十九人目:召喚と姫様
闇。此処は深い闇。沈む意識の中、落ちて行く事だけを知覚する
落ちる。落ちて行く。永遠とも一瞬とも言える時の回廊。深く、より深く落ちて行く
俺はきっと――
「……て下さい」
「う……」
「起きて下さい」
ゆさゆさ
「ぬ……」
「起きて下さい」
ゆさゆさ、ゆさゆさ
「…………ん?」
七海に揺さぶられているのか?
「ふぅ、もう朝か。なんか変な夢を見ていた気がする……よ」
目を開けると、深い森の中だった
「………………は?」
「起きましたか勇者様」
声の方を見ると、まるで絵本から抜け出て来た姫の様な、美しい金色の髪と容姿を持つ色白の女が居た。女はその高貴な雰囲気に似合わない、薄汚れた布服を着ている
「…………夢か」
「夢ではないですよ。現実にはきちんと向き合いましょうね、勇者様」
「…………いや夢だろ? つか何処だここ?」
「此処は銀河系第三惑星です」
「何ぃ!? ってそれ地球じゃねーか!!」
起き上がり、女にツッコミを入れる。身体はやたら軽く、調子も良い
「はい。ですが、貴方の居た世界とは違います。この世界は、貴方達の世界から0,7秒前の世界。変わり行く時空間の中から貴方だけを留めて、こちらの世界へと喚んだのです」
「…………で、何処だよ此処は」
「此処はカルナートと言う国にある西の森。時越えの祭壇近くです」
「はぁ? 日本だろ?」
「……そうですね、世界には時間と言う概念がありますが、一秒後の世界を認識する事が出来ますか? 想像は出来るでしょう。知識や経験、今の状況から判断し、一秒後自分はこうしているだろうと。ですが、それはあくまで想像であり、未来ではありません。時と同じ流れを生きる者にとって一秒後の世界は存在しないのです。では対極にある過去とは何か? 過去もまた存在しない物であり、記憶と言うメモリーに記されているだけなのです。ようするに時とは物質であり、空間では無いのです。今現在、脳で認識出来る物だけか時であり、そして物質故に絶対な物では無く、流れる物でもありません。さて、ではこの世界は何なのかと言いますと、時の可能性の一つであり結果であり未知の世界なのです。全ての空間に存在しえた幾億にも広がる世界、それこそが一秒後、一秒前なのです。そしてこの世界もまた、一つの可能性であり、存在する事実。時間の形であり、こにゃにゃちわのおっぺけぺであり」
「……こにゃにゃちわって何だよ?」
「ちゃんと聞いてるんですね、びっくりです」
「お前なぁ」
「早い話、此処は貴方達の世界と違う異世界だと思ってれば良いです。ぶっちゃけ説明めんどくさいです。とにかく貴方は魔王とかそんな感じのを倒してくれれば良いんです」
「……まぁ確かに何を言ってんか分からなかったけどよ。つか魔王とかって言われても俺はただの高校生だぜ? んなもん倒せるかよ」
つか、ドッキリかなんかかこれ?
「大丈夫です。0,7秒先の世界に居た貴方は、惑星ベ〇ータとかコーヤコー〇星とかそんな感じの設定で、この世界では強くなるんです」
「……………」
「後、超時空間の捻れとかそんな感じの都合の良い力も働いて、こちらの一日は向こうでは一時間にも満たなかったりするのです」
「安っぽい設定だな」
「そんなものですよ、ファンタジーなんて」
「……お前、今色んな人にケンカ売ったぞ」
「とにかく城にいる魔王を何とかして下さい。勇者様」
「俺、魔王とかって興味ねーから。ゲームとかやんねーし」
「勇者になればモテモテですよ? もしかすると私も貴方に……」
「尚更興味ねーよ。早く元の場所に帰せ」
「……魔王倒さないと帰れませんよ?」
「ああ!?」
「私は物質の時空間越えが出来ますが、それは物質の時を止め、同じ場所の空間から一時的に切り離し、こちらの空間へ移す力なのです。逆に物質の存在時間を進め、先の空間へ越えさせるには、城の祭壇で儀式を行う必要があるのです……ふふん」
「今、鼻で笑ったろ!?」
「いいえ。勇者様に突然降り懸かった不幸を嘆いていたのです」
女は表情一つ変えず、そう言った
「夢……じゃねぇんだよな」
起きた時から夢じゃないとは感じていたが……
「……自分の頭を疑うよりはマシか」
「順応が早いですね~、流石勇者様です。あ、そうだ! 0.7秒後から来てくださったので貴方の名前は007とかに」
「森崎 一也だ! 加速装置とか殺人許可書は持ってねーぞ!!」
「加速装置は009ですよ。007変身能力です」
超詳しい!?
「私の名はエルテです。Lって呼んでくれても構いませんよ?」
「此処、日本だろ!」
やっぱドッキリか!?
