それぞれの道
スパークは、ラグナの言葉に違和感を覚えながらも、ポケットから禁煙飴を取り出して
「本当に助かった。良かったらこれ、お礼だ」
ラグナはそれを受け取ると、包みを開けずに手のひらで転がした。「ありがとう。これ美味しいよね、煙も出るし」そう言って、にっこりと笑って
「もう行きますね。あなたに祝福あれ」
ラグナはそう言って、来た時と同じように、音もなく去っていった。その背中を見送りながら、スパークは心の中で呟いた。
(祝福か…それより、俺はもっと強くならないといけない)
過去の呪縛を断ち切るように、彼は決意を新たに冒険者ギルドへと向かった。
アカリは、レンドを背負いながら、彼の温もりが消えていくのに気がついた。レンドが目を覚ましたのだ。慌てて彼を地面に下ろすと、アカリは心配そうに顔を覗き込んだ。
「レンドさん、気がついた?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ…」
レンドは顔色こそ悪いものの、しっかりと返事をした。彼の瞳には、どこか遠い場所を見つめるような、強い光が宿っていた。
「ずっと考えてたことがあってな…ちょっと治安局に行ってくる」
レンドはそう言って、ゆっくりと立ち上がった。その歩みは、まるで誰にも邪魔させない、確固たる決意を秘めているかのようだった。アカリは、何も言えずにただ彼の背中を見つめることしかできなかった。
ボロボロになったフィオラの身体から、焦げたような匂いが漂う。彼女は、ライムの前に立ち、静かに語りかけた。
「ごめんね。私はあの場所を離れることしかできなかった…爆発に巻き込まれるし、建物は倒壊するし、動けずにいた…」
フィオラの言葉には、微かな震えが混じっていた。
「でも、医者が助けてくれたの…でも、その直後から異変が起きてね…植物が毒を帯びるようになって、種も発芽しなくなったの…ねえ、聞いてる?」
ライムは、フィオラの声がまるで遠い世界のことのように聞こえていた。彼は、俯いたまま、ただただ黄昏ていた。
フィオラは、彼の様子から、ライムもまた深い悲しみを抱えていることを察した。彼女はそっとライムの頭を撫でた。
「あなたも辛いことがあったのね…でもきっと、生きてさえいれば良いこともあるから。だから、頑張ってね…」
その手のひらから伝わる温かさを最後に、フィオラは静かにその場を後にした。
治安局の重い扉を開けると、そこには上司のタカオがいた。彼の顔には、安堵と同時に、深い悲しみが浮かんでいた。
「あら、おかえりなさい」
タカオはレンドの元に駆け寄ると、震える声で言った。「ここは、あなたを捕まえようとしてる兵士がいるから逃げなさい…時間稼ぎしとくから」
しかし、レンドは静かに首を横に振った。
「タカオさん、ありがとうございます。しかし、死人を出すに至った者として、ケジメがありますので…それと、もう疲れました…」
レンドの言葉は、諦めにも似た響きを持っていた。彼は、兵士たちが待ち構えている奥の部屋へと、ゆっくりと歩いて行った。その背中には、一切の迷いは見られなかった。
翌日の朝、穏やかな光が差し込む中、ミリアの配信が始まった。
「本日の配信はライブ中継でなんと!今世間を騒がせているあの死事人のリーダー、レンド・ムラサメさんの処刑を、緊急生中継でお送りしたいと思います!」
ミリアの明るい声が、広場に集まった群衆のざわめきを切り裂いた。彼女は手に持ったカメラを処刑台に向け、興奮した面持ちで言葉を続ける。「今、広場の処刑場に…あれ?レオくんが姿を現しました」ミリアの声には、僅かに動揺の色が混じっていた。
処刑台の中央には、神皇が堂々と立っていた。その後ろには、布で顔を隠した男が連れて来られる。その男の背格好は、レンドに酷似していた。
