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【11作品】クズと吸血鬼と青い春  作者: あぱ山あぱ太朗
1章 衛藤英吉は自他ともに認めるクズである
2/20

1-1

「めっちゃセックスがしたい!」

「一応言っておくが、教室のド真ん中だぞ」

 今の気分を率直に言葉にしたら、士郎の呆れた声が返ってきた。

「いやいや、士郎なら分かるだろ? この連休中ずっとバイトだったじゃん?」

 一生に一度しかない高校二年生のゴールデンウィークは労働に費やされた。

 女の子とご飯を食べに行ったり、デートに出掛けたり、家でイチャイチャしたり、そういうことをするのが健全な高校生の休日ではないだろうか。

「連勤だったことと、英吉の卑猥な発言には何の因果関係もないだろ」

「数学で習ったじゃないか。労働によるストレスと性欲には相関関係があるって」

「なんだその最低な数学教師! 実在するなら即刻クビにしてくれ!」

 さすがは相方。いいツッコミだ。

 志村士郎のツッコミは今日も冴え渡っている。

「彼女持ちの士郎には分からんよな、俺の気持ちが。この溢れんばかりの性欲が!」

「言っておくが、風香とそういうことはしてないぞ!」

「奥手だなー。連勤中、風香とほとんどシフト被ってたじゃんか。だってのに、一緒に帰ったりしている様子もなかったし。プラトニックかよ」

 士郎とその彼女である藤倉風香とはバイト先が同じだった。個人経営の居酒屋。時給がかなりいい。何よりも同年代が多くて楽しい。

 長期休み中、とんでもなく混雑することを除けば最高の職場環境である。

「英吉みたいにすぐ関係を持つのは、俺のタイプ的にキツイっての……」

「ははは、あんまり憧れるなよ?」

 衛藤英吉、十六歳。すでに年齢の数字以上の女子と関係を持っている。

 遊び人。自他ともに認めるクズ。今の時代的に完全アウトな存在。もしも俺を主人公に据えた物語があったとしたら、ネットでの炎上は免れないだろう。

 なので、そんなアホなことをする作家が現れないのを祈るばかりである。

「安心しろ、クソ野郎としか思ってないから」

「さすがは心の友。言い難いこともしっかり言ってくれる。これからもよろしく」

「ったく、調子いいな」

 士郎は諦めたように笑っていた。


「なーなー! 英吉! 士郎! 聞いてくれ! すごいんだよ!」

 

