異世界の無法者1
ある日の昼頃、生い茂る緑の草原の真ん中に、異世界間を繋ぐ巨大な転移ゲートがそびえ立っていた。ゲートの表面は鈍い金属光沢を放ち、周囲の澄み切った青空に、わずかに歪んだ熱気の陽炎が揺らめいている。その巨大な構造物から、アスファルトで舗装された幅広の道が、はるか地平線の彼方に見える王都のシルエットに向かってまっすぐに伸びている。その道は、定期的にメンテナンスされているにもかかわらず、ほとんど使われた形跡がなく、道沿いには背の高い草が、まるで道の存在を飲み込もうとするかのように伸び放題になっている。風が吹くたびに、草の葉がザワザワと音を立てて波打ち、遠くで鳥のさえずりが聞こえるばかりで、人の気配はほとんどない。
その静寂を切り裂くように、ゲートの向こうから、2台のホバーバイクが低い唸り声を上げて姿を現した。
「いい加減しつこいな!」
赤いホバーバイクに乗る女性が、苛立ちを隠せない様子で吐き捨てるように呟いた。彼女の長い赤髪が、風を切り裂きながら激しくなびく。
「さすがにゲートを超えたら追いかけてこないでしょ?」
黄色いホバーバイクに乗る女性が、不安げに言い終わらないうちに、数台の黒いホバーバイクに乗った者たちが、轟音とともにゲートを抜け、彼女たちの背後に迫っていた。エンジンの爆音が草原中に響き渡り、土煙が舞い上がる。
追跡者の中には、甲高い奇声を上げる者、あるいは喉の奥から絞り出すような下品な笑い声を響かせる者もいる。そんな中で、「ほらほらもっと早く走らないと捕まえちゃうよ〜」と、まるで子供の遊びのように楽しんでいる声が聞こえてくる。その背後には、ひときわ大きく、重厚な装甲に覆われたホバーバイクに乗った男がいた。男は歪んだ笑みを顔に貼り付け、ただニヤニヤしながら、手にしたマシンガンを女性たちに向かって無差別に乱射し始めた。銃声が耳をつんざくように響き渡り、弾丸がアスファルトを弾く甲高い音が追い討ちをかける。
「本当になんなのあいつら?ナンパしてきたと思ったら今度は狩りのつもり!?」
赤いホバーバイクの女性が、恐怖に声が上ずりながら叫んだ。顔は蒼白になり、汗が額ににじんでいる。
「大丈夫だよ!もう少しで街だから!街にさえ入れば追ってこないよ!冒険者ギルドに助けを求めよう!」
黄色いホバーバイクの女性は、必死に声を張り上げながら、加速するよう促した。彼女たちのホバーバイクは、甲高い駆動音を上げながらさらにスピードを上げて街へと向かっていく。当然、追いかける者たちも狂ったようにアクセルを煽り、そのスピードを上げていく。
王都の喧騒:食堂でのランチ
一方、王都の中にある、最近美味しいと評判の食堂では、鍛冶屋の休憩時間中のライムとアカリが、ランチを楽しんでいた。食堂は活気に満ち溢れ、食欲をそそる香ばしい料理の匂いと、人々の楽しげな話し声が混じり合っている。
「ここって大型スクリーンがあっていいでしょ?もう少ししたらミリアさんの配信が始まるから楽しみなんだ〜」
アカリはキラキラした瞳で、店内の壁に設置された巨大なスクリーンを見上げながら、嬉しそうに言った。スクリーンには、まもなく配信が始まることを示す告知が映し出されている。
しかし、ライムはアカリの言葉の意味がよく分からず、熱々のスープを口に運びながら、率直に尋ねた。
「ミリアさんの配信って何?」
アカリは、ライムの言葉に目を丸くして驚いた。
「えっ?ミリアさん知らないの!?王都に住んでるのに?もしかして相当な田舎から来たとか?」
アカリの問いに、ライムは少し動揺した様子で答えた。
「田舎かどうか知らないけど、王都から離れた所から来たと思うから田舎なのかな?全然スクリーンとか配信とか知らないし…やっぱり知らないと変なのかな?」
ライムは不安そうに、少し眉を下げてアカリの顔色をうかがった。アカリはそんなライムを見て、小さく笑った。
「まあ知らないなら知らないでいいけどさ。スクリーンも知らないんだ。じゃあ今から色々とびっくりするだろうな〜」
アカリが楽しそうに話していると、店内の大型スクリーンから、若々しく明るい女性の声が響き渡り始めた。
ミリアの配信:画面の中の輝き
食堂の大型スクリーンに映し出されたのは、まさにアイドルと見まがうばかりの女性だった。周りを魅了するような、輝く笑顔を浮かべ、金色の長い髪は、スクリーンの光を受けて柔らかく波打ち、まるで本物の天使の輪郭を描いているかのようだ。その瞳は見る角度によって青にも赤にも変わる不思議な色合いを持ち、まるで深い神秘を宿したかのような輝きを放ち、人々の心を惹きつけてやまない。
