだが、ないものをねだってもしょうがない。
大輝は、棚からハムとパン、野菜を出すとそれを持ってはしごをあがる。
上に戻ってみれば、姫奈が食卓に並んだ自分の暗黒物質を細々と食べていて、そんな彼女をアシアンが心配そうに見つめていた。
「今、朝食を作ってやるからな」
大輝は、ハムを薄く切り分けて、ちぎった野菜と一緒にパンにはさむとそれをアシアンの前に出した。
「これは?」
「これは、サンドイッチっていう食べ物だ。まぁ店に出しているのは、もっとちゃんとしたやつだけど」
二枚のパンの間に見慣れたハムや野菜がはさんである見慣れない料理を前に、困惑しているようだった。
「食べてみろよ。おいしいから」
大輝がサンドイッチを口に含むのを見届けてから、アシアンはそれを一口食べる。
「おいしい」
自然とアシアンの顔に笑みが浮かぶ。
大輝は、そんな彼女を満足そうに見つめながら、残りのサンドイッチを食べていた。
「じゃあ、私のも食べてよ」
姫奈がそんな不満を口にしていたことは気にしない方がいいのだろう。
*
その後、開店準備を済ませて店を開ければ、朝早くからきている常連たちが、朝食を食べるためにどっと押し寄せてくる。
昨夜から寝ていない大輝は、眠気と戦いながらの仕事になっていて、朝に見た黒猫のことなどすでに忘れかけていた。
朝の忙しい時間帯が終わり、昼になれば、今度はコーヒーを飲みながら本を読んだり、勉学に励んだりする若い人たちがちらほらといるだけで忙しいということはないのだが、カウンター席に座って大輝と話すのを楽しみにしている人も少なくはない。
「いらっしゃい」
そろそろ、龍斗が来るころだな。
そんなことを考えながら、店の入り口に目をやるが、龍斗の姿はない。
今日は、来ないのだろうか?
珍しいこともあるものだ。とつぶやきながら、店の入り口に立ってみる。
すると、店の入り口で丸まっているあの黒猫の姿を見つけることができた。
「お前、まだいたのか?」
店の外に出て、声をかければ黒猫はニャーと答える。
ネコという動物は好き勝手に生きている印象が強いが、この場所にとどまるということはここが気に入ってしまったのだろうか?
大輝は、仕方ないとばかりにため息をつく。
結局のところ、自分と姫奈は血のつながった兄妹なのだ。彼女ほどではないが、大輝もかなりの動物好きだった。
また、新しい飼い主でも見つければいいなどと考えながら、大輝は黒猫の頭をなでていた。
*
龍斗が来店した時には、すでに夕方になっていた。
この喫茶店の営業時間は、意外といい加減で客がいないときに大輝の次第で店を閉めるのだ。
そのためか、龍斗のような常連は確実に店が開いている朝か昼にやってくる。
「珍しいな。今、ちょうど店を閉めようとしていたところだ」
迷いなくカウンター席に向かってくる龍斗にとっては、そのような情報はいらないようでまっすぐにカウンター席に座った。
「いつもの」
「はい。少々お待ちください」
あいさつ代わりの言葉を交わした後、大輝はマグカップを軽く拭いてからコーヒーを注いで彼の前に出す。
「なぁ大輝。表にいる黒猫はヒメちゃんが拾ってきたのか?」
「違うよ。勝手に店の前にいただけだ」
「そうなのか?」
龍斗がコーヒーを口に含む。
何でも、今日は久方ぶりに休業してどこかに遊びに行っていたらしい。
居酒屋の営業時間は基本的に夕方から夜だが、仕込みに時間を要するため、少し遠くに足を延ばそうとすれば、臨時休業と形をとるそうだ。
大輝は、夕日が赤く染めてゆく店内で龍斗と他愛もない話をしながら過ごしていた。
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