二十六人目:精霊
特別早足には見えなかったが、先を行く赤髪に追い付いたのは、出口の前だった
「あたしの階は、この二つ下。入室を許可したから先に行きなさい」
赤髪は振り返り、そんな事を言う
「行けっつったって、階段もねーのにどうやって行けってんだよ」
「はぁ?」
赤髪は、ものすげー馬鹿にした目で俺を見た後、エルテに視線を送る
「あんたは分かってるわよね?」
「はい。では勇者様、先に行っていますね」
「行くつったって、どこ……に!?」
いきなりエルテが出口から飛び降りやがった!
「なにやって!? エルテー!!」
出口に駆け寄り、下を覗く。薄く掛かる雲のせいではっきりとは見えないが、エルテらしき人影はない
「え、エルテ?」
「あんたも早く行きなさいって」
「うあ!?」
ドンっと背中を強い衝撃に押され、俺の足は地面を離れて空中を飛んだ
「ぎ、ぎゃあああ!!」
死んだ。今度こそ死んだ
諦めるなとか、頑張ればなんとかなるとかそう言うレベルじゃねえ。俺は目を閉じ、覚悟する
「勇者様?」
しかし死ぬ実感がねぇな。つかやっぱり夢なんじゃねーの、これ? 試しに目を開けてみたら、いつもの天井だったり……
「大丈夫ですか、勇者様?」
「うわ!? え、エルテ?」
心配そうな顔で俺を覗き込んでいる
「ここは……」
どうやら俺は仰向けに寝ているらしく、起き上がると先程の部屋の様な、壁と床以外何もない空間が広がっていた
「どこだ?」
「赤い髪の魔術師さんが持つお部屋ですね」
「……どうやって入ったんだ俺は」
出口から蹴り落とされた筈だが……
「そうですね、塔の出入口には空間を高速移動出来るトンネルの様なものがあると思って頂ければ良いと思います」
「…………」
「勇者様達の世界ではワームホールと呼ばれている物に近いかと思いますが、こちらはそれよりずっと簡易版で、時空はもちろん距離も上下にしか移動出来ません。基本原理も大分異なっており、こちらは生体高分子で構成された長いホールが、一階から頂上まで伸びていると思って下さい。そのホールを通った勇者様の体は、一瞬で分解、解明されてただの分子となり、ホールの一部となりました。そしてその行き先で、遺伝子、情報等、寸分の狂いもない新たな、とは言いましても全く同じ勇者様が再生され、こちらに存在するのです」
「…………な、なるほどな」
全く分からねぇ
「ま、まぁそれは良いとして、遅いなあいつら」
「もう来てるわよ」
「うひょい!?」
何もない空間から突然現れるのは、何度見ても驚く
「灰色は一度自分の新しい部屋に行くそうよ。元はあたしの部屋だったんだけど!」
俺とエルテを強く睨み付け、赤髪は壁に手を触れる。すると、先程と同じように壁や道がブロックの様に変化していった
「何度見てもすげぇな」
「あんたやってみる? 許可してあげるわ」
「俺が?」
「触れて念じると、主が望む部屋の状態になるのよ。簡単だから、あんたにも出来るわ」
「そ、そうなのか? ……じゃあちょっとやってみるわ」
なんか緊張するな
俺は壁に手を触れ、念じてみる
「掃除しなくて良いし、階が変わっても荷物は勝手に戻って来るし。中々快適なのよね、あれが上に居なければだけど」
「後からノコノコ現れたカメに言われたくない」
「うお!?」
今度はキョムたんがいきなり真横に現れた。本当、心臓に悪いなこれ
「あ、あんたねぇ!!」
チーン
またケンカになりそうな雰囲気だったのだが、タイミング良く鳴ったレンジの様な間抜け音で、それは回避された。つか何の音だったんだ?