彼女の着るシスター服は、伝統的な清らかさを保ちながらも、胸元が大胆に開かれ、歩くたびに足元には艶やかなスリットが走っている。その抜群のスタイルと相まって、食堂にいる誰もが彼女の存在に釘付けになるのも無理はない。見た目は清らかだが、その背後にはどこか妖艶で謎めいたオーラが漂っており、それはスクリーンの向こうからでさえ、はっきりと感じ取れた。ライムもまた、スプーンを持つ手が止まり、思わず画面を見つめていた。
「お食事中の人も、そうじゃない人も、こんにちは〜!みんなのハートをキャッチしてドレインしていく、シスターミリアエリザベートだよ〜!」
明るく、弾むような声が食堂中に響き渡る。
「今日は生配信をしていくから、良かったら少しでも見ていってね〜!今日は王都の中心地の、噴水がある場所から生配信をしてるよ〜!あと、みんなにお知らせだよ〜っていうか、お願いかな?みんなはエコーリンクは持ってる?ほら、私も愛用してるこれ♪」
そう言ってミリアは、掌に乗るほどの小型のデバイスを、カメラに向かってちらつかせた。デバイスは滑らかな流線形のデザインで、わずかに青白い光を放っている。
「これって便利なのだよ〜!映像も撮影できるしさ、連絡もできるしさ、あと何といっても私の配信をどこからでも見れちゃうの〜!もちろん音声だけでも楽しめるよ〜。今後は家にいながらショッピングとかにも対応予定だから、持ってても損はないと思うよ〜!まだ持ってないよって人でも大丈夫!実はね〜、異世界の技術者と共同開発したこのエコーリンクはね、皆さんに格安で販売しています♪気になる方はぜひ私の販売所に来てください!配信を見たって言うと安く購入できます〜!え?安くてもちゃんと機能するのかって?そこは大丈夫だって!私も使ってるんだよ〜!信用してよ〜!あ〜、異世界の流れモノさん、スパミリチャンありがとう〜!『異世界から流れ着いて、あなたに一目惚れしました。ぜひ会いたいです!』キャッ、嬉しいな〜!もちろんスパミリチャンを送ってくれた人は、無条件で夜のセミナーオフに参加できるので、ぜひ参加してね〜!私も会いたいな〜!みんなからのメッセージもミリチャンもスパミリチャンも、読める時には今みたいに読んでいくからよろしくね〜!それとさ〜、エコーリンクだけじゃなくて、商人が売ってるデバイスとか、冒険者ギルドでも入会特典でクロスパッドを配布してるから、自分に合った形で手に入れて配信を見てね〜!じゃあ、案件はこのくらいにして、今日は神殿の入り口で寝てる黒猫のテトラちゃんの様子を軽く見せてから本題に行くね〜!」
ミリアがそう言うと、画面は瞬時に切り替わり、神殿の厳かな石造りの入口の前で、一匹の艶やかな黒い猫が、日差しの当たる場所で気持ちよさそうに丸まって眠っている姿が映し出された。猫の穏やかな寝息が聞こえてきそうなほど、平和な映像だった。
「今の何?」
ライムは呆気に取られたような声で、アカリに尋ねた。彼女の顔には、驚きと困惑が入り混じっていた。
「ええ?今のミリアさん見てそんな反応?大丈夫?実は私も買っちゃったんだ、エコーリンク…。だってお勧めされたからさ〜。実はファンでね、ミリチャンしてるんだ〜。グッズも買ってるし!ミリチャンって言っても分からないか。ええと、少額寄付みたいなもんだよ」
アカリは少し照れたような笑顔で答えた。ライムは、なるほど、と頷きながら尋ねる。
「じゃあ、スパミリチャンは?多額の寄付?」
「おっ、するどいね〜!そうだよ!1金貨以上だから結構高額だね」
アカリがそう言い終わるか終わらないかのうちに、再び映像はミリアに戻ってきた。
「みんな、テトラちゃんは可愛かった?いつも寝てるんだよ〜?いつご飯食べてるんだろうね?でも最近は夜中に行動してる事があるみたいだから、もし見かけたら写真を撮って教えてくださいね〜!あと、たくさんのミリチャンありがとう!後でまとめて読みますね♡では本題の、今巷で話題のグルメコーナー!」
ミリアが満面の笑みでそう話していると、突然、ミリアの背後を2人の少女が必死な形相で駆け抜けていくのが映し出された。少女たちの顔には恐怖が滲み出ており、息を切らしているのがわかる。そして、その背後から鼓膜を突き破るような爆音を上げて、7台のホバーバイクが猛スピードで街中を疾走してきた。石畳の道がタイヤの摩擦音とエンジンの轟音で振動する。その最後尾のホバーバイクからは、マシンガンが火を噴き、不規則な銃声が街中に響き渡っていた。
それを撮影していたミリアは、一瞬、笑顔が消え、わずかに低い声で呟いた。
「あれってルール破ってない?どういうつもり…?」
しかし、すぐにいつもの可愛い声に戻り、何事もなかったかのように話し続けた。
「なんだったんでしょうね〜、今の乗り物たちは!良い子も悪い子も、街中では乗り物に乗っちゃダメだぞ〜!ミリアさんとの約束だぞっ⭐︎」
配信はそのまま何事もなく続いているが、ライムは目の前の食事を放り出すように立ち上がった。
「噴水があるエリアだったよね…。ちょっと行ってくる!」(あれは何か事件だ助けなきゃ…!)
