ラブレター争奪戦
「奈那美ちゃん、知ってる?」
帰り道。
隣を歩いていた真美ちゃんに聞かれた。
「何を?」
知ってるって聞くってことは皆そのことについて知っていることなのかな?
でも最近噂になっていることなんてなかったと思うから私は正直に聞き返した。
真美ちゃんは楽しそうな顔をしているから、面白い話なんだろうなぁとは聞く前から感じた。
「2組の藤井くんのラブレターの話」
2組の藤井くんといえば、同じクラスになったことはないけど知っている。
うちの学校じゃすごく有名な人だ。
ちょっと背は低いけどアイドルみたいな顔で可愛いって。
確かに格好良いより可愛いが似合う。
私も藤井くんが女の子だったら友達になりたいと思う。
「なんかね、5組の遠藤さんとか宮田さんとかが藤井くんに告白したんだけど半分振られたんだって」
「半分?」
「そう、半分」
半分ってどういうことだろう?
私が不思議に思っていると真美ちゃんはふふふっと笑った。
ふわふわゆるくウエーブを描いた髪がそれと一緒に揺れる。
それが女の子らしくて可愛かった。
私の髪も真美ちゃんみたいに天然パーマだったらよかったのに。
「何で半分かっていうと、自分の書いたラブレターを見つけたら付き合うよって言われたからだって」
「ラブレター?」
うんと真美ちゃんは頷いた。
「藤井君、ラブレターを学校のどこかに隠したんだって。それを見つけてくれた人と付き合うって言ったらしいよ」
「ふーん」
変わったことをする人だなぁ。
ラブレターって普通好きな人に渡すもので、探すものじゃないよね。
見つけた人と付き合うとか、誰でもいいのかな?
男の子が見つけたらどうするんだろう?
「ね。面白くない!?」
「へっ」
真美ちゃんを見ると、すごく瞳が輝いていた。
この目の真美ちゃんはヤバい。
今までの経験から良くわかる。何か嫌なことに巻き込まれそうな・・・・・・。
だから「何が?」とは聞かなかった。曖昧に笑う。
「奈那美ちゃん!私たちも探そうよ!!」
だけど、真美ちゃんは私が聞かなくても自分から言ってきた。
私の両手を握りしめて、にっこり笑顔で。
「私はいいかなぁ。
だって遠藤さんとか宮田さんが言われたんでしょ?」
「大丈夫だよ!皆探してるもん。
それに見つけたら藤井くんと付き合えるんだよ?超ラッキーじゃん!」
はっきりとは言わず遠まわしに遠慮の意志を伝えたけれど、真美ちゃんには伝わらなかった。
「ねっ?私たちもやろ~」
真美ちゃんは上目遣いで私を見つめてくる。
その顔をされたら私が断れないのをちゃんとわかっててやるからずるい。
「う、うん・・・・・・」
こうして、私も藤井くんのラブレター探しに参加することになった。
―翌日
真美ちゃんからいつもより1時間早く学校へ行こうと言われたので、部活もないのに7時に待ち合わせをした。
真美ちゃん曰く、探す時間がたくさんないと先に誰かに見つけられちゃうよ!とのことらしい。
でも真美ちゃんは藤井くんと付き合いたいというより、面白いから参加するだけなんだと思う。
『なんかゲームみたいで楽しいよね!!』
と真美ちゃん自身も言っていたし。
待ち合わせ場所に5分前に着くと、もう真美ちゃんは来ていた。
いつも遅れることが多いのに、今日はすごく張り切っている。
学校まで歩いて10分もかからないのに、その10分が勿体無いと途中から走り出して着いていくのが大変だった。
朝から走ったら疲れちゃうよ。
1時間目の授業とか寝ちゃったらどうしよう。
学校に着くと、すでに何人かの女子生徒がグラウンドを必死に探していた。
その光景をみてびっくりしてしまう。
皆、藤井くんのことが好きなんだ。
藤井くんは人気者ということがこの状況でよくわかった。
こんなに好かれているなんて羨ましいな。
「あー先越された。奈那美ちゃん、私たちも探すよ」
