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二十一人目:格闘家

「なあ次お前やってみろよ」


「ば、馬鹿言うなよ! 化け物だぞアイツ!!」


人込みに近付くにつれ、そんな声がし始めた


「……しかしスゲェ数の人間だな」


エルテの服よりは余程良いが、それでも余り金持ってなさそうな格好のやじ馬達


そいつらは殆ど一カ所に集まっていて、全然奥が見えねぇ


「ちょっと、どいてくれねーか?」


「うぉ! すげっ!? あの蹴り喰らったら立てないだろ!」


「どいてくれって!」


「きゃっ! 今誰かあたしのお尻を!?」


「どけって!!」


「あーあ。一分と持たないでやんの」


「どけよ! 挑戦してぇんだよ!!」


俺がそう怒鳴ると、今まで俺を無視していたやじ馬達は歓声を上げ、一斉に半分に割れて通路を作った


そして通路の先には、ぽつりと立つ黒い胴着姿の女と、ぶっ倒れている男


「ん? 新しい挑戦者? ……なんだ子供か」


女は肩まで伸びているブラウン色の髪を、無造作にかきあげながら残念そうに呟いた


「あんたは女かよ」


「女で悪い?」


「子供で悪いか?」


「……あははは! そうだね、ごめん。アタシも多分そう歳変わらないしね」


先程まで強い殺気を放っていた女の雰囲気は、急に穏やかな物になる。だが、決して軽くはない


「で、アンタはアタシとヤリたいの?」


「ああ。金が欲しいんだ」


「ふーん……良いよ。一試合一万ジニだけど、五千に負けてあげる」


女は、そう言って手の平を俺に向けた


「か、金取るのか?」


「そりゃ取るわよ。アタシも別に暇つぶしでやってる訳じゃないし」


「……これじゃ駄目か?」


俺はひのきのぼうを差し出す


「…………いや、これ棒でしょ?」


「ひのきのぼうです」


後からトテトテと来たエルテがそう言った


「檜の棒って言われてもねぇ……1ジニにもならないでしょ」


「7ゴールドで売れますよ」


「……ゴールドって何よ」


胴着の女は呆れた顔をする


「冗談です。賭ける物はこれです」


そう言って今度は、あの赤い宝石を取り出した


「…………へぇ」

「……え? ち、ちょっとあれ本物!?」


「ど、どうせイミテーションだろ? 偽物だ、偽物」


やじ馬達は偽物だと騒いで言っているが、目の色は変わっていた。そう、あの宝石には説得力がある。まるで、これは本物なのだと宝石自身が語りかけてくるような圧迫感が……と、見てる場合じゃねーな


「おい、エルテ! それはお前の母ちゃんの」


「構いません」


エルテはその一言で俺を制し、胴着女へ向けて言葉を続ける


「例えガラス細工だとしても、売れば一万ジニは下りません。これでは駄目ですか?」


「……良いよ、やろう。アンタもそれで良いのかな?」


「だ、だけどな……」


「大丈夫です、勇者様。私、勇者様が勝つのを信じていますから」


ふわりと微笑むエルテ。俺を疑ってもいねー


「……たく。仕方ねーな」


俺を追い込みやがって


「こりゃ負ける訳にいかないな」


「ま、アタシには勝てないけどね」


余裕こく女を俺は強く睨み付けたが、女はあっさり受け流す


「じゃ、どうする? 武器使う? 此処にあるのなら使っていいよ」


そう言って女は、女の後ろにある様々な木製武器を指差す。剣や槍の様な形をした物だ


「使い方わからねーし素手でいい」


「へぇ……。じゃ、土と石。どっちが良い?」


今、女が立っている場所は石を敷き詰めた地面。そこから後ろに少し下がって、低い段差を上がるると土の地面になる


「土だ」


「はいよ。ところで随分薄い衣着てるけど、胴着貸そうか?」


「随分親切だな」


「ただで物貰うのも悪いからね」


「……そうかよ」


よっぽど自信があるんだな。油断している内に一発で仕留めた方が良さそうだ


「胴着はいらねぇよ。早くやるぞ」


「ふふ。オッケー」


土の上へ移動した女を追い、俺も土を踏む


土は土で硬いが、石よりは遥かに柔らかく、これなら一度や二度たたき付けられても耐えられそうだ


「…………」


女と3メートル程の距離を取り、睨み据える


女は手足をブラブラとさせ、軽い柔軟体操をしている。どうやら全く気負ってないらしい


「始まりはアンタが決めていいよ」


「そうか?」


「うん。好きにしな」


「じゃあ……今だ!」


女が屈伸した隙を狙い、踏み込む


卑怯だ何だと言ってられねぇ。確実に俺は勝つ!


