表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

二十八人目:ご先祖さん

塔での一件の後、殆ど口も聞かずに宿屋に戻った俺達は、エルテの仲介もあってギスギスしながらもなんとか今後の予定について話し合った


その結果、明日は俺の武器が置いてあるらしい地下神殿へ行く事となる


「ちかしんでん……ふぁう」


呟くアネモネの目は半分とろけている


「ま、とにかく明日だな。今日はもう解散で良いんじゃね?」


適当に提案するとエルテがそうですねと頷き、何となく解散のタイミングとなった


「ふわぁ……それじゃ、あたし寝るわ」


「ああ、お休み」


まずヴィヴィが酒を片手に寝室に向かう。それをキッカケに、俺を残したみなが部屋へと戻って行った


「しかし客が少ねぇ宿屋だな」


夕食時は終わったとは言え、一応酒場でもあるのに客が俺を含めた五人しか居ない


「悪かったな!!」


俺の呟きが聞こえたらしく、キッチンの奥から宿屋の主人の怒鳴り声が返って来た


「……地獄耳め」


迂闊な事を言うと、ヤバイ物を食わされ兼ねない。これ以上は止めておこう


「つか、今日も疲れた」


疲れ過ぎて眠気すらねぇ


淡く灯るランプの光を暫くぼーっと見ていると、床を踏む音が近付いて来た。俺は視線だけを音の方へ向ける


「眠れないのか、エルテ」


「勇者様こそ」


さっき迄とは違い、エルテは疲れた顔をしている。それでも微笑み、テーブルを挟んで俺の前へ座った


「明日は地下神殿です。早く寝ようと思っていたのですが、何だか寝苦しくて」


「今日も色々あったしな。ところで地下神殿? さっきは二カ所同時に入らないといけないって事を言ってたが、なんか裏技みたいなのは無いのか?」


地下神殿には二つ入り口があり、どちらか一方だけで入ると途中で行き止まりになってしまい、道を戻っても入り口の扉は閉じられていて、出られなくなるらしい


「元々は宝を守る為だけの神殿ですから融通が利かないのです。神殿の鍵があれば、なんとでもなるのですが……。城から脱出する時に持って出るべきでした、申し訳ございません」


エルテは暗い表情で頭を下げた


「そうか。ならまぁ仕方ないな、パッと行ってこようぜ。そういやさ、どういうチーム分け方にするんだ」


気まずい空気を払拭するように聞くと、エルテは少し考え込み、


「……そうですね、バランスを考えますと、勇者様とダーマさんを中心に考えると良いと思います」


と、言った


「ダーマはともかく俺か? 言いたくないが、多分あんまり役に立たねーぞ」


力が強いだけだ


「勇者様はカリスマと言えば良いでしょうか、人をやる気にさせる才があります。そしてダーマさんには引率者としての資質が大変優れています。現時点ではお二人以上に相応しいリーダーはいません」


真剣な顔で言い切られると、その気になってはくるが


「……そうかねぇ」


どうにも納得いかない所はある。しかしごねても仕方ない


「オッケー。とにかく俺ら二人が分かれるって事で、他はどうする? やっぱ戦力とか考えた方が良いか?」


「神殿の事を知るのは王族のみです。時の魔物は姉の体を借りていますが意識は別物ですから、神殿の場所を知るはずありません。であれば盗賊や魔物などは入れませんし、特に危険はないと思いますが念のため戦力で分けますと、やはりキョムさんとヴィヴィさんを分ける必要がありますね」