真美ちゃんは悔しそうに言うと、腕まくりをして、私の腕を引っ張ってまだ人のいない校舎隅に向かう。
そして適当な草むらに鞄を置くと草をかき分けラブレターを探し出した。
「そんな闇雲に探してもみつからないんじゃ・・・・・・」
ぽつりと呟いた声に草むらをかき分け探していた真美ちゃんの手が止まる。
「なるほど。それもそうだ。
じゃあ奈那美ちゃんはどこにあると思う?」
目をきらきら輝かせて真美ちゃんは聞く。
「私もあてがあるってわけじゃないんだけど、多分こういうとこにはないと思う」
こんな草むらに置いても風で飛んでっちゃうかもしれないし、すぐ誰かが気づくと思うし・・・・・・と伝えると真美ちゃんはふむふむと頷く。
「確かに」
「もし私だったら室内の見つからないような安全な場所に隠すかな」
だって好きでもない人に見つけられたら嫌だし。
「そっか。校舎ね」
真美ちゃんは立ち上がると手についた土埃を払い、草むらに置いてあった鞄を拾いあげた。
「じゃあ中に行こう!」
そして再び私の腕を引っ張って校舎に走り出した。
もしかしなくても、余計なこと言っちゃった・・・・・・?
そう思ったときには走り出していたので、手遅れだった。
結局、授業が始まるまでの時間校舎の1階の端っこからずっとラブレターを探すはめになった。
ううっ。藤井くんを恨みたい。
1時間目の授業は疲れて居眠りしてしまって先生に怒られるし。
真美ちゃんは休み時間ごとに私を引っ張ってみていないところを探そうと連れ出すし。
もう体力的にも精神的にもいっぱいいっぱいになりかけたお昼休み。
前の時間が移動教室だったため真美ちゃんと教科書を持って廊下を歩いていた。
真美ちゃんはラブレターを見落とすといけないからとずっと廊下を隅から隅まで見ながら歩いているから下を向きっぱなし。
私は真美ちゃんが何かにぶつかるといけないから前方を確認しながら歩く。
「斉藤さん」
と、そんなとき後ろから声を掛けられた。
振り返るとあの藤井くんが立っている。
藤井くんは床に落ちていた紙を拾い上げると私のところまでやってきた。
「これ、落としたよ」
藤井くんは笑顔で私に拾ったものを差し出した。
「ありがとう」
こんなの落としたかな?
と思いつつも私はそれを受け取る。
藤井くんはそのまま何事もなかったかのように立ち去ってしまった。
「奈那美ちゃん、何か落としたの?」
「うん。落としたみたいなんだけど・・・・・・」
真美ちゃんは不審な目で私が受け取ったものを見ている。
私も自分で受け取りはしたけれど、何なのか確認していなかったのでもう1度確認してみた。
2つ折りされた白い紙。
こんな紙、授業で使ったっけ?
とりあえず広げてみる。
「えっ」
何これ?
思わず手が止まる。
その様子を見ていた真美ちゃんも私が広げた紙を覗き込んだ。
「えっ?これって・・・・・・・・・・・・」
真美ちゃんが私の顔を見つめる。そして声には出さず呟いた。
ラブレター?
と。
『斉藤 奈那美さま
突然、こんな手紙を渡したことを許してください。
同じクラスになったことはないので知らないかもしれないですが、
僕は3年2組の藤井 優斗といいます。
実は1年生の頃から斉藤さんのことが好きでした。
僕は今、僕のラブレターを見つけた人と付き合うと言っています。
ラブレターを見つけた人と付き合うなんて嘘です。
僕は本当に好きな人と付き合いたいから貴方にラブレターを渡します。
どうか僕とのこと前向きに考えていただけないでしょうか?
藤井 優斗』
丁寧な字。丁寧な文。
内容はすごくシンプルで。
「えっ、ええ!」
真美ちゃんはすごく驚いている。
でもそれ以上に私は驚いている。どうしたらいいのかわからない。
恥ずかしいような嬉しいようなこそばゆい感覚。
顔が熱い。
藤井くんが?嘘でしょう?