「出来たみたいね。どれどれ……」
赤髪は壁に出来たドアを開け、入る
「…………変わった部屋を作ったわね。狭いし」
「そうか? ……まぁ、元々の広さに比べればそう思うだろうけどな」
そう言いながら、俺も入る。入った先は一番馴染み深い場所、俺んちだ
「……しかしすげぇな。色とか染みとか細かい所まで再現してある」
此処まで詳細に念じて無かったんだがな
「エルテ達も入って来いよ。結構珍しいみたいだぜ」
「はい、失礼します……あ! こちらは勇者様のご自宅ですね!!」
「よく知ってるな」
「何度か拝見しましたから」
玄関先を嬉しそうに見回し、エルテは靴を脱いでスリッパに履き替えた。マジで日本人っぽいな、こいつ
「勇者様のご自宅……もしかして」
エルテは何かを思い付いた様に呟き、とてとて廊下を進んで俺の部屋へと入って行った
「何かあるのかしら?」
「さぁな。俺達も行ってみようぜ」
俺と赤髪が後を追うと、エルテは部屋の本棚の前で何かをごそごそと探していた
「ああ、やっぱり! ありました!」
興奮した様子で手に持ったのは、マンガの本だ。長寿マンガトラえもんの72巻
「此処まで復元して下さったのですね! 続きを読みたかったんです!」
ウキウキしながらエルテはページをめくり、そのまま真剣な顔で読み始めた
「……まぁ、面白いけどなそれ」
現在、120巻まで続いている
「変わった書物ね。……あたしも後で読も」
「今でも良いんじゃないか? あの様子だと、もう暫く掛かりそうで――」
「……ふぅ。面白かった」
エルテはパタンと本を閉じ、本棚へ戻す
「もう良いのか?」
「はい、満足しました。お待たせしてしまって、すみません」
「そうか。じゃ、取り敢えずさっきの話の続きをリビングでしようぜ」
「はい!」
んで、リビング。部屋の主の赤髪が、エルテ達にも許可ってのをしたらしく、2人とも自分の家の様に寛ぎ始めた
「リアネーデ産の葉を使った最高級よ。どうぞ」
自分で出した、エマニュエル夫人が座ってそうな椅子に足を組んで座る赤髪
小指を立ててカップを持つ姿がなんかムカつく
「なんかムカつく」
口に出しちまったよ、この灰色眼鏡
「うるさいわね! ……で、話はなんな訳?」
「ん……あ、ああ、それは」
「魔王を倒す為に、私達に力を貸して欲しいのです」
良いよどむ俺に代わって、エルテはそう言った。それを聞いた赤髪は、呆れた顔をする
「魔王ねぇ……昔は居たらしいけど。夢でも見たんじゃないのあんた?」
「バカ過ぎ。気付け」
「な、何よ!」
「魔王という単語に精霊達が怯えている」
「また適当な事を……サーディア」
《はいな! どないしたんヴィヴィ?》
呼ばれ、赤髪の背後にぼんやり浮かび上がった陽炎は、形を成して人となった。大きさは俺の顔ぐらいしか無く、ボレロの様な服を着ている背中には、竜翼の様な赤い羽が4枚生えているが、めんどくせーからもういちいち驚かねぇ
ただ……
「何で関西弁なんだよ」
俺がそう呟くと、関西弁のちっこいのはパッチリした目を丸くし、
《うん? なんや、アンタうちの声が聞こえとんのかい?》
と言ってパタパタと俺にむかって飛んで来た。少しウゼェ
「ああ、聞こえてる。つか俺の前でちょろちょろ飛ぶなよ」
《垂直飛行は疲れるんや。よっと》
俺の頭に乗る謎の飛行生物
「……なんか俺、今すげぇ間抜けじゃね?」
「いつも間抜け」
「会って間もねぇだろ!」
「ったく、煩いわね。……サーディア、魔王って知ってる」
《知っとるで! 4日前から時の城に居座っとる奴やろ? あれはあかんねー、うちら精霊をばんばん殺しとるわ》
なんだこの井戸端会議みてーなノリは
「…………マジ?」
《マジやで!》
「ちょっと……。何なのよ魔王って」
「魔王と言うのはですね」
エルテの説明が始まったので、俺は飛行生物を掴んで頭から下ろし、腕に乗せる
「……お前さ」
《サーディアや》
「……サーディアは妖精かなんかなのか?」
《精霊やね。使い魔や》
「そうか」
《そうや》
サーディアは俺の腕の上で胡座をかく。次の話を期待している様だが、特に話す事は無いだよな……
「…………あ~、サーディア。赤髪はどんな奴だ?」
《ヴィヴィの事やな! ヴィヴィは……》
話をまとめると、赤髪の名はヴィヴィ。9歳で白の塔に入り、僅か二年で四精霊魔術をハイスペルまで極め、17の時には炎の禁呪の一つエグニマを100年振りに開放した天才らしい
「所詮自称」
「うぉ!? ……びっくりさせんな!」
キョムたんに突然後ろから声を掛けられ、心臓に8のダメージだ
「エルテの話を聞かなくて良いのか?」
「さっき聞いた。それよりボクの自己紹介もして」
《はいな!》
んで、自己紹介まとめ。この口の悪い灰色眼鏡は伝統的に伝えられる名、虚無より来たる者を数年前に受け継いだ女だそうだ
余りなり手が居ない暗黒魔術を極めた女で、無感情、無関心、無法者と三拍子揃った変人(ヴィヴィ談)だとの事
「成る程な」
親のセンスで付けた名前じゃない訳か
そういや此処に来るとき、ダーマが何か言ってたな。世界を滅ぼした魔物だとかなんとか
「じ、時空魔法に治癒魔術ですって!?」
ダーマの話を思い出そうとしていたら、突然叫び声がし、物が倒れる音が部屋に響いた
「な、なんだ?」
咄嗟に見た声の方向では、椅子から転げ落ちた赤髪が驚愕の表情を浮かべてる
「……何驚いてるんだ、あいつ」
「時空魔法と治癒魔術は、使える人殆どいない。ボクもびっくり」
とてもじゃないが驚いている風には見えん
「し、信じられない……。ちょっとあんた、何か使って見せなさいよ!」
無表情なキョムたんに気を取られていると、赤髪はストリップ劇場で最前列に居座ってるエロ親父みてーに、血走った目でエルテへ迫っていた
「使ってくれと言われましても……」
エルテは目に見えて困っている
「おい、赤いの。エルテを困らせんなよ」
「お触り禁止だ、ばかやろう。金取るぞ」
俺の横に立ち、赤髪に言い放つキョムたん
「ん」
そして何故か親指を立てて俺を見上げ、無表情ながらも言ってやったぞってなドヤ顔をした
「……と、とにかく治癒魔術には代償があるらしいんだ、余り無茶言うなよ」
「でも見たい! 見たい、見たい、みーたーいー!」
足をジタバタさせ、駄々をこね始める赤髪
「………………」
「気にしたら負け。ストレス溜まる」
キョムたんは、まだあどけなさが残るその容姿に似合わない枯れた溜息を漏らした
「ヴィヴィさん。私達の仲間になって下さるのなら、私の家に伝わる治癒と時空魔法の魔導書を写本となりますが差し上げます」
「仲間になる!」
「早いなおぃ!」
一秒掛からなかったぞ!?