「そうだろうな」


僅かにしか見ていないが、あの魔術ってのは凄まじいものだった。確かにあれなら一国も滅ぼせるかもしれない


「そしてサーディアさん。彼女は恐らく火龍の精霊ですので、相当力を持っていると思います」


火龍ってのが何なのか分からねぇが、あれが強いってのもイマイチ信じられないな


「ヴィヴィさんお一人ですと、色々と大変そうですが……」


エルテは言葉を区切り、困った顔をした


「あれは爆弾みてーなもんだからな。使い方を間違えれば味方ごと爆発しかねない」


事実今日もヤバかった


「……はい。ですがパートナーのサーディアさんはしっかりしていますので、刺激する方さえ居なければ、とても頼りになる方だと思います」


「刺激……キョムだよな、やっぱ」


そういう意味でも二人は分ける必要がある


「で、後はあの姉妹を分けると」


「はい。アネモネさんの方は勇者様にお願いします」


「それが無難だろうな。あいつダーマを怖がってるし」


世渡りが上手そうなベロニカなら、嫌々でも何とか和をもってくれるだろう


「ヴィヴィも俺が引きとるから、最終的にはこうかな」


戦闘力や判断力、相性を考えたチーム力等を考慮した結果がこれだ


「アネモネ、サーディア、ヴィヴィんで俺」


「ダーマさん、キョムさん、ベロニカさんですね」


「ああ。エルテはどうするんだ?」


「人数のバランスを取りたいので、私はダーマさんの方に付きます」


「そうか。……俺のチームは騒がしくなりそうだな」


若干うんざりしながら言うと、エルテはニッコリと笑顔を見せた


「頑張って下さいね」


「あいよ」


明日も疲れそうだ


「あ、勇者様。少し喉渇きませんか? ルアルなんてオススメです」


「ルアル?」


「はい。勇者様の世界で言う、ミルクのような物ですね」


「ミルクか……いいな」


言われれば喉も渇いてきた


「では注文しますね。おじ様、ルアルを2つお願いします」


隣のテーブルを拭いていた店主に注文すると、店主はヘーイと威勢良く、嬉しそうにカウンターへ入って行った


「やっぱ美人は得するみてーだな」


俺が注文する時とテンションが違う


「え? え、えっと……」


エルテの白い顔に、ほんのりと赤みが差す。珍しく照れてんのか?


「はいルアルですよ、お嬢さん」


カウンターから戻って来た店主がエルテの前に花柄のかわいらしいカップを置いた


カップにたっぷり注がれているのは、黄土色のミルクだ。牛の乳とは違うのか、少し匂いが強い


「あ、はい。ありがとうございます」


「熱いから気をつけて飲むんだよ。おらよ」


んで俺の所へ乱暴に置かれた小汚いカップ。所々に亀裂が入っているが、嫌がらせか?


「……すげぇカップだな。よく洩れねーよ」


「交換しますよ、勇者様」


「いや、大丈夫だ。飲めない事はない」


そう言いながら一口。濃厚でクセのある味だ。だが、うまい


「これ、なんの乳なんだ?」


舌にドロッと絡み付いてくる液体の奇妙な感触を楽しみながら、エルテに尋ねる


「イグと言う生き物の尿です。勇者様の世界で言いますと、虎に近い生き物ですね」


「へ~虎ねぇ、スゲーって尿かよ!? ふざけてんのかこんちくしょう!!」


飲んじまったじゃねぇか!


「尿とは言っても腎臓で作られているからそう呼ぶのであって、ミルクに近い成分ですよ。無害です」


そう言いながら、エルテは当たり前の様に飲む


「……なんつーマニアックな飲み物だ」


「こちらでは一般的な飲み物なのですが、馴染みのない勇者様には尿だと知ってしまうと飲み難いかもしれませんね。

あ、でも勇者様達の世界にも健康の為に尿を飲む人居ましたよね? ええと……黄金水でしたっけ?」


「それは違う!」


「??」


それからエルテに飲尿は一般的ではないと言う何とも不毛な話をし、気付いた時には空が明るくなってきていた


「……しょんべんの話で徹夜とか」


無駄な時間すぎる


「お話面白かったです、ありがとうございました! またいつか勇者様の世界の事を聞かせて下さい」


嬉しそうにニコニコしてやがる


「ま、気が向いたらな。……さて少し寝るか」


「はい、おやすみなさい勇者様」


「ああ」


体を伸ばすと、バキバキと音がした。やっぱ鈍ってるな


軽く肩を揉みながら店の奥へ行き、新しく借りた俺の部屋に向かう。んで錆びた音が出る木のドアを開けて、部屋の中へ入った。一番安かったこの部屋はベッドと備え付けの小さな机、そしてランプしかなく、本当に寝るだけの場所だった


