表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/21

君の優しさ

 初めて会ったカフェで、アレクスと食事をする。ノロクビの死を回避し、不確定になった未来。それを歩むために、アレクスに話しておかないといけないことがある。

「ねえ、アレクス」

 私が呼びかけると、食事の手を止め、嬉しそうにこちらを見る。でも、この熱を帯びた目で見られるのも今日が最後だ。

「婚約を解消しましょう」

「なぜですか?!」

 アレクスが勢いよく椅子から立ち上がる。

「……やはり、私が自ら女神にとどめを刺せなかったせいですか?」

 私はアレクスから目を逸らし、ソースの零れたテーブルクロスを見つめる。

「いいえ、これ以上あなたに恩を背負わせるわけにはいかないのです。きっとあなたは、あの日このお店での出来事で私に恩義を感じた。だから勇者にも関わらず、ミラを討とうとしてくれた。でも、私の行いはあなたの人生をかけて返すほどのものではないわ。……ここまで私の人生にあなたを付き合わせてしまってごめんなさい」

「ミコ、俺は——」

「私は死を回避した。なら、もう私と一緒にいる必要はないでしょう」

 居たたまれず、私はこの場を去ろうとする。けれど、アレクスを振り払うことなんかできなくて、すぐに彼に捕まってしまう。

「ミコ、俺は君が好きだ」

 雪が舞う。けれど、積もる間もなく、雪は二人の熱に溶かされてしまう。

「君だけなんだ、孤児でもなく勇者でもなく俺を俺として見てくれたのは」

「違う」

 この手を離さなければならない。

「——私はあなたが勇者だと知っていたから!」

アーリン殿下、タリアン兄様。彼らと話して、分かった。私はこの10年、彼らを人間ではなく、キャラクターとしてしか見てなかった。だから、私にあなたの愛を受け取る資格はない。

「それは違うな……君、俺が勇者だと確信したのはあの時だろう」

 アレクスは目線をバルコニーの外に移す。灰色の空に輝く黄金。

「女神の吐息、だったか。虹の差す朝、鐘の鳴る時勇者は花嵐に包まれるという伝承——君はそれで俺が勇者だと確信した」

 今は管理者のいない、ミラ神教の教会。

「あの時、俺は自分の運命に絶望した。君を殺す勇者が俺であるという事実に。けれど君は別れる最後まで親切で、去りゆく俺の背中に祈りを捧げていた」

「それは打算よ!あなたが勇者だったからって言ってるでしょ!」

「では——出会ってから鐘が鳴るまでの数十分、俺に親切にしてくれた君の行動は本当に打算だったのか?」

「……あの当時、我が家の評判は最悪だったのよ。儀式を受けに来た子どもには親切にしておくべきでしょ」

「いいや、そんなことは考えられない。あの風が吹くまでは、公爵家の御令嬢が階層にも数えられないような汚らしい孤児を助ける意味はなかった」

 全てを見透かされ、もはや反論の余地もない。そう——私はただ、あなたを助けたいと思ったのだ。馬車の中、いじめられているあなたを見た瞬間、考える間もなく体が動いてしまった。それは勇者ではなく、あなただけに向けた私の心。

「つまり、あれは君の打算ではない、君の純真たるな優しさ——俺はその美しい心に惚れたんだ」

「君の本当の名前を教えてくれ」

 アレクスは私が転生したことを知っている。だからここで聞かれているのは

「——美心」

前世の名前だ。美しい心と書いてミコ。前世の両親が心の美しい子になるようにと願ってつけてくれた名前。でもこの世界には漢字がないし、ミコという文字でしかない。

そして、それはこの世界ではありふれた名前。勇者からの寵愛を与えられるよう、庶民の娘に好んでつけられる女神ミラに肖った最も平凡な名前の一つだ。

「世界一よく聞く名前でしょ?」

「君の心のように美しい名前だな」

「じゃあこの国の民の大半が心が美しいということになるわね」

 このような場面ですら皮肉しか言えない自分に腹が立つ。でも、素直になれたらこんなことでアレクスを困らせたりしてない。

「では、その凡庸な名に俺だけは特別な意味を乗せよう」

 重なる指先はあの日のように硬く、かさついている。私はその感触に心が捕まれる。

私が運命を回避してからアレクスは手袋をしなくなった。前世で誰かが言った。黒い手袋は「自分の穢れを隠す」もので、白い手袋は「相手を穢したくない」から身に付けるもの。私は彼の指を愛おしく感じた。

「ミコ、愛している。前の君も今の君の一部だ。俺は君のすべてを愛おしいと思う。」

私の指先に寄せられた唇は、彼の瞳のごとく燃えるように熱を帯びている。優しく手を引かれ、彼の腕の中に包まれる。

私たちが寄り添っている間も、しんしんと雪は積もり続ける。——これは寒いだけだから。そう言い訳して、私は彼に体を預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