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「英吉、朝だよ! 起きて! 学校遅刻しちゃうよ!」
「……あのさ。なんで花火は当たり前のように部屋に入ってきてんの?」
目を覚ますと甲斐甲斐しい幼馴染がいた……なんてことはなく、制服姿の花火がベッドの横から俺のことを見下ろしていた。
最近はいつもこうだ。あの吸血衝動以来、花火が毎朝起こしにくるようになった。
勝手に作成した合鍵を使ってである。これって完全に不法侵入だよな。
「今日もご飯作ってあげるね」
「どうせ今日もお茶漬けだろ!?」
なんて恩着せがましいんだ。「ご飯を作りに来ている」と宣っているが出てくるのは毎回毎回毎回、お茶漬けである。好きだからいいんだけどさ。
少なくとも朝からしっかり『料理』を作っている人には謝った方がいい。
「英吉の好物だからいいじゃーん」
「白飯・味噌汁・焼き鮭みたいなTHE・日本人的な朝食に憧れがある」
「え、えー、なにー? き、聞こえなーい!」
耳を塞いで口笛を吹いていた。花火が料理できないのは解釈通りである。料理をさせたらとんでもなくまずい料理を持ってくるようなタイプだ。
「まぁ、いいや。頼むわ」
「おまかせあれ!」
しかし、お茶漬けに失敗などない。逆にお茶漬けで失敗できるなら見てみたい。そういったこともあって、花火にお茶漬け作りを一任していた。
その間に髪をセットしたりと身支度ができるので、地味に助かるっちゃ助かる。
「英吉、準備完了!」
「ちょいまち」
男の身支度なんて一○分もかからないが、お茶漬けの準備はもっと時間がかからない。忙しい朝の味方だからな。
ご飯を盛る、湯を沸かす、有名な某お茶漬けの素を準備する、以上だ。
「よし、おっけー」
鏡に映るいつも通りイケている自分。
正直、顔立ち自体が整っているかは微妙なところだが、流行りの髪型にして肌にちゃんと気を使っていればそれっぽくなる。
あとは身に纏うオーラだ。自信があるやつはそれだけで魅力的に見える。
ってなわけで、今日も「俺はカッコいい」と言い聞かせて食卓へと向かう。
「お前なぁ。お茶漬け作るのにエプロンはいらないだろ」
「でも、可愛いでしょ! こういうのがグッとくるんじゃないの!?」
「ガワだけ取り繕ってもなー」
学校の制服×エプロンの組み合わせには込み上げてくるものがある。そこは認めよう。
しかし、中身が伴ってこそ初めて百点満点となるのだ。そうじゃなければただのコスプレである。その一瞬は興奮するが、徐々に虚しくなっていく。
加えて花火は制服すらもコスプレだからな。中身は二十歳の成人女性である。
「素直に可愛い、って言ってくれるだけで女子は嬉しいのよ!!」
「あー可愛い可愛い」
「テキトー!! けど『可愛い』って言葉の魔力は凄まじいわ。ちょっと嬉しいと思ってしまう自分がいるわ……ぐぬぬ」
こういうのを聞いてると「可愛い」に絶大なる効果があるように錯覚してしまうが、世の男子諸君には留意してほしい点がある。
花火が俺に対して多少なりとも好感を持っているから通用するだけで(自分で言うな)、興味がない相手から言われた女子の反応ってむっちゃ怖いぞ。
口では「ありがとう」とか言うかもだけど、マジで目の奥が笑ってないから。
あれは闇だ。漆黒だ。
「つか、二十歳になってその格好はちょっとイタイよな」
「あはは、英吉ってまだ生きていたいんだよね?」
そうそうこんな感じ。
「よーし、飯にしようじゃないかー」
「もぉ! あとで覚えておきなさいよ……!」
……ただ意地悪で花火を揶揄っているわけじゃない。
俺と花火には四歳もの年齢差がある。そこでこちらが下手に出てしまうと、俺たちの距離は埋められないものになってしまう。だから常に対等でなくてはならない。