「奈那美ちゃん、すごいよ!
あの藤井くんが・・・・・・」
「ま、真美ちゃん、声おっきいよ!」
あわてて真美ちゃんの口を片方の手でふさぐ。そしてもう片方の手で真美ちゃんの手を掴み走った。
恥ずかしくて無我夢中で。
誰もいないとこまできて真美ちゃんが苦しそうにしているのに気づいて、手を外した。
「ごめん!」
真美ちゃんに謝る。
「私こそごめん。
でもでも超すごくない?落し物のふりしてさり気なく渡すの」
格好良いなんて真美ちゃんははしゃいでる。
「やっぱりこれ本物!?」
「でしょ~。だって本人が直接渡したんだよ」
「そうだよねそうだよね。どうしよう!」
どうしよう。
だって私、藤井くんのことなんとも考えていなかったし。
ラブレター事件も真美ちゃんにいわれたから参加しただけだし。
なんだかどうしたらいいかわからなくて涙が出そうで、手で顔を覆った。
「奈那美ちゃん、落ち着いて」
真美ちゃんが私の頭をなでた。
「別に焦る必要ないと思うよ。
少しずつ知っていったらいいんじゃないかな?」
優しく諭すように言われ、顔を覆った手を外した。
「真美ちゃん・・・・・・」
「でも」
真美ちゃんはにっこり笑う。私の手を握って。
「えっ?真美ちゃん??」
私には何だかよくわからない。
「相手はあの藤井くんだから、さっさと予約しちゃおうね」
真美ちゃんは私を引っ張って今来た道をどんどん戻る。
さっき言ったこととやっていることが違う~。
「待って、待って」
静止を呼びかける私の声を無視して真美ちゃんは廊下を突き進む。
そして藤井くんのクラスまで来ると、立ち止まった。
でもこんなところで止まられても困る。心の準備なんて勿論出来ていない。
「真美ちゃん、やめて」
「藤井くーん」
真美ちゃんは私に構うことなく友達と食事を取っていた藤井くんを呼ぶ。
クラスにいる人たちが一斉にこっちを向く。
特に女子の目線が怖い。
「何?」
藤井くんは私たちのところまでやってきて素っ気無く聞く。
やっぱりさっきの違うんじゃ・・・・・・?
おろおろする私を尻目に真美ちゃんは言う。
「あのね、奈那美ちゃんが見つけたんだけど」
そして私を押す。
押された私は前のめりになる。転びはしなかったけれど、藤井くんの目の前に出てしまって動揺する。
「どれ?」
藤井くんは私の顔を覗き込む。
私は顔を反らしてさっき渡された手紙を前に出した。
けど、藤井くんがとろうとした瞬間に手紙ごと手を引っ込めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何?」
藤井くんはちょっとむっとしたみたい。
どうしよう。渡さなかったから?
「あの、えっと、その」
上手い言葉が出てこない。どうしよう。どうしよう。
と、横から真美ちゃんの手が伸びてきて私から手紙を奪うと、それをさっと藤井くんに渡した。
藤井くんはそれを受け取って内容を確認する。
あまりにも速い出来事で私の頭はついていけなかった。
「確かに俺が書いたやつだ」
藤井くんはにっこり笑う。
教室内でどよめきが起こった。
「持ってきたって事は前向きに考えてくれたってこと?」
私だけにしか聞こえないように藤井くんは囁いた。目がいたずらっ子のように輝いている。
「えっとええと・・・・・・」
どうしよう。どうしよう。
よくわからない。
恥ずかしい。
顔が熱くて。
きっと耳まで真っ赤で。
何だかよくわからないうちに自分の教室に走って戻っていた。
あとから戻ってきた真美ちゃんには超怒られた。
その後はお昼ごはんも食べられないほどどきどきしてて。
1日中上の空だった。
藤井くんと付き合うようになるのはもう少し先の話。
読んでくださりありがとうございます。