神皇は、集まった群衆を見渡すと、冷たい声で語りかけた。「ここにいる男は、死事人のリーダーではあるが、10年前の戦場では私と共に先陣を切って進んだ同志であった…それゆえに、このようなことになってただただ悲しい…」彼の声は、悲痛な響きを帯びていたが、その瞳には何の感情も宿っていなかった。「しかし、これは今、人々を不安と恐怖に陥れている死事人のリーダーゆえのケジメと思っていただきたい…それでは、私自らが処刑をさせていただく。今までありがとう、そして、さようなら」
神皇が大剣を振り下ろすと、鈍い斬撃音と共に、レンドの首が鮮血を噴き出しながら地面に転がった。その瞬間、悲鳴と怒号が広場中に響き渡った。
その刹那、群衆の一人が、狂ったように神皇に飛びかかった。彼は、隠し持っていたナイフで神皇の腹部を何度も滅多刺しにする。
「お前さえちゃんとしてれば、死事人が裏で暗殺とかする必要はなかったんだ!お前達政府がちゃんと悪人を裁いてたら!」
男は、血に濡れたナイフをさらに突き刺すが、神皇は全く動じない。彼は、刃を鉄の握力で掴み取ると、男からナイフを奪い取った。
「そんなに私が憎いか?憎いならいっそ、イベントでも開いてやろうか?」
神皇は嘲笑うようにそう言うと、男の首にナイフを突き刺した。男は、呻き声一つ上げられず、絶命した。
「ミリア、しっかりと配信しろ」
神皇の冷たい声に、ミリアはカメラを彼の顔にズームさせた。「うん、もちろん。ちゃんと映してるよ」ミリアの声は、震えていた。
「お前達が私を憎むと言うのなら、一つイベントを開こうと思う。私を討伐するイベントだ。参加は自由。日にちは追って伝えるが、そのイベントの日は、私は神殿の前に待機をするから、誰でも構わない、挑んで来い!そして私を殺せ!皆のチャレンジを待っている!以上だ!」
神皇が去ろうとすると、大臣の一人が慌てて駆け寄ってきた。「そんな危険な事はおやめ下さい!本気にしますよ!」
しかし、神皇はなんの躊躇いもなく、その大臣を炎で焼き殺した。焼けた肉の匂いが、広場に立ち込める。
「他にも、神に意見をする者はいるか?」
神皇の体から、ゆらゆらと燃え盛る炎の柱が噴き出した。周囲の空気が熱で歪む。
「じゃあ、イベントを楽しみにしとけ」
そう言って、神皇は神殿へと戻っていった。ミリアは、カメラを向けたまま呆然と立ち尽くしていた。「急遽、イベントが決定しました〜ってことで、決まり次第、配信して行きまーす♪それじゃ、おやすミリア〜」
彼女は無理に明るい声を出して配信を切ると、一目散に神皇の元へと向かった。
それぞれの決意
その配信を見ていたスパークは、ただ黙ってエコーリンクの電源を落とした。彼の顔には、怒りも悲しみも浮かんでいなかった。ただ、深い決意を秘めた目で、静かに異世界へのポータルに向かって歩いていった。
一方、アカリは、いつの間にか戻っていたライムの元へ駆け寄る。アカリの瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ出していた。彼女はライムを強く抱きしめると、震える声で言った。「レンドさんが処刑された…私達は何も出来なかったよ…ライムくんもウジウジしてないでさ、レンドさんの仇を取りに行こうよ!」
ライムが何も言えないでいると、アカリは彼の頬を強く叩いた。「もういい!私は武器の強化とかして、イベントに備えるよ!ライムはずっとそこでウジウジしとけば?さよなら…」
そう言い残し、アカリは奥の部屋へと消えていった。
ライムは、ただ放心状態で立ち尽くしていた。脳内には、世界の歪み、妹の殺害、そしてレンドの死という、あまりにも重い事実が渦巻いていた。
(もう誰も救えないのか?何のために能力を持ってるんだ…リトライすれば、なかったことにできるのか…?いや、違う…)
ライムは、ふと神皇の存在を思い出した。
(神皇に会えば、何か分かるか…?妹を連れて行ったはずの神皇に会えば、何かが…)
確証はなかった。だが、彼の心に一つの感情が芽生えた。それは、怒りにも似た、強い衝動だった。
(レンドさんも処刑したんだ。せめて一発は殴らないと気が済まない!)