 教室前方のドアが勢いよく開いて、見慣れた人物が一直線にこちらへ向かってくる。

 朝練終わりだというのに体力が有り余っているな。今日も代島大輝は元気だ。

「どうした、今朝のうんこはバナナ状だったのか?」

 大輝と知り合ってまだ一ヶ月ちょいだが、その短い期間で学んだこととして、コイツがはしゃいでいることの九割はロクでもないことである。

「何で分かったの!? いや、うんこはどうでも良くて! すごいもの見ちゃったんだよ!」

「お前ら小学生じゃないんだからさ……」

 うんこうんこうるさいぞ、と士郎のツッコミが入る。

「めっちゃ可愛い子がいたんだよ!」

「え、可愛い子? 誰よ。この学校の可愛い女子なら同級生はもちろんのこと、先輩後輩も全員把握しているつもりだけど」

「いや、何でそんなこと把握してるんだよ」

 俺からすれば士郎が疑問を覚えることに違和感があるけどな。普通に可愛い子がいたら気になっちゃうのが男の性ってものだろう。

 それに――――

「俺の野望は『学校にいる美少女全員と関係を持つこと』だからな」

 この辺りで『ドン!』って効果音を入れてほしい。

「さすが英吉! そこにシビれる! あこがれるゥ!」

「駄目だこいつら……早く何とかしてくれ……」

 ジャンプネタが渋滞していた。

「それで、大輝。その可愛い子って学年はどうだったよ? 誰チャンか当ててやる」

「リボンは青だった!」

「ん、つまり同学年ってことだよな」

 大輝と士郎が言っているのは天和大学附属高校における学年の見分け方である。

 この学校ではリボンとネクタイの色が一年生は緑、二年生は青、三年生は赤といった感じで分けられているのだ。

 このシステムを知った時、さすがは私立校だなと思った。毎年リボンとネクタイを変えることで金を巻き上げようって戦略だ(と俺は思っている)。

 生徒もバカじゃないので先輩のお古をもらったりしているけどな。

「つか、同学年なら大輝も知ってる子じゃないのか?」

 俺ほどではないにしろ、大輝だって性欲の塊みたいな奴だからな。同学年の可愛い子くらいはちゃんと把握してそうだけど。

「そ、そうなんだけどさ。俺も見たことがない子で……って、あー!」

 いきなり大声を出したかと思えば、大輝は教室前方を指差して「あの子だよ、あの子!」と必死にアピールしてきた。


「ヒュ~」


 思わず口笛を吹いてしまう。大輝の指し示す先には、確かに美少女がいた。

 肩くらいまでの長さで無造作に伸びた襟足。片目が隠れる長い前髪。ウルフヘアってやつだ。その名称に引っ張られているのか『孤高』という単語が頭に浮かんでくる。

 目鼻口が西洋人のようにくっきりしており全体的にクールな印象だ。

 ピアスとかタトゥー、ギターとかタバコが似合いそう。あとはなんだろう、血とか?

 間違いなく美少女ではあるけど、男目線ちょっと声を掛けにくい独特な雰囲気がある。

「でも、誰なんだ!? あんな子クラスにいなかったよな!?」

「あれじゃないか、ずっと学校に来てなかった……」

 士郎と大輝は見覚えのない美少女についてアレコレ論じているが、俺には彼女の正体がすぐに分かってしまった。

「真中茉莉」

 俺の美少女名鑑を侮るなかれ。士郎の言うように二年生になってからは学校に来ていなかったが、一年生の頃は普通に登校していたからな(クラスは違ったけど)。

 当時の印象は少し地味ではあるが、よく見ると結構可愛い子枠って感じだ。

 そういう意味では少し雰囲気が変わったような気もする。

 ま、女子は髪型・メイク・服装で全然別人になれるから驚くようなことではないが。

「そんな名前だったな。……しかし、どういった風の吹き回しなんだ」

 新たな美少女クラスメイトの登場に興奮状態の大輝とは異なり、士郎はかなり慎重に言葉を選んでいた。

 これまで不登校だった子。その扱いは非常にセンシティブだからな。

「そういうのは本人に聞くのが一番早いだろう」

「ちょ、英吉!」

 士郎の静止を振り切って、件の美少女の元に向かっていく。

 下手に動くな、そう言いたい気持ちも理解はできるけどな。衛藤英吉に美少女を目の前にして声を掛けないなんて選択肢はないのだ。

 何も分かっていない大輝は「早速、ナンパかー!」と騒いでいる。

 真中茉莉の登場に戸惑っていた周囲のクラスメイトも、俺が動き出したのを見て「うわ、衛藤くんがまた節操なく女子に……」と呆れた表情を浮かべていた。

 俺の女好きっぷりはすでに公然の事実となっている。隠さずに自ら発信することで、あらかじめ期待値の調整をしているのだ。

 有名人でも優等生キャラで売っていた人物が起こしたスキャンダルと、クズ売りをしていた人物が起こしたスキャンダル、例え同じ事柄でも世間の反応は違うだろ?

