二十人目:町娘
「で、町は何処にあるんだよ?」
ドラゴンを追い払って数分。ようやく落ち着いてきた所でエルテに尋ねる
「ここから南東方向にあります。ちなみに西北が城の方向ですが、流石に丸腰で行かない方が良いと思います。寝巻ですし」
「……そうだな」
とにかく着替えねーと
「よし行くか」
「あ、勇者様。これさっき拾いました」
「ん? 棒?」
「ひのきのぼうです」
「ふーん」
丸腰よりは良いか
「ひのきのぼうです」
「何故二回言う」
「装備しないと意味がないです」
「お前に渡されて今、持ってるだろうが!!」
「お約束ですので」
「何のだよ!」
苛々する会話をしつつ、草原を東へ進んで行く
途中、見た事が無い妙な生物があちこち居たが、岩の陰や長い草などにコソコソ隠れて何とか回避
「もうすぐ草原を抜け、道に出ます。そうすれば町まで直ぐですよ」
「ああ。……しかしマジでやばそうな生き物ばかりだな」
象並の体格を持つ黄土色の蛙や、さっきのドラゴンよりもでかい鳥。ショックを受ける暇が無いぐらい次から次へと現れてくる
「草原を抜ければ少し楽になります。モンスターは基本的に人の気配を嫌っていますので、人が整備した道とかには余り現れないのです」
「そうか。野性の熊みたいなものだな」
どちらにせよ見付かったらただじゃ済まない
俺達は引き続き、中腰でコソコソと東へ向かった
「……腰いて」
15分後
「ふぅ」
腰痛に耐えながら草原を抜けると、整備された土の道へと出た
整備されているのか道は広く、小石も殆ど無い。靴を履いてないから助かるが、草原よりも土が硬いので痛い
「……腰、痛いです」
コンコンと腰を叩くエルテ。さっきより五歳ぐらい老けたな
「道を南……こっちに行けば町なのか?」
太陽の位置を確認しながら尋ねる
「イエス・ウィー・キャン」
「使い方違うぞ」
古いし
「何か?」
横に並んだエルテを疑いの眼差しで見ていると、エルテは青い瞳で不思議そうに見つめ返してきた
「……少なくとも日本人じゃねーか」
「まだ疑っているんですね。困った人です」
「困ってんのは俺の方だっつーの」
そう簡単に馴染めるかよ
「そうですね……あ、ではこれならどうです?」
エルテは長い髪を両手で束ね、耳を露出した
「…………長っ!?」
エルテの耳は長く尖っていて、長さは俺の倍ぐらいある
「私、ちょっとだけ動かせるんですよ」
ぴくぴくと長い耳が動く
「…………キモっ!?」
「城の宴会で披露した所大ウケでした。父の腹芸には負けましたけど」
「……お前ら家族は大道芸人か何かなのか?」
身なりも貧しいし、苦労してるんだな……
「あ、ほら、そろそろ見えて来ますよ」
エルテが指差した方向を見ると、木で出来た看板があった。その看板には見た事も無い文字が書かれているが、何故か意味だけは分かる
「南1キロ、ザルキム。北西5キロ、時越えの祭壇。草原にモンスター多し、素人はギルドで護衛を?」
「そんな感じです」
「何で分かるんだ?」
文字が読めている訳じゃないのだが、見た瞬間、頭の中で理解していた
例えるなら車を見て、これは車だと理解出来るのと同じ感覚。当たり前過ぎて考えもしない
「先程も言いましたが、この世界は貴方達の世界と時間軸や空間が違う、別の可能性の世界なのです。ですので貴方がこちらに来た瞬間、世界の物質は貴方がこちらの世界に居る事の理由付け、すなわち可能性を発生させて、タイムパラドックスを最小に……どうしました?」
「悪い、簡単に頼む」
「えっと……矛盾とかが発生して色々面倒な事になるから、取り敢えず文字とか読ませて初めからこの世界に居たって事にしとけばごまかせるんじゃない? って感じで世界が……」
「適当だな……」
人の事は言えねぇけどよ
「世界なんてそんなものですよ。さ、町へ行きましょう」
道に沿って南に行くと、チラホラと建物が見え始めた
「町に入りました。もう少し先に大門がありますので、それをくぐれば商業都市サルギムです」
「……なんか本当に異世界なんだ」
石造りの建物の外壁は見た事も無い文字や彫刻が施されていて、どの建物も何故か一階建てだ