ライムは、突然、やる気に満ちた表情になると、勢いよく鍛冶屋を飛び出した。
(なんで今のタイミングで神皇のことを考えた?全然考えたこともなかった…いや、違う。どうせ死ぬなら、神皇を道連れにしたいって、ずっと思ってた。レンドさんにも言ったじゃないか、目標は神皇を倒すって馬鹿にされたけど、この能力なら倒せるかもしれない)
彼は、神殿へ向かって走り出した。
神皇との対峙
神殿の前に着くと、ミリアが歩いていた。彼女は、ライムの姿を見つけると、少し驚いたように声を掛けてきた。
「あら?ライムさん、どうしたの?こんな所で?」
ライムは、荒い息を整えながら、必死な顔で言った。「神皇に会いに来たんだ」
ミリアは驚いて、必死にライムを止めようとする。「ごめんなさい、会いたいって言って会えるわけじゃないの。ちゃんと許可がいるのよ、わかるよね?でも、私ならいつでも会いに来ていいからね♡」
ミリアはそう言って笑うが、ライムは構わずに言った。「無理矢理でも会いに行くよ。どうしても会いたいから」
ライムが神殿の中に向かおうとすると、ミリアが彼の腕を掴んだ。「本当にやめて!殺されちゃう!」
その時、ミリアを探しに来た神皇が、二人の前に姿を現した。
「ミリア、ここにいたのか?ああ、そいつは私の客人だな?」
神皇は、ライムをじっと見つめ、そう言い放った。ライムの瞳に、怒りが宿る。
「妹を連れ戻そうと、あんたを倒すため鍛えたけど、届かない。妹も、結局なぜか自分の手で殺しちゃったし…もう目標がない…ここでお前を道連れに死ぬ。それが、仲間と妹に対してのケジメだ」
ライムの言葉を聞いた神皇は、嘲るように口元を歪めた。
「ん?それがケジメだと?ただ、自分の責任を私に押し付けてるだけじゃないのか?あと、倒すならイベントにしてくれ。じゃないとつまらないだろ?憎ければ憎いほど、盛り上がるしな」
神皇の余裕綽々な態度に、ライムの怒りが爆発した。彼は「ふざけるな」と叫び、拳を神皇に叩き込んだ。しかし、神皇はまるで鋼の壁のように、微動だにしなかった。
「もっと強くなれ。そして、妹は時期に戻ってくる。私が保証する。だから、イベントまでに鍛えておけ。私を殺せ。わかったな?お前の『叛逆の閃光』は完全受け身だ。私が攻撃しなければ何も発動しない」
神皇の口から、自分の能力名と、その詳細が語られた。ライムは驚愕と混乱に包まれた。
「なんでお前がそんなことを…!っていうか、叛逆の閃光って能力名だったのか?俺の方が知らないな…」
ライムが焦って尋ねるが、神皇は静かに答える。「ああ、私がくれてやった能力だしな。その程度でガッカリはしたが、まあ、今からさらに鍛えればイベントには間に合うだろう」
そう言って、神皇はライムを突き飛ばした。
「待っているぞ。じゃあな」
神皇は、ミリアと共に去っていった。
ライムは、地面に倒れたまま、悔しさに顔を歪ませた。「くそ〜…絶対に殺してやる!…って言っても、どうしたらいいんだ?」
彼は、神殿を後にし、街へ戻りながら考えた。
(妹は帰ってくる?だったら、ちゃんと迎え入れないと…色々と謝らないとな…とりあえず、ココアさんにお願いしてみるかな。スパークさんより強そうだったし、今よりも強くなれる気がする)
それぞれの思いが交差する中、神皇討伐戦に向けて、それぞれの道を歩み始めた、レンドの死によって死事人は消えた。しかし、それぞれの心にはまだ戦いが燃えている。