真っ暗で何も見えないが、ランプを点けるのも面倒臭い。固いベッドに腰を下ろし、服を脱ぐ。汗くせぇ


「風呂に入りてぇな」


でもこの宿に風呂なんかねーし……


「寝たもん勝ちか」


トランクス一着で横になり、目を閉じる 。後はぼーとしてりゃ、眠れるだろう


「……明日は地下神殿か」


無事に終わりゃ良いけどな


「……おやすみ。七海」



チュンチュン、チュン


「ん……ん~」


耳に喧しく響く鳥の声で目が覚める。スズメか?


「こっちにも居るのかね」


欠伸をし、起き上がってパッパと着替える。多少頭は重いが体調は悪くない


「ふぅ……行くか」


部屋を出て食堂に行くと、ダーマが飯を食っていた。他の奴の姿はない


「よう、ダーマ。おはよう」


「あら、おはよう」


ダーマの正面に座り、店主のおっさんルアルとパンを頼む。何気に気に入っちまった


「今日もいい天気よ」


「そうか」


朝飯を求め、外から客が次から次へと入って来る。店員も忙しそうだ


「ふわぅ……また寝すぎたぁ」


ぼんやり店内を見回していると、アネモネが寝ぼけまなこをゴシゴシと擦りながら部屋に続く廊下から出て来た。アネモネは俺達を見つけ、少し嫌そうな顔をしながらも近寄る


「……はよ」


「ああ、おはよう。朝飯食えるか?」


「え? た、食べれるけど」


「じゃあ食え。ルアルとかうまいぞ」


すっかりハマってんな俺


「……お金ないし」


そう言ってアネモネはプイッとそっぽを向いた


「良いから食えって。仲間内で遠慮なんかしてんじゃねーよ」


つか俺だってダーマに世話になりっぱなしだ。今度返さねーとな


「…………じゃ、ルアル飲む」


ふてくされたように言っているが、頷いた事にホッとする。短い間だろうが仲間だ、なるべく円満でいきたい


「おう」


追加でルアルとダーマがやたら薦めるホットケーキみたいなもんとサラダを頼み、注文を待つ


「今日は地下神殿か。お前らは地下神殿とか知ってんの?」


「地下に神殿があるなんて聞いたことも無いわ。普通、神殿と言えば巫女が住まう場所だもの」


「巫女?」


「水、火、風、土の四巫女。それぞれが別々の神獣を崇め、国を治めているわ」


「昔は人とかも居たんだよね? 六巫女だっけ」


うろ覚えだけどと言うアネモネに対し、ダーマは感心した顔をする


「人の巫女。約370年前、この大陸を支配していたと言われる巫女の長よ。一昔前までは人の巫女を歌った物語があったらしいけど、今ではすっかり廃れてるわ。よく知っていたわねアネモネ」


「へへーん。昔、貴族んちを襲った時の戦利品に巫女の事が書かれた書物をこっそり読んだー。後でバレて親方に殺されかかったけどさ」


「そ、そうか……」


明るく言っているのが痛ましいな。こいつにとっちゃ、殺す殺されるってのが当たり前だったんだろう


「人の巫女は自分とこだけじゃ満足出来なくて他の国や大陸も支配したんだけど、そんとき時の巫女って奴に殺られたんだ。で、殺った時の巫女もいつの間にか消えて、六巫女だったのが四巫女になったって話」


