選定の儀
勇者が選定された日。その日は私にとっての転生1日目の出来事だった。
あの日の私は街の賑やかなムードとは裏腹に朝から荒れていた。寝ぼけてベッドから転がり落ちたからではない。その衝撃で「自分が死にゲーのヒロインである」と気付いてしまったからだ。
「いや、意味わかんなくない?!普通転生って言ったら、チート、俺TUEEE、ハーレム、溺愛、ハピエンだよね?!」
だってこの世界はバグのせいでヒロインが必ずバトエンするゲーム「呪われた勇者と首無しの巫女」、通称「ノロクビ」。女性向け転生物語のお決まり、溺愛もハピエンも拝めそうにない。
「バトエン不可避のヒロイン転生なんて何の罰ゲームよお!」
私は泣いた。5歳児ができる限り精一杯泣いた。分厚いドアを突き抜けた鳴き声に、侍女も執事も困惑し、屋敷中が私の様子を見に来たほどだ。
このゲームのヒロインである私、ミカエライン・フォン・アッシェンブラウトは建国以来公爵位を授かっている王の左腕、アッシェンブラウト公爵家の一人娘だ。お母様は産後の肥立ちが悪く、すでに亡くなっており、お父様は忘れ形見である私を溺愛している。それまではいい。転生物でもよくある設定だ。問題は私が16歳の秋にヤンデレ勇者に殺されるってこと!しかも斬首、ギロチンで、だ。私の人生、始まった瞬間に終わったくない?
前世より2倍は広いベッドでのたうち回りながら私は嘆く。ありえん……本当にありえん。同人ゲームノロクビに一定層のファンがいた理由は色々ある。まず、フリーゲームであること。そのくせキャラのビジュがイイじゃんなこと。しかもなぜかほとんどの場面でキャラのボイスがついていること。ストーリー部分もある程度出来がいいこと。しかし、このゲームが好きだと声高らかに言う廃人はみんな揃えて言う。これは世の中でも類を見ないタイプのクソゲーだ……!!、と。
私にとって最大の問題は、強制バットエンバク。つまり、ヒロインがどのルートに入っても、最終的に本来攻略対象ではない勇者ルートのバトエンに飛ばされるバグだ。こんな理不尽な仕様があるか!私は羽毛でふかふかの枕をサンドバッグにした。
「お嬢様、お加減はいかがでございますか?」
朝食を運んできた侍女のミナが私に声を掛ける。
「ごめん、今日ご飯無理かも……」
人前で枕を殴り続けるわけにもいかず、私はベッドから降り、今度は朝食が置かれたテーブルセットで項垂れ始めた。公爵家専属のシェフが用意してくれるご飯はいつも美味しい。今日だって食欲をそそられるクロワッサンのいい匂いが部屋中に広がっている。それでも私のお腹は空腹よりも気持ち悪さが勝っていた。貴族の食事は食べられなければ使用人に下げ渡されるはずだ。だったら下手に食べるよりもこのまま彼女たちに渡される方が良いだろう。
「ではアイスティーだけでもいかがですか。」
そう言ってミナは私にアイスティーを注ぐ。いわゆるナーロッパの世界観であるこのゲームでも、紅茶が貴族の嗜みだ。しかし、北国であるこの地の民は暑さに弱く、土地柄や魔法で氷が気軽に手に入るためか、アイスティーも貴族に好まれていた。
「ありがとう、ミナ」
起きたての乾いた喉に冷えた紅茶が染みる。私はアイスティーを飲みながら考えた。私の中のミカエラインの記憶が正しければ、次代の勇者を見つけ出す選定の儀が開始されてすでに数日経過していた。歴代の勇者は王族に近しい家柄から排出されるとされている。そのため、選定の儀は通常1日で終わることが多い。けれど当代は王族からも上位貴族からも選ばれなかった。国はこの事態に焦り、御布令を出した。「現在5歳となるこの国の男児は須らく選定の儀を受けること」。この御布令に国民は色めきだった。我こそが、我が息子こそが次代の勇者かもしなれない、と。
「まあ、実際当代の勇者は平民なのよね」
御布令では須らく儀式を受けるとなっているものの、実際は王族、上位貴族、下位貴族という順番で儀式をしているに違いなく、だからこそ当代の勇者を見つけるのにこれほどの時間を要しているのだ。きっとこの儀式にお力添えをしているお父様は今夜も帰りが遅くなるに違いない。
もし、私がお父様よりも先に勇者を見つけ、懐柔できたら死亡フラグを折ることができるだろうか。攻略対象外のためか、ノロクビの中で勇者のスチルはほとんど描かれない。なんならCVすらもついていないし、もちろん子どもの頃も描かれない。そのため私の手元にある情報は、歴代の勇者と同じ「アレクス」という名前と、黒髪、瞳が灰青色であること。前述の二つはどちらも平民にとって珍しくない特徴だ。手掛かりになるとしたら、瞳の色だけだろう。果たしてその情報だけで探し出せるだろうか。私は思わず頭を抱える。
「ご体調が優れないようでしたら、本日は外出を控えますか?」
ミナがティーセットと朝食を片付けながらわたしに問う。
「外出?」
「そうですよ。お嬢様は最近旦那様のご活躍をこの目で見るんだとカフェーの一角を貸し切っておられるでしょう?本日向かわれないようでしたら使いを出しますが——」
「待って!行く!行くから!」
そうだ、ここ数日ミカエラインは毎日教会近くのお店に通い詰めていたんだ。あのお店ならバルコニー席があるからより高い所から効率的に勇者を探すことができるかも!まずは平民の格好をした黒髪の子にあたりをつけて、そこからは従者に彼らの瞳の色を確認してもらえばいい。
朝食もそこそこに、私たちは街へと向かった。道中は馬車の往来が難しいほど人々の熱気があった。史実上初めて起こる展開に街はどこもかしこもお祭り騒ぎで、露店では選定の儀を待つ子どもたちに向けて炊き出しも行っているようだ。
「ねえ、あれ」
私は馬車の窓からある集団を指差した。虹のかかった空に似合わない胸クソ悪い連中だ。
「あの子たちは何をやっているの」
身なりの良い少年たちが一人の子どもに砂を投げている。少年たちはおそらく役人か商人のご子息だろう。今時分だと選定の儀が貴族層から平民の中でも権力層を選定するフェーズに入ってもおかしくない頃合いだ。いじめられている方の子は5歳の彼らよりも一回り小さいことを考えると3歳くらいだろうか。煤けた黒髪は砂を纏い、その身なりは彼の髪よりも汚らしい。
「……きっと施しを受けに来たスラムの子なのでしょう」
「そう、分かったわ」
私は馬車を降りて彼らのもとに向かった。




