二十二人目:盗賊
「……起きて」
「……う」
「起きてって」
「…………ん?」
誰かに呼ばれた様な気がし、俺は目を覚ます。ぼんやりする意識が、頭の鈍痛と一緒に覚醒してゆく
「ん? 起きた?」
「…………七海?」
起こしに来たのか?
「まったく……嫌な夢を見ちまったよ」
なにが異世界だよ
身体を起こし、擦りながら目を開けると目の前には七海ではなく、風でも纏ったかとの思う程、薄くひらひらした衣装を着た女が、俺の顔を覗き込んでいた
「だ、誰だ!?」
「あら、忘れたの? 昼間あんなに激しく打ちあったのに」
女は口元だけの笑みを作る
「ダ、ダーマか!? 何しにきやがった! リベンジか!!」
「そんな野暮な理由じゃないよ。この格好みれば分かるでしょ?」
そう言ってダーマは、自分の胸や太股を愛しむ様にゆっくりと撫でる
「……な、なんだよ?」
「鈍いね」
呆れた顔をし、次に薄く笑う。そして――
「うお!?」
ベッドの上に乗り上げ、俺を跨いで座った
「な、なんだよ!?」
「イチヤ。子種、ちょーだい」
「はぁ!?」
「アタシさ、旅のついでに男も探してたのよ。アタシより強い奴か同等ぐらいの男をね」
「はぁぁ!?」
「もちろん、只じゃないよ? 子供出来たらそれ相当の礼はするし、それに……」
ダーマは肩からスルスルと着ている衣装を下ろしてゆく
ランプから発する淡いオレンジ色の光を、褐色の肌は妖しく反射する。身体は締まっているが、それは筋肉質では無く、滑らかであくまでも柔らかそう。そしてその胸は女の強調するかの様に豊満で、甘い。これは……
「す、すげぇ」
「子供が出来る迄、アタシの身体、イチヤの好きにして良いよ?」
「…………じ、冗談じゃねえ!」
迫って来るるダーマを腕で退かし、その隙に俺はベッドから転げ落ちる。木で出来た床に背中をたたき付けられて一瞬息が止まった瞬間、再びダーマにマウント・ボジションをとられた
「別に何する訳じゃないって。ナニするだけで」
「だからそれが冗談じゃねえっての! つーかお前、腕折れたんじゃなかったのかよ!?」
「アンタの連れの子が治してくれた。治癒の魔術使える子、初めて見たからびっくりしたわ」
「…………魔術?」
また厄介そうな単語が出てきやがった
「右腕、酷い有様だったから本当に助かった、凄く感謝してる。だから早くあの子の看病をしたいのよ。ほら、戦いの熱が下腹部に残っている間にヤルよ!」
「ち、ちょっと待て! 看病ってなんだよ!?」
「治癒魔術の代償で、熱が出てる。今は宿屋の娘が看病しているけど、やっぱり恩人は自分で看病したいからさ。……ふふ大丈夫、直ぐに終わるから」
身体を前屈みし、俺を見下ろすダーマ。デカイ胸が揺れる。……なんつーエロさだ
「ん? その気になった?」
「ま、まて」
キャー!!