ライムはそう言い残すと、食堂の椅子を倒すのも構わず、店の外へ向かって駆け足で飛び出していった。
アカリは、そんなライムの衝動的な行動に呆れたような表情を浮かべたが、すぐににやりと笑った。
「正義感出してるけど、生ミリアさん見たいだけじゃないの…?私も見たいから行くけど〜!」
そう呟くと、アカリもまた、慌ただしく勘定を済ませてライムの後を追うように食堂を飛び出していった。街の喧騒の中に、2人の足音が吸い込まれていく。
ギルド前大広場
少女たちは、王都の賑やかな通りを抜け、重厚な石造りの冒険者ギルドの入り口が目前に迫った時だった。ギルドの扉から漏れる人々の話し声や、金属のぶつかるような音が聞こえてくる。安心感が一瞬、彼女たちの顔に浮かんだその時、けたたましいエンジンの轟音が背後から迫り、反対側から黒いホバーバイクが猛スピードで突っ込んできた。
「キャアッ!」
甲高い悲鳴と共に、さっき黄色いホバーバイクに乗っていた女性が、衝突の衝撃で宙へと高く吹き飛ばされた。彼女の体は、まるで木の葉のように軽々と舞い上がり、次の瞬間、アスファルトの地面に「ドスッ」という鈍い音を立てて叩きつけられた。後頭部を強く打ったのだろう。彼女の体はピクリとも動かず、あっという間に命の光を失った。アスファルトには、わずかに赤黒い染みが広がり始める。
「ああ…リコちゃん…」
もう一人の女性は、その光景に声も出せずに立ち尽くし、呆然と地面に横たわる友人の変わり果てた姿を見つめていた。目からは一筋の涙がこぼれ落ち、頬を伝う。
その周囲を、ニヤニヤと笑いながら取り囲むように、数台のホバーバイクが低い唸り声を上げて停車した。彼らの一人が、嘲るように冷たい声で言った。
「もう追いかけっこは終わりだぞ〜」
そして、一回り大きいホバーバイクに乗った男が、ぞんざいな声で指示を出した。
「おい!人目に付かない場所に行くぞ!連れてこい!」
男はそう言うと、再び先頭を切って走り出した。取り巻きたちも、けたたましいエンジン音を響かせながらその後を追う。最後のバイクに乗っていた男が、倒れ込んでいる女性の首に無造作に縄を巻き付け、そのまま荒々しく走り出した。
「うっ!」
女性は、首に食い込むロープの痛みに苦しそうなうめき声を上げた。彼女の体は、アスファルトの上をガリガリと引きずられていく。地面との摩擦で服が擦り切れ、皮膚が焼けるような匂いが微かに漂う。しかし、男たちはそんな女性に見向きもせず、ただニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべながら、無慈悲にバイクを走らせる。
だが、突然**女性がレイピアでロープを切断し「ブツンッ」という乾いた音が響いた。女性はそのまま慣性で数回、地面をゴロゴロと転がった**。男たちはロープが切れたことにも気づかず、爆音を響かせながらそのまま走り去って行った。
女性は、うつ伏せに倒れたまま、咳き込みながらなんとか体を起こそうともがいた。全身の痛みで、まともに呼吸もできない。
その時、絹のような衣擦れの音と共に、一人の女性がレイピアを持って近づいてきた。彼女は膝を突き、優雅な仕草で女性に手を差し伸べた。
「あなた、大丈夫ですの?良かったですわ、まだ生きていらしたのね」
その声はどこまでも優しく、透き通っていた。女性は、安堵と心配が入り混じったような、柔らかな笑顔を浮かべていた。
女性は、喉を震わせながら、かすれた声で答えた。
「助けてくれてありがとうございます。私はアリスって言います。あそこで亡くなったのは、私の友人です…どうしてこんな目に…」
そう言うと、彼女の目から大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
「わたくしはアリシア・サンクレーンと申しますわ!配信を見ていたら、あなた達が追われているのを見て、助けなきゃって思って駆けつけたんですけど…間に合いませんでしたわね…ごめんなさい」