「ラァ!!」


こちらの世界では、俺の力は数十倍単位で上がっているとエルテは言っていた。俺にはその実感が無いので、どの程度加減したら良いのか分からないが、とにかくジャブ程度の軽さで右拳を女の肩目掛けて打ち出す。ここなら最悪、肩は砕けても死にはしないだろう


だが、そんな考えは甘かった。女は拳が当たる直前にするりと腕の内側へかわし、俺の懐に素早く飛び込んで来る


そして、その勢いのまま鳩尾に左肘の一撃!


「グホッ!?」


胃にデカイ石を飲ませた様な鈍く重い痛み。前屈みになり腹を押さえる俺へ、かち上げるような右掌打が俺の顎に入った


「がふっ!」


上と下の歯が強くかちあい、目からは赤い火花が散る。防御しようにも攻撃が早く、間に合わない


「はい、終わり」


その声と同時に鼻面へ雷の様な肘が落ちた。メキだかメコだか聞いた事が無い音が脳髄まで響き、身体は痺れて顔面はごく自然の成り行きと言った風に地面へ吸い込まれていった


「武器使った方が良かったんじゃない? ……聞こえてないか」


「…………聞こえてるっつーの」


口に入った土を唾で吐き捨てて立ち上がる。鼻は異常に熱いし、顎は馬鹿みてーにガクガクしてやがる


「タフだねアンタ」


「どうやら……そうみたいだな」


痛いのは痛いが、普通なら地面に転げ回りながら胃液を吐き出し、顎と鼻は砕けていてもおかしくない衝撃だった


「しかしドラゴンなんかよりよっぽど強いな」


口ん中が鉄臭い。つか鼻血なんか小学ん時以来だな


「ドラゴンってこの辺飛んでる青いの? あんな雑魚と一緒にされても困るよ」


俺達の会話に、周囲はどよめく。どうやらブルードラゴンは決して雑魚では無いらしい。やっぱコイツが特別なのか……


「じゃ次はアタシから行くよ」


女は何の構えも取らず、無造作に俺へ近付く


「くっ……っつ!」


牽制する右ローキック。しかし女はその蹴りを簡単に膝で受け、瞬時に踏み込む


そして俺の腹へ左右の連打、次に伸びてくる左膝


それらを辛うじて弾いている間に、首を狙った右の上段蹴りが飛んできた


「冗談じゃねぇ!」


下らねーシャレになっちまったと妙に冷静な頭で考え、殆ど無意識に左肩を上げた


ビキっ!


肩に走る激痛。痛みに顔をしかめていると、次に女は俺の右下へ潜り込む様に入り、突き上げる左の拳


「あガッ!!」


また顎に喰らった!?


上げられた顔面。女から空へ強引に視線を変えさせられた


ドガ、ドガ、ドガ


間を入れず全身へ無数に打ち込まれる重い打撃


「ガフッ!」


超いてぇ! だが倒れる程じゃねぇ!


「………………へぇ」


女の右腕が俺の左肩に伸びて、そのままグイっと引っ張る


体制を崩した所へ両手で頭を抱えられ、膝が鼻頭に飛んできた!


「ンッガァ! アア!!」


鼻からアホみてーに溢れる熱い液体を、頭の血管が切れる程おもいっきり吸い込み、女へ拳を振るう


しかし、やはり拳は虚しく空を切った


だが!


「ぶぶぅ!!」


大量に吸い込み、口に溜めた鼻血を女に向かってぶっかける


女の一瞬の戸惑い。もらった!


