二十九人目:追い付いた女
「フゥ。……さて、こっからどうする?」
飯も食い終え、一段落した所でエルテに尋ねる。エルテは皆の顔を順番に見回し、
「30分後に出ましょう」
と、明るい笑顔で言った
「あ、そう。ならアタシはトイレ行ってくるわ」
「いちいち言うなクソ野郎」
「おしっこよ! この馬鹿灰色眼鏡!!」
いつものように揉め始めたキョムとヴィヴィ。とりあえずこの二人はほっといても良いだろう。それよりも
「アネモネ、部屋の鍵貸してくれ。ちょっと入りたい」
二人からエルテの宝石を取り返した後、食堂へ行く前に机の引き出しに入れたんだが、そのまま置きっぱなしだった
「こ、この」
「ん? なんだよ? 早くよこせよ」
エルテの大事な物だってのに、さっきまで忘れていた。もしこれで無くなってたりしたら、どう謝ったらいいか分からない
「変態! ベッドや枕の匂いを嗅ぐ気だろ!!」
「はあ?」
アネモネは顔を耳まで赤くさせ、俺を怒鳴る。何いってんだ、こいつ
「下着はありませんよ。それでも入るつもりですか?」
「荷物があんだよ! つかそんなに嫌ならお前らが取ってこい!」
探せば直ぐに見付かるだろう
「……どうする、姉さん?」
「荷物は何ですか? 下着でしたら触りたくないので自分で取ってきて下さい」
「パンツから離れろ! ……荷物はエルテのだよ。昨日返してもらったろ? 机の引き出しにあるから直ぐ分か」
言い終わる前にアネモネが店の奥へとすっ飛んで行った。それをベロニカが茶を飲みながら見送っている
「…………」
「あの子、エルテ様に謝りたいと言っていましたから。良いきっかけを下さってありがとうございます」
嫌みではなく本心なのだろう、その礼を素直に聞けた
「アネモネさんに謝られる事なんてありませんよ?」
エルテが不思議そうに首を傾げる。本心だろうが、こっちは天然だな
「よいしょ。ちょっと買い物に出てくるわ」
それまでぼーっとしていた急に思い付いたように立ち上がり、体を伸ばす。開いた胸元からこぼれそうなぐらい乳が揺れた
「あら? ……」
思わず見ていた乳から慌てて目をそらした俺の耳に、ダーマは緩んだ唇を寄せて甘くささやく
「あとで、あげる」
「い、いらねーよ!」
「ふふ。あ、そうだエルテ」
「はい」
「色は何が好き?」
「え? ええと、空色が好きです」
「分かった。じゃ行ってくる」
「は、はい。お気をつけて」
戸惑うエルテにダーマは微笑み、宿を出ていった
「赤は色気ない。時代は灰色」
「チビが偉そうに女の色気を語るんじゃ無いわよ! なんなら脱いで勝負してやりましょうか!?」
「……まだもめてんのかよ」
よく飽きねーな
「ほら、見なさい! 」
急に立ち上がったヴィヴィは片足を椅子に乗せ、履いていた膝上高のスカートを思い切り捲った。丸出しになった太ももと、チラリと見える白い下着に、店の客から歓声がわく
「どう、この美しい足。あんたの短い足じゃ、こんな色気は出せないでしょう?」
「こっち見るな変態」
「こ、この灰色がぁあ! 表出ろ!!」
「望む所」
そして二人は店を出ていく。その後、外から破壊音と悲鳴が聞こえてきたが、いちいち止めてたら体が持たない、気付かなかった事にしよう
「今日もいい天気ですねー」
「エルテ様、お茶のお代わりをどうぞ」
「…………」
大物だよお前ら
「エルテ様ー!」
店の奥から戻って来たアネモネが、尻尾を振る犬のようにはしゃぎながらエルテの側に寄る。そして微笑むエルテの手を取り、周りを警戒しながら宝石をその手に握らせた
「これは……」
「あ、あの……ごめんなさいエルテ様! わたしエルテ様の宝石を盗みました、お返しします! 本当にごめんなさいエルテ様!!」
「アネモネさん」
いっぺんに言い、泣きそうになりながら頭を下げるアネモネに、エルテはそっと手を伸ばす
「っ!? ……え?」
殴られる。そう思ったのか、びくっと体を震わせたアネモネをエルテは優しく抱いて
「ありがとう、アネモネさん」
と、ニッコリ笑顔で礼を言った
「え、エルテさ…………う、うぅ~」
おずおずとエルテを抱き返し、声を押し殺してポロポロと涙を溢す
そんなアネモネから俺は顔を反らし、そっと立ち上がる。結果オーライだが宝石をそのままにしておいて良かった