アネモネは、どうよとドヤ顔で俺やダーマの顔を見比べる。ダーマは感心して頷いているが、俺はどう反応したらいいのか分からん


「ご先祖様のお話ですか?」


そんな時、廊下前の短い階段をエルテが降りて来た。エルテは俺らのテーブルに寄り、挨拶をする


「おはようございます、みなさん」


エルテは優雅に微笑み、ダーマの隣に座った


「失礼します」


「え、ええ」


「…………」


ダーマは戸惑い、アネモネは口を開けてポカンとしている。どうしたんだ、コイツら


「どうかしましたかアネモネさん、ダーマさん」


「どうかって……。い、今、エルテ様ご先祖様って言ってたよね、それって」


「はい、時の巫女は私のご先祖様です。あ、一応秘密にしていますので、オフレコでシクヨロです」


口に人差し指をあてて、エルテは微妙な業界用語を駆使した。ダーマは珍しく目を丸くし、アネモネは驚きの瞳をキラキラと輝かせる


「す、すごーい! エルテ様、握手して下さい!!」


「はい。ついでに指押さえ、勝負です」


「わわ!? え、えい、えいえい!」


突然始まった指相撲を、アネモネは真剣にやっている。乗せられ易い性格のようだ


「……王族が時の巫女の血を引く、か。現大陸の統治者だし少し考えればそうなりそうだけど、まさか時の巫女が本当に存在していたとはねぇ」


まだ半信半疑のようだが、ダーマは水を飲んで一息ついた


「随分驚いてっけど、そんなか?」


「人と時の巫女は今も昔も存在自体認められてないのよ。はっきり言って歴史が変わるレベルね」


「そんなか……」


信長が女だった、ぐらいのもんかね


「エルテ様に勝ったー!」


「負けました……」


はしゃぐアネモネを穏やかな気分で見ていると、ベロニカやヴィヴィもやって来た


「おはようございます」


「あ~頭いつー。灰色はまだぁ?」


ヴィヴィは頭を押さえながら店内を見回す


「出発する時間は決めてなかったからな、まぁ適当で」


昼過ぎまで寝てるようなら起こしても良いと思うが


「ヘイ、注文お待ち」


「お、来た来た」


このションベンが、うまいんだよって変態みてーだな


「お前らも食えるなら食っとけよ」


ルアルを飲み、パンにかじりつく。うめー


「姉さん、半分こしょ?」


「ええ。……朝ごはん」


「うん。朝ごはん」


二人は嬉しそうに頷き合い、ホットケーキやサラダを半分に分けた。ベロニカも注文しろとは言いにくい雰囲気だ


「へりぺこ」


「うおう!?」


先ほどまで誰も居なかったはずの俺の右隣に、いつの間にかキョムが座っていた。気配すらなかったのに、いつ来たんだコイツ?


「秘密」


「ん? ……たく、脅かすなよな心臓に悪いっての」


「いっそ止まれ」


「死ぬだろうが! ……お前もなんか食う?」


「それ」


俺の食ってる物を指差す


「これか? 分かった。オッサン、注文の追加頼むわ!」


ついでに他の奴らの分も頼むか。とりあえずこのルアルは全員分、確定で


「勇者様、すっかり黄金水にはまっていますね」


「だからそれ違うっての」


「黄金水?」


「おしっこの事ですよ、アネモネさん。勇者様の世界では人は珍味的な飲み物だそうです」


「へ、変態!?」


「お前ら……」


「死ねスカトロクソ野郎」


「だから死ねは止めろっての!」


「やめて、頬っぺつねられるとバカになる。髪が赤くなる」


「ぐっ、こ、この灰色眼鏡ぇえ!」


騒ぐ俺らの席に、客や店員達が眉をしかめて見ている。これが俺の仲間、頼るべき友だ


「ケツから赤いの出して死ね」


「ぐ、ぐぅう! 表出ろ、灰色眼鏡ー!!」


「ね、姉さんあいつ本物の変態だよ!」


「見ちゃ駄目よアネモネ。汚れるから」


「マニアックな趣味ね。……昨日抱こうとしなかったわけだわ」


「勇者様は変態じゃありません! マニアックなのです」


「…………」


本物に頼って良いのか、コイツらの事


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