「オラアア!!」


「っ!? つあ!!」


最初から腕を狙っていたのが良かったのか、俺のフック気味の拳は咄嗟に身体を引いた女の左腕に辛うじて当たった


深くは入らなかったが、手応えはあった。女の顔が苦痛に歪む


「はが……ふが……ぺっ」


残った血を吐き出し、袖で鼻を拭う。袖はぬっぺりとした赤黒い血で染まる


「……強いね」


左腕を押さえながら女がぽつりと呟いた


「当たりさえすれば俺の方がアンタにダメージ与えられるみてぇだな」


「そうみたいだね。アタシも脆い方じゃ無いんだけどね」


そう言いながら女は左腕を数回動かそうとし、諦めた


「折れたみたい。……良いね、アンタ」


「……もう止めるか?」


「冗談」


女の雰囲気が変わる。それは先程までとは比べものにならない重苦しい圧力


「………………ケホ」


緊張で口が渇き、唾が飲み込めない


「ねぇ、名前を教えて。アタシの名はダーマ。シグラのダーマ」


「森崎……。森崎 一也」


「モリサキのイチヤ? 聞き慣れない名だけど南の方かな? ……それじゃイチヤ、先に謝っておくけど、もし殺してしまったらごめん。あ、宝石はもう要らないから」


「ケホ……」


ダーマは腰を落とし、右腕を軽く上げる。今日、初めて俺に構えを見せやがった


まだ互いの距離は4、5歩離れている。しかし恐らく既にダーマの間合いに入っているのだろう、今にでも飛び込んできそうな雰囲気だ


俺も両腕を上げ、適当に構えるが、ぶるぶると震える膝が情けない


「行くよ……イチヤ」


「あ、ああ」


もしかして死ぬんじゃねーか、これ……


「っ! も、もうおやめ下さい、勇者様!!」


今まで大人しかったエルテが突然悲痛な声を上げた。その声に、野次馬馬どもがざわめく


「はぁ? 勇者? 何言ってんだ、あの女」


「頭がおかしいんじゃないの? 勇者なんて絵本の中しかいない夢物語でしょうに」


「病気なんじゃない? 汚い格好しているし、なんか臭いわ」


「てめぇらは黙ってろ!」


頭の奥で何か切れる感覚がしたと思ったら、俺は久しぶりに本気でキレていた


「次なんか言った奴、ぶちのめすぞ!!」


「ああ? ぼろくそに負けてる癖になに調子こいて」


「……アタシの認めた男をけなすな、タコ野郎」


ダーマは底冷えする目でハゲ親父を睨む


「ひ、ヒィ!?」


「アンタら! 見物するのは勝手だが余計な口聞いてるんじゃないよ!!」


ダーマが一声上げると、辺りは一瞬で静まり返った


その沈黙の中、エルテは泣きそうな顔で俺を見つめている


「……んな顔するな。信じてるんだろ? お前が呼んだ勇者を」「勇者様……」


「負けはしねーよ」


コイツも倒さねぇ様だったら、魔王なんか倒せないだろ? ……つかなんで俺、魔王倒しに行く事にしてんだ?


「……ま、いいか」


それはまた後で考えれば良い。今はとにかく


「勝たないとな」


俺は再びダーマに向き合う。震えは止まっていた


「つー事でダーマ、俺はもう意地でも負けられなくなった。だから俺も先に謝っとく、大怪我させたらすまない」


「……いいね、その目。

下がっちゃったアタシのテンション、馬鹿上がりだよ」


「………………」


「じゃ……行くよ?」


ダーマはトン、トン、トンと左右にステップを刻む


そして一気に来る!


「くぅ!」


まだ俺の間合いには入っていないが、このまま待っていると、またアッサリ懐に入られちまう


俺は腹部を狙う右足の前蹴りで、ダーマの動きを四択に限定させる


俺の攻撃は確かにエルテが言う通り、他世界補正とかって奴で激上がりしているらしい


こんなただの前蹴りでもダーマからすれば受ける事が出来ない必殺の蹴りだ。ダーマは必ずかわしに来る


そうなると、後は上か、下がるか右左のどれか


下がる事はコイツの性格から言って考え難い。また上は達人であればある程、選択しなくなる


となると、左右どちらか


「左だろ!!」


折れていない右腕で俺を殴るには、左にかわして一歩踏み込み、そのまま拳を叩きつけるのが1番早い。と、色々理屈を付けたが、ただの勘だ


その勘を頼りに俺は右側から来るであろう攻撃に備え、前蹴りを素早く引きながら、左足で斜め後に一歩跳ぶ


その勘は確かに合っていた。だが、違ったのはダーマのスピード


下がって身体を捻った時には既にダーマの拳は俺の胸元に伸びていた


体重、速度、角度。申し分ない一撃


受ければ……死ぬ?


まるでスローモーションにでもなったような思考と身体。来るのは理解はしていても、迫る拳はかわす事叶わず、俺の胸元へと突き刺さった


「ア…………ガ」


胸骨が砕ける音。血の匂いが混じった吐息が洩れる


「……今度こそ終っ!?」


ダーマの腕を、右手で掴む


「くっ!!」


俺の腕からは逃れられないと考えたのか、ダーマは腰を深く落とし、バレリーナの様に左足を俺の顔面目掛け、跳ね上がる


首を捻ってかわした蹴りは、俺の頬を切り裂き、襟首に絡み付いた


「噛まれろ!!」


そしてダーマ右足が俺の顎へ、真っ直ぐに突き上げる!


「ッッツ!? っは!!」


三度目の顎、完全に砕けたか!? だが!


「ガアアアアアアアアアア!!!」


掴んだ腕を全力で振る!


「なっ!? ああ!!」


ガクンと、ダーマの肩が外れる感触。そしてそのまま上空に向かって思い切り放り投げる!!


ダーマはボールの様に高く舞い上がり、周囲はまるで悪い冗談でも見ているかのように唖然とした


それから約7秒もの時をかけ、落ちて来るダーマ


ダーマは空中で体勢を整えて、土の地面へ足から落ちたが、その激痛にしゃがみ込む


「ガアアア!!」


そして動けないダーマへ向かって、とどめの一撃……を目前で止めた


「…………アンタの勝ちだね」


ダーマら腕をだらりと下げたまま、弱々しく笑う


「……ひょういてへ」


そして俺の意識は此処で無くなった

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