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三十一人目:水の巫女

「そいじゃ出港~」


エルテと何かを話した後、フレイと呼ばれた女は高らかに宣言する。その言葉をを受け、船はゆっくりと港を離れた


「つかマジで屋形船だな?」


外見、内装ともにそっくりだ


「はい。勇者様の世界の船を参考にさせて頂きました」


エルテは俺達の方へやって来て、穏やかに微笑む


「だからってわざわざ屋形船にしなくても……エルテ?」


先程迄は普通だったエルテの顔色は僅かに赤みさし、吐く息も浅くなっていた


「……治癒の代償ね」


そう言い、ダーマはエルテの側に寄り添う


「アタシなんかの膝で悪いけどさ」


ダーマは俺をちらっと見た後、冗談ぽく言って、エルテの頭を抱いてひざ枕をした


「だ、ダーマさん。私、大丈夫ですから」


「良いから良いから」


慌てて起き上がろうとしたエルテに、ダーマは水筒の水で濡らした布を額に置く


「…………ありがとね、エルテ」



「ダーマさん……。はい」


二人の間に、信頼と言う名の穏やかな空気が流れている。良い感じだぜ


「……足は大丈夫なのか?」


さっきまで足を庇うそぶりを見せていたダーマへ尋ねると、ダーマは軽く微笑み


「アタシは頑丈だから」


と、言う。大丈夫と言ってくれなかったのが、少し気にかかった


「船はゆく~ちーへいせーん。おっと、そろそろ水門だ。姫様、従者の皆さん。下にお潜りになってくだせぇ」


ミゲルっつったか? ミゲルの声にエルテは起き上がり、船奥に積んである二つの木箱を指差す


「勇者様、あちらの木箱を避けて頂いても宜しいでしょうか?」


「ああ」


木箱は蓋がしておらず、中はライムが大量に入っている。


軽々二つの木箱を両腕で持ち上げると、その床には引き戸らしき物が付いていた


「ありがとうございます勇者様。さぁ、皆さん。船底へ隠れて下さい」


頭が痛むのか、僅かに顔をしかめながらエルテは引き戸を開ける。すると、五段ぐらいの階段が現れた


「んじゃ、行くか」


よっこいせと箱を下ろし、真っ先に階段へ足を踏み入れる


「……暗いな」


階段下の部屋は、体を縮めれば辛うじて立っていられる程度には高さがあり、広さも窮屈には感じない。だが、明かりが無く、一寸先も分からない


「えっと……あった!」


俺の次に降りてきたアネモネが、自分の体からごそごそと何かを探り、声を上げた


「淡き照らしを」


その声と共に、アネモネの手元からパァっと淡い緑色の光が溢れる。例えるなら夜に光る蛍の様な淡い光だ


「お互いの顔や周囲ぐらいなら見えるでしょ?」


どうだと言わんばかりのアネモネの顔。その顔に俺は微笑みを返す


「ありがとよアネモネ」


「別にお前の為にやった訳じゃないし……」


「何でも良い、とにかく助かった。さて、少し寝るかな」


一応隠れている訳だし、静かにしておこう


俺は船の端に行き、ゴロンと横になる


「ボクも」


その横でキョムが同じ様に寝転んだ


「ん? なんだよ?」


「なに?」


「結構広いんだし、わざわざ隣に来なくても良いだろ」


「迷惑?」


「じゃねーよ。ただ何でなのかと思ってな」


特に話もしてないのに、側に来る理由がわからねぇ


「イチヤ気になる」


キョムはそう呟き、俺の袖をギュッと握った


「気になる?」


「不思議な流れ」


「は? ……よく分からねーが、まぁいいや」


側が良いってんなら、それでいい


「好きにしてくれ」


自分の腕を枕にしながら、目をつぶる。キョムの吐息が近い


「イチヤやっぱり変」


「俺から見たら魔法とか使えるお前らの方が変だけどな」


魔法なんか漫画の世界だろ


「魔法使えない。使えるのは魔術」


「どう違うんだよ」


「魔術は干渉。魔法は概念」


「は?」


「理由があるものが魔術。ないものが魔法」


「はぁ?」


「炎を作る。そこには理由と原因、結果があるから魔術。だけど時を止める事にそれらはない。だから魔法」


「…………」


「魔術は技術、等価交換。魔法は法。己を全とし、世界を切り離して刻む律法」


キョムは淡々と説明してくれるが……



「……なるほどな。よく判った」


俺には理解出来ないって事が判った


