十人目:落ちない女
「…………」
早朝。ベッドの上で目が覚めると、違和感があった
どうも誰かが俺の横で寝ていて、体にしがみついて来ているような……
「……七海か? お前、いい年して何やってんだよ」
昔みたいにホラー映画でも見たのか?
「…………ん」
「ん、じゃねーよ。退け、退け」
絡み付く足を軽く蹴り避かし、上半身を起こす
「たく、お前な…………ぎゃああああ!?」
横を見ると、見知らぬ女が寝ていた!?
「……にゃう? ……あ、おはよぉ……」
見知らぬ女は目を擦ってって
「何やってんだ、ニア!」
「?」
キョトンとしていやがる
「なーにーをーやってるんだ~」
ニアの頭を両手で掴んで振る
「あ、あう、うあ、あう」
「人の寝床に忍び込みやがって! こんな所、七海に見られたら」
コンコン
「ほら来た!!」
「わ!? に、兄さん? どうかしましたか?」
「どうもしてねぇよ! 朝だろ? 今、起きるから!!」
言いながら俺はドアの前まで高速移動をし、ノブを押さえる
「え、ええ、お願いしますね。それではニアさんを起こしに……」
「待てぃ!!」
「うわ!? な、なんですか?」
「も、もう少し、寝かしといてやれよ」
「は、はぁ。分かりましたそれでは朝食の準備をしてきます」
「ああ」
ドアの前から立ち去る気配
「………………ふぅ」
「どきどきしたね!」
「ドキドキどころじゃねぇよ! 停止寸前だ!」
ニアの前に行き、パコンと頭をこづく
「いたっ!? 何する!」
「少し経ったらお前もリビングへ来い。朝飯だ」
「朝ご飯!? 行く~」
「待てコラ!」
起き上がり、部屋を出て行こうとしやがるニアを捕まえる
「5分待て!」
「えぇ~」
「3分! 待てるな!」
「…………は~い」
「よし。頼むぜ、全く」
口を尖らして不満をアピールするニアを無視し、俺は部屋を出た
で、リビング。魚が焼ける匂いがする
「おはよう」
リビングの椅子に座り、七海へ挨拶
「おはようございます」
パジャマ姿にエプロンをした七海が、振り向く
「ん、新しいエプロンだな」
この間まで無地のエプロンだったが、今日は犬の足跡がプリントされている面白い柄のエプロンだ
「あ、分かりますか? 一昨日購入したんですよ」
エプロンの両端を摘み、広げる様に見せてくる
「可愛いな。良く似合ってるぞ」
「あ、ありがとう……ございます」
「と、魚そろそろ良いんじゃねーか?」
「え? あ!」
七海は慌てて火を止め、魚を皿にのせた
「はい、兄さん。北海道の塩鮭です」
「お、この間お前が福引きで当てた奴か。美味そうだな」
箸を持ち、食べようとした所でリビングのドアが開いた
「おはよ、お姉さん」
まだ若干眠いのか、ニアは猫みたいに顔を擦っている
「おはようございます、ニアさん。今、お魚焼きますね」
「良いからお前も食べろって。ニアには俺のをやるよ」
また明日にでも食えれば良い
「ですが……」
「お兄さん、わたし半分で十分。分けよ?」
「ニアさん……あ、ではニアさん。私のを半分どうぞ」
「え? あ、ありがと! お姉さん!」
そんなこんなで朝飯を食い終え、学校へ行く時間となる
「ニアさん、お金は食器棚の引き出しに入れておきます。何かありましたら使って下さい。それとこれは兄さんと私の携帯番号で……」
昨日は何だかんだ言っていたが、いざ一緒に暮らすとなると、七海はしっかり面倒を見始める。マメな奴だ
「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい、お姉さん、お兄さん!!」
「ああ。行って来る」
ブンブンと手を振るニアに、俺も軽く手を振り返し、学校へ向かって歩き出した
「…………大丈夫でしょうか?」
家から数十メートル離れた場所。七海がボソッと呟く
「家の事か? 盗まれて困る物は無いぞ」
疑ってはいないが、一応通帳等は持って出ている
「そんな事は心配していません、ニアさんの事です。知らない家に一人で心細くは無いでしょうか?」
「結構逞しいぜ、あいつ」
何せ2、3日はテントで暮らしていたみたいだしな
「なら良いのですが……」
不安がる七海をなだめていると、あっという間に学校へと到着した
「じゃあな」
「はい、兄さん」
七海と別れ教室へ
「うぃーす」
「おお、森崎!」
適当に挨拶しながら席に着き、今日も新しい一日が始まるってか
んで新しい一日は、あっという間に時間が経ってゆき、気付けば昼休み
来るかどうか分からないアイツを待っていると、教室内が騒がしくなった
「おい、見たか廊下の!」
「ああ! すげぇ可愛いかったわ。あんなに目立つ子、うちの学校に居たっけ? あれなら御手洗の三連覇阻止出来るんじゃね?」
「いやー御手洗越えは難しっしょ。あれは特殊だし」
ミタライ? 越える?