「暇な時、祭壇でよく他の世界(主に貴方の部屋)とか見てましたから」
「……今、何故か凄く嫌な気持ちになったんだが」
「それより勇者様、私、疲れました。早く町へ行って休みませんか?」
「……色々な事が凄まじく納得いかねーぞ」
「そんなものですよ、人生なんて」
疲れたOLの様にエルテは言った
「……まぁ良い。確かに此処にいてもラチが開かない。町があるんだったら行くぞ」
取り敢えず町に行ってゆっくり考えよう
「はい。此処は観光地になっていますので、森を抜ければ割と直ぐに町がありますよ」
「……はぁ」
ツッコミのも面倒臭くなって来た
「では、ついて来て下さい」
「あいよ」
先を行くエルテの後に続いて林道を通り、森を抜けると広々とした草原に出た
空は吸い込まれそうになる程青く、風は清純で清々しい
そして、ビルも電線も塗装された道路も家も畑も何も無い
「…………マジで?」
「マジです」
「マジで日本じゃ無いのか……」
いやいやそんな馬鹿な話がある訳……な!?
「なんだありゃ!」
数十メートル先の空をプテラノドンみてーな物体が飛んでいやがった!
「あれはブルードラゴンですね。普段ならこの季節は騎士団が魔物討伐をする為、こんな町近くには居ないのですが、今は城がゴタゴタしていますので……」
「…………冗談だろ?」
じゃなかったら夢で頼む
「大丈夫です。魔王倒せば直ぐお家に帰れます。さ、勇者様。頑張りましょう!」
「おーまーえーなー!!」
エルテの顔を捕まえ、左右に思いきり引っ張る!
「ひたい、ひたいです、ゆうひゃはま」
「とんでもねー事しやがってこのやろー!!」
「らってひかたないじゃなひれすか! このくにのひとたちじゃまおふにたひふひれきない」
「だからってテメェなぁ!」
バサ、バサ、バサ
エルテの顔をいじくっていると、背後から何かが羽ばたく音がした
「ゆ、ゆうひゃはま! うひろ、うひろ!」
「…………見たくねぇな」
仕方なく振り返ってみると5メートルはあろう、巨大な青いコウモリみたいな生き物が俺らを睨みながら飛んでいた
「ああ痛かった……。さっきのブルードラゴンですね、私達を餌と認識したみたいです」
「…………ち、ちょっとまて」
ひょっとして俺、此処で死ぬんじゃないか?
「このくらいの相手なら余裕ですよ勇者様。チャッチャと追っ払っちゃって下さい」
「……なんか勝つイメージが湧かないんだが、本当にあんな奴を倒せるのか?」
寝巻だし、丸腰だし
「…………大丈夫!」
エルテはじりじりと森の方へ下がっていく
「何故下がる!」
「虎は何故強いか知っていますか?」
「は?」
「最初から強いんです」
「はぁ?」
「モンスター同士の戦いに一般人の私では役に立ちません。頑張って下さい、人外!」
「誰が人外だ!」
「ガアアアア!!」
無視をされたからか、ドラゴンが吠える!
「……あ、ち、ちょっと待て、こ、これ駄目だ。無理だ」
腰が、足が勝手に震える。ドラゴンはそんな俺を蛇の様な瞳で見据えた
「……ゆ、夢だ、夢だろこれ。そう夢なんだよ。あは、あははは」
「あぁ、勇者様が現実逃避を! 勇者様!! 勇者様の方が強いですよ、多分」
「た、た、多分ってな、なんだ、た、だ、よよ」
ついには顎まで奮え、立っているのもままならないと言うのに、ツッコミを入れてしまう俺が悲し過ぎる
「よっぽど向こうの世界で弱く無い限り、こっちに来た人は初めからファイヤーマリオ状態です!」
「微妙だな、おい!!」
「ジギヤヤヤ!」
獲物を定めたドラゴンが、空高く舞い上がる
そして俺目掛けて足の先から急降下して来た!
「うわああああ!」
七海、理名! すまねぇ、俺、多分死ぬ!!
「ゆ、勇者様! 森の中に逃げて!!」
もう間に合わねぇ……怨んでやるからな、ちくしょう
『兄さん、諦めたら駄目です!』
これは……走馬灯?
『先輩、死なないで!』
『負けちゃダメ、お兄ちゃん』
『一也、戦って!』
『一也君!』
『一也様!』
『お兄さん!』
『森崎先輩!』
みんな、みんな!
『私はマスター・オカルト』
「何でお前が俺の走馬灯に出て来るんだよ!?」
「グ、グガ?」
気付くと俺は、ドラゴンの馬鹿でかくて鋭い足爪を両腕で押さえていた
「グ、クガアアアア!!」
「勇者様!」
「うおおおおお!!」
そのまま爪を掴み、握力で握り割る!
「イギィイイイ!!」
爪にも神経が通っていたのかドラゴンは悲鳴の様な鳴き声を上げ、俺から逃げる様に飛び去って行く
「ハァ、ハァ、ハァ……う」
「や、やりましたね! さすが私の見込んだ……どうしたんですか? へたりこんじゃって」
「……腰抜けた」
後、少しだけちびってしまったが、これは永遠の秘密にしておこう
「お疲れ様でした、勇者様。それでは少し休みましたら、町へ行きましょう!」
「…………」
こうして俺の冒険が始まった訳だが……
「……納得いかねぇ」