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エピソード3 美弥子

久しぶりに夢を見た。もう何十年も前の事なのに色鮮やかな夢


そしてまだ八年しか経っていないのに、色が落ちたモノクロの夢


それは、幼なじみだったあなたが私を抱き上げ、肩車をしてくれた日の夢


それは、夫となったあなたが桜子を抱き上げ、肩車をしてあげた日の夢


大切なあなたの夢



「…………ふぅ」


淡いオレンジ色の照明の下で目を醒ました私は、微かに濡れた瞳を擦る


外は暗く、ふと時計を見るとまだ四時過ぎ


変な時間に起きてしまった。もう一眠り出来るけれど……


私は隣に眠る桜子に擦れた布団をかけ直し、寝室を出た



リビングへ行き、何気なしにタンスの一番下にしまってあるアルバムを取り出す


アルバムの中には、まだ幼い桜子の姿と、笑顔の私。そして今はもういない夫の姿


「…………久しぶりね、あなた」


私はゆっくりとアルバムをめくった



夫と私は子供の頃から一緒の幼なじみ


夫は中学を卒業した後、呉服店だった私の実家に引き取られて、それからずっと家の手間や仕事のお手伝をしていた


私が産まれたのは夫が17歳の頃。彼は忙しい仕事の中で、1番私の面倒をみていたと周りの人は言う


子供の頃からずっと一緒だった年上の優しい男の人。恋をするのに、そう時間は掛からなかった



淡い想いを持ち続けて数年が経ち、私は高校を卒業する。それと同時に彼へ告白をした


私の気持ちなんてとっくに気付いていた彼は、私の告白に対して複雑な顔を見せたけど、最後は微笑んで私を受け入れてくれた


そして一年間のプラトニックな関係の後、彼は私と婚約したいと、私の両親に申し入れる


結果は散々な物だった


恩知らず、不届き者、出て行け不埒者


今までずっと家へ奉仕して来た彼に浴びせた言葉は罵倒のみ。誰一人、彼を庇う者はいなかった


そして彼はあっさり家を追い出され、反対する彼を説得し、私は彼についていった


珍しくも何ともない、ただの駆け落ち


二人で小さなアパートを借りて、がむしゃらに働いた


大変で辛くて、幸せで……そう、幸せだった。彼がいればそれだけで幸せだった


それなのに……


彼は優し過ぎて、そして責任感が強すぎた



同棲し、結婚してすぐに彼は異常なぐらい働き始める


裕福な家庭に育った私を苦労させない為、朝から夜中まで働く


止める私を彼はやんわり断り、毎日毎日とにかく必死に働いた


そんな事を続けて二年の月日が経ち、ある程度の資金が集まった彼は、知識と経験を生かし、海外に着物や袴を輸出する会社を立ち上げた


それは成功し、彼は益々忙しくなる


結婚から四年目の春、私達に子供が出来た


それを機にアパートを出て、立派な家を建てた


『後、数年頑張れば、いよいよ落ち着くと思う。それからはゆっくりするよ』


小さな公園で小さい桜子を肩車し、出来上がった家を見上げながら彼……裕一は微笑んだ


それから二年後、裕一は死ぬ


過労による脳梗塞だった


『ゆうい……ち?』


それからの数年は、余り記憶に残っていない


ただ生きているだけの抜け殻となっていたから


『……ママ』


『………………』


『……ママ』


『………………』


桜子の呼び掛けを無視し部屋に閉じこって寝る。桜子の事は雇ったお手伝いさんに全てを任せた


お金だけは沢山あるもの


桜子は何一つ文句を言わず、いつしか私に話し掛ける事も無くなった


『…………桜子』


もし貴女まで失ってしまったら……


……怖い


もう生きるのが怖い


『……が! っだろ!!』


『…………?』


ある日の事、痛む頭を抱え寝ていると外が急に騒がしくなった


何と無く気になって窓から覗いてみると、隣の森崎さん宅から黒いスーツを着た人達が五人、追われる様に家から出てくる


『何てガキだ! 折角私達が面倒を見てやると言っているのに!!』


『子供だけの生活なんて無理よ! ……とにかく弁護士に相談して、私達がお金や、七海を管理を出来る様に……』


『あの生意気な子供では話になりませんな。しかしあの子は大婆様の……』


彼等が家の前で何かを話していると、玄関のドアが開き、真新しい中学校の制服を着た男の子が飛び出して来た


『まだいたのかお前ら! ぶっ飛ばすぞ!!』


男の子は大人達に塩を投げ付け、威嚇。大人達は罵声と悲鳴を上げ逃げ去って行った


『………………』


そんな様子を唖然として見ていると、今度は男の子と同い年ぐらいの可愛い女の子が、家から出て来た。女の子は泣いているのか、しきりに目を擦っている


そんな女の子に男の子は近付き、頭を撫で……。

きっと、凄く優しく微笑んだ


『………………』


何度も頷く女の子。女の子は男の子の手を握って胸で抱きしめる


多分、もう瞳は濡れていないだろう


『…………』


事情は分からない。分からないけど、多分あの男の子は女の子を守っている


女の子はそれを分かっている。そして信頼している


他者から見ても分かる、揺るぎない関係


まだ幼い二人なのに、もう本当に大切な物を知っている


そして恐れていない


それに比べて私は……


『…………何をやっているんだろ、私』


ぽろぽろと涙が零れた。久しぶりに暖かい、そんな涙だった



夕方、学校から帰って来た桜子を呼び、久しぶりに夕食を食べる


『……ねぇ桜子?』


『………………』


『今度のお休みの日、動物園に行こうか』


『………………え?』


『決定!』


『………………』


一日や二日で信頼を取り戻そうなんて思わない


でも、必ず取り戻せる自信はある。何故なら私は桜子を愛しているから


迷わない。怖くない。逃げ出さない


全力で桜子を愛する



それから桜子と完全に打ち解けるまで、一年の月日を要した。短かったのか長かったのか……


『行ってきます、ママ』


『はい、いってらっしゃい』


掛け替えのない桜子


命に代えても守りたい、そう思える存在


『…………大丈夫』


私はもう大丈夫


大切な物、あるから


もう二度失わないから


だから……心配しないでね。裕一



「…………ふふ」


アルバムの最後のページを閉じ、軽く伸びをする


外はとっくに明るくなっていて、時計の短針は七時を指していた。そろそろ桜子が起きる時間


窓のカーテンを開け、光を入れる。今日もいい天気だ


「…………ん? あ!」


一也君!


一也君が欠伸をしながら家の前を歩いていた


「一也く~ん!」


窓を開けて一也君に手を振る


「ん? 美弥子さん。おはよう」


これからもずっと愛しているよ、裕一


1番大切だよ、桜子


でも……


「おはよう、一也君!」


恋ぐらいならしてもいいわよね、二人とも!

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