「町の中はもっと凄いですよ。町の最南端へ行くと川へ出る大きな港があるのですが、そこから出航する船は貴方達の世界では絶対に無い面白い船なんです。その内見に行きましょう」
「ああ。取り敢えず今は疲れたよ。そこ宿だろ? 泊まるか?」
割と大きい宿っぽい建物を指差す
「泊まるなら町の中の宿が良いですよ。こちらの宿は門番に止められて町へ入れない人や、ハンター達が素泊まりする所ですから余り安全では無いですし、衛生も良くありません」
「なるほど……つか門番とか居るのかよ。俺達、町に入れるのか?」
小汚い女と寝巻の男。しかも俺に至っては靴すら履いていない
「大丈夫です」
エルテは自信満々に俺の前を歩いて行く。そしてなだらかな坂を登ると、直ぐに大きな町が見えた
「こいつは……」
回りをデカイ川に囲まれた、町。俺達は町よりかなり高い場所にいると言うのに、町や川が大き過ぎて一部しか見渡せない
坂を下った先にある道と町の間には、車が5台は通れそうな橋が川の上に架かっており、橋の最後に大きな鉄門がある
「川の中に町かよ……」
「敵の侵略を防いだり、貿易に便利なんですよ。さ、行きましょう」
「……頼りになるじゃねーか」
なんだかんだ言っても、この世界を知らない俺はエルテに頼るしか無い。坂を下り、橋へと向かう
「……でけ~」
近付くにつれてその大きさを目の当たりにする。木と鉄で造られた太く丈夫な橋だ
「しかしどうやって橋を架けてんだ?」
道と町を真っ直ぐに結ぶ巨大な橋は、吊されている訳でも無いし、土台がある訳でも無い。まるで道の続きの様に鉄門へ向かって伸びている
「単純な作りですよ。橋の材料に反重力物質であるクロニクルエイドを使用しているのです。その名の通り、私達の世界はこの物質が無ければ成り立ちませんでした」
「……あ、そう」
深く考えると頭がおかしくなりそうだし、適当に流しておこう
「それにしても……」
橋の前に着いた所で下の川を覗き込んでみる。橋の下は、底が全く見えない深い川がゴゥゴゥとうねりを上げて流れている
「スゲェ川だな」
ミシシッピ川みてーだ。いや、見た事ねーけど
「落ちないで下さいね。いくら勇者様でもこの川で溺れてしまうのは危険です」
「ああ」
手すりも何もねーから真ん中歩いて行こう
「しかし人が全然居ないな」
デカイ橋だってのに歩いてるのは俺らだけだ
「この門からは、出る人も入る人も一日に数える程しか居ませんから。許可書を貰うのに結構手間が掛かるのです」
「ふ~ん。面倒臭いんだな……って、許可書が必要なら俺達は町に入れないんじゃないか?」
心配になって声を掛けると、エルテは柔らかく微笑み
「大丈夫ですよ勇者様。私にお任せ下さい」
と、答えた
「……ああ、任せた」
一抹の不安はあるが、任せるしか無い
門の横には二、三人入れそうな小屋があり、その前で西洋風の鎧を着た兵士が一人立っていた
「こんにちは、ご苦労様です」
その兵士に近寄り、エルテは声をかける
「はい、こんにちは。許可書と住民証明書のご提示をお願いします」
「許可書は持っていません」
エルテがそう言うと、兵士は渋い顔をした
「町の入口にある承認場で発行しているから作ってきなさい。早ければ5日ぐらいで出来るから」
「すみませんが私達は急いでいます。町に入れて下さい」
「だから許可書が無いと通せないと……」
エルテは無言で兵士の前へ行き、ちらっと長い耳を見せた
「……なっ!? そ、そのお耳は!!」
「お願い出来ますか?」
「た、直ちに! おい、小門を開けろ!!」
兵士が小屋へ怒鳴ると、上半身裸の男が慌て出てきた
「お、お前! なんて格好を!!」
「き、休憩時間でしたので」
「後で懲罰ものだぞ貴様ぁあ!」
「私は気にしていませんから。それよりも早く開けて頂けませんか?」
「は、はい!!」
大門の左側にある、人が辛うじて通れそうな大きさの小門。その門の前へ立った裸の兵士は、クランクのような物を小門に挿し、ぐるぐると回す
そして待つ事、数十秒。門は開く
「どうぞお通り下さい!」
「ありがとうございます。強引なやり方ですみません、いずれお詫びを致します」
「お気になさらず!」