「おはよう! 真中さんで名前、合ってるよね?」

 努めて明るく。堂々とハッキリ。

 女性にモテたい男は『自信』という鎧を常に纏う必要がある。

「……聞いてた話と違う」

 真中さんがボソッと何か呟いた。

「え、なんて?」

「何でもない。それで君とあ――私ってどんな関係だっけ?」

 なんて冷たい眼差しなんだろう。真中さんは探るようにじっと見つめてくる。

 ナンパには失敗が付きものであり、こういった反応には慣れているつもりだったが、彼女の虚無すらも飲み込んでしまう瞳には薄寒いものを感じてしまう。

「これは自己紹介が遅れました! 衛藤英吉です! 知っての通り、まだ関係って関係はないけど、これから仲良くなりたいと思ってます! 色んな意味で! どうぞよろしく!」

 しかし、ここで怯んでは駄目だ。女性から格下認定されると恋愛関係には発展しない。

 人間も所詮は動物。強いオスが本能的に求められている。

「あーそういう感じ」

 つまらなそうに真中さんは髪の毛を弄っていた。

 この塩対応には辛いものがあるな。美少女は色んな男に言い寄られるため、変に期待を持たせないように、あえて冷たい対応を取ることがある。

 けど、高校生でこの対応力を持ち合わせている子もなかなかレアだ。

「あはは、ごめんごめん! 急過ぎたよね! お互いのことをよく知らないと、仲良くもなれないか! ってことで、今度の休みとか遊びに行かない?」

 だが残念。並の男はここで退散してしまうのだろうが、俺には通用しないのである。

 こっちも場数が違うのでね。俺のスタンスは『押して駄目なら押し倒せ』だ。なお、実際にやったら犯罪なので要注意である。あくまで心構えの問題ね。

「英吉って本当にメンタルは鬼強いよな」

「間違いない! 俺だったら絶対にゲボ吐いてるもん!」

 おいおい聞こえてるぞー。見せ物じゃないっての、まったく。

 士郎と大輝には後で文句を言うとして、今は目の前の相手に集中しよう。


「ちょーっと、待ったー! 衛藤くんね、いくら何でもガッつき過ぎだよ! 真中さん困ってるでしょ! クラス委員長として見逃せません!」


 と思っていた矢先、一人の女子が俺と真中さんの間に物理的に割り込んでくる。

 これが男だったら即座に戦争だが、その大きな乳に免じて主張くらいは聞いてやるか。

「クラスメイトと仲良くなろうとしているのに、何が問題なんだ?」

「逆に質問するよ。もし、真中さんが男子だったらそんな風に話しかけてた?」

「男にそんなことするメリットがないだろ」

「その回答に問題の全てが詰まってると私は思うな!」

 言葉尻を捉えて、ビシッと指摘してくる。やれやれ、お節介な委員長様である。

 風香は今日も今日とて品行方正・清廉潔白だった。後ろで静観している彼氏には勿体無いくらいイイ奴だ。

「もぉー、あんな地獄みたいな連勤の後なのに元気だよね。ほんと」

 藤倉風香。二年連続で同じクラス。バイト先が同じ。そして士郎の幼馴染であり彼女。

 トレンドマークのおさげ髪、おっとりとした親しみやすい顔立ち、委員長になるために生まれてきたような美少女である。その豊満な胸を一度でいいから揉んでみたかった。

「連勤の後だからこそ色々と溜まるんだろ」

「な、な、何言ってるのっ! そ、そういう下ネタ禁止っ!」

「へー、風香にはこれが下ネタって分かるだなー」

「~~~っっっ!!」

 顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。ちくしょう、可愛いな。

 何を隠そう、今のバイト先を選んだのは風香がいたからである。士郎と付き合うまでは猛アタックしていたのだが、軽くスルーされていたのが懐かしい。

 どうやら「心に決めた人がいる」とかでねぇー。はぁー、妬けちまうねぇー。俺もそんな風に想われてみたいものですよぉー。誰かさんが羨ましいなぁー。

 よし決めた。あとで士郎をジャーマンスープレックスで投げ飛ばそう。

「とにかく、彼氏がかまってくれないからって人の恋路を邪魔するんじゃない」

「なっ! そ、そんなつもりないから!」

「大体、お前ら焦れったいんだよ。バイト中もなんか不自然に距離あるし」

「そ、それは関係ないよね、今!」

 こうやって風香を揶揄うのが、出勤中の楽しみだったりする。


「――こいつ使えそうね」

 