アリシアは、心底申し訳なさそうな表情で、深々と頭を下げた。彼女の金色の髪がサラリと肩からこぼれ落ちる。
その時、周囲に野次馬のざわめきが広がり始めた。どこからともなく集まってきた人々が、倒れているリコの遺体を面白半分に撮影し始める。エコーリンクの光だけでなく、腕輪型のデバイスや、異世界製らしき小さな浮遊ドローンまでが空中に漂い、ピピッと音を立てながら撮影していた。中には、妙な言語で早口に実況を始める異世界風の装束の若者もいた。
そこに、制服姿の治安局員であるレンドやタカオたちが駆けつけた。彼らの足元から巻き上がる砂塵が、一瞬だけ視界を遮る。
「ちょっとあなたたち!撮影はおやめなさい!」
タカオが、威圧的な声で野次馬たちの間に割って入った。レンドは、素早く白いシートをリコの遺体にかぶせながら、周囲に怒鳴りつけた。
「こら、撮影はやめろ!最低限のマナーぐらい持ち合わせておけ!じゃないと逮捕するぞ!」
その怒声に、ようやく野次馬たちは散り散りになっていった。
その様子を冷静に見つめていたアリシアは、アリスに優雅な所作で手を差し伸べた。
「もし行く当てがないのなら、わたくしのお屋敷にいらしてください。おもてなしはいたしますわ〜。では失礼しますね」
アリシアはそう言うと、甘い花の香りを残し、優雅にその場を去っていった。そのすらりとした後ろ姿は、見る者の目を惹きつける。
彼女の後ろから、アリスは声がかき消されそうなほどのかすれた声で、しかし精一杯の感謝を伝えた。
「本当にありがとうございました〜!」
ライムとアカリの到着
そんな時、ライムとアカリが息を切らせて現場に駆けつけた。ライムは、アスファルトに横たわるシートのかかった遺体と、その傍らで涙するアリスの姿を認めると、迷うことなくアリスの方に一直線に駆け寄っていった。一方、アカリは、周囲をキョロキョロと見回し、先ほどまで配信していたはずのミリアの姿を探している様子だった。
ライムは、アリスの前に立ち止まり、心配そうな声をかけた。
「配信見たけど、大丈夫?」
ライムの言葉に、アリスは驚いたように目を見開いた。
「ここの世界の人は、おせっかいが多いのかな?」
アリスはそう呟くと、再びこみ上げてくる嗚咽に声を詰まらせながら語り始めた。
「私はアリスって言います。ここにはただ観光で来ただけなのに…。一つ前の世界で、あいつらに絡まれて、逃げても追いかけられてここに逃げたのに…。ここまで追いかけてきて…リコは殺されて、私も…もしアリシアさんがいなかったら死んでました…」
アリスは、両手で顔を覆い、肩を震わせて泣き続けた。その姿は、あまりにも痛々しかった。
ライムは、胸にこみ上げてくる感情を必死に抑え、自身のポケットから六銅貨を二枚取り出し、アリスに差し出した。その硬貨は、鈍い光沢を放っている。
「異世界から来たなら、ここのお金持ってないだろうし、これ渡しとくから。もし想いがあったら来てね…」
ライムはそう言い残すと、アリスの返事を待たずに、くるりと踵を返しその場を立ち去った。その背中には、どこか寂しげな雰囲気が漂っていた。
そこに、ミリアを探し終えたアカリが、がっくりと肩を落としながらやってきた。
「ライムくん、話は終わった?結局ミリアさんには会えなかった…」
アカリのその言葉に、ライムは「何しに来たんだよ」と心の中で呆れながらも、小さな声で呟いた。
「(依頼に来てほしいな…)」
そして、ライムは早足で鍛冶屋へと向かい始めた。
アリスは、ライムから渡された六銅貨をしっかりと握り締め、その温かさを感じながら、彼の言葉を反芻した。
「月下の花屋…か…!」
彼女の瞳には、かすかな希望の光が宿っていた。アリスは、何かを決意したように、フラフラとした足取りで歩みを進めて行った。彼女の視線の先には、見慣れない王都の景色が広がっている。