兵士二人は直立不動で敬礼をした
「…………その耳、凄いのか?」
門をくぐって直ぐにある細い階段を下りながらエルテに尋ねる。町の方が門がある場所より低い位置にある為、大門の方も緩い坂になっていた
「尖った耳は王家の血筋にしか出ない特徴なんですよ。この町の貴族にも何人かの方がこのような耳を持っていますので、そちらの関係者だと勘違いしたのだと思います」
「そうなのか? ……もしかしてお前、貴族?」
「いいえ。貴族ではありません」
「……だよなー。兵士を騙すなんて中々やるじゃねーか、見直したぜ」
たまたま尖った耳で生まれたんだな。だからそれを生かし大道芸を……泣かせるぜ
エルテに感心しながら階段を下りきると、白い石で出来た道に踏む
「…………スゲェな」
目の前には2メートル程の石壁があった。それが左右に永遠と続いている
「どうやって入るんだ、これ」
入口らしきものが無い
「壁に触れてみて下さい」
「あ、ああ」
言われた通り壁に触れると、壁の一部が静かに地面へ沈んでいった
「……………」
「びっくしました? 勇者様」
「……驚き過ぎて、もう何も考えたくねーよ」
とにかくまず寝よう。寝て、起きてもまだ俺の部屋じゃなかったら、マジで諦めよう
「それでは町へ入りましょうか」
肩を落とす俺を、エルテは促す
「あいよ」
エルテと並んで石壁を越えた瞬間、視界が一気に広がった
高い空に、背の低い建物群。太い道には様々な格好をした数多くの人間達が、早足で行き来している
「活気が凄いな」
こんな町並みはテレビでも見たことが無い
「カルナート国、最大の都サルギムへようこそ、勇者様」
「ようこそって言われてもな……」
来たく無かったっつーの
「ハァ……」
七海。多分俺、暫く帰れそうにねぇや
「ため息は幸せ逃げますよ」
「大きなお世話だっつーの。とにかく宿に行こうぜ」
「あ、その前に宝石店に寄らせて下さい」
ぼーっと町を眺めている俺に、エルテはそう言った
「ん? 構わねーけどこの格好で大丈夫か?」
話しをしている間にも、町の人達にジロジロと見られて気まずいんだが
「そう……ですね。厳しいかも知れませんが、何分これを売らないとお金が無いのです」
エルテは布服のポケットから100カラットはありそうな赤い宝石を取り出す
「……でかいな」
「母の形見です。少し名残惜しいですが、売れば30年は遊んでいられますよ」
「そんなに居るつもりはねぇよ。つか金が無いなら」
俺は先程から気になっているアレを指差す
「え?」
「アレ賞金出るんだろ?」
露店が並ぶ広い道の一角に、やたら多くの人間が集まっている場所がある
そこには自分を倒せたら十万ジニと書いてあるっぽい看板が見えた
「十万ジニってどれくらいだ?」
「十万円です」
「そのまんまか。ま、それだけありゃ暫くはしのげるだろ」
俺は指をポキポキと鳴らし、看板の方へ近付く
「ゆ、勇者様! そんな事をされなくても宝石を売れば大丈夫ですから」
「母ちゃんから貰ったんだろ? 取っとけよ」
俺も七海も、母ちゃんから貰った物は手放したく無い
「ほら、来いよエルテ。勇者様の力を見せてやるよ」
その理由が金稼ぎってのも少々情けない感じがしないでも無いが……まぁいい
「…………キャ!?」
エルテの方を見ながら歩いていたら、紙袋を抱えた中学生ぐらいの女とぶつかってしまった。紙袋からはリンゴが転げ落ちる
「おっと、悪い。……大丈夫か?」
娘が落としたリンゴを急いで拾う。……幸いにも余り傷んで無いようだ
「は、はい。大丈夫で…………あ」
最後のリンゴを拾う時、手が触れ合った
「ん? どうした?」
そのリンゴを手に取り、娘の持つ袋に拾ったリンゴを全て入れる
「あ、ありがとうございました!」
女は袋を胸にギュッと抱き、頭を下げた後、走り去っていった
「……なんだありゃ?」
「多分、勇者様の様な容姿の方はとても珍しいので、見とれてしまったのではないでしょうか?」
「そりゃねーだろ」
女が見とれる面じゃ無いことぐらい、自覚している
「私も勇者様に見とれてしまいます」
「そりゃどうも」
ジトーっと見てくるエルテの視線を無視しつつ、俺は人込みへと向かった