二十四人目:魔術師
「しかし……アンタ本当に勇者様だったとはね」
宿屋一階の食堂。ダーマや縄を解いた赤青姉妹、エルテ達と共に飯を食いながら情報交換をする
「なりたかねーけどな。
で、エルテ。この赤と青をどうするんだ?」
「色で呼ぶの止めろよ!」
「つっても、お前ら名前が似てるから混乱するんだよ。なんかあだ名無いのか?」
「……わたしも姉さんも元の名前に愛着がある訳じゃないし、好きに付ければ良いだろ」
好きに付けろって言われてもな……。七海が好きな花の名前でも付けるか
「アネモネとベロニカでどうだ?」
俺がそう言うと二人は顔を見合わせ、戸惑う
「気に入らねーか? じゃあロートとブラウとかで……」
「……いいよ」
俯いた赤が、ボソッと呟く
「ん、じゃあこれからはロートで」
「アネモネで良い!」
「ベロニカ……何だか穏やかな気持ちになる」
「俺の世界で咲いてる花の名前だ。確かアネモネは生命の象徴だったか? 後、期待を意味したと思う。ベロニカは貞操とか清純だったか?」
「わたしにピッタリですね」
「ね、姉さん……」
赤……アネモネは何か言いたげな顔をしたが、言葉を飲み込んだ。二人の力関係がよく分かる
「で、さっきの話の続きだが……」
「はい。お二人は盗賊だと言う事なので、ある場所の鍵と仕掛けを外して欲しいのです」
「鍵?」
「はい。そこには勇者様の装備っぽい物が沢山保管されています」
っぽいって……
「アネモネさんとベロニカさん。鍵開けは可能ですか?」
「鍵穴を見てみないと分からないけど、大抵の物ならいけると思う」
「一通りの技術は学んでいますから」
二人がそう言うと、エルテは静かに頷き、宜しくお願いしますと頭を下げた
「……なるほどね。ところで姫様」
「エルテで良いですよ、ダーマさん」
「そう? じゃエルテ。どうしてこの町の兵を動かさないの? アンタの名前を使えば幾らでも集まるでしょうに」
「……ある理由から今、私に兵を動かせる事は出来ません」
「ある理由?」
「今、城は新たな女王を選ぶ選定をしています。その選定中に城を抜け出した私には、おそらく何らかの罪を犯した者として、姉の追っ手が来ているでしょう」
「成る程ね。エルテの姉が偽物だと知らない兵達は今、城に居る姫の命令を聞かざるを得ないものね」
「はい、それが一つの理由です。ですが、最大の理由は無駄だからです」
「無駄?」
「時の魔物は、別時空の精神体です。普通に攻撃をすれば姉の肉体は滅びますが、魔物本人は倒せません。倒せなければ次の肉体に移り、それが永久に続くでしょう」
「精神体って言われてもイマイチ分からないんだけど……そんな奴、倒せるの?」
アネモネが尋ねるとエルテは自信満々に頷き、
「勇者様なら倒せます」
と、言った
「い、いや、倒せる気、しねぇんだけど?」
俺へ一斉に集まった視線に、居心地悪さを感じながら否定する
「……ふぅ。アタシもとんでもない男を見込んじゃったみたいね。取り敢えず話が真実って前提で進めるけど、城に乗り込むのも勇者様だけなのかしら?」
「……いえ。城の中には番人がいますので、勇者様だけでは難しいでしょう。ただ、大人数で乗り込むのは反対に危険ですので、ギルドで何人か雇うつもりでいます」
ため息をつきながら言うダーマに対し、エルテがそう返事をすると、ダーマは更に深いため息をついた
「はぁ……。そんな金で雇われる奴らだけにイチヤを任せる訳にもいかないし……仕方ない、アタシも行くわ」
傷も治して貰ったしね、とダーマは言葉を結ぶ
「……わたしも」
「わたし達も行きます」
「え? で、ですが」
「城の中だって鍵が掛かってるかも知れないでしょ?」
「それにただ鍵を開けただけでは、わたし達が得られる対価が大きすぎます」
命を懸けてこそ初めて本当の自由を得られるのだと、二人は言った
「皆さん……」
「……ま、死なない程度にな。俺も危なくなったら逃げるからよ。生きてりゃ次がある」
重くなった雰囲気を軽口でごまかす。つか完全に行く事になってるな、俺
「……そうですね、勇者様の言う通りです! さぁ、暗い話は終わりにして今日は皆さんと出会い、仲間となりました素晴らしい日。いっぱい食べて飲みましょう!! 勇者様がダーマさんから取り上げたお金で奢って下さいます」
「人聞き悪いなお前」
しかしそうか、言われてみれば俺がこっちに来てから、まだ一日も経っていないのか
一日の内容が濃すぎて、もう数日経っている気分だ。それに俺、コイツらの事
「何かしらイチヤ?」
「こっち見るな変態!」
「あら今度はわたしを見ましたよ、変態が」
「どうかしましたか、勇者様?」
「いや………よし、食うべ! オッサン、でかい肉一つ!!」
なんか、嫌いじゃねーんだよな
「と、そうだ。最後に聞きたいんだが、何人ぐらいで城に攻め込むつもりなんだ?」