高校生男子なりの精一杯なのだ。決しておくびにも出すつもりはないけど。
「英吉の家のお米ってすっごく美味しいよね」
「南魚沼産だからな」
いつも花火はお茶漬けの素を入れる前に、白米をそのまま食べる。
その気持ちは分からなくもない。東京に出てからいつも新潟で食っていた米がとんでもなく美味いものであることを理解した。
毎朝お茶漬けを食べることもあり、自炊はしないくせに米だけは炊いている。
実家から送られてくるコシヒカリが地味にありがたい。
「あーしも今度、新潟行ってみたいなー」
「……機会があればな」
俺の中で整理がついた時にはきっと花火を案内してやろう。
食べてもらいたいものが沢山ある。枝豆、南蛮エビ、カレー、半身揚げ、へぎそばもそうだし、のっぺも超美味い。あとはサラダホ――――キリがないな。
「それ絶対に行かないやつじゃん!」
「さーて、どうかなー」
俺も花火を見習って白米をパクり。うん、うまい。
それからお茶漬けの素、電気ポットからお湯を注いで、いつものお茶漬けが完成だ。
「最近は花火もうまいことやってるよな」
「そうね、風香ちゃんとは仲良くさせてもらってる!」
あの一件以来、風香は花火のことを師として崇めている。
恋愛マスター花火の誕生だ。いつかこいつが未経験であることをバラしてやりたいが。
彼氏持ちに対して、一丁前にアドバイスしているのだから面白い。
「これで同性の友達を作る目標は達成じゃないか?」
「うん、これも英吉のおかげ!」
「俺は何もしてないっての。二人の相性が良かっただけだろ」
そう思いたい俺がいる。打算で花火と風香が仲良くなったわけではないと。
俺がいてもいなくても二人の関係には影響がなかったのだと。
「感謝してるんだから素直に受け取りなさいよ! でも、そうね……そうだと、いいな」
「今後とも風香との友情をしっかり育んでくれ」
「いや、誰目線よ!」
いかんいかん。また余計な口出しを。
「てかさ。結局あの後に風香と士郎は手を繋いだん? 士郎からは何も聞いてないけど」
翌日、土曜のバイトで士郎に突撃取材を敢行したのだが口を割らない。
むしろ、俺が全部仕組んでいたことにキレていた。きっちりプラネタリウムのシート代を渡してきたし。ほんと真面目だよなぁ。
ここまで協力したんだから教えてくれてもいいものだが。
「の、ノーコメントで!」
花火は風香から色々と聞いてるらしい。そりゃ師匠だもんな。
「ただ考察の材料はあるんだよなぁ。日曜日のシフトで風香がやけにご機嫌だったこととかー。最近は風香と士郎が二人で帰っているのをよく見るしなー」
明らかに関係が進展した感じがある。
「ギクっ!」
「いや、『ギクっ』てお前なぁ。答え合わせみたいなもんだぞ」
見た目に反して、嘘を吐くことが苦手な花火だった。
「あ、あーしが言ったって言わないでよ!?」
「んな、野暮なことはしないって。けど、なんか微笑ましいな。恋愛未経験の花火からしたら羨ましいんじゃないか?」
「そんなことないし! だ、だって……あーしはキス……したことあるしぃ?」
「……っ!」
花火が頬を赤らめて意味ありげな視線を送ってくる。その表情が、認めたくないが、とても可愛らしくて変な気分になりそうだった。
朝からやめてほしい。学校で悶々とすることになるな、これ。
「そ、そりゃ良かったな! えー、それで? 女友達も出来たことだし、次の目標はどうするつもりなんだ?」
「じぃぃぃー。話、逸らしたー」
逸らさないと大変な空気になっちゃうだろ。主にピンク色の方で。
「も、目標はちゃんと考えておけよー。……ほら、早く食わないと遅刻しちまうぞー」
「むぅ!!」
頬を膨らませる花火をスルーして、お茶漬けを掻き込んだ。




