十一人目:ドジな女
火曜日の朝。俺はチャリンコで疾走していた
この日、七海は文化祭の準備があると朝七時頃に家を出て行き、その時に起こされた俺は迂闊にも二度寝をしてしまう
七時半。俺を起こしに来たニア
だがニアは、スヤスヤ寝ている俺を見て少しだけ一緒に寝ようと思ったらしく、横になった後そのまま寝てしまったらしい
で、現在8時20分
普段なら自転車で二十五分掛かる所を、十分で学校に到着しなければならない
「めんどくせー!」
息を切らせながらひたすらチャリンコを漕ぐ。そしていよいよ見えてきた校舎
次の曲がり角を行けば後は学校まで直線だ!
「なんとか……間に合いそうだ!」
「遅刻、遅刻、ちーこーくーすーるー」
「ん? なっ!?」
正面から走って来る信じられない女を見た俺は、チャリンコを漕ぐのを忘れ、立ち止まってしまった
「ちこくー、ちこくー!」
「お、おい! お前、胸を見ろ!!」
「ふえ?」
女は立ち止まり、俺の胸をジッと見る
「…………??」
「お前のだよ!」
「うん? …………き、きゃーっ!?」
女はブラジャーをしておらず、汗で透けたワイシャツから大きめな胸が丸見えだった
「な、なんでぇ!?」
「なんでじゃねーよ! 下着を着けない主義ってなら、せめて中に一枚シャツ着るとかブレザー羽織るとかしろよ!」
顔を真っ赤にし、胸を隠す様にしゃがみ込む女
「たく、何だってんだ」
俺はワイシャツとTシャツを脱ぐ
「おら」
んで、ワイシャツを着なおし、脱いだTシャツを女へと渡した
「それをワイシャツの上から被って、家に帰れ。でけぇから入るだろ?」
「そ、そんなにでかく無いですよ?」
自分の胸をチラ見する女
「シャツの事に決まってんだろ!」
「あ、なるほど」
頷つきながらシャツをスッポリと被る
たく、急いでるっての余計なツッコミさせやがって。……急いでる?
その時、キンコンカンコンとチャイムが鳴った
「………………」
「あ~遅刻~! 皆勤賞の夢がぁ……」
俺も狙ってたんだが……
「……まぁいい。とにかく帰って着替えて来いよ」
「は~い」
「それじゃあな」
「どうもありがとうございました!」
深く頭を下げる女に軽く手を振り、俺は学校へと向かった
※
二時間目が終わり、移動教室
3階の科学実験室へと向かう俺達の前に、体操着姿の七海と泉が通り掛かる
「体育か? 七海」
優太達を先に行かせ、俺は七海に声をかける
「はい、兄さん。兄さん達は移動教室ですか?」
「ああ、体育頑張れよ」
「はい、兄さんも」
「七海~、早く行こうじぇい」
微笑む七海の肩に肘を置いてニヤニヤ笑う泉
「相変わらずウザい兄妹だよね~アンタら」
「何だよ、泉」
「学校で家族見かけたらスルーっしょ、普通」
「俺らは仲の良い兄妹なんだよ。な、七海」
「え? ……ええ、まぁ仲良い……ですけど」
何故か照れる七海
「とにかく、家族の会話に入って来るな」
「今は学校じゃん。アタシらの物じゃん?」
泉はギューっと七海を抱きしめる
「ち、ちょっと、止めて下さい!」
「な~んで~。アタシらあんなに愛し合って……すみません」
泉はぷるぷると怒りに震える七海から離れ、素直に謝った
「ち、ちょ~っと冗談が過ぎたね。ごめんね」
「知りません! 兄さん、私もう行きます!!」
「あ、ああ」
肩を怒らせながらずんずんと廊下を歩き、階段を降りて行く七海
「……あー、怒らせちゃった」
「後でまた謝っとけ」
「うるさい」
「そうかよ」
泉は七海の友人だが、どうも初対面の頃から俺を嫌っている様なので、自然と俺も態度が悪くなってしまう
「じゃーな」
返事を待たず、俺は実験室へと向かった
「ほんとごめんなさい!」
「ん?」
実験室前。ドアから出て来た女は、頭をペコペコ下げている
「ほんと、ほんとに、ほんと~にごめんなさい!」
「も、もういいですから」
受け答えているのは宮永だ。苛立っているのか、声に微妙な棘がある
「ほんと、ほんと、ほんっっっとに!」
「え~い、喧しい! もう良いって言ってるんだから早いとこ、あたしを解放しなさいよ!!」
「介抱? どっか悪い?」
「機嫌が悪いわよ! シッシ」
宮永は犬を追い払う様に手を払うが、当の女はキョトンとしている
「何やってんだ、お前ら」
「ん? ああ森崎。あんた、この子を何とかしなさい」
「何とかって言われてもな」
「あれ?」
女は俺の方へ向き直り
「あああああ!?」
叫んだ!?