 これまで静観していた真中さんがまた何かを呟いたような。だけど、その声はよく聞き取れなかった。

 いかんいかん。風香で遊んでいる場合じゃないんだ。俺の戦いはまだ終わっていない。

「あ、こっちの話でごめんね、真中さん」

「ちょ、だから衛藤くん! あんまりしつこく絡むのもどうかと――」

「衛藤くん。さっきの話、いいよ。遊びに行きましょ、二人で」

『え!?』

 どういう心境の変化だ。さっきまでの塩対応からは考えられない回答だった。

 まさかのOK。風香だけでなく俺自身も驚きを隠すことができない。

「ま、真中さん考え直した方がいいよ……? 衛藤くんってその、女の人にだらしないというか、すっごくチャラいことで学年どころか学校中で有名だからね……?」

 風香が言葉を選んでいる。端的に言ってしまえば「クズ」なんだが、藤倉風香という女子は他人を貶すような言葉を口にしない。

 誰に対しても親身で、寛容で、情け深いのだ。そんな彼女が少しだけ眩しかった。

「いいね、真中さんノリいいね! じゃあ、今度の日曜とかはどう?」

 利己的な俺には真似をすることができない。

 だから、いつも通りの軽くて薄っぺらい自分で応じた。

「日曜なんて言わないで、今日の放課後はどう?」

「うへ!?」

 積極的すぎる真中さんにまたしても風香が驚く。

 俺は俺で口角が上がってしまうのを必死に抑えていた。

「もちろん構わないよ」

「ま、待って! 衛藤くん! 今日シフト入ってたよね!?」

 そういえばそうだったな。連休明けで店が空いていると予測して、あえてシフトを入れたのを忘れていた。俺の連勤はまだまだ継続中である。

「頼む、風香。シフト変わってくれ」

「えー!! やだよー!! せっかく連勤が終わったのに!」

「今日出勤すれば、愛する彼氏と一緒に働けます」

 店が暇になるなら話し相手が欲しい。

 そう考えて士郎にもシフトを入れさせていた。これを利用しない手はない。

「よ、余計なお世話だし! ま、ま、まぁ? どうしてもってことなら代わっても?」

 頬を染め、モジモジとしながら、いじらしいことを言う。

「おい、士郎! やっぱお前の彼女可愛い! 俺がもらってもいいか?」

「駄目に決まってんだろ!」

 当然のように士郎はキレて、俺を押し退け風香の隣に立つ。

「んじゃ、そういうことなんで二人でラブラブ働いてくださいなー」

「な、何を勝手に!」

「でも、風香の方は一緒に働きそうにしてるぞ?」

『…………っ!』

 風香と士郎は互いに無言で見つめ合うが、何も言わずにプイッと顔を逸らす。

 どちらも顔が赤い。ふふ、初心だねぇ。この感じならあとでもう一回、風香にダメ押しすればシフト交換も大丈夫そうだ。

「ってことで今日はよろしくね、真中さん」

 これにて会話は切り上げる。引くときはスッと引くのがモテる秘訣。

 好き好きオーラ全開だと舐められるからな。余裕ある雰囲気を演出するのが大事だ。

「えぇ、よろしく衛藤くん」

 うしっ! 美少女との放課後デートの約束を取り付けたぜ!

 この昂る気持ちを静めたい。一度、教室を出てクールダウンをしよう。


「ジぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーー」


 教室の扉に手を掛けたタイミングで凄まじい視線を感じた。なんなら『ジー』という擬音を声に出してしまっている。

 廊下側先頭の席。女子の出席番号一番の鮎川天音さんがこちらを凝視していた。

 黒髪ロングの美人さん。大人びた雰囲気、涼しい目元、同じ高校生とは思えないくらい品がある少女だ。座っていると分かりづらいが、高身長で手足もスラっと長い。

 そして何故か、耳……いや、それはいいや。

 とにかくルックスもスタイルも抜群、文句なしの美少女である。

「お、おはよう……鮎川さん」

「(プイっ)」

 挨拶をするが無視されてしまう。つっけんどんである。

 うむ、何を隠そう。そんな美少女に俺は嫌われてしまっているのだった!