「理解出来ないのが正解。言葉で説明して理解しても、それはした気になってるだけ。使える人は使えるし、使えない人は使えない」


「……ふむ。それなら判る」


俺は空を飛べないし、水中で息も出来ない。そういう風に出来ているのだから、いちいち疑問に思う必要もない


「色々教えてくれてありがとよ」


なんか納得したところで、船が揺れた。スピードを緩めたようだ


「出港チェックってやつか?」


そして船は止まり、俺達は息を潜める


「…………」


――――。長い


船が止まってから十分は経った。何かあったのだろうか


「…………」


ダーマは無言で立ち上がり、細い布を拳に巻いて固める。俺もゆっくりと起き上がり、深呼吸をした


「……エルテ、アネモネベロニカ。お前らは端っこに行ってろ。キョム、ヴィヴィ、何かあったら頼んでいいか?」


「いい」


「はいはい」


ここに隠れられる場所は無い、見付かった時点でアウトだ。身体が軽く震える


……こえぇ


下手すりゃ死ぬ可能性もある。相手を殺す可能性もある。怖くて怖くて堪らない


「勇者様……」


「…………ああ」


心配そうに俺を見つめるエルテを見て、覚悟は決まった。殺す、殺されるの覚悟じゃねえ


「お前を守る」


必ずだ



カタン


船が動き出す。緊張は一気に拡散し、どこか間の抜けた雰囲気になった


「…………」


脅かしやがって。俺は肩の力を抜いて、警戒をとく。しかしダーマは、まだ厳しく天井を睨んでいた


「ダーマ?」


「上に妙な気配が、いくつかあるわ。……来る」


ギギギ……キィ


「っ!?」


入口の蓋が開く!


「こんにちわっ!」

「うおりやー!」


入り口から覗き込んだ奴に飛び付き、を引きずり込んで羽交い締めにする。ムニュっとやけに柔らかい


「キャっ! ……ず、随分強引な方ですねー。でも初対面の女に対してこーゆーの駄目ですよ?」


「あ? ぐお!?」


突然後ろから凄い力で首を捕まれ、持ち上げられた


「ぐ、ぐが、が……ひぎ」


「き、貴様! レム様に何て事、おが!?」


俺を掴んでいた奴はダーマの、多分、上段蹴りをくらい吹っ飛んだ


「が、かはっ……ぐ、ぐ、ゴボ、ガホっ!」


「大丈夫、イチヤ?」


「あ、……ああ。なんとかな」


首を握り潰されるかと思った。凄まじい力だ


「良かった。……アンタ達、兵士には見えないけどさぁ。アタシの仲間に手を出すって言うなら……」


ダーマの眼の色が変わってゆき、


「殺すわよ」


明確な殺意を目前の敵にぶつけた


「……上等だ。いつまでも伸びてねーで立てやオッサン!」


入口から新たな人間が現れ、蹴りを喰らった男を叱咤する。ユラユラと、だが余談なく階段を降りてくる様は、どこかトカゲを思わせた


「……むぅ、とんでもない蹴りだった。ミガ、お前並だぞ、その女」


何事も無かったかのように吹っ飛ばされたオッサンが立ち上がる。……デカイ


「俺並みねぇ。なら試してやるよ、デカ乳ねーちゃん」


「私はこの男をやろう。貴様が犯した不貞、決して許さぬ」


二人は構え、俺達を見据えた。にらみ返し、突っ込むタイミングを探る


「盛り上がってるとこ悪いけどさー」


そんな時、壁に寄りかかっていたヴィヴィがダルそうな声をあげた。ダルそうだが苛立ちを感じる


「そいつら、あたしが殺すわ。こんな狭い場所で暴れられたら目障りだし」


なんの気負いも罪悪なく、二人を殺すとヴィヴィは言う。まるで当たり前のように


俺はヴィヴィを誤解していたのかもしれない。気性は強いが、どこか間の抜けた普通の女だと。だが目の前にいるこれは……


「逃げたり、叫んだりしないで大人しく死ぬなら直ぐに殺してあげる。暴れたりするのなら神経だけを焼いて、散々苦しませてから殺してあげる」


ニタリと、ヴィヴィが笑う。単純明快な女の本質は、絡み付く蛇のような粘着さとやらしさを持った魔女。俺は声をだす事も出来ず、ただ立ち尽くしていた


「な、なんだコイツ……オ、オッサンっ! コイツなんかヤバイ!!」


「……判っている。覚悟を決めるぞ、ミガ。レム様をお守りするのだ」


「……ああ」


二人のうち、どちらかが動けば殺し合いが始まる。俺ですら分かるほどに張り詰められた空気


数秒後、俺の目の前で誰かが死ぬ。あっさりと簡単に――


「っ!」


 冗談じゃねえ!!