「な、何よ突然! 森崎に何かされたの?」
「あなたは!」
女は俺の方へ一歩、二歩と近付いて……こけた!
「おうっ!?」
女の頭が俺の股にクリティカル!?
「う、う~ん。いたたた……どうしたの?」
ひざまついてKOKAN様を押さえる俺に気楽な声が掛かる
「ぐ、ぬ……お、お前」
「後は宜しく」
「ま、まて宮永」
良くは分からないが、とんでもなく厄介な物を押し付けられた気がする
「お~い。大丈夫?」
「あ、ああ」
余り大丈夫では無いが、俺の本能が危機を告げた為、立ち上がる
「大丈夫ですね。よかった……え~と、それでは改めてまして、コホン。あなたは今朝、私の胸を見て服を脱いだ人!?」
ズテーン!
実験室内から椅子が倒れた様な音が幾つも沸き立った
「お、お前な……」
ざわめく室内を無視し、ため息
「さっきはありがとうございます! 助かりました」
「別に良い」
「お礼をしなくちゃ!」
「気にしないでくれ」
「何が良のいかな……。やっぱりシャツを貰ったんだから」
やってはいないが、まぁいい
「やっぱりシャツですね!」
大きく頷き、ワイシャツのボタンを外していく女
「ちょっと待てぃ!」
「ふぇ?」
「あ~、お礼は食い物が良い」
頭を抱えながら、そう言うと女はポンと手を叩く
「分かりました! では今日のお弁当を……そ、そうすると私は何を食べたら良いのでしょう?」
「明日だ明日! 明日おにぎり一個作ってクラスに持って来い!」
「あっ! ぼ、ぼ、ぼ、僕はお母さんに、お、お腹が空いたらおにぎりを」
「裸の大将的な理由じゃねぇよ!」
「え~」
「何で残念がるんだよ!」
コイツすげぇ疲れる!
キンコロカンコロキーン
変なチャイムが鳴った
「あっ! 教室に戻らなきゃ! それじゃまた明日!!」
頭を下げ、階段の方へと走って行く女
「俺のクラスは3ーDだぞ! 3ーDの森崎一也だ!!」
女に向かって叫ぶと、女は振り向き
「私は3ーAです。鵜飼 ちとせです! あう!?」
と廊下の壁にぶつかりながら答えた
「大丈夫か、鵜飼!」
「はい、森崎さん! ……あれ?」
「どうした?」
「いえ、何でも! それじゃ失礼しまーす!!」
鵜飼は階段を駆け足で降りて行った
「……ふふ、騒がしい奴」
見送った後、実験室内に入ると、クラスメート達の冷たい視線が俺をいぬく
「……何だよ」
「森崎って……最低」
「田中……。お前にまでそう言われるとすげぇショックだわ」
クラスで一番目立たない奴にまで最低と言われるとは……
「な、なんでよ!? そうやってまたぁ! やっぱり最低!!」
「…………はぁ」
ため息多くなったな俺