部屋の外から女の悲鳴が上がった
「な、なんだ?」
続いてバタンと俺達が居る部屋のドアが乱暴に開かれる
「た、大変で……キャー!」
裸のダーマを見て悲鳴を上げる中学生ぐらいの女
赤い髪を三つ編みにしていて、どこと無く垢抜けない感じだが大きな目に愛嬌がある
「ご、ごめんさい! お邪魔しまして!!」
「いーわよ。で、どうしたのさ?」
ダーマは脱いだ衣を素早く身につけ、髪を縛りながら尋ねた
「あ、はい! わたし、エルテさんの看病してたですが、エルテさんの看病に使う水が温くなったので、水取り替えようと井戸へ行ったとです!」
片言ながらも一生懸命話す赤毛女。それは良いんだが慌て過ぎていて、要領が得ない
「落ち着いて。それでどうしたの?」
「は、はい! それで部屋に戻ったら知らない女の人が居て、エルテさんの服からキラキラしたあっかい宝石を盗ってる所だったです! わたしが悲鳴上げたら窓から逃げて……」
「っ! エルテの部屋は何処だ!?」
「と、隣です」
俺は部屋を飛び出し、隣の部屋へ行く
その部屋は俺の部屋より若干広く、真新しいシーツを使ったベッドも高級そうだ
「うぅ……ハァ、ハァ」
苦しそうに呻くエルテ。そして、開いている窓。俺は窓から身を乗り出して、周囲を探る
他の建物よりも少しだが高い場所にあるらしいこの部屋は、すぐ前に建物が並んでいた為、見渡せる範囲が狭い。それに、夜だと言うのに道に電灯が点いておらず、暗い。これでは怪しい人影など見付けようがない
「…………くそ!」
「やっぱりもう遅かったみたいね」
後から来たダーマが、ドアの前でそう言った
「ああ……。母ちゃんがくれた大事な物だったらしいんだが」
目が覚めたら、きっとガッガリするだろう
「そう……ねぇアンタ」
ダーマは、一緒に付いて来たらしい赤毛女に声を掛ける
「は、はい?」
「犯人、どんな奴だった?」
「え、えと。黒いフードを被てて、華奢な感じの……多分、わたしと余り歳変わらない女の子だと思うです」
「顔は見なかったの?」
「はい。でも、女の子思います。鈴の音しました」
「黒いフードに鈴の音……か。間違いなく盗賊ギルドの子ね」
「ギルド?」
「この町の闇の部分よ。多分、入団試験だったんでしょう。ギルドで知り合いのギルド男がいるから、聞いて来る」
「ちょっと待て、ギルドってなん……」
ダーマは俺の言葉を聞かず、そのまま出掛けて行った
「…………たく」
盗賊ギルド……か
「なぁ」
「は、はい?」
「エルテの看病、引き続き頼めるか?」
「は、はい!」
「ありがとな。あ、そうだ俺の名前は一也。お前の名前は?」
「え、えっとクルリ言います」
「そうか。じゃ宜しく頼むクルリ」
「はい!」
エルテをクルリに任せ、部屋を出る
もしかすると目撃者が他に居るかもしれない。薄い希望だが、何もしないと言う選択肢は無いだろう
俺は部屋を出て右の突き当たりを曲がり、賑わう声がする方へと向かった
そこは宿屋の入口兼、食堂だったらしく、さして広くは無い部屋は、赤茶色した両開きのドアの前付近を除いた全てのスペースに、所せましと四人掛けの机が幾つも並べられている
その狭い中、飯を食っている客は六人。とりあえずそいつらは放置して、俺はドアの反対側、小さなカウンターの中で酒を作っている男へ話し掛けた
「すみません、ちょっと良いですか?」
「ん? なんだい?」
「さっき俺の連れが物を盗まれたんだけど、何か心当たりあります?」
「心当たりと言われてもな。客同士のトラブルは客同士で解決してもらわんと」
「別に責任云々の話じゃねーから。いつもとは違った事は無かったか?」
「いつもとねぇ? そういやさっき、クルリが悲鳴を上げてたが何か関係あるのかね?」
「あーもう良いです。ありがとう」
その後も飯食ってる奴らや奥で掃除してる奴らに話を聞いたが、なんも役に立たない話ばかりだった
つー事はやっぱ、外の窓から入って来たのか?
表からエルテの部屋を確認してみようと、ドアから外へと出る。外はかなり肌寒く、秋の夜を思い出させる気温だ
「……寝巻だしな」
さっさと済ませるべ。部屋は宿屋の入口の反対だから……向こうか
宿屋の裏に回り、さっきエルテの部屋から見下ろした場所へ立つ。そしてそのまま見上げると――
「…………すげ」
町の建物や道に、明かりは殆ど無い。だが、何故か外はほんのり明るい
その理由は空にあった
「すっげー星」
夜空を埋め尽くさんばかりの星々。エルテの話だと、出ている星は俺達の世界と変わらない筈なのに、これほど違う物か
「と、見とれてる場合じゃねーな」
上から見た時に分かっていた事だが、やはり周囲には誰もいない。道も狭いし、こっちは裏道なのだろうか?