「おいこら、そこのオッサン! 俺とタイマン張れよ!! それで俺が勝ったらここから消えろ!」


「何だとこの若造が! いいだろう表にうごごごごおお!?」


突如、スイカ大の水球が何もない空間から現れ、オッサンの頭にすっぽりと被さった


「駄目ですよ、グリス。この方は私に求婚しただけなのですから」

球根?


「地方に住む方々は、ヨバイと呼ばれる求婚をする事があると母様に聞いた事があります。こんにちは、求婚者さん。私の名レム。リシーニと言う国で、水の巫女を少々やっております」


半透明のゴミ袋の様に透けていて、ひらひらとした水色の衣装を着る女、レム


レムは軽く頭を下げ、微笑みながらそう言った


「……ところでオッサンが溺れ死にそうだけど良いのか?」


さっきまでは被さった水を取ろうと、もがいていたのだが、今は仰向けに倒れてピクピクしている


「あ、忘れてました」


レムは自分の長い髪に手を入れる。髪は見事な金色で、フワッと柔らかそうだ


「いたた」


髪を一本抜き、それをレムは人差し指と親指で持った


「水針」


言葉と同時に、髪がピンと真っ直ぐに張った。その髪の周りには、薄い水の膜が張っている


「ほっと」


気の抜けた掛け声で髪を水球に向け投げるレム。髪は水球を風船の様に割り、只の水へと変えた


「ぶっはぁ! ヒュ~ヒュ~、っごほごは!」


酸素を脳や肺に取り込もうと、オッサンは咳込む程に息を吸う


「こ、殺す気ですかレム様!」


「そ、そんなに怒らないで下さい。ちょっと頭を冷やしてもらおうと思っただけじゃないですか」


「頭どころか体温まで冷えましたぞ! 後一歩で死ぬ所でしたわ!!」


「あら、それは大変ですね。ミガ、グリスの身体を温めてあげて。裸で」


「い、嫌だよ!? レム様がやれば良いだろ!」


「私は嫁入り前の巫女ですよ? 私はともかく、国の者達が何と言いいますか……」


「ぐっ、ずりぃ……分かったよ! 俺が暖めれば良いんだろ暖めれば!」


そう言ってミガは着ている服を脱ごうとする


「や、止めい! わしなら大丈夫だ、直ぐに乾……はっくしょーい!!」


身体の大きさに引けをとらない豪快なくしゃみ。船が揺れた気がした


「ほら、やっぱり。さ、ミガ」


「ち、ちくしょ~」


「あ~もう五月蝿いわね! ほら!!」


たまり兼ねた様にヴィヴィが怒鳴り、指で軽く円を描いた


すると赤い炎が、輪の様にグリスの周りを囲み、濡れた身体をゆっくりと乾かしてゆく


「わぁ、見事な炎の魔術ですね~。ミャルマ・ドルの巫女に引けを取らない鮮やかさです」


「ふん、たかが火の巫女程度と一緒にして欲しく無いわ。あたしは天才なのよ」


「よっ天才!」


すかさずレムが掛け声をかけた


「馬鹿にしてるの、アンタ!?」


「え? してませんけど何か気に障る事でも?」


「……ああ、なるほど」


エルテに負けないぐらい天然なんだな、こいつ


「くしゅん……えっと、取り敢えずお茶にしましょうか勇者様」


「脈絡無いな!?」


「賛成です! 私、水を出しますから、沸かして下さいね天才さん」


直ぐにお茶の準備を始める天然二人


「…………何だかあたし、頭痛くなって来たわ」


お、いつもの俺の台詞


「ま、気にしたら負けだぜヴィヴィ」


と言う訳で、俺も茶を飲むべくエルテ達の側に寄る事にした

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