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エピソード5 桜子

記憶。


記憶って変


覚えてる訳ないのに、覚えてる気がする


悲しい


悲しいって気持ちはある……と思う


でも良く分からない


だって他人と同じだもん


『この人が桜子のお父さん。ハンサムでしょ~』


写真だけのパパ


お話も出来ないフイルムのパパ


分からない


この人が本当にパパなのかも分からない


パパって何?


側に居ないのに、記憶にすら居ないのに……、そんな人をパパって呼べるの?


……分からない。でも


パパなんだ



『桜んちって父さん居ないんだってな? かっこわり~』


放課後の学校。パパが居ない事を何処から聞いたのか、校門の所で会った岡田君がそんな話をする


『不自由はしてない。居ても居なくても同じだから』


『同じじゃないね! 休みの日とか遊びに連れてってくれるし、ゲームだって買ってくれるぞ!』


『ならやっぱり同じ。ママが全部やってくれる』


『で、でも……あっ! 肩車なんかやってくれないだろ!! 先週動物園へ行った時、父さんがしてくれたんだ~。すっげー高かったぞ』


『………………』


『へへ、い~だろ~。母さんじゃ肩車、出来ないもんな』


『…………ろう』


『は~? なに? 羨ましいって?』


『うるさい豚野郎』


『ぶ、豚?』


『ついて来ないで』


ア然とする岡田君を無視して、私は早歩きで家路を進んだ


学校から五分。お家は直ぐそこ


私は、何と無くお家の近くにある公園へと入る


桜の木に囲まれた公園は桃色の花びらが風に舞っていて、とても幻想的


私はそんな公園内の片隅から、やっぱり何と無くお家を正面から見てみる


だけど、ちょっとだけ緑色のフェンスがあるせいで、上手くお家が見えない


背伸びをして、ジャンプ


やっぱりギリギリ見えない


でも昔この場所で、見た記憶がある


フェンスが無かった? ううんフェンスは昔からある。場所も間違ってない


でも見た。出来たばかりのお家を、この場所から見た


……変な記憶。


曖昧で不思議な記憶


変なの


そんな事を思いながら目を閉じて、ぼんやりと記憶の海に潜ってみる


悲しい


多分、今悲しい


これは悲しい事


きっと、思い出してはいけない記憶


だってもう……あの日見た風景は、見る事出来ないもの


『………………っ!? な、なに?』


急に後ろから抱き上げられ、私はそのまま肩車をされてしまう


『こんにちは、桜子ちゃん。家見てんのか?』


私を抱き上げた人は、お隣りの森崎さん。突然こんな事をするなんて、酷いと思う


『や、止めて……』


『よく見えるだろ? 家』


『え? …………あ』


お家が見える


昔見た時の様に


覚えてなんか無いのに、覚えてなんて無かったのに……


揺れる桜と、舞う花びらの中、私達を守る為に存在する大きなお家


それは確かに昔見た事がある風景。不安なんて少しも無かったあの日の記憶


『……パパ』


パパが見せてくれた景色


『パパ……パパ』


泣いた事が無いのがひそかな自慢だった


どんなに寂しくても、悲しくてもママが居るから泣いたら駄目だと思っていた


でも……


『…………グス』


『……高いとこ怖かったか? ごめんな、今下ろすから』


『……うんん、ちょっとビックリしただけ』


まだ下ろさないで。そんな気持ちを込めて、ギュっと森崎さんを抱きしめる


『……そっか』


森崎さんは、それだけを言ったきり一言も喋らないで、ずっと肩車し続けてくれた


優しい森崎さん。でも、肩車するのが嫌になったら、森崎さんはきっと直ぐに私を下ろすと思う


遠慮や気遣いなんてしてない。この優しさは森崎さんの地なのだと思う


だから私は、初めて他人に甘える事が出来た


『…………ありがと』


『ん? もう良いのか?』


『うん……』


『そっか。じゃ、帰ろうぜ』


森崎さんは私を下ろし、私のお家を指差す


『うん。……あ、あの』


『ん?』


『ま、また肩車して……くれる?』


『ああ。いつでもな』


そう言って森崎さんはニッコリと笑った


それはとても優しくて、安心出来る温かい笑顔


『…………ありがと。森崎……お兄ちゃん』




「これがお兄ちゃんとの馴れ初め。映画化すれば多分、全米が感動すると思う」


「む~、ニアとお兄さんの出会いだってアジアを涙で沈めるよ!」


「む……。私は幼女だったから感動は倍増すると思う」


「ニアなんてお兄さんと出会った時、最初におっぱい触らせろって言われたんだよ!!」


「…………う、嘘は駄目お、お兄ちゃんがそんな事……」


で、でも前に一緒に寝たって……


「あれ? あれはオジサンにだったかな?」


「……そこ、はっきりしてほしい」


「ん~忘れた!」


「…………」


お兄ちゃんはロリコン。ニアちゃんは……


「…………胸、ない」


「んん?」


もっと詳しく聞こうと、ニアちゃんに詰め寄ろうとした時、ガチャっと軽快な音を立てて、リビングのドアが開いた。そして――


「ただいま。お、来てたのか、さっちゃん」


……お兄ちゃん


「お兄さん、お帰り!」


「お帰りなさい、お兄ちゃん。お邪魔してます」


「ああ、いらっしゃい。もう夕方だが、夕飯食べて行くか?」


「ううん。お家でママが準備してるから……ありがとう、お兄ちゃん」


「そうか。じゃまた今度美弥子さんも誘って一緒に食おう」


「うん」


「ん、それじゃゆっくりな」


お兄ちゃんは冷蔵庫からジュースを取り、リビングを出て行ってしまう


ちょっと寂しい


「……う~ん。さっちゃんって、お兄さんやお姉さんと話す時、顔がとっても優しくなるね」


「そうかな?」


意識してないけど、そうかも


「うん! そういうのって何だか凄く良い!」


「……うん。私もそう思う」


ママに七海さん。そしてお兄ちゃん


みんな大好き


本当に、本当に大好き


みんなに会えて幸せ


幸せだよ……パパ


「……どうしたの? さっちゃん。泣いてるの? 何処か痛いの?」


「……ううん。ちょっとだけ涙が出ただけなの。心配しないで」


だから心配しないでね、パパ


桜子を産んでくれて、ありがとう

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