「そのー、なんて言うか。まだ、怒ってる?」

「怒ってはないし」

 その感じは怒ってる人のそれなんだよなー。

 えっとですね。つい先日、彼女を自宅に招いた時にちょっとね。

 い、いや! 決して法に触れるようなことはしてないぞ! うん、あれを取り締まる法律はないはずだ……たぶん。

 新しいクラスになって一際目立つ美少女がいれば……そりゃーねぇ? 

 男としてアタックしないわけにはいかないだろう。

 しかし、やや強引すぎたかもしれない。彼女の秘密に踏み込んでしまった的な。

「そ、それならよかったよ」

「ねぇ」

「な、何かな?」

 鮎川さんがジト目でこちらを睨む。

「その、あの子とは……ど、どういう関係なの?」

「あの子? あー、真中さん? いや、関係も何も今日初めて話したけど」

 一瞬、誰のことを指しているのか分からなかったが、これまでの流れや鮎川さんの目線などから真中さんのことだと推察した。

「ふ、ふーん。別に衛藤が誰と喋ろうが、ウチには関係ないけど」

「あはは……それはそうだよね……」

 普通の女子がこれを言ってきたら、「え、なになに、俺のことがそんな気になる?」的な返しもアリなんだけどね。

 正直、鮎川さんの俺に対する好感度を測りかねていた。

 まるっきり手応えなし、ってこともないんだけど、ここ最近は完璧に無視されている。

 けど、この間のこともあるからな。基本的にはマイナス評価だと思う。

「それだけ」

 そう言い残して、彼女はそっぽを向いてしまう。

 これで会話は終わりということらしい。

 やっぱり難しいな。押せばいいのか、引けばいいのか。モテ男・英吉の直感は『押せ』だが、状況的に考えて『引け』が正しいんだろうな。

「うん、じゃあまた」

「…………」

 返事はない。どうやら判断は正しかったみたいだ。

 教室を出る気分でもなくなってしまったな。しかしこのまま席に戻ると、真中さんをナンパした後に、鮎川さんに話し掛けに行ったようにしか見えない。

 真中さんの好感度が下がるのは避けたいので、特に尿意はないがトイレにでも行くか。


「えーくん、そろそろHR始まるよー」

 