「……何、盛り上がってんだ、あいつら」
俺は前の席で弁当を食っている優太に声をかけると、優太は無駄に爽やかな笑顔で振り向きながら言う
「前夜祭のコンテストの事じゃないかな?」
「前夜祭のコンテスト? ……ああ、ミスコンね」
「駄目だよ一也。一応、男女別に最優秀模範生を決めるコンテストなのだから」
「それなら二年前に一年の女が選ばれた事、自体おかしいだろ」
同じクラスになった事が無い為、どんな女かは知らないが、二年前の学生投票で断トツの支持を得て一年による初の最優秀模範生となった御手洗。いわゆる学校のアイドルってやつらしい
「それより一也。昼食べないの?」
「ん? あ~そうだな」
昼休みはもう十分過ぎている
「もう来ねぇか。よし、購買に行ってくる」
多分アンパンぐらいなら残ってるだろ
立ち上がり、廊下に出るとやけにオドオドしている女が居た。靴の色を見ると一年か
「どうした一年。誰か探してるのか?」
「あ、も、森崎……さん」
泣きそうな声と目で、俺を見つめる美人。こいつは……
「ん? 柊か?」
「は、はい。そ……です」
「髪切ったんだな。雰囲気すげぇ変わった」
切り揃えられたストレートの髪は端正な顔に良く似合い、日本人形の様な美しさをかもちだす
「お、お姉ちゃんに………へ、変ですよね」
「似合ってるぜ、美人だ」
「~~~~っ!? こ、これ約束のお弁当です、し、失礼します!」
柊は俺に弁当を渡し、逃げる様に去って行く
「お、おい!?」
「きゃ!?」
んで、こけた
「……たく」
苦笑いで柊を起こし、テンパる柊を廊下で待たせて、約束通りスカルのアルバムを渡してやる
「今度はこけるなよ」
顔を真っ赤にする柊を見送って教室へ戻ると、クラスの奴らが俺をガン見してきた
「い、一也! 誰だよ今の女!!」
視線にビビりながら自分の席へ戻ると、山田が血走った目をして迫ってきた。……怖いな
「誰って……後輩の柊だよ。それがどうかしたのか?」
「どうかって……」
「いーちや! 素敵な幼なじみが来たぞ~」
突然教室に響いた明るい声その声の主は、後輩だってのに全く物おじせず教室へ入って来た
「美鈴? 珍しいな、クラスに来るの。何かあったのか?」
「ふふん、あたしだけじゃ無いわよん。おいで」
美鈴が手招きすると、廊下からコソッと顔を出す理名
「お、理名もいるのか。入って来いよ、理名」
「は、はい先輩。……失礼します」
俺の前にやって来る美鈴と理名。その間、山田はアホっぽい顔をしたまま固まっていた
「邪魔かそれ」
山田を指差す
「すぐ出てくし別に良いわ。邪魔だけど」
「そうか? ……で、どうしたんだ、二人とも」
俺がそう聞くと二人は顔を見合わせて含み笑いをし、俺にリボンの付いた小さい袋包みを差し出した
「ん? 何だ?」
「クッキーよん。作り立て」
「ああ、調理実習だったのか」
俺は袋包みを開け、一枚食べてみる
「どお? 美味し?」
「ああ、うまいぜ。甘いもん結構好きだしな。サンキュー二人とも」
理名の頭をポンっと軽く叩いてもう一枚
「あ……、は、はい! せんぱい!」
「あたしを無視していちゃつくんじゃない~」
いきなり美鈴が強引に俺の首へ抱き着いて来やがった!?
「だ、だから首は止めろって!」
「み、美鈴! ち、ちょっと、こらぁ」
「離さないよ~だ!」
それから結局二人はチャイムが鳴るまで居て、飯を食う所じゃ無かった
「やっと帰ったよ……」
ホッと息を撫で下ろし、ふと周りを見ると、凍り付く様なクラスメート達の冷たい視線が俺に突き刺さる
「な、何だ?」
「はっ良いご身分で」
山田が吐き捨てる様に言って俺の前から去って行く
「な、何なんだ?」
「……森崎って結構モテるよね。カッコイイ……のかな?」
「お前まで何を言ってんだよ。先月彼氏にフラれたばかりの流行に流されやすく、その割には余り目立たない隣の席の田中」
「何その投げやりな紹介の仕方! ってアタシこれだけ? もしかして数あわせ!?」
「マジで何言ってんだ? つか、あちぃな!」
俺はワイシャツを脱ぎ、シャツ一枚になった
「ち、ちょ!? お、落ちないわよ! アタシ落ちないからね!」
「あ? 大丈夫かお前? 熱でもあるのかよ」
田中の額に手をやり、熱を測ってみる
「ひう!? うぅ……ぜ、絶対落ちないから!!」
「……あるなこりゃ」