なんか温かい気持ちになり、俺は店を出……
「喰らえメガネー! 砲火乱舞!!」
「メガネは食えない。馬鹿すぎ」
なければ良かったと、すぐに後悔した
「あ、あれは灰色の悪魔! な、なんで地上に!?」
「紅き閃光の馬鹿まで居るなんて……む、無理だ、俺達では無理だ!」
「誰が馬鹿だー! もやすぞてめー!!」
「ヒィイ!? 馬鹿がキレた、退け退けぇええ!」
「…………」
この町の自衛団なのか、屈強な男達が駆け足で逃げ出している。この二人なら何が来ても大丈夫そうだし、部屋に戻るか
「凄い騒ぎね」
宿に入ろうとした俺に、戻って来たダーマが声を掛けた。右手に重そうな麻袋をぶら下げている
「一応建物とかは避けて戦ってるみたいだし、放置しておいても大丈夫だろ」
二人とも相手の技を正面から受けて、周りに被害を出さないようにしている
「ふぅん。……あの灰色の子、本当に強いわね。全く力を使ってないわ」
「そういうのも分かるのか?」
「呼吸が一切乱れてないもの」
「ん……ああ」
確かにヴィヴィは額に汗を流し、肩で息をしながら必死な形相で炎の塊を繰り出しているが、キョムは涼しい顔をしたままだ。下手すりゃあくびでもしそう
「ふぁー」
あ、した
「中に入りましょう」
「ああ」
宿の中に入ると、エルテの隣に座ったアネモネが、エルテ相手に一生懸命話をしていた
「でね、でね、エルテ様! そこの家がね、すっごい大きな犬飼っててね」
「それは恐ろしいですね。それでどうしたのですか?」
「姉さんが超臭い匂袋を犬の鼻に投げたの! そしたらそいつ転げ回って逃げ出したんだ~。流石姉さんだよね!」
「おかえりなさい」
その流石な姉さんは、俺達の姿を見て小さく頭を下げる。話に混ざるきっかけを作ってくれたようだ
「ただいま。はいエルテ、服よ」
ダーマは麻袋に手を突っ込み、薄いブルー色のシンプルな衣服と革のブーツを取り出してテーブルに置いた
「え? 私には昨日ダーマさんから頂いたこの服がありますけれど……」
「それはお出掛け用。こっちは冒険用よ」
片目をつぶり、着替えて来たら? とダーマは言う
「あ、ありがとうございます!」
エルテは両手で服を抱えて、アネモネ楽しいお話をありがとうと、部屋へ戻って言った
「太っ腹だな、ダーマ」
「これで痩せ細ったけれどね。すっからかんよ」
腹を撫でながら、ダーマは笑う
「金、返すよ。俺は使わねーし」
「お金が役に立たなくなる事はないわ。心配しないで、私はこの体でいつでも稼げるもの」
それは性的な意味ではなく、拳で稼ぐと言う事だ。どれだけ鍛えればこうなるのか、握り締めた拳には凹凸がなくなっている
「……分かったよ、サンキュー」
言葉に甘えよう
「エルテが着替え終わったら出発しましょう? このまま外に居る二人をほうっておくと、城に報告され兼ねないわ」
「……だな。と言う事だ、今のうちに便所でも行って来いよ」
「変態」
「変態」
二人の姉妹は冷たい目でそう言い、便所へと向かう
「……俺、変態か?」
「デリカシーはないわね」
「そ、そうか……」
そういや七海にもよく怒られたもんな。少しショックだ
「オヤジ、そろそろ出るから飯の代金教えてくれ」
客と一緒に外を見物している店主に声を掛け、言われた代金を腰にぶら下げた袋から出して払う。まぁまぁな値段だった
「お待たせしました!」
払い終わった所で、ちょうどエルテが戻って来た。動きやすく涼しそうな服だ
「わぁ、エルテ様かわいー」
「お似合いです、エルテ様」
姉妹も戻って来たんで
「よし、じゃあいざ出発ってな」
今日も気合い入れてくべ
全員で表を出ると、外ではヴィヴィが仰向けに倒れていた
「ヴィヴィ!? やられたのか!」
「へばってるだけ」
「ひぃふぅ……ば、馬鹿めが……ね」
キョムの言葉通り、ヴィヴィには傷一つない
「ほら、出発するわよ」
ダーマはヴィヴィの傍に立ち、手を差し出す
「い、らないわ」
しかしヴィヴィはダーマの手を払い、キョムを指差して言い放った
「こ、今回も、はぁはぁ引き分けよ!」
「馬鹿すぎ」
確かに
「その様子なら大丈夫そうね」