とりあえず現場検証だ。エルテの部屋は、俺が軽く見上げる場所にある。二階……よりは低く、一階よりは高い。普通の人間なら、ジャンプしても窓に届かないだろう
「…………」
窓の下は石壁。取っ掛かりになりそうな所は一見見当たらない。見当たらないが
「……よっと」
壁で僅かに凹凸となっている所を探し、そっと体重を乗せる。殆ど垂直に近いが、今の俺は僅かでも乗れれば踏ん張れる
「しかしこりゃ」
ロッククライミングが得意な奴か、よっぽど
「よっぽど身軽な奴ね」
「うわ!?」
部屋の窓から、突然ダーマが顔を出す
「……びっくりさせるなよ」
「部屋に上がれる?」
「……強引にいけば何とでもなるが、ドタバタしちまうかもしれねーな」
「よっぽど優秀なようね今回の新人は」
「……さっきから何の話しをしてるんだ?」
「取り敢えず降りな。誰かに見付かったら兵士を呼ばれるかもよ」
言われた通り壁を降りると、ダーマが窓から飛び下りて来た
「お、おい!」
慌てる俺を他所に、ダーマはストンと軽い音で地に着く。まるで体重が無いみてーだ
「さ、行くよ」
「何処にだよ?」
「今夜の集会場。戦いになるかも知れないから準備だけはしておきな」
そう言い、駆け出すダーマ
いつ着替えたのか、ダーマは黒いタンクトップに似た上着と、動き易そうな布のズボンを履いている。つか……速い!?
「ま、待てよダーマ!」
ダーマを慌てて追い掛ける俺。つか俺、速っ!?
「……さすが、アタシの男。もう一段早くしても大丈夫そうね」
そう言ってダーマは一段……いや、一段どころじゃねえ! 三段ぐらいすっ飛ばして速度を上げやがった!! それも道だけじゃなく、壁やら低い屋根やらを所構わず走りやがる
「ダ、ダーマ! お前いい加減に!!」
何度も壁や建物に衝突しそうになりながら、何とか俺はダーマの横に並んで文句を……
「着いたわよ」
「き、急に止まるな! ぐぇ!?」
そのまま駆け抜けそうになった俺の襟首を、ダーマがグイッと引っ張った
「ゲホ、ゴホ……お前!」
「しっ! ほら見て」
「ん?」
この町の特徴なのか、ひらべったい屋根の上、ダーマが指差したのは10メートル先の壁の向こう
町より数段低い河川敷で何か会話をしている五人の人間達
「……あれは?」
「盗賊ギルドには数カ月に一回、入団試験ってのがあってね。盗んで来た物の価値で、ギルド内での待遇や入団の合否が決まるらしいのよ」
「……なるほどな」
昼間エルテが宝石を見せた時、目を付けた奴が居たって事か
「はい、これ」
「ん? 布?」
包帯みたいに細く、長い黒布だ
「それをこうして……」
ダーマは目の部分だけを残し、器用に顔へ巻いてゆく
「はい、変装完了」
「…………変装?」
「顔がバレるとヤバイから。あ、イチヤは服脱いで。その服じゃ目立ち過ぎ」
「…………」
「イチヤ?」
「……分かったよ」
一分後、完成したのはトランクス一枚で顔だけを布で隠した変態だった
「思っていたより筋肉ないのね? まぁ抱き心地は良さそうだけど」
「………………」
「さ、行くよ」
「…………ああ」
どうにでもしてくれ
建物の陰に上手く隠れながら、奴らの近くに建っている小さな藁葺き小屋の裏へ回り込む
「あの中で中心になっているのが試験官。アイツはアタシがやる」
「俺は残りの四人か。分かった」
「先に飛び込むわね」
ダーマは小屋の上に飛び移り、その勢いのまま、試験官へ向かって飛び蹴りをした
「っ!? 何だ貴様!」
試験官は咄嗟に転がり、蹴りをかわす
「……………」
その試験官へダーマは無言で攻撃を続けてゆく
それを戸惑いながら見ていた他の四人が、懐へ手をやり、ダガーやナイフらしき物をを出した
「ち!」
小屋から飛び出し、一番近くにいた奴の脇腹を殴る
「な!? ぐっが!」
俺の拳は相手を30センチ宙に浮かせ、肋をへし折った。そしてその相手は、腹を押さえながらゆっくりと倒れ、海老の様に丸まって痙攣する
次に、その光景を見たまま固まっていた隣の奴に肩への上段回し蹴り
そいつは軽く吹っ飛び、ギィイイイイと言葉にならない痛みの絶叫をあげながら砂利の上を転げ回った
「……ヤバイな」
力加減を上手くやらないと、殺しかねない
「な、なんなの!?」
「っ!! やるよ、姉さん!」
最後に残った二人は左右に別れ、俺を挟む。地面には砂利が敷いてあると言うのに、音一つなかった
エルテの宝石を盗んだ奴は、多分コイツらの内のどちらかだ。何となく分かるが、さっきの奴らとはまるで実力が違う
「…………ハァ」
何で俺がこんな目に遭わなきゃならんのか
未だ納得出来ないが、取り敢えず適当に構えでもとってみるか