一杯目 おかゆの定義と居候の基準
少女がやってきてから約数時間。
大輝は、龍斗が営んでいる居酒屋にいた。カウンター席が5席ほどの狭い居酒屋だったが、安くてうまい酒が飲めるということで庶民に人気の店となっている。
普段は、客でごった返しているのだが、すでに閉店の時間を迎えているため店内には、店主である龍斗と常連である大輝しかいなかった。
「はぁ最近になってやっとあの癖が抜けたと思ったのに……」
「まぁまぁ今回は、人助けだと思えばいいだろ」
「人助けねぇ。完全に厄介ごとだとしか思えないんだけど」
盛大にため息をついた大輝の様子を見て、龍斗が眉をひそめる。
「どうした? お前らしくもない」
「それがさぁ……」
*
話は、数時間前にさかのぼる。
少女は、家に運ばれてから数十分ほどで目覚めた。
「やぁ目が覚めた?」
この時、姫奈はおかゆを作るだのなんだの言って上機嫌で台所へと消えて行ったところだった。
おそらく、あと数分も経てばおかゆという名の何かが運ばれてくるのだろう。
「おい! 姫奈、目が覚めたぞ!」
これはチャンスとばかりに声を張り上げた。
とりあえず、こちらに集中させてあれの降臨を阻止しなければならない。状況を理解できていない少女を差し置いて大輝は台所の方に声をかける。
「ちょうどよかった! 今、おかゆができたところだから」
「えっいや、その……元気そうだからおかゆとかは……」
「ちょっと待ってて!」
大輝の声を聴いていたのか、いないのか姫奈は深めのお皿を持って部屋に入ってきた。
「はい! おかゆ!」
碗を見ればそこに入っていたものは、一般的におかゆと聞いてイメージする白いものではなく、真っ黒で異様な雰囲気を漂わせている物質だった。
「えっと……姫奈、これは?」
「決まってるでしょ。ヒナ特製のおかゆだよ」
「これが、おかゆというものなのですか?」
沈黙を保っていた少女が口を開いた。
「いや、一般的には、もっと白色をしていると思うんだけど……」
「見たところ、それは真っ黒ですが……」
「理由はよくわからないけど、ヒナのお料理はみんな真っ黒になるの!」
自慢するな! と大輝が姫奈の頭をたたく。
少女は、興味津々といった様子でおかゆという名の何かを見ているが、これを食べさせるのは少々危ない気がする。というより危険だ。
「まっまぁおかゆを食べなきゃいけないほど体調も悪くないみたいだし、食事は俺が用意するよ。ちょっと見ててくれ」
姫奈に看病させるのはいささか心配だったが、大輝はもう一度二人の姿を確認してから部屋を出た。
*
「確かにヒメちゃんの料理の腕は壊滅的だが、それはいつものことじゃないか?」
話を聞いた龍斗は、首をかしげている。
まぁ姫奈の料理の腕については、周りにいる人間なら周知の事実だ。姫奈の世話好きも知っているため龍斗からすれば、それ自体は不思議なことではなかった。
「問題はそこからなんだよ」
大輝は、ポツポツと続きを放し始めた。
*
「身寄りがない?」
少女から事情を聴いた大輝の第一声がこれだった。
何でも、この少女(アシアンというらしい)は、詳しい事情は離してくれなかったが、ある理由で路頭に迷っているうちに倒れてしまったと話した。
こうなってくると、より厄介だ。
彼女は、助けてもらったのも何かの縁だということでここに居候する気満々だった。
大輝が反対の意を唱えようとしたときにはすでに遅く、姫奈がそれを了承してしまったため、アシアンの居候が決定してしまった。
「ありがとうございます。お世話になります」
「別にいいって!」
「異世界でただでさえ苦労してるのに居候かよ……まったく」
頭を下げているアシアンを前に兄妹はそれぞれ別の反応を示す。
めんどくさそうに頭を書いている兄に妹はもう反論を展開した。
「アシアンは居候じゃないの! 家族なの!」
姫奈がアシアンを抱き寄せる。
アシアンが苦しそうに手足をばたつかせているが、今はそれどころではない。
「この状況は、俺の基準でいえば居候だ!」
「だったらその法令を改正するまでよ!」
大輝は、大きくため息をつく。
そんな彼の様子を見て姫奈はさらに機嫌を悪くしたようで頬を膨らませていた。
「何法だよ?」
「えっ?」
姫奈の力が抜けてアシアンが解放される。
全力で深呼吸をしているアシアンを横目に大輝はさらに攻め立てた。
「だから、何法を改正する気だ?」
この反論は予想していなかったのか、姫奈は答えに窮しているようだ。
アシアンは、姫奈から離れた位置で寝転がり荒い息を繰り返していた。
「えっと……居候規制法……かな?」
アシアンの呼吸が落ち着いてきた頃、姫奈は苦し紛れに答えを出した。
「なんだよ、俺はそんな名前の法律は初耳だぞ」
「えっと……居候を規制する法律で違反した場合、三日以下の懲役または、10円以下の罰金が発生する法律だったはず……」
「どうせなら、もっとましなウソをつけ」
こうして、大輝は本日何度目かのため息をつくことになるのだった。
*
「そりゃ大変なことになったな」
話を聞いた龍斗は、豪快に笑っていた。
大輝はそういう問題じゃないだろ。と悪態をついてみるが、相手は全く気にしていない。
「でもさ、よかったんじゃない? その子にお店手伝ってもらえれば少しは楽になるだろ?」
龍斗は、そういうと同時に先ほどまで温めていたたまご、ちくわ、はんぺん、大根、がんもが入ったおでん五点盛を大輝の前に出した。
「まぁ覚えてもらうまで大変だろうけどな……」
ため息をつくと幸せが逃げるというが、仮にそうだとしたら今日一日で大輝の幸せはどれほど逃げたのだろうか……
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