 今度こそ教室を出ようとしたところ、またしても女子の声で阻まれる。

 ふぅー、やれやれ。今日も俺はモテモテだな。

「うんこうんこ」

「もぉー! 女の子にそういうこと言わないのー! でも、それなら丁度イイね! きららと連れションしよー!」

「いや、小便じゃなくて大便だから」

「ツッコむのそこじゃなくない!?」

 今日もきららはご機嫌である。そのままの流れで一緒に教室を出ることに。

 教室を出る瞬間、またしても鮎川さんから物凄い視線を感じたが、きっと気のせいだろう。うん、そうに違いない。

「マジできららもトイレなのか?」

 隣に並ぶツインテール女の真意を問うことにした。

 桐谷きらら。生徒会書記、次期生徒会長候補。こじんまりとした体躯とは裏腹に肩書きだけは無駄にデカい。

 天真爛漫って言葉が服を着て歩いているような存在。男ウケのするタヌキ顔系の美少女ということもあり男子人気は高い。一部の女子からは妬まれている。

 だが、桐谷きららはこう見えても強かな女だ。各クラスの一軍男子・女子や主要人物に取り入ったりなどして、自分の地位を巧妙に維持している。

「違うよー」

「違うんかい」

「えーくんとお喋りしたくて!」

 風香と同じく二年連続クラスメイトなので、きららの性格もある程度は分かっていた。

 こいつは異性であれば誰にでも、『勘違い』させるような言動をする。

「今更、俺に媚びても何もないぞー」

「キャハハっ! たしかにー!! えーくんとはもうヤってるもんねー!」

「…………」

 さすがの俺もそう開けっ広げにされると反応に困る。

 紛うことなき事実だし、あれはイイ夜だったと今でも思うけど。

「てか、そんなことはどうでもよくて!」

 どうでもよくはないだろ。

 まぁ、掘り下げる話題でもないか。お互いのためにもな。

「えーくんって本当に女の子が大好きだよねー。普通さ、不登校だった子をいきなり口説いたりしないよ?」

 わざわざ廊下に出てまで話したかったのは、どうやらつい先程までの事らしい。

「俺は全ての女子と仲良くなりたいんだよ」

「うわークズだー」

「どうも、自他ともに認めるクズです」

 あまりにも快活に笑うので、釣られて俺の口元も緩んでしまう。

「それで、真中さんは攻略できそう?」

「いやいや、攻略なんて人聞きの悪い。俺は彼女のことを深く知りたいんだよ」

「『繋がることで一瞬だけでも分かり合えた気がする』だっけ?」

 きららは女の顔になって、妖艶な笑みを浮かべる。

 ……はぁ、ピロートークで余計なことを言うもんじゃないな。あまりにも青臭い。

 もっと早く気が付いていればな。こうして恥を搔かずに済んだのに。けど、仕方ないだろ。曲がりなりにもそれが本音なんだからさ。

「朝からエロい顔すんなっての。リトル・英吉が元気になっちゃうだろ」

「この人、ほんとサイテーなんですけどーっ!」

 またいつもの天真爛漫な表情に戻る。相変わらず底を見せてくれない。しかし、深追いは危険だ。暴こうとするとこっちも踏み込まないといけない。

 ニーチェ先生が言うところの『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている』だ。

「もし、真中さんにフラれたらさ。きららが慰めてくれよ」

「それはえっちな意味?」

「おう、間違いなくエロい意味だ」

「うはっ! ここまで潔いと、もはやギャグじゃん!」

 もちろん相手を選んでやっている。そこの機微が読めないやつは何やってもモテないからな。にしても、きららが気安いのは間違いない。

「んじゃ、そういうことで俺はうんこしてくるわー」

 暗示みたいなものだろうか。嘘でもずっと口にしていたら、本当にしたくなってきた。


「はい、時間切れ。衛藤、うんこならHRが終わってからにしろ」

 

 そんな俺の便意を妨げる刺客が登場した。

「あー、ななみーん!」

「中里先生だ。桐谷」

 担任の中里七海。酸いも甘いも噛み分けた、大人の色香をムンムンとさせる美人教師。

 気怠げな雰囲気と目元の涙ボクロが堪らない。おまけにおっぱいも大きい。役満だ。

「七海ちゃん。『うんこ』なんて汚い言葉は君には似合わないぜ」

 教師と生徒の禁断の恋っていいよね。七海ちゃんも俺の物語におけるヒロインだ。

 何回かアプローチしているが、軽くあしらわれている。

「衛藤、お前もだ。中里先生と呼べ。あとな、女でも男でもうんこはうんこだ」

「ななみーん! そんな下品な言葉を連呼しないでよー!!」

「うんこって下品か? まぁ、そういう性癖もあるにはあるしな。しかしなー、私には脱糞の良さが分からん。百歩譲って失禁なら理解できるんだが」

「何の話やねん」

 担当科目が美術なだけあって(?)、七海ちゃんはだいぶ変わっている。

「そうだ、衛藤。試しにここで脱糞――」

「さぁ、中里先生! 今すぐHRを始めましょう!」

 この担任とんでもないことを提案しようとしていたぞ。

 エロい行為は大大大好きだが、アブノーマルなプレイにはちっとも興味がない。

「そうだったな。今日から真中も登校してくるって話だし」

 七海ちゃんはスタスタと教室に向かって行く。真中さんが学校に来ていることは既に教師にも伝わっているようだ。

 きららと目を合わして頷き合い、俺たちもその後に続いた。

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