「……ボクも興味ある。だから仲間になるのは確定」
こっちも了承だ!
「よっしゃ!!」
よくわからねーが仲間ゲットだぜ!
「ただ……」
キョムたんは言葉を濁し、
「あれと一緒は無理ありげ」
と赤髪を指差した
「あたしもあいつと一緒は嫌よ!」
二人は睨み合い、プイッと同時に顔を逸らす
「……気があってるじゃねーか」
「はぁ? あんた馬鹿じゃないの!?」
「死ね、ふしあな」
「……………お前は許してやる。だがお前! ぶっ飛ばすぞ!!」
灰色の頭を挟んで揺さぶる
「止めて欲しい。馬鹿になる髪が赤くなる」
「ならねーよ!」
キョムたんの頭を離し、エルテの隣に立つ
「どうするんだよ、エルテ? 仲間になんの片方だけみたいだぜ?」
「出来ればお二人に協力して欲しいのですが……」
「つったって……なぁキョムたん」
「本当に呼ぶな、ばかやろう」
「なっ!? お、お前がそう呼べって言ったんだろうが!」
何だこの俺が滑りました的な感じは!?
「キョムたん…………~~っ!」
エルテは自分の口を押さえ、笑いを堪えた
「……ふぅ、はぁ。ゆ、勇者様。キ、キョムさん達の説得は……っっ! お、お任せ下さい!!」
ツボに入ったのだろう、目尻にうっすら涙まで浮かべてやがる
「説得しても無駄。ボクは赤いのと違って、単純じゃない」
「単純で悪かったわね!」
一応、自分が単純だと自覚しているらしい
「賢者の石も少しですが差し上げます」
「なっ!?」
「賢者の石……」
エルテのその言葉に、二人の目の色が変わった
「け、賢者の石って魔力を超圧縮したアレ?」
「石を使えば魔術師数百人分の魔力が一度に使える。……探しても見付からなかった」
二人ともえらく驚いているが、俺は蚊帳の外だ
《……説明聞きたいん?》
俺の腕で寛いでいたサーディアは、再びプカプカ飛んで、俺の左肩に乗る
「ああ、頼む」
《よっしゃ、任せとき! 賢者の石ゆーんわな、魔力を貯蓄する為の物なんや》
「貯蓄?」
《そうや。昔この大陸に居たらしい魔法使い達は、今の魔術師からすれば信じられない程の魔力を持っていてな、そりゃもう全身から溢れまくりや。せやけど、溢れる魔力を使わないでいるのって勿体ないやん? せかやら、その有り余る魔力を一日毎に石にして貯める事によって、いざって時に使う事にしたんや。力ある魔法使いが毎日数十年貯めた石なら、それこそ天変地異を起こしたり、時間移動も出来たりするかもしれへんなぁ》
「成る程な。ありがとよ」
長々と説明してくれたサーディアの頭を指で撫でつつ感謝する
《んぅ……うちが頭撫でられるの弱いん知ってたん?》
サーディアは眠そうな顔をし、俺の首へ体を預ける
「いや知らねって」
サーディアを手で抱いて肩から下ろす
《なんや、もうちょい乗っとったかったなー》
「落ちたら危ねぇだろ」
話も終わったみてーだしな
「賢者の石……本当にあるんでしょうね?」
ヴィヴィが疑う様な声でエルテに聞く
「はい。間違いなく」
「ボクは信じる。キミは信じなくていい」
キョムはそう言ってエルテの前に立った
「魔術師、虚無より来たる者の名においてキミと契約する。あの赤いのが一緒でも構わない」
「あ、ありがとうございます!」
「くうっ! あ、あたしもヴィヴィの名で契約するわよ!! 灰色と一緒でもいい!」
「ありがとうございます!!」
満面の笑みで喜ぶエルテと複雑そうなヴィヴィ。そして無表情なキョム
「……ま、取り敢えず一件落着って所か」
《これで暫く一緒やね、イチヤ!》
俺の手の上に、ちょこんと乗っているサーディアが嬉しそうな声を出した
「ああ、そうだな。宜しくなサーディア」
《はいな!》