「そうですね、後、二人は欲しいです。城攻めには魔術が必要になると思いますので、魔導研究所の方からお力を借りるつもりでます」
「魔術ねぇ……」
出来れば関わりたくないな
「……魔導研究所って町外れにある三ヶ所の?」
赤、もといアネモネが嫌そうに言う
「はい。西の白き搭、東の黒き搭。そして北のドルアーガの搭」
「ちょっと待て! なんか今、一個馴染み深い名前の搭が混ざっていた様な……」
「北の永久魔搭。光、闇、そして四精霊魔法のいずれかをハイレベルで極めた者だけが入る事の許される研究所。別名、変人達の搭……」
ダーマも心底嫌そうに呟いた
「そうです。今回は永久魔搭の最上階に居る方々にお願いしようかと」
「さ、最上階ってアレに最上階なんてあるの!?」
「わたし達、一度侵入した事がありますが、何と言いますか最上階どころか上の階すらありませんでしたよ?」
赤青姉妹……アネモネとベロニカは驚きの声を上げる
「なのに外から見ると、果てしなく高い。永久魔搭はアタシらでは理解出来ない場所ね」
「大丈夫です。王女補正で何とかなります!」
「何だよ王女補正って……」
「とにかく今日はご飯食べたら、さっさと休みましょう。アネモネ、ベロニカ、アンタ達はアタシの部屋ね」
ダーマは宿屋のオッサンに肉と酒の注文を取り、その後、赤青コンビにそう言った
「えっ!?」
「わ、わたし達は此処で構いませんので」
怯える赤青。どうやらダーマが怖いらしい
「……仕方ねーな。狭いが俺の部屋を使え」
「変態」
「ど変態!」
「…………俺は此処で寝るからよ」
「勇者様は私のお部屋でお休み下さい」
「あら、抜け駆けは駄目よエルテ。イチヤはアタシの部屋で、しっとりねっとり休むんだから」
そう言ってダーマは立ち上がり、俺の背に胸を押し付けてくる
「一人で寝るっての!」
「独り寝は寂しいわよ。今日は寒いし、ね」
「ならやはり私の部屋をお使い下さい」
「アンタはまだ体調悪いんでしょ、今日はアタシに譲りなって。その内、アンタも一緒に一晩中、愉しませてあげるから」
「あ~うるせー! 良いから飯食うぞ、飯!!」
背中に絡み付くダーマを避け払い、やっと来た肉に噛み付く。あんま食った事が無い歯ごたえと味だが、香ばしく、噛むとねっとり溢れ出す肉汁が中々うまい
「あら、つれないね。まぁ、焦らないで行くしかないか」
「たく……あ、オッサン米とか無いの? パンでも良いけど」
「勇者様、アルカと言う食べ物がお米に近い感触ですよ。主食です」
「サンキュー。じゃオッサン、アルカ一つな!」
それから俺達は次々と料理を注文し、腹一杯になった所で解散の流れとなる
「じゃあ、お前の部屋を借りるけど……入って来るなよ!」
「部屋の鍵を貸して頂けます? いえ、別に信用してない訳ではないですよ?」
微笑んではいるが、全く心が篭っていない
「……ほらよ」
「ありがとうございます。それでは、これをどうぞ」
そう言ってベロニカは、俺に銀で出来た鈴を手渡す
「鈴?」
「ギルドの入団試験を受ける者は、最初にこの鈴を渡されます」
「そして鈴を無くした者はギルドから問答無用で処分される」
そう言いながらアネモネはポケットに手を入れ、同じような鈴を取り出した
「これでわたし達は完全に追い詰められました。もうあなた方を裏切る事は出来ません」
「もう、とっくに追い詰められてるけどね。ほら」
そう言い、アネモネは鈴を俺に向けて軽く投げた
「とっ……いいのか?」
「わたし達の命、お預けします」
「……ああ」
受け取った鈴はちっぽけな物だが、やけに重く感じやがる
「さ、姉さん。そろそろ寝よう」
「ええ。……勇者さん、美味しいご飯をご馳走様でした。これほどお腹一杯頂けたのは、本当に久しぶりです」
「だからって夜ばいするなよ!」
「さっさと寝ろ!」
「べ~!」
アネモネは舌を出して、宿屋の奥へ入って行った
「こら、エレ……。アネモネが失礼な態度を取ってしまって、ごめんなさい勇者さん。あの子、昔から変態が嫌いだから」
「お前が1番失礼だぞ。それと俺の事は一也でいい」
「分かりました、イチヤさん。それではおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ベロニカを見送り、酔い潰れたダーマとエルテを横目で見ながら一人テーブルでミルクを飲む
「…………ふぅ」
もう夜遅いので、テーブルを占める客は殆どいない。辺りをぼんやり見回していると、その中で琴を持った兄ちゃんと目があった
「一曲如何です?」
「ああ、眠くなりそうな奴を頼む」
いくらが相場なのか分からないが、500ジニを親指で弾いて兄ちゃんに飛ばす
兄ちゃんは微笑み、静かな音楽を奏でながら物語のような歌を歌う
「…………悪くねーな」
なんか食堂内の雰囲気が一段暖かくなった感じだ
俺は目を閉じ、音楽に感覚を委ねる
「……今日は疲れた」
時間が掛かっちまうかも知れないが……俺は必ず帰るからな、七海