ダーマは笑い、頭に細い布を束ねて作ったような変わった形の帽子を被る。体にはピッタリと張り付くスパッツとタンクトップを着、その上に赤茶けたマントを羽織ったダーマの姿は、ただ者じゃない雰囲気をかもちだしている
ただ者じゃないって言えばフードで顔を隠し、お揃いのマントを羽織っているアネモネ達姉妹も、異様な雰囲気があるな
「で、どうやって行くんだ?」
「船を使います」
俺の問いにエルテが答える
「船?」
「はい。時の魔物は城を逃げ出した私をなるべく穏便に捕らえようと考えています。ですので、そろそろこの町の兵達にも私の失踪を知らせているでしょう。となれば門から出た瞬間、私は捕らえられるかも知れません」
そこでエルテは一度言葉を区切り、息を吸った
「港にも兵達による検問がありますが、信頼された者が持ち主の船ならばそう厳しく調べられる事はありません」
「船ねぇ……」
船はあまり好きじゃないんだが、四の五の言ってらんねぇか
「船のアテはあるのかしら?」
「はい。信頼のおける者がおります」
しっかり答えるエルテを見て、ダーマも納得したように頷いた
「よし、なら港に行くか!」
俺の掛け声に、ダーマとキョムそしてエルテが頷く。ヴィヴィはまだ燃え尽きてるが
「で、港はどっち?」
「こちらです、案内しますね」
「あいよ」
それからエルテの後に続き暫く歩いていると、建物の雰囲気が変わって来た事に気付いた
建物は大きい割に質素な作りで窓すら無い。その代わり物々しい鉄の扉が入口となっている
「あちらは倉庫となっています」
物珍しい目で見ていた俺にエルテはそう答えた
「なるほど……結構賑わってるな?」
道は数多くの人間が忙しなく行き行きしている。露店や、その側でパフォーマンスをする奴もいて、青龍刀の様な武器を踊る様に振り回す奴らまでいる
「港は一番盛んな場所ですから。毎日、毎時間、他の国や大陸から出港、入港する船や荷物があります」
「莫大な金と人間が動く場所。それがザルギムの港【曳航の旅立ち】」
エルテの後をアネモネが引き続き、つまらなそうに言った
「曳航の旅立ち?」
「皮肉です。所詮人間は一人では旅立つ事すら出来無い。誰が付けたのかは知りませんけど」
ベロニカもまたつまらなそうに呟いた
「あちらにあります階段を降りますと、出船場に出ます。我が国最大の港、お楽しみ下さい」
笑顔のエルテを追うように広く長い階段を降りる。半分ほど降りた所で視界は徐々に開いていき、凄まじく広い船着き場を認識した
どのくらい広いか。表現は難しいが、取り敢えず見回しても左右ともに果てが見えないぐらいには広く、数多くの船が港に停泊している
「す、すごいな」
その広さにも驚いたが、特に今、正面に停まっている船が凄い。船からここまでは20メートルほど離れた距離だと言うのに、その全体像が見えないのだ
「ファルド商会の船ですね。船頭に描かれた矢が目印です」
目を凝らすと、今にも放たれんとする弓と矢の絵が描かれている。船からは次々と荷物が運ばれていて、それは五角形のコンパネに乗せられていた
「変わった形のコンパネだな?」
「コンパネ? ……ああ重力板の事?」
「重力板?」
「そんな事も知らないのかお前? えっと重力石を利用した板で……」
「ある行為をすると重量が変わる重力石。それを板に埋め込んで、板の重さをコントロールするんですね。ちなみに行為とは重力石を重力石に当てる事です。軽くしたければ軽く当て、重くしたければ長く当てる」
「そ、そう。分かった?」
「ありがとよ」
赤と青の頭をグシャっと撫でる
「さ、触るな変態!」
「訴えますよ?」
ベロニカは物凄く良い笑顔をした
「……で、エルテ。俺達はどの船で行くんだ?」
階段を降りきった所で尋ねると、エルテは神妙な顔をしたのち、口を開いた
「先ほども言いましたように、信頼出来る船を使います。王家、それも私と一部の者しか知らない特別な船を」
「お、王家の特別な船だって! ドキドキするね姉さん!!」
「そうね、アネモネ」
嬉しそうにはしゃぐアネモネ。それを、ベロニカは笑顔で受ける。俺に向ける笑顔とは全く違うな
「そう言う笑顔をしてると可愛いぜ、ベロニカ」
「え? ロリコンですか?」
可愛くねー方の笑顔だ
「……たく。んじゃ行くか!」
「ちょっとアンタら!」
掛け声と同時に俺達を呼び止める